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第590話 彼女は女王陛下について考える

第590話 彼女は女王陛下について考える


『赤目のルミリ』は祖母の家へと旅立って行った。その日から心の休まる時はないと彼女は知っている。とはいえ、間違ったことや無理難題は……半分くらいであるだろう。他人ならもう少し手加減するかもしれない。


『生きるか死ぬかのレベルになれば、厳しい修行にも感謝することになるんじゃねぇの』

「縁起でもないこと言わないでちょうだい」


 連合王国で生きるか死ぬかの状況……開戦の切っ掛けにでもなりかねない。


 ネデルの状況が不安定な今、連合王国も王国との争いごとは表向き望んでいないだろう。工作はしてもだ。


 王都に向かう日に見せたルミリの不安そうな顔を思い出す。とはいえ、彼女もその昔通った道であり、どのような将来を過ごしたとしても、貴族としての教養を身につけることは悪い事でもない。


「そういえば、女王陛下の曽祖父に当たる方は、農民からリンデ市長迄成りあがった方だそうね」


 成り上がった後には貴族の子女との婚姻を重ね、やがて孫は外交官となり王都に在住したこともあるという。先王の時代の宮廷にも出入りし、その娘の一人は、王の愛人の一人であったとも言われる。


 とはいえ、女王陛下の母君はまだ幼く、王都やランドルそしてリンデの貴族の家で学び、淑女としての教養を身につけたのち連合王国の王妃付きの侍女となる。どうやら、その当時父王の愛人であった姉の紹介もあったのだとか。


 父王の最初の王妃は神国王女であり、王位継承権も持つ女性であった。莫大な持参金を持ち連合王国に王太子妃として嫁いだが、父王の兄が若くして亡くなり未亡人となる。その後、父王が王太子となり再婚したのだ。娘が一人生まれ、父王亡き後女王となった先代の女王陛下である。


 この女王陛下は、実は神国国王が王太子時代に結婚していた妻であり、世が世であれば連合王国は神国の影響下に収まっていた可能性がある。とはいえ、随分と年上の妻であり、王太子はそれが気に入らず結婚後半年で神国へと戻り、王位を継承した後も戻る事は無かった。


 それもあって、先代女王はそう老齢でもないものの病を得て亡くなっている。連合王国と神国の王家の血を引く女王陛下は、敬虔な御神子教徒であり、原神子派の多いリンデの商人たちからは敬遠されていた。それなりに厳しくあったが、理不尽と言うほどでもない。異端扱いはしたのだが。


 おかげで、今の女王の治世では原神子派の貴族や商人が力を持っている。自分たちのお陰で女王に成れたのだと考えているから、要求もやかましい。また、先代女王ほど血統的な後ろ盾がないこともあり、自身の支持層に配慮せざるを得ない。


「王太子宮の事件、女王は関わりがないというけれど、では誰が」

『少し前までは神国とも友好だったんだろ? どこでどうつながってるか個人ならわからねぇよ』


 ルーンや王都から追い出された連合王国の商人や利権を持つ貴族が何らかの行動に出た可能性もある。混乱させることで、ネデルへの介入を牽制したい神国とそれに協力する勢力。ヌーベとつながりのある王国内での反王家の勢力などなど……誰がどうなのかはわからない。


 原神子派が力を付けているという話も聞く。調子に乗って、王都にも原神子信徒の教区や教会を作ろうとしているという話も聞く。


 王宮は当然認めるわけもなく、大家の許可なく勝手に教会を建てる事も許されないため、調子づいた信徒が騒乱を起こすのではないかと言われていたのだが……その噂も『リリアルの塔』という新要塞が王都のど真ん中に突然建設され雲散霧消した。悪ぃ子はいねぇがぁと言う感じだろうか。


『あれを建てておかなかったら、お前が不在の間、王都が不安定だったかも知れねぇな』

「騎士団も、宮中伯閣下も、お父様もいるのだから不安などないわ」


 あるとすれば、リリアル学院に関してである。祖母が常駐してくれるというので、対外的な圧力は問題ないだろうが、物理的な干渉や攻撃には学院生だけで対応しなければならない。そこが心配ではある。


『冒険者組もいれば、アルラウネやら色々いるだろ』

「……表に出せないわよね」

『ちげぇねぇ』


 戦力としては数えられても、前面に出るのはリリアル一期生。彼女を含め五人も年長者が抜けるのは不安しかない。


「箱モノでどうにかなるとは思えないけれど、気休めにはなりそうね」

『あいつらの方が不安だろうから、そんな気見せるんじゃねぇぞ』


 最近、『ラ・クロス』が熱いのだが、彼女達がもうすぐ渡海する不安を紛らわせる要素もあるだろう。


「姉さんもこんな時くらい当てにしたいわね」

『いや、あいつ、リンデに行く気満々だろ』

「……さっさと、魔導外輪を聖エゼル海軍に提供して、ニース商会に貸し出してもらいましょうか」

『お、武装商船か。私掠船狩りには丁度いいよな』


 今回の渡海は、副大使と大使は別行動になる。リスク分散と、ウォレス卿が王弟殿下と一緒に帰国するので同行するのだ。故に、彼女達は別行動とすることにした。


「魔導外輪船、もう一隻何とかならないかしらね」


 船は王国旗艦も聖エゼルも建造中で、魔導外輪を装着して試運転に

至る頃には帰国していてもおかしくないくらい先の話である。


『そんなことより、海の向こうの情報収集の方が優先だ』


 残るメンバーにできることはそれなりに手を打った。ここから先は、どのようなことが行った先で起こるかを想定することになる。何事もなく和やかな……ということは考え難い。


「また腕試し大会開催かしらね」

『決闘・馬上槍試合にラなんちゃらの試合、それと神国やネデルの外交官の動き。リンデの原神子教徒どもにあっちの貴族、北王国の状況とか……課題多いよなお前』


 はぁと彼女は深い溜息をついた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 これまで、彼女が経験した中で、連合王国そのものかまたはその国に所属する商人や貴族が関わっているのかは不明だが、様々な事件と関わってきた。


 王都・レンヌ・ルーンにおける人攫い・奴隷密貿易が明確なことだろうか。私掠船も二度返り討ちにして拿捕したことがある。アンデッドのうち、どれだけが連合王国とかかわりのある案件かは不明だが、ガイア城やコンカーラ城またはジズ城に関しては連合王国にかかわりの深い城である。


 また、レンヌで暗躍していた大公の大叔父ソレワ伯が連合王国と結んで暗躍していたとされ、また、ヌーベ公との関わりも深いと考えられている。


「端的に言って敵ね」

『なんも分析になってねぇ。まあ、王国に害意を持っている王は少なくはないよな。血縁が多少あれば首ツッコんで来るしよ』


 鬱陶しい親戚のおっさんみたいな存在である。


「私掠船免状を作っているのは女王陛下なのよね」

『表向きは認めねぇけどな。あんなもの、見せたって襲われている相手からすれば関係ない。ありゃ、略奪品を売り捌くときの免状だ。その代わり、半分は税金として女王に納めることになる』

「つまり、盗賊団の首領みたいなものね」


 とはいえ、戦争をするために軍を編成するなら、行った先の都市や村を略奪する行為を容認するのは自分の懐の痛まない報酬であり、良くある事象でもある。給料不払いに激怒した傭兵団が、自主的に略奪行為を行うこともあるし、軍の解散後、帰りの駄賃とばかりに万単位の盗賊団となり、あちらこちらを略奪するか勝手に軍税を徴収し移動することもある。


 海の上で他国の船相手に行う事と大差はないと言える。とはいえ、肯定されるような内容ではない。


「私掠船に関しては王国はあまり被害にあっていないから、激怒するのは新大陸から本国への積荷を奪われる神国なのよね」


 数隻の船団で、湖西王国地方にある港町『リマス』を出港し、新大陸から本国へ向かう貿易船を襲うのだという。また、リマスは奴隷貿易でも有名であり、その大半は神国貿易船から奪った者が対象となっているとされる。


 レンヌの対岸にある港であり、恐らく、レンヌ経由で送り出された王国人は『リマス』でセリにかけられたのだろう。新大陸へ労働者として送り出される内海対岸の暗黒大陸出身者は、そのまま海上で船ごと奪われ、新大陸へと向かう事になるので、多くはリマスに来ることはない。


 サラセンも御神子教徒の船を襲い奴隷とする。これは、異教徒であれば奴隷にすることを可とする為であり、王国も聖征の時代において東方から異教徒を奴隷として連れてくることがあった。神の前に人は平等であると聖典にはあるが、同じ聖典を頂かない異教徒はその埒外ということだろう。


「奴隷貿易は女王個人だけではなく、航海毎に基金を募ってそれを元に船団を編成すると言われているわ」

『完全に商会運営だな。商売になってるわけか』


 その出資者の多くは、女王の側近であり、リンデの有力商人や貴族が含まれている。つまり、女王のひも付きであると同時に、女王の支持母体そのものであると考えられる。


 神国は、表向き『義妹』である今の女王と対立してはいない。しかし、海賊が連合王国の船であり、その船で盗まれたものがリンデやネデルの貿易都市で売却されている事も把握している。


 宮中伯曰く、神国は北王国の女王『アメリ』を擁して連合王国の王位につけようと画策しているという。神国国王は先代女王の夫であり、存命時は共同統治者であった。神国の王族の娘であり、敬虔な教徒であった先代女王に対し、今代の女王は原神子信徒であり、父王が定めた国内では教皇より国王が上位者であるという法令も生かしている。


 教皇をないがしろにする異端者であり、神国を害する海賊団の親玉であると認識しているのだ。


「アメリ女王が内乱に負けて連合王国へ亡命しているのが痛いようね」

『あんま女王が良い治世を行うってのは難しいよな。それに、最初から為政者として育てられたわけでもなさそうだしよ』


 一時期は、王国の王妃として嫁ぐ可能性もあったのだという。


 アメリ女王の祖母は父王の妹であり、連合王国の王位継承権を持つ存在である。仮に、連合王国が北王国と纏まるのであれば、女王はアメリの方が良い。また、アメリは既に嫡男を生んでおり、後継者にも今の所不安はない。片や独身であるから、どちらが望ましいかは明白だと言える。


 とはいえ、連合王国の政治的権力は原神子信徒とリンデの商人たちが握っている。簡単にはいかない。


『異端相手なら、聖征発動するかもしれねぇな』


 王国南部の「タカリ派」の諸都市に対して行われた事もあり、また、帝国東方の東外海沿岸の異教徒の住む地に駐屯騎士団を中心とする聖征が為されたことがある。これは、最終的に大原国が御神子教の元に収まり、『異端』として戦う事ができなくなった結果、教皇庁の力を借りることができなくなり、戦力の乏しい駐屯騎士団が大原国の国王軍に大敗し、多くの領土を失い、聖騎士団として解散し還俗することに繋がる。


 『アメリ』女王を旗頭に、神国を中心とする「聖征」が為されないとも限らない。目の前のネデルには数万の神国軍が存在する。艦隊を編成し、多くの軍を乗せ海を渡れば、容易になされる可能性がある。


「その辺り、ネデルの次に連合王国の現状を見てこい……ということなのでしょうね」

『だがよ、副大使じゃ身動きとれねぇよな』


 ネデルには冒険者として入り、オラン公軍に雇われあちらこちらで活動する自由があった。しかし、王国の使節として向かうのであれば、そうそう自由な活動も情報収集も出来ないだろう。そもそも、彼女に外交の経験がないし、開示して良い情報などというものも持ちえない。情報を交換するにしても、その差し出すものがないのだから、交換しようがない。


『お前が囮と言う可能性もあるだろ』

「なるほどね」


 王弟殿下と彼女が連合王国入りするなら、相応の防諜体制をとることになるだろう。その為、戦力を割かねばならず、宮中伯の子飼いの諜報員が活動しやすくなるということだろう。ウォレス卿も案外その辺りを考えて王太子宮で事件を起こしたのかもしれない。大して混乱もなく、リリアルの塔が早々建設され、余計に動きがとれなくなったと思われるが。


「なら、奴隷市場も直接見てみたいものね」

『おう、王国人がいたなら……』

「火の海にしてやるわ」


 王国内での失踪事件、人攫い事件は鳴りを潜めつあるが皆無ではない。また、この二三年では関わる商会や犯罪組織を潰しているので消えているが、それ以前に連れ出された人たちの行方も調べたいとは思う。とはいえ、平民であるから、取り返す労力を考えると、今さらということもあるかもしれない。彼女の手は二本しかなく、全てを掬い上げるというのは不可能だからだ。


「女王周辺は奴隷貿易・私掠船の事に関してということね。それと、この前捕まえた奴らを引き渡す事になっているわ」


 魔導外輪船でルーンからの移動中、私掠船に襲われ返り討ちにした。船は没収、船員は全員犯罪者として収監している。


『名前なんだっけか』

「さあ、なんでもいいわ。どのくらい情報を得られたか楽しみではあるわね」


 情報収集ができていればよいなと彼女は思うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 『カ・レ』にて収監した私掠船の乗員に関して、『フランク・ド・レイク』は既に身代金を支払い連合王国へと帰還していたということを彼女は今さら知る。


 余程稼いでいたのか、余程その操船能力・指揮能力を評価されていたのかぽんと金貨五百枚が支払われたという。王国で言えば男爵の年収並の支払いとなる。


 しかしながら、それ以外の船員は所詮使い捨ての駒に過ぎないようで、折角なので、連合王国の奴隷市場で犯罪奴隷として処分することが決定している。


 また、『アヴェンジャー号』を魔導外輪船に改修し、王国海軍に編入するということになりそうだと王宮からの手紙には記されていた。


「聖リリアル号を取り上げるということにはならなかったわね」

「当然でしょう? リンデの港まで川を遡って威圧してやるんだから、渡せるわけないじゃない」


 リンデも当然だが、賢者学院も海上に離れた島にあるという。王国の『聖大天使修道院』と似た、干潮時のみ対岸と繋がるのだという。


「千年前の修道院跡らしいじゃない?」


 伯姪の言う通り、もとは先住民の王国の時代、教皇庁から招聘された修道士と司教により開かれた古い修道院が存在した。連合王国の北部の布教の中心地として二百年ほど興隆したものの、入江の民の襲撃を受け一度は撃退したものの、二度目は防げず司教以下全ての聖職者が殺されるか連れ去られたのだという。


 廃墟となった修道院に、『魔術師』とその資質のある者たちを集め、教育し御神子教の盾となり剣となるべく築かれたのが『賢者学院』なのだそうだ。しかし、彼女の中では、それとは違う存在を感じているのである。







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― 新着の感想 ―
[一言] 渡海も迫って参りました! 国家と結婚!とか言って、普通の結婚ムリそうな女王陛下と彼女がコッソリ意気投合!もあり得るのか!? アイネお姉さんを王国に留めて行けるのか!? ワクワクします!!
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