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第591話 彼女は『賢者学院』について考える

第591話 彼女は『賢者学院』について考える


樫ノ御業(Oak-arts)』賢者学院は、聖職者兼魔術師の養成施設として、賢者ゴドグリフ、魔女ヘルフル、賢者ロレイブ、魔女サラザリの四名により設立されたとされる。


 西王国にて設立されたものが、いつの時点で島へ移転されたのかは不明だが、恐らくはロマンデ公が連合王国の王位を簒奪した以降ではないかと考えられる。


 古の時代において、魔術とは『精霊魔術』が主であり、人の体の中にある「魔力」を用いることよりも、自然の中にある精霊の力を借りることが主であった。


 とはいえ、自然の力・精霊の力の乏しい荒れた土地も存在する。そうした場所を開拓し富ませる事を行う修道士とそれに導かれた人々が存在する時代があった。精霊の力を頼らず、人の体の中に流れる「神の加護」を感じ、己の力と為す。今の「魔術」と呼ばれる人間の体の中を流れる不思議な力を用いた術の行使は、こうして発現する事となった。


 蛮族が押し寄せる時代の戦士や修道士、そして、領地を守り国を守るために戦う貴族・騎士の中に、その力を発揮する者が生まれに左右されず取り込まれた結果、「貴族は魔力を多く持つ」という現象が固定化するようになったのだろう。


 自然の中にある『精霊の力』を頼るのと、自らの『魔力』に依るのでは、魔術についての考え方も大いに異なるだろう。実際、精霊魔術を得意とするオリヴィは彼女と似たようなことをするにも、精霊の力を借り易々と熟しているように見える。


 風の精霊の力で宙を舞い、土の精霊の力で容易に土塁を形成する。魔力を大して消費することなく、一瞬で成し遂げることもできる。


 彼女は似たことをするにも魔力を大いに消費するし、基本、魔力を生かす道具を用いて活動することになる。恐らく、賢者学院はその成り立ちからして精霊魔術寄りの魔術師なのだろうと想像できる。


「『風』の精霊の加護とか……すごく便利よね」

『暑い日に常に風が吹いたりとかだろ』


 それはそれで嬉しいが、ちょっと違う。無風の状態で帆走できない場合でも、加護の力で風の精霊を呼べれば、多少は動けるのではないだろうか……くらいの考えである。


『風がない時は、風の精霊もいねぇだろどう考えてもよ』

「それもそうね」


 力を借りるにも、存在しなければ借りようがない。その昔、精霊の乏しい荒野を開拓するのに、自らの体内の『魔力』に拠った修道士たちのことを想像する。


 魔力を使えば使うほど、その精度が上がり魔力も増えていく。日々の弛まぬ修練の末に、大いなる神の加護を感じつつ魔力を高め荒地を緑の野に変えた奇蹟を導いたことだろう。


 何故このような所にと思うような場所に、古い修道院が存在するのも、外部からの襲撃を防ぎやすい場所であると同時に、誰しもが選ばないだろう孤高の場所に神の宮殿を築きたいと考えたからだろうか。


 聖大天使修道院に赴いたことのある彼女の印象は、そうしたものの延長にある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「賢者学院とか自称しちゃうところが頭悪そうだよね」


 姉、相変わらず直球である。リンデにニースの支店を出そうと画策しているらしいのだが、やられたらやり返すなどと意味不明の供述をしている。


「何故、ニース商会が進出するのかしら。取引などないでしょう」


 リンデの主な取引先は、ネデルの商業都市、アウトウルペンなどであろうか。以前は王国の『カ・レ』とその周辺都市とも貿易が多かったのだが、五年ほど前に王国に返還され今は先細りだ。加えて、ルーン、レンヌ、ボルドゥあたりが歴史的にも関係が深い。


「そもそも、姉さん蛮国語できないのではないかしら」

「そ、それはボディ・ランゲージでなんとかなるんだよ」

「……商取引舐めてるわね」


 商取引は王国語で行われなくもないので、王国と連合王国の取引であれば王国語を指定すれば問題ないのだろうが。


「何を売り込むつもりよ」

「え、この前のゴブレットだけど。あいつら見栄っ張りだから、錫製品って結構売れるんだよね。でも、鉱山はあっても職人が今一だからね!!」


 古帝国時代から、彼の島は錫鉱山が豊富であった。青銅の素材として多く産出され内海へと運ばれたらしい。また、そういう意味では、レンヌもその当時は鉱山や工房が多くあったというが、今ではすっかり寂れている。青銅は固いが脆い合金であり、ガラスのように砕けることがある。故に、鋼鉄製の武具に置き換えられていった歴史がある。


 錫の食器は銀器の代用として、銀器を揃えるほど財力のない階層には人気がある。羊毛を輸出し上質な毛織物を輸入するのと同じ現象を錫製品で行おうとでも考えているのだろう。


「錫製の容器なら、蒸留酒もさらにいたまないし、そういう用途の商品も作っていけないかなって」

「法国の工房に依頼するのかしら」

「サボアでもいいところあるよ。窯業が盛んだけど、金属器だってわるくないからね。経済的なつながりも深めていかないとさ、カトリナちゃんも居心地悪くなるじゃない?」


 ニースは王国とサボアを繋ぐ架け橋の要素もあるので、最近は帝国から再びサボアに足を運ぶ機会を増やしているらしい。ネデルとサボア……魔装馬車があれば何とでもなるかも知れない。


「いやぁ、いつも魔法袋がぱんぱんだよ」

「景気が良いわね」


 気の無い返事を返し、彼女は姉の知る『賢者学院』についての話を聞き出すことにした。


「誰でも入れるのかしら」

「精霊の加護持ちならね。お金も基本的にかからないよ、何せ、学院経由で依頼が沢山舞い込むからね。それで、一人前と見做された魔術師は、諸国漫遊をしながら依頼を熟して、その成果を持って位階を上げていくみたい」


 その門は広く開かれているが、一人前になれるものは十人に一人、そのうち、上位の魔術師に成れるものは更に十人に一人だという。


「まるで冒険者ね」

「その通りだと思うよ。加護持ちをタグ付けして、その後、未熟なものは学院を去る際に魔術を封印するんだってさ」


 精霊魔術を野良で用いて、反乱や犯罪行為を行われては困るということもあり、王宮と学院は精霊の加護持ちを連携して管理することにしているのだろう。帝国の冒険者ギルドが、商人同盟ギルドの下部組織であり、傭兵を平時に大人しくさせるための職業斡旋所であるのに少し似ているかもしれない。


「精霊の加護持ちなんて珍しいでしょう」

「うーん、どうかな。リンデの回りだと少ないみたいだけれど、旧湖西王国の出身者や北王国に近い場所に住んでいる人は、加護持ち多いみたい。学院に行かない子は加護を最初に封じられるようだし、まあ、祝福レベルだとスルーみたいだけどね」


 加護より恩恵が少ない『祝福』だと、魔力操作が不十分であったり、魔力自体が少ないと精霊魔術が発動しない。そもそも、魔術に関しては鍛錬をしていないので、加護のように僅かな切っ掛け程度の魔力量では発動しないので問題視されないのだろう。


「下手に使うと『魔女』とか『異端者』扱いされるから、素直に届け出るみたいだね」


 野良の精霊魔術師は排斥されるのは帝国と似ているだろうか。





 そして、何より驚くのは『賢者』は武器を用いてはいけないのだという。特に、『剣』は魔術を行使したり精霊を使役する際に利用する象徴として掲げるものであり、武器として用いるのは厳禁だという。


「自衛のためでもだめなのね」

「そうそう。そういう時こそ、修行した魔術でえいやぁって感じなんだろうね」


 武器を用いる、嘘を言うのも禁忌とされる。用いれば魔術師としての能力を封印するのだとされる。


「でもさ、考えてみればこれも強力な魔術師を縛る枷だよね」

「どういう意味かしら」


 姉曰く、そのような強力な人間が集団を形成すれば、間違いなく王家を凌ぐ勢力となるだろう。しかしながら、魔術を使う事のみに専念させられれば、武人として立つわけにもいかず、また、貴族として官吏としてもしくは商人として活躍することも難しい。


「賢者を縛る為の方便ということね」

「まあ、王国の宮廷魔術師もそんな感じだね。とはいえ、王の側近として相応の力を与えられている人もいるし、人によっては戦場で活躍する人も少なくないしね」


 姉の大好きな『大魔炎』は、百年戦争期に活躍した王宮魔術師の一人が開発した無駄に大きな魔力を消耗する火球の魔術である。が、威力は大きく、その心理的効果もあなどれないのだ。


 近づく事に躊躇し、また、長弓兵の射程外から攻撃することも可能だからだ。


『大魔炎が発動できれば一人前(使用できるとは言っていない)』等と言われる魔術であり、基本、賑やかし、威力偵察の際に用いられる一発芸的なものなのであるが。


 そもそも、自然界で希少な『火』の精霊を馬鹿魔力で無理やり集めて発動するのだから効率が悪い。その昔、獣脂を魔力でなげつけ小火球で着火する方が圧倒的に効率が良いのだ。見た目が地味だが、効果は高い。


「そう考えると、外征に参加しないのはその場所にいる精霊に力が左右されるからなのでしょうね」

「地元であれば無双できるから、防衛戦になら活躍できるんだろうね」


 その昔、古帝国の時代よりさらに古い頃、東方には様々な思想家が生まれたというのだが、その中でも専守防衛を旨とする主義の思想家集団がいた。『鉅』と呼ばれる集団である。賢者を名乗る集団は、手段や思想の差は有れどこれに近いものだと彼女は考えていた。


『まあ、そういう美談風にまとめた賢者像を押付ける事で、反抗しにくい便利な「道具」に仕上げたんだろうな』


 野戦ではあまり活躍する余地がなさそうであり、もしかすると、百年戦争で野戦陣地を築いたのは、これら『賢者』の能力を有効に利用する為の仮設の築城であったのかもしれないなどとも思う。


 賢者学院とは研究機関でもなく、教育施設でもなく、精霊魔術師を育成管理し、統治の為に活用する施設のようである。王都大学のように、王家と王国に仕える官吏や学者を育てるものでもない。


「連合王国にも大学はあるんだよね」

「ええ。『ブレフェルト』『グランタブ』の二つが有名ね」

「ウォレス卿はブレフェルト出身だって聞いた気がする」


 大学の授業は古代語で行われ、その読み書きができる事が前提である。王国語も広く使われているのだが、古代語は教会で用いられる国際的言語であり歴史のあるものである。多くの大学が、教会・修道院の分館として始まった面もあり、また、今でこそ多くの貴族や裕福な市民の子弟が教育を受けているものの、その初期においては修道士が多くの学生であった時代もある。


 その為、今でも学生は『聖職者』としての特権を有している。例えば、他国を訪問する事に制限が少ない。課税も免除される。これは、外国で活動するのにとても有利に思われる。


 王国の大学が大聖堂や独自の理事会により運営されているのに対し、連合王国の二つの大学は王宮により運営されている。学生に対する王家の関与がより強いと言えばいいだろうか。王都大学の学寮が、その出身地域への貢献を考えた有志による運営であり、学生は王都で学んだ後地元への貢献を期待されるのに対し、連合王国においては、王家そのものに貢献する事を期待されると考えられる。


「訪問することもないでしょうね。そもそも、王都大学にも私は縁がないのだし、学問的な話は、まるでわからないもの」


 学問に興味がないわけでもなく、古代語の読み書きもある程度は出来る彼女にとって、リリアルがなければと考えないではない。とはいえ、大学で女性が学ぶことは今の所ありえない。修道士は通えても、修道女は通う事はできないからである。女性の司祭・司教がいないように、女性の教授も学生も大学には存在しない。


 であるから、呼ばれる事もないだろう。


 『修道女学校』と呼ばれる物が存在するが、数が多いわけではない。そもそも、受け入れているのは貴族の子女だけだ。ちなみに、連合王国においては修道院の解散と共に消失している。


 『共立学校』と呼ばれる下級貴族や騎士・郷士の子弟を教育する学校も存在するが、これは実家が困窮している子弟の教育のために設けられている学校で、家庭教師が雇えない場合の救護策でもある。『共立学校』の上位の場所として、王都大学の『学寮』が存在すると考えられる。


 地元の共立学校での優秀者が王都の学寮でさらに高度な教育を受け、王家の代官などとなり地元に貢献するといった仕組みである。


 これも、女性は受け入れていないので、以下同文である。





 姉は、はっとした顔をして彼女に話しかけた。


「賢者学院ってさ、魔術師なわけだから、魔術師の杖は持っていても問題ないんだよね」

「そうでしょうね」


 杖と言っても、様々な用途と種類がある。


 一番小さなものは、ダガーほどの長さの細い棒『ワンド(Wand)』と呼ばれる。これより長く、剣ほどの長さであれば『ロッド(Rod)』と呼ばれるようになる。さらに長いものは『スタッフ(Staff)』となる。これは、長柄武器ほどの長さになるだろうか。


「『ラ・クロス』のクロスも杖と言えば杖ね」

「籠付いているけどね。どっちかといえば網じゃないかな」


 いやいや、クロス自体が『杖』という意味だし。籠じゃないよ。


「杖でもいいけど、剣でも魔力を操作する精度を上げるために使うことはできるんだよね」

「けれど、精霊は種類によっては金属を嫌うのではないかしら」

「……確かにそれはあるかもしれないね」


 『火』の精霊はともかく、水や土といった自然に豊富に存在する精霊に対し、人間により生成された金属により形成された武器は『反自然』の最たるもの。それを身につけて精霊魔術を行う事自体が難しいということもある。


 魔銀製の装備はともかく、一般的な鋼鉄製の板金鎧や剣を身につけるのは精霊魔術師的にはだめなのだろう。例えば、金属で補強されたメイスやクラブも身につけることは悪い影響を与えると想像できる。


「なので姉さん」

「何かな妹ちゃん」

「メイスは形は似ているけれど、クラブのように全木製ではないから精霊魔術師には向かないわよ」

「そ、そんなの知ってるよ!! お、お姉ちゃん、知ってたからぁ!!」


 姉、メイスやフレイルは魔法の杖にならないと漸く気が付いた模様である。とはいえ、魔銀製なら干渉しにくいのではないかと彼女は思うのである。





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― 新着の感想 ―
[一言] 賢者学院は位階に応じて座学と実技を学ぶシステムで、 高度な内容を修めるには、まず位階を上げる事が求められそうですね。 アレイ☆君みたいに「チンタラやってられっかヨ!」と出奔すると封印執行者…
[一言] 賢者学院はドルイドっぽい人達が学んでる?(昔はそうだった?) そうすると設立者の「魔女」は本來的な賢い女性程度の意味での魔女かな
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