第589話 彼女は仕上がった『魔装弓銃』を手にする
第589話 彼女は仕上がった『魔装弓銃』を手にする
週末に戻ってきた薬師娘たちが、『学院街塞』を見て大いに驚いたのは言うまでもない。
「いきなりできていてびっくりした」
「ええ。度肝を抜かれるとでも言えば良いのでしょうか」
恐らく、王都でも同じ現象が起こっていたのだろう。王太子宮の騒動は王都民にかん口令が敷かれ広まっていないが、リリアルの城塔がいきなり出現したことは話題になっていた。良い意味でも悪い意味でも。
「不安に思っている人もいるみたいですね」
「不安?」
「はい。何か大変なことが起こる可能性があるから、リリアルが急いで防御施設を王都の中に建設したのではないかという不安ですね」
事実、すでに問題は起こっているのだが、その内容を知らされていない王都民からすれば不安を感じているのだろう。
「何か噂を上書きする方法があればいいのだけれど」
などと思わざるを得ない。
二人は騎士学校で多くの知己を得、また、騎士としての仕事に関しても大いに学ぶところがあった。彼女たちの代に多かった遠征の実習も縮小された影響があるのだろうか、座学が増えて大変だったが役に立つことも大いに学べたという。
「騎士を引退した後、代官や官吏に再登用する方針があるようです」
騎士団で小隊長や中隊長を務めたような指揮官経験者は、各地の王領へと向かわせ、現地の情報収集や防衛の為の基盤づくりを担う役目を与えることになるのだという。騎士団の人間が増えた半面、今までと同じ衛兵長などといったポストが不足していたのだが、王宮は王太子殿下の意向もあり、王領の街へ『文官』として派遣することにしたのだという。
「実質、予備役のような役割なのね」
「はい。徴兵しても、訓練を受けた指揮官が不足していれば烏合の衆にしかなりませんので、その辺りを見越して……ということのようです」
彼女の名前と語源を一にする大王の言葉とされるものに「一頭の狼に率いられた羊の群を恐れ、一頭の羊に率いられた狼の群れに勝つ」というものがある。王太子の考えることは、即ちそのような事であろう。
「けど、いい城塞ですねリリアルの街塞は」
「街道を威圧するようにも見えますし、王都まであと少しだと思う道標にもなりそうです」
騎士学校生二人にはそう評価される。街道を北上する軍隊にとってはマスケットや弓銃の攻撃範囲であると見られ、無視して移動するにもはばかられる。また、悪事を考える者たちにとっては不安を、良民には安心を与えることができるだろう。
「領都を建設する時の良い経験になったわね」
彼女の呟きに、伯姪が言葉を重ねる。
「そうね。とくに……」
「「「「「セバス(おじさん)(おっさん)(じじい)!!」」」」」
「おいぃ!!!」
いや、結構頑張ってたよセバス。でなければ、弄りようがない。精細さは欠けるものの、土だけの成型ならば癖毛より高度な事もやってのける。領都建設の際の稜堡の建設には全力で……こき使われるだろう。
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『こちらになります』
「試射してみても良いかしら」
『勿論です』
ワスティンの修練場に設けられた試射場。壁際に立てられた木人がその役割を果たすことになる。日頃は剣の鍛錬などに用いられるそれだが、今日は弓銃の的となる。
板バネを四枚重ねたそれは、中央の半分ほどが四枚であり、外側が二枚重ねて金属の帯で締めて固定されている。一番下の板バネには鳩目のような円が両端に穿たれており、鋼線を固定するようになっている。
鋼線を張り、彼女は地面に弓銃の先端にある『鐙』型の金具に足を乗せ、鋼線を腕で引き絞る。『身体強化』しなければ、全く動かないほどの張力であるといえる。
『長弓を上回る威力を出すには、弓の幅が減る分、張力を高くする必要があります。本来なら、ウインチか梃子を使って巻き上げるような張力なのですが、流石ですね』
姉や赤毛娘あたりなら喜ぶかもしれないが、貴族の子女が力自慢で喜ぶはずもない。微妙な気持ちで『ボルト』と呼ばれる弓銃用の矢を掛ける。
「この矢は普通のものかしら」
『板金鎧用のメイス型の鏃です。突き刺さるより、打ち倒すことを目的としております。また、魔力による威力増大は望めません』
ただし、鉛に魔鉛を加えた場合、柔らかさ故、鎧の表面でつぶれ、広範に魔力を鎧の中の人体に伝えることができるという。
『込める魔力量によりますが、アンデッドなどなら一撃で致命傷となるでしょうし、生身の人間なら昏倒することになると思われます』
「実験したことは?」
『魔物相手でしたらございます。魔狼程度なら即死でした』
但し、潰れる為再利用は出来ないのだという。
しかしながら、魔銀ほど希少性はなく安価、尚且つ、魔力を溜めておける非魔力持ち用の装備は希少だ。
「その、魔鉛頭の矢を整えることは簡単かしら」
老土夫に素材さえ提供してもらえれば、工房でもシャリブルにでも成形は難しくはないという。鉛が主な故に、溶ける温度が低いこともあり、簡単に成型できるという。鋼材用の炉がなくとも普通の炎で溶ける温度と言う事だ。
不在の間の不安材料が一つ消えたと言えるかもしれない。並の弓銃はそれなりに揃っているので、矢さえ用意すれば、自衛程度なら三期生でも問題なく利用できるだろう。
「それでは、試し撃ちね」
彼女は少々ずるをする事にする。空中に魔力壁を築き、そこに弓銃を乗せる。マスケットや弓銃は、銃床を胸壁の上などに置く事で、安定した射撃を行う事ができる。重心が安定することで、狙いが定まりやすく、発射時の反動などで銃身がブレて外す事が少なくなるのだ。
PASHII!!
引金が引かれ、軽やかな音とともに50m先の木人に向け矢が放たれ、ゴンという音とともに命中する。
『お見事』
彼女は再装填し、二度目の射撃を行う。今度は魔力壁無しで、素の状態で射撃を行う。そして、矢は外れる。
彼女は少し考えながら、シャリブルに話をする。
「この、鐙状の足置きなのだけれど」
彼女は、鐙型の金具を直角に固定できるように角度を変えられないかと伝える。
『可能ではございましょうが。それは何故でしょうか』
「射撃する際に、壁や地面に先端を置く事で安定させることができると思うわ」
手で支えるのではなく、先端の金具が支える事で、射撃は引き金を引くだけで済むようになる。胸壁などがない場所でも、地面に伏せたりすれば撃ちようがある。
また、伏せていれば目立たないという利点も加わるだろう。
『なるほど。早速改良いたします。一両日お時間を頂きます』
彼女はそれを楽しみにすると伝え、リリアルに戻るのであった。
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「シャリブルさんからお届け物」
「ありがとう。ちょっと付き合ってもらえるかしら」
「問題ない」
赤目銀髪がワスティンの修練場からの帰り、シャリブルから預かったのは改良型の弓銃。比較可能なように、元の仕様のものも残してくれていた。つまり、いま彼女の手元には二丁の弓銃があるということだ。
「射撃練習場へ行く?」
「いいえ。城塞で実際に使ってみましょう」
「了解」
彼女は赤目銀髪だけでなく、魔装銃兵となる薬師組の一人、碧目栗毛を呼んできた。魔装銃と比較できる人がいた方が良いのではというもっともな提案である。
既に外観だけは完成している『街塞』の屋上へと移動する。
「結構見晴らしいいね」
「そう」
「確かに、風が気持ちいいわ」
三人は街道沿いにある立木を目標にする。凡そ100m程だろうか。弓銃なら有効射程外、魔装銃では『導線』が使えないと命中は期待できない。50m前後から弾がブレてそれてしまうからだ。
「あなたは魔装弓でお願いするわ」
「最初に試す」
魔法袋から愛用の『魔装複合弓』を取り出し、矢をつがえる。
PASHII!!
DANNN!!
立ち木に矢が突き刺さる。100mでも正確な射撃が可能。しかし、胸壁に当たる部分から上半身を乗り出す必要がある。
赤目銀髪なら魔力壁で防御しながらの射撃が可能なので問題ないが、普通は遮蔽から身を乗り出した時点で狙い撃ちされかねない。
その上で彼女は碧目栗毛に魔装弓銃を渡し、まずは弦を張るところから試してもらう。
「うううぅ……結構力いりますぅ」
まず、弦を張り、その弦を弓銃の鐙に足を引っかけ手で引き絞る。カチリと音がして鋼線が嵌る。
「重たい?」
「はい。身体強化してギリギリくらいです」
「軟弱」
「うるさい」
軽口を叩きながらも、かなり力を使ったようである。
まずは、普通に手で持って先ほどの立ち木を狙ってもらう。
「い、いきます」
PASHII!!
すかっとばかりに、立木から逸れて背後の草むらへと矢は吸い込まれていった。
「へたくそ」
「結構難しいね弓って」
「こっちはもっと難しい」
「すごいねー」
彼女は再度装填させ、『鐙』部分を折り曲げ固定する。
「これを胸壁の上に乗せて狙いを付けて見て」
「お、これなら上手く行きそうです!!」
PASHII!!
DANNN!!
本人の予想通り、弓銃の矢は見事に突き刺さる。
「なかなか」
「ううん、この金具で安定したお陰だよ。これなら狙い撃ちも簡単」
と息を合わせたように話をする二人。彼女は、魔鉛製の鎧用矢を取りだす。既に魔力は充填済みである。
「こんどは、これを使ってもらえるかしら。狙いは、『導線』を使って正確にお願いするわ」
「了解です!!」
三度目になると、装填の加減も慣れたようで容易に弦を引き矢を乗せる。
PASHII!!
BAAANNN!! BAKIBAKIBAKI……
「え、ウソ……」
「力入れすぎ」
「いや……先生……」
一抱えもある立木が圧し折られている。身体強化した騎士でも一撃で倒せそうな威力である。彼女はその出来に深く満足する。
「ええ、問題ないわ」
笑顔でそう答えたのである。
その日から、『赤目のルミリ』は弓銃の訓練が個別に加わった。教官は赤目銀髪と碧目栗毛。先ずは、自力で矢を装填できるようになるまでが……大変そうである。
「うっ、引けません……」
「こう、魔力を腰と膝の裏に集めて、グッだよ」
「ええ!! 腕じゃないんですか」
「腕で引くのではなく、腰で引くもの」
と、感覚派ではあるが、弓の扱いなど全くの初心者であるルミリには、理屈よりも感情で話をする方が理解しやすいだろうという配慮だ。それに加え、二期生の中では年長であるルミリと赤目銀髪は同年齢でもある。そういう意味では、彼女や伯姪が教えるよりも気が休まるのではないかという配慮もある。
『何とかなると良いな』
「なってもらわなければ困るもの」
わずか六人での渡海、誰ひとりお荷物扱いするわけにはいかない。それに、最も警戒されないであろう少女にこそ活躍する機会が多そうだと彼女は考えていた。