第594話 彼女は王弟殿下と打ち合わせをする
第594話 彼女は王弟殿下と打ち合わせをする
「別行動か」
「はい。親善訪問の効果を広げるために、ウォレス卿を通じて、連合王国の女王陛下とその重鎮たちにも承諾を頂けることになっております」
「……」
王弟殿下にウォレス卿との打ち合わせについて報告する為、王宮へと足を運んでいる。
リリアルの渡海組には「別行動・いいね!」をもらっている。当然、宮中伯をはじめ王宮の意思でもあるのだが、王弟殿下は別行動が不服であるようだ。
「それに、私は独身の女性でもありますから、王弟殿下が女王陛下の王配候補として渡海されるのに同伴するのは、いささか問題となりましょう」
「それは……そうなんだが……」
親善副使に彼女を指名してきたのは女王陛下であるので、それはそれで問題なのだが、副使だからと言って同道する必要はないと言われかねないという気もする。
「それで、副伯らは何を為すつもりだ?」
「真意を探りにでしょうか」
「真意?」
王弟殿下は王配になれると考えているのかもしれないが、それはどうかと王宮は考えている。
神国は女王陛下が改宗するのであれば、その後ろ盾になろうと話をしている。姉王時代同様の親善関係を結ぶには、改宗は必須としているのだ。
とはいえ、女王を擁立した側近たちもその支持層もリンデやそれに関係する原神子信徒の貴族や有力者達なのである。加えて、実利を考えると、原神子信徒の方がまだましであり、御神子教徒の司祭や聖職者、貴族達は異端審問がしたくてしょうがないと言った空気なのだ。
姉王時代も、顕職にあるものならともかく、平民の中で老人や子供まで揚足を取るように異端として火刑に処して嬉々としている聖職者を見て女王は忌避感を感じている。また、既に、戴冠後、時機を見て意固地な御神子司祭や司教を投獄し、追放しているのである。
王配候補には、帝国の諸侯、原神子派の小国の王、帝国皇子などが名乗りを上げている。王弟殿下の場合、原神子信徒に宗旨替えして王配になる必要があるのだが、その場合、王家との関わりが難しくなる。
王家は原神子派に与することなく穏健な御神子教徒として振舞っている。また、原神子派の過剰な要求を否定してもいる。弾圧はしないが支持もしない、というスタンスなのだ。
仮に、海外に出た原神子派の多い連合王国で王配になった王弟がいれば、担ぎ出して、王国の国王に擁立しようとする可能性もあり得るからだ。
王弟殿下が王配になる為に原神子派に改宗するなら、王国において王弟殿下の王位継承権を剥奪する処分をするだろう。これは、教皇庁に対する意思表示にもなる。王国はあくまで御神子教徒を主とする国であると。
そうでなければ、神国が『聖征』を言い出しかねない。
ネデル-連合王国-王国-神国といった形で、急進原神子・穏健原神子・穏健御神子・急進御神子と考え方が並ぶことになる。王国と連合王国ならまだ協調関係を築ける可能性はあるだろう。
「王弟殿下の役割りは、王配になる事だけではない事と同様、私たちの役割りも女王陛下の招へいに答えるだけではないという事です」
「そ、それは分かっている。だが……」
「一カ月かけて、沿岸の有力者の元で会食し、顔を合わせ挨拶を交わし、緊張緩和を行うのに、リリアルは不適切になります」
王国の実働部隊の最右翼と諸外国では見做されているリリアル。その中核が現れれば、威圧しに来たと取られかねない。王弟殿下と同行であれば、案内もしなければならないのだから、案内する側も気を使う。勝手に忍び込めるリリアル生からすれば余計な気を使うだけなのだが、知らない者たちからすれば、脅威と捉えられる。
「それで、女王陛下にお会いするための準備は進んでいるのであろうな」
「……服飾関係は問題ないかと思われます。それと、『賢者学院』を訪問するさいに多少の手土産を用意しています」
魔水晶と魔銀鍍金の装備をいくつか、そして、魔鉛合金のゴブレットなどをもっていくことになる。ゴブレットは王弟殿下の女王陛下への贈り物の中にも組み込まれているのだが、これは、純魔銀製になる予定で、王宮から老土夫に特任が下りている。
「『聖真鍮』のゴブレットは……」
「本日、殿下の分をご用意しております」
「そ、そうか。楽しみにしていたのだ!!」
いい年したオッサンが、親戚のおじさんにお土産を貰うかのように振舞うのはどうかと思う。まあ、素直でかわいいと女王陛下には思われるだろうが。
手土産のゴブレットは一組十二個を用意した。これだけあれば、晩餐会程度であれば客に飲ませることができるだろう。
「しかし、副伯。これでワインを飲めば、吸血鬼也不死者が死滅するというのは本当なのか?」
「はい。リリアルで捕獲していた吸血鬼で試しております。効果は、魔銀製でも魔真鍮製でも差はありませんでした」
聖性を帯びた魔力に触れた時点で吸血鬼の場合、大きなダメージが入る事になる。即座に腕ごと斬り落とせれば腕だけで済むだろうが、利き手をその反対の手で斬り落とすというのは容易ではないだろう。また、その時点で護衛の騎士達に対応されてしまうと考えられる。
「では、試しに飲んでみようか」
王弟殿下が嬉しそうにワインを持ってこさせる。注いだワインに口を付けると、大いに驚いた顔になる。
「こ、これは、舌がピリピリする!! わ、私は知らぬ間に不死者になっていたのだぁ!!」
いや、不死者ならそんなものでは済まない。炭のように体が変色するし、持った手も無事では済まない。少なくとも、王弟のゴブレットを持つ手は全く変化しているように見えない。
「殿下」
「な、何を落ち着いておる!! く、口がピリピリするのだぁ!!」
「シナモンでございます」
「……は……」
「この時期、風味が損なわれますので、シナモンで味を調えております。その味であると思われます」
「!!!!」
つまりは、そういうことである。
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連合王国の渡海用に魔導船が間に合わない……ということになり、王弟殿下は連合王国の用意する船で海峡を渡るのが面白くないようだった。
「ちょっと待ってくれ」
「……なにかしら……ダンボア卿」
ルイダン、副伯に陞爵した彼女に対して相変わらず不遜である。
「王弟殿下から、馬上槍試合の件で何か聞いていないか」
馬上槍試合、確か、女王陛下の寵臣である『ロブ・リドル』が若い頃有名であったという話を姉から聞いたことがある。とはいえ、王弟殿下が馬上槍試合に出るはずもない。
先王陛下は大変お好きであったが、父王が何度も馬上槍試合で怪我をし晩年、足の傷が化膿して動けないほど痛んだという話を聞き、現在の国王陛下は見向きもしなくなった。
近衛にもその影響は出ており、ルイダンも先王陛下の御世であれば、馬上槍試合に興じていたかもしれない。とはいえ、決闘と異なり、馬上槍試合は装備に金がかかる。
甲冑は専用の物が必要であり、重量は並の板金鎧の二倍ほどもある。これは、馬に体を固定し、前面にだけ強固な鎧を作る故である。ランスと呼ばれる試合用の騎槍も特殊で、腕で支える事は出来ず、鎧に金具で吊るす形で、手は添えて狙いを付けるだけのものだ。
「馬上槍試合用の装備を用意していかないといけないという事かしら」
「あ、ああそんな感じだ」
「あなたはどうするの?」
ルイダンは、友人の親世代に当時の鎧がある者がいるので、それを借りて今風にリメイクするのだという。
「帝国では、前面だけの鎧もあるようだがな」
「……それでいいのかしら」
前だけ鎧、後ろは鎧下が丸見えであるという事だ。足の部分も不要だと馬鎧の一部で代用し、胸と頭部だけ、腕はランスのバンプレートと呼ばれる護拳を大きくし盾のように用いることで軽くすることもしている。競技用の鎧と槍であり、百年戦争の時代の死者も出る代理戦争といった趣ではない。
故に、王国では重装騎士の衰退とともに下火になっている。ゲームは所詮ゲームに過ぎない。
彼女の中では「魔装で代用できる」という発想があり、試合用の槍だけ用意すれば問題ないと考えている。身体強化で持ち上げることもできるだろうし、吊り下げ、受止める金具だけ別途用意すればよいかなどと呑気に考えている。
「魔力の使用は問題ないのよね」
「相手が条件を揃えるなら受けると思うぞ」
「なるほど」
そもそも、女性相手に魔力無で馬上槍試合をするという事自体がおかしいと見做されるだろう。魔力有であれば、純粋な肉体の差は魔力で補える故に対等の条件とすることができる。ならば、魔装も問題ない。
ルイダンに聞いた話を頭の片隅に置き、彼女はリリアルへと戻るのである。
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リリアルに戻ると、何故かジジマッチョが滞在していた。
「お久しぶりです」
「おお、久しいな。もうじき渡海すると思ってな。顔を見ておきたいと思ったのだ」
加えて、ニース辺境伯家経由で伯姪の実家に連絡があったのだという。
「渡海の為の壮行会の前に、結団式というのがある。大使・副使の任命と、連なる貴族が集まるだけだ。リリアルも、騎士爵持ちは参列するから、正装を整えておかねばならぬ」
大事な話だが、宮中伯からも王弟殿下からも話がない。既に、伝えたつもりなのだろうか。
薬師娘二人組は、騎士学校の卒業時に正式に王国の騎士として叙任されるので、騎士用の正装は整えてあるので問題はない。
「それと、ほれ」
「何、私に?」
ジジマッチョは伯姪に書状を渡す。王の印がある公文書扱い。
「紋章騎士に叙任……」
「連合王国では準男爵扱いであったが、まあほれ、副使の副官が平騎士というのも語弊があるじゃろ。それに、男爵から副伯に陞爵したこともあるから、その兼ね合いも……というわけだ」
リリアル副伯自体に異論はないものの、ニース男爵令嬢を『紋章騎士』に同時に叙するのは「贔屓」と受け止められる可能性もあり、時機を見ていたということなのだ。
『紋章騎士』は、本来、主家の紋章を騎士は身に纏うのだが、紋章騎士は男爵以上の貴族同様、自身の紋章を身につけることができ、また、正式に騎士を配下として抱えることができる身分でもある。帝国では、平騎士は家士として貴族に従属する者であったが、『紋章騎士』は貴族に準ずる扱いを受ける。古い考えだが、ニース男爵家との兼ね合いもあり、『紋章騎士』とすることになった。
「これで、騎士に命令しても、嫌な顔されずに済むわね」
特に、貴族の子弟の多い近衛の騎士に、伯姪が指示を出したりすることを嫌がる者もいないでもない。副元帥にはさすがに逆らわないのだが、その代わりとして伯姪に逆らう者もいたりするのだ。
貴族の子弟で爵位を継げないものならば、紋章騎士は上位の貴族となり、また、諸侯に仕える騎士も格上と見做される。リリアル副伯の名代としても十分成り立つ。
因みに、騎士・大騎士・紋章騎士となっており、大騎士は騎士団隊長クラス、紋章騎士は騎士団長・副団長クラスとなる。
「それでわざわざ」
「いや、それとな、馬上槍試合……やるのだろ?」
連合王国では未だ馬上槍試合が続いている。そして、催事としては大きなものになるので、王弟殿下を迎えて大々的な仕様になるのではないかとジジマッチョは考えているのだ。
「そんなに大変な事なのね」
「ああ。それは、もうお祭りとしては大きな規模になる」
国中の騎士が集まり、顔見世や交流、天幕を張り食事や茶に招き、良い席を確保することも貴族の権威を示す序列の一つになる。そして、お抱えの騎士や、食客として面倒を見ている騎士が名を挙げれば、その貴族の名誉となる。
「要は、野外で行われる貴族が参加する騎士物語の芝居のようなものだ」
「実際に命懸けな所は違いますが」
「まあの。芝居の最中に事故を起こしてけがをしたり死んだりするものもいないではないから、危険なことには変わりないと思うがな」
ジジマッチョは、むかし誂えた試合用の槍や鞍をもってきているのだという。
「ちょこっと、そこの騎士団の演習場を借りてだな、試しておく必要もある。ルールを知らないと、舐められるからな」
ローカルルールはあるので、試合の際に説明は有るものの、共通部分は細かく説明される事はない。その辺り、彼女も伯姪も知識にない事になる。
「馬上槍試合の会場があるので有名なのは、白亜宮だな。リンデにある女王の父親が建てた趣味の要素たっぷりの王宮だ」
そこでは、馬上槍試合の他にも『ラ・クロス』や『トゥネス』用のコートも整えられているという。
「さて、そろそろ完成しているだろう」
話を先に騎士団に通していたようで、手隙の騎士が本部からもやってきて、年配の騎士達を中心に、馬上槍試合用の試合場が整えられているのだという。手を回すのが早すぎる。
「さあ、いこう」
「……ちょ、準備とか」
「普通の鎧下で良い。それに、魔装を使うのであれば、余計なものを身に纏わんのだろ」
伯姪は一瞬抗議するのだが、彼女は諦めて後をついていくことにする。傍にいた使用人見習に茶目栗毛を騎士団演習場に向かわせるようにと伝言を伝えると、彼女は伯姪と共に爺マッチョの後に付き従うのである。
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