第596話 彼女は姉からドレスを押付けられる
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第596話 彼女は姉からドレスを押付けられる
騎士学校の演習場を借りジョストの練習を行う。正直、徒歩での戦いは、さほど心配してはいない。ジョスト用の的を確認、ジジマッチョが解説する。
「ほれ、この盾の部分に槍を当てると」
案山子はグルんと回転し、盾と反対の腕を突き出してくる。腕には槍の代わりの棒である。
剣を振るって盾で受止め流す練習を一人で出来るということになる。とはいえ、相手がいれば問題ないので、そう沢山必要ではない。薬師組や年少組には良い稽古相手になるだろうか。今は修練場にはあるのだが。
仮設会場が設営されている。
百メートルほどの長さに木杭を撃ち込んだ上に縄を張る。本番では馬の背の高さほどの木の衝立を並べ、左右に別れすれ違いざまにランスをぶつけ合うのである。戦場の前哨戦時代は、もちろん縄を張って仕切ったのだろう。
「本格的にやるなら、『チルト・バリア』という衝立を設置する」
ジジマッチョが解説する。
安全を期する為、競技用の安全具というものを幾つか防具に追加する。その一つが……
「頭の周りが蒸れるわね」
「仕方ないでしょ。なければ不審に思われるんだから」
魔力壁を展開していれば問題ないのだが、身体強化で精一杯なら必要だ。
突進中は斜め前に頭を向け上目遣いに外を確認し、交差直前で首を上げて完全に正面から内部が守られるよう開口部が真上を向くようになっているのだ。
「これ、いらないわよね……」
「形だけ必要なのよ。これもね」
まるで外が見えないように見える面が様式美である。
『お前らの場合、相手が魔力持ちなら、目で見ずとも魔力で把握できるけどな』
魔力持ちなら強敵であり、強敵なら位置が把握できる。魔力を常時発動する必要が無い分、討伐より馬上槍試合の方が楽かもしれない。
一先ず、専用の兜、騎乗槍、胸当が必要となる。ランスを持って胸当部分に槍置きを備えなければならない。これも様式美なので必要となる。
「この程度の胴鎧なら、わけもない」
「……そうですか。よろしくお願いします」
「任せろ」
老土夫も王国では誂えなくなった馬上槍試合用の鎧を手掛けられて嬉しいようだ。何故ここに居る。
「それと、タージ(胸当に固定する左肩用の盾)も必要だ。籠手も布では見栄えが悪い。まあ、あるもので調整して鍍金すればいいだろう」
魔装の布鎧だけではどうやら『見栄』が悪いということで、これも金属製のものを用意する。
「三人で使い回せればいいのだけれど」
「何貧乏くさいこと言ってるの!! 副使で副伯でしょ。ダメダメ、そんなの。王国が舐められちゃうじゃない!!」
姉の言う事はもっともである。なので、リリアルの水色と白をベースに彼女の装備には『薄紫』のアクセントを加え、伯姪には『濃青』、茶目栗毛には『濃赤』のさし色を加える。これは、冒険者等級に合わせたものだ。
水差しのような形の兜に、胸当はともかく、それに肩当を付けてさらに槍置きを加え、騎乗槍のバンプレートで右腕を守る。鞍には突き落とされないような深い鞍枠が用いられる。乗り降りには不自由だが、固定する能力は高い。
彼女と伯姪、茶目栗毛はそれぞれ乗ってみて、調整できる箇所を調整するように確認していく。革や詰め物で覆われている部分は修正できるからだ。
「鐙の長さに……」
「姉さん、みんな違ってみんないいのよ」
三人の中で最も背が低い彼女は、当然鐙も……であり、短足じゃないんだからね!! か、勘違いしないでよね!!
一通り装備をして、案山子と相対する位置まで移動する。ジョストのコースは凡そ100m、その真ん中で加速してドンと突き倒すのである。なので、今日は、その中間である50m付近に案山子が立っている。
「ルールは簡単だ。先ず、自分の槍を落とせば負け、落馬すれば負け、相手の馬を突けば負け。やり直しつつ三度障壁を突けば負け、落馬せずとも二度兜が脱げれば負けだ」
落ちず、落とさず、馬を突かず、障壁を叩かず、兜を落とさない。なるほど。
「そして、相手のランスの穂先を二度突く、もしくは、落馬とならずとも、兜の胴鎧との留め具と鞍の間を正面から三度突けば勝利となる」
「背中を突いたら?」
「負けじゃ。そして、ポイントは増減する。例えば、先に相手の穂先を穂先で突いてポイントを得たとしても、障壁をその後叩けばポイントは取り消される。槍の穂先同士が当たって破損しても、ポイントは入る」
槍は折っても落とさなければいい。障壁に当たって槍が折れれば2ポイント減とされるのだという。
とはいえ、恐らく対戦規約は王都を出る前に、ウォレス卿から手渡されるのではないかと考えられる。通常、この手の催しの場合、一年ほど前から話し合い、ルールが定められるのだという。恐らく、連合王国内では既に告知されており、参加希望者が手続きを始めていると思われる。
「大変そうね」
「ゲームだから、ルールは細かく決められているから仕方ないわよ」
「……」
茶目栗毛は、珍しく相当落ち着かないようだ。唯一の男性騎士なので、彼女と伯姪を差し置いて指名される可能性も高いからだろうか。
馬上槍試合用の騎乗槍は、木製で軽く壊れやすくできている。先端部分は金属の穂先となっており、鎧用の鏃のように王冠型の足がついている。突き刺さらず、衝撃を鎧が受止めるようにと言う工夫だ。
「さて、調整がついたならドンドンと練習しようではないか」
手始めに、ジジマッチョが手本を見せる。槍は木製の練習用で、バキッと折れないように加工されている。芯がねが入っていると言えばいいだろうか。
馬を走らせ、槍の穂先を案山子の右胸あたりに当てると、案山子が勢いよくグルんと回る。
「「「「おおおぉぉ!!」」」」
散々手伝った騎士達が見学をしている中、ジジマッチョの馬を駆る姿にどよめきが上がる。一応、伝説級の聖騎士なのだから当然だと言えようか。
馬首を返すと、三人に向けて「続け!」とばかりに手招きをする。
馬上で伯姪が「お先に」とばかりにジョストのコースに入る。早駆けからの全力疾走、あっという間に案山子の間合いに入る。正面から突くのではなく、擦れ違いざまに斜めに突くのだから難しくもある。
DOKYUNN!!
案山子の胴に穂先が命中し、衝撃音と共にゆらりと案山子が回る。ジジマッチョよりもアタリが良くなかったようだ。
「先生、お先に失礼します」
返事をする間もなく、茶目栗毛が疾走に入る。
GAKYUNN!!
伯姪以上に良い角度で命中したのか、軽く当てたようでもクルクルと案山子は良く回っている。
『最後でプレッシャーかかってるじゃねぇか』
「余裕よ……行きます!!」
疾走からの加速、そして、魔力を全身と馬鎧に掛ける。一層の加速。
DOGONN!!! BAKKI
「……あ……」
「「「……え……」」」
どうやら、回転するまでもなく柱のど真ん中に当たったようで、案山子の支柱ごと圧し折ってしまったようだ。
やれやれとばかりの姉のポーズにイラっとする。
「これは……加減をせんと不味いかもしれんな」
「どういう意味でしょう」
「普通は、鎧と鞍でランスの衝撃を受け止め、木製のランスが折れる事で衝撃を吸収する。が、このありさまだと……乗っていた騎士の上半身が……」
「ブチ切れちゃうかもね!!」
「「「……ええぇぇ……」」」
そう、魔力を込めすぎると人体を鎧ごと引きちぎりかねない。鞍が下半身を固定している分、鎧と腰の一点に負荷がかかり……という事である。金属は一定の力を超えると破断する。中身ごと……というわけだ。
「ま、ほら、落ちるように上手く当てればOK☆」
「……まだあきらめる時間ではないぞ」
「そうそう、ポーション多めに持って行って、千切れたらちょちょっと死ぬ前に掛けてくっつければ大丈夫でしょ。ぴたっと」
姉が適当なことを言い、凍りつく演習場の空気を温めようとするが、折れた案山子に伯姪がポーションを垂らす真似をするが……
「……大丈夫ではないと思います副院長」
「だ、だよねー」
茶目栗毛が冷静に言い返し、どうやらそんなレベルではないと認めさせる。失った血液は戻らないからだ。
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ジジマッチョは騎士団に捕まって、ジョストについていろいろ質問されたりしている。騎士団の騎士が馬上槍試合に参加することは多分ないのだが。
「姉さん、いつまで油を売っているのかしら」
「油じゃなくって、蒸留酒とか? 精油だね」
ニコニコしつつ、リリアルの学院長室までついてくる。仕方がないので、伯姪と三人で少々お茶をする事にした。
「渡海前で忙しいのだけれど」
「それは分かっているけどさ。妹ちゃん、あっちの王宮で色々招かれちゃってドレスとか必要になると思うんだけど、準備しているかな?」
彼女は一応、貴族令嬢なので幾つか王宮に招かれた時用のドレスを用意している。なので、それを使い回そうかと考えているのだ。
「それと、同行する二人とメイちゃんの分もね」
「私は用意してあるから。お爺様がお婆様からと言って法国で仕立てたドレスを持って来て下さったから」
伯姪の祖母は、ジジマッチョの夫人の妹であり、ニースにいる先代男爵の夫人である。どうやら、凡そのサイズで仕立ててあり、補正は王都ですれば良いように仕上げてあるのだそうだ。
「まあ、そうだよね」
「……二人の分は……これからよ」
彼女の分もである。
「ふーん、あのさ、四人と小間使いの女の子の衣装は用意してあるよ。それと、従者の男の子用のもね。王妃様の手配でね!!」
どうやら、王族同士の交流で女王陛下は王弟殿下当てに絵姿を送ってこられているのだそうだ。それは、王国風のドレスで仕上げてあったのだという。
「気を使うんだよ、そういうところって」
「では、あちらの宮廷のドレス風にしなければならないってことかしら」
「最初はね。公的な夜会や晩餐会なら、そうでないと失礼になるんじゃないかしらね」
社交には疎い彼女である。これはすっかり盲点であった。恐らく、祖母から話が出て王妃様が配慮してくださったのであろう。
「一応、預かってきているのがあるから、これで補正をかけて、しっかり仕上げてもらう事になるからね」
姉が手をパンパンと叩くと、扉が開かれ、ドレスを持った数人のお針子さんたちが入ってきたのである。
「ちょ、ちょっと。いま、馬上槍試合の練習を終えたままで埃だらけよ」
「大丈夫でございます閣下。お召し物の汚れも仕上げの際に綺麗にいたしますので、ご遠慮なさらずに」
日もないので、早々に仕上げに掛かりたいのだという。騎士学校で卒業間近の薬師娘二人には、この後、その足で向かうので、先触れと騎士学校への許可・依頼をお願いしたいという。今だ叙任前であるので、二人の立場はリリアル副伯の従騎士であるからだ。
白と水色、濃い青の組合せに、魔銀の糸で王国の意匠とリリアルの紋章が刺繍されている。彼女のそれは精緻で細かく仕上げられており数も多い。伯姪、薬師娘二人の意匠になるとそれは少なくなっていく。小間使いのドレスは刺繍無しである。
茶目栗毛の衣装も、同系統の色使いで、貴族の男子が着るに相応しい仕立てとなっている。これは、後日、別の職人がこちらで補正をかけてくれるのだという。
「やっぱり、このひだひだ襟なのね」
「取り外しができて便利だからでしょう? 汚れたり皺になるもの」
「そうなんだけど、そうじゃないんだよ妹ちゃん」
どうやら、これだけ私は手間をかけて襟を整えることができますよという金持ちアピールなのだという。確かに、細かく折り曲げ整えられてプレスされた襟は、使えばシワシワになるだろうし形も崩れる。パリッとした襟を整え続けるには、頻繁に交換して新しくし続ける必要がある。
「首元のスッキリする、縦襟の方が上品でしょうに」
「余計な流行のお陰で、無駄な出費が増えると思わないのかしら」
彼女の好みではないらしく、また、伯姪は浪費だと言ってのけるのだが。
「あっちはね。でも、私たちのこれ、魔装なの」
「ああ、なら」
「魔力を通せばパリッと元通り」
「そうそう。それに、防具にも武器にもなりそうでしょ?」
白い襟が定番だが、これは魔銀の『襞襟』なので、銀色味を帯びている。
「これ、形を作るのに針金つかってるんだけど」
「それも魔銀製だとでもいうのかしら」
「そこまではねー 魔真鍮製だよ☆」
王妃様から頂いたドレスを身に付けつつ、彼女は姉と軽口を叩き合うのであった。
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