第597話 彼女は王妃様と内緒話をする
第597話 彼女は王妃様と内緒話をする
渡海用のドレスも仕上がり、何着か色目違いで似たものを仕立ててもらった彼女である。副伯が同じものを着続けるというのも王国的には外聞が悪い。
そして、ドレスを下賜していただいたお礼言上に、伯姪と小間使いである『赤目のルミリ』も伴って、王妃様の元へと訪れる事にした。
「き、緊張いたしますわ」
「王妃様はお優しい方だから、女王陛下の御前よりはずっと気が楽よ」
「けど、小間使いは多分、女王陛下の前には出ないと思うけど」
女王陛下の前に客としてつくことはないが、彼女の供として同行して会う事もあるだろう。だまって傅くにすぎないのだが。
ここに、茶目栗毛も護衛騎士として同行する。当然、馬車の馭者台ではない。本人もルミリ同様、衣装を下賜していただいているのでお礼をする立場ではある。
既に、お茶会の準備完了とばかりに、彼女は王妃様の間に通される。
「ご無沙汰しております、妃殿下」
「そうねー 久しぶりだわ~」
彼女は挨拶も早々にお礼を伝える。そして、姉から預かった『魔装襞襟』を王妃殿下と王女殿下へと献上する。
「これを付けて、参加するのね。用心が良いこと」
ついでに言えば、『魔装扇』や『魔装手袋』『魔装ストッキング』『魔装ビスチェ』などほとんど武装しているのと変わらないのだ。髪留めに似せた、魔銀のダーツも薬師娘たちには持たせるつもりでもある。
しげしげと魔装襞襟をみつつ、お付きの女官に合図をする。会釈をして部屋を出た女官は、何人かの侍女を連れて戻ってきた。その手にはビロードの張られた台に、幾つかの宝飾品が並んでいる。王妃様の宝飾品であろうか。
「これを持って行ってちょうだい」
王妃様から賜ったドレスに合う宝飾品を、王妃様のコレクションから彼女が貸与される事になった。
「預けるのよ、無事に戻ってこられるようにね」
国宝に準じる物も含まれるので「下賜する」とはならないようだが、本音で言えば、無事に戻ることを願う言葉でもある。ケチではない。
「命に替えましても」
「だめよ、命に替えたら。それに、あなた達が無事でなければ、王弟殿下も無事に帰国できるか怪しいじゃない? うふふ」
リンデの夜会などでは王弟殿下と彼女一行は同行することになるのだが、その後は恐らく別行動が予定されている。彼女は、国内の視察、特に賢者学院を訪問することになっている。賢者学院のある場所は北王国に近い北の海岸沿いであり、リンデからはかなり離れている。
途中、大学のある『グランタブ』や、大きな都市や城館を訪問しながら移動することになるだろうか。
王弟殿下は、女王陛下の宮廷に滞在し傍に侍り、様々な催事に同行することになる。言い換えれば、長丁場のお見合いであるし、連合王国で王配として過ごせるかどうかのお試し期間でもある。
姉王の王配であった今の神国国王は、結婚の為連合王国を訪れ、半年ほど滞在したものの、王位を継承するため神国に戻り二度と訪れる事は無かった。
同じようなことが起こる事を考えると、また、王配が持つ諸外国からの影響力を踏まえれば、安易に婚姻を結ぶことは出来ない。特に、男系の子どもとなる女王と王弟殿下の男子が生まれれば、王国の王位継承権をもつ連合王国の王子ということになる。
「女王陛下は、移り気で美男子が好きだというわね」
周囲を美男美女の侍従・侍女で揃え、国内の高位貴族の若い美男には、独身・既婚の区別なく好意をあからさまにするほどのイケメン好きであるという。王弟殿下の中身は今一であるが、見た目は相応に『爽やか(残念)イケメン』であるといえるだろう。王太后に溺愛されて育った故に、女性に対しても無駄に優しい。この辺りも、女王陛下の好みに当たるだろう。
「年齢的にはつり合いも良いでしょうし、後は相性の問題になるでしょうか」
「尻に敷かれるには丁度いいかもしれないわね。幸い、乗馬やダンス、剣術に狩猟、陛下はあまり好まれない分、先代の血は殿下に流れているようですからね」
先代国王と父王は張り合うような関係でもあったという。年齢的にも同世代であり、若い頃から美男子の皇太子としてもてはやされ、自らの王宮は人も多く、長い王位の間、国内は安定していたと言っても……まあいいだろう。
戦争好きであり、その他さまざまな「男の趣味」を堪能した人生であった事も共通している。
「女王陛下は、実父をとても尊敬しているとききます」
強い国王であり、神国・王国・帝国に対して一歩も引かず対等の相手として向きあった。とはいえ、帝国と王国は法国北部の相続争いで長く戦っており、王国に矛先が向かなかったという事もあるのだが。
「王弟殿下はお優しいですから」
「まあ、ハッキリとへなちょこで比べ物にならないとは……いえないものね」
「「「「……」」」」
妃殿下の物言いに、彼女達が苦笑いをする。今では、公爵となる為にアンゲラ城で政務を行っているのだが。良く王都で見かけもする。
三十前まで少年時代のまま遊び惚けており、王族としての義務は最低限。社交は、自分の楽しみのためにそれなりにこなしているが、それは政治的に大して意味のない内容であったりする。王都総監としての肩書を得て実務をこなしてみたものの、南都で王太子領を差配する王太子殿下とは比べる事など到底できない程度の軽い仕事だ。
なにしろ、王都の差配は彼女の実家の子爵家が長く務めており、実務で不足する事は何もない。王弟殿下の世話を焼く分、仕事が増えたくらいのものである。
「女王陛下は本当に結婚する気はないみたいなのよねー」
女王陛下を支えるのは原神子信徒を主とするリンデの有力者やその系統に属する『郷紳』と呼ばれる貴族未満の領主層出身の官吏や地主である。女王陛下自身は、宗派に対して中立の立場を取ろうとする原神子信徒だが、宮廷や首都の有力者はそうではない。
ネデルでの弾圧に対して、女王は支援すべきだと意見する者もいれば、神国に与して国内の原神子信徒を弾圧するようなことをするべきではなく、原神子信徒でない主教や牧師(原神子派における司教と司祭にあたる)を解任するように働きかけている。
王太子殿下が王配となれば、宗派を原神子派に換える必要がある。宗派が異なるものが婚姻を結ぶことは難しいからだ。
すると、王国にとっては原神子派の王位継承権所持者(王太子殿下の次に当たる)が生まれることになり、王国内の原神子派が活性化し、王太子暗殺などを考える過激派も生まれかねない。
王国にとって、王配にする事にあまりメリットが無く、内政干渉や原神子派の勢力拡大を助長するに過ぎないと考えている。しかしながら、王弟殿下の母親である王太后様の希望もあり、また、釣り合い的にそうせざるを得ないということもある。
「多分、馬は合わないと思うわぁ~」
三十過ぎて少年のようなオッサンである王弟殿下と、子供のころから王位継承問題で頭を悩まし、命の危険にさらされ、王位継承後は、諸外国や国内の問題で頭を悩ませてきた女王陛下にとって、時間稼ぎ以外の役割りがあるとは思えないのが王弟殿下である。
役に立たないと思われても仕方がないだろう。
「それと、女王陛下の噂と言うか、癖に関するお話なのだけれど」
王妃殿下は既に笑い始めている。
「独特な愛称を気に入った相手には付けるのだそうよ。楽しみだわぁ~」
多分それは、王弟殿下にとってちょっとはプライドが傷つきそうな綽名になるのだろうと彼女は考えていた。
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「き、きんちょうしましたわ!!」
王宮を下がると、馬車の中で『赤目のエミリ』が大きなため息をついた。確かに、王妃殿下の前では顔が強張って具合が悪そうな顔色であったし、王宮を歩く際には、手足が同じ側が出ていて、カクカク歩いていた気がした。後ろを歩いているので、雰囲気しかわからなかったのだが。
「確かに、手足同じ側が前に出てましたよ」
「!!! そ、そうでしたの……」
「まあほら、誰も気にしてないから。リリアル副伯がしていたら、多分、王宮どころか王都中で噂になるでしょうけどね」
伯姪は彼女のことを出汁にして話を和らげる。解せぬ。
「手足のどちらか出ているかわかるような歩幅であるからいけないのよ。上半身を揺らさず、足元はドレスの下で隠れているのだから、同じ側が前に出ても、問題ないわ」
「……それ、経験談?」
「ええ。問題ないわ。緊張しないより緊張する方が集中力も増すでしょう。過度の緊張は体の動きや思考を阻害するけれど、適度な緊張は精神と身体を活性化するわ。魔力の流れもね」
「……そうですわね。院長先生のおっしゃる通りですわ」
と、どうしても理屈っぽくなってしまうのであるが、彼女も同じ失敗をした事があると知り、姉の言う通りお茶目な存在なのだと三人は思うのである。姉、陰でこっそり、彼女の面白エピソードを吹聴している。
「それにしても、宝飾品……どうしようかしら」
伯姪も相応の用意をする必要があるのだが、余り手持ちのものがない。
「先の辺境伯夫人に相談するのはどうかしら。私は、二人の分をお婆様とお母様に相談してみるわ」
型の古いものをリメイクしたりすることで、無駄な宝飾品も再利用できる。また、貴族がその従者に宝飾品を下賜する事はよくある。祖母も母もそのような侍女を抱えておらず、恐らく死蔵されている若い頃の宝飾品があるはずなのだ。
「姉さんに頼めば揃うと思うのだけれど」
「まあ、借りて済ますならそれが良いわね。返せる前提だけれど」
王妃殿下と同じように、母も祖母も彼女たちの無事な帰りを祈念して、宝飾品を貸してくれるのではないかと思うのである。
エミリを祖母の元に送るついでに宝飾品の話を切り出す。今日でエミリはしばらくリリアルに戻り、渡海することになる。帰国後は再び祖母の側仕えをする事になる予定なのだが。
王妃様から宝飾品を下賜された……貸し出していただいたのだが、この話をすると祖母はすっかり理解できたようで、子爵家の当主か当主夫人が持つとされる宝飾品以外で、王家から下賜されたものでなければ好きにするようにと宝石箱ごと渡された。
「……ではこの中から幾つかお借りします」
「いや、大事なものは……ああ、これは駄目だね」
今は亡き祖父の瞳の色をした少々古いデザインの宝飾品を取り出す。
「これは思い出のある品だから、貸し出すわけにはいかない。旦那に悪いからね」
「心得ておりますわお婆様」
「まあ、後は好きにおし。リメイクしてリリアルの子たちに使って貰って構わない。返す必要ないからね」
祖母は、社交に出る機会もないので不要だとばかりに箱を彼女の前に押し出した。
「その代わり、無事に帰って来るんだよ。全員そろって五体満足でね」
「はい」
「土産話期待しているよ。それとエミリ」
祖母に叱られ慣れているのか、エミリは王妃様の前とは異なり、適度な緊張で話を聞く姿勢を取り返事をする。
「は、はい!!」
「お前は筋は悪くないが、もう少し周りのことを注意する事だね。観察眼ってのは、意識しないと身に付かない。細かな変化に気が付けるかどうかが、侍女でも女官でも、冒険者でも、商家の主でも変わらない大切な事だ。その辺り、渡海先でも心得ておくんだよ」
祖母にとってエミリは可愛い直弟子で、すっかり気に入っているようである。何故なら、気に入らない子には何も声をかけないのが祖母の流儀だからである。姉に対してはとても無口である。
リリアルに戻る前に、子爵家にも顔を出す。祖母にした話と同じことを伝えると「勿論いいわよ、アイネにも言っておくわね」とのこと。商会頭夫人としては少々軽い娘時代の宝飾品が実家に残されているので、これは新しくそのまま使えそうな物が多いという。
「こんな時だけは、姉が既婚で良かったと思うわ」
「確かに。あなたも使う機会があったでしょうね」
爵位をもらっていなければ、姉の御下がりの宝飾品を身につけて、見合いなり茶会なりに出て結婚相手を探していたかもしれない。今身につけているのは宝飾品ではなくもっぱら武器なのだが。
宝石にもドレスにも『知識』以上の興味はない。流行があるから、それに合わせて衣装をみつくろい、見えないところでコストを下げる工夫をする。やり繰り上手な夫人が良い夫人だと考えてきた。
下級貴族や王都の有力市民といえども、商売や仕事上の立場の浮き沈みがある。無理して見栄を張る必要はないが、ひと目でそれがわかるような身繕いをするわけにはいかない。信用というのは、そうした目に見える部分を含めて判断されるからだ。
襤褸は着ていても心は……などということは貴族や商人にとっては妄言も甚だしいのだ。何かあれば、身につけた宝飾品や衣装を褒美として与え、または、与信の担保とする事もある。
「そのうち、宝剣の一つも帯びないといけない身分になるわよ」
伯姪は茶化しつつも、それは限りなく真実でもある。王国副元帥として国王・王太子に並ぶ場で、そうした元帥杖を身につけたなら、それにふさわしい衣装を整えなければならない。身に帯びる宝飾品の剣も必要となる。
「どうしようかしらね」
「……全部、あなたの魔力を込めた魔水晶で飾るのが一番効率いいと思うわ」
いくつか、彼女の瞳や髪の色である黒い玉石などを加えるとして、それ以外には魔水晶で飾り立てた魔銀の宝剣が良いだろう。それなら、大して素材には困らず、それらしい容姿さえ整えられれば問題ない。
「折角だから、渡海に間に合うようにお願いしようかしら」
伯姪は「本気」と書いて「マジ」と読ませる表情をしていたのだが、連合王国の女王陛下の謁見の為と言えば、超特急で老土夫が仕上げるだろうと確信していたのである。
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