第588話 彼女は学院にも『街塞』を建てる
第588話 彼女は学院にも『街塞』を建てる
心配性な彼女の頭の中には、自分が王国不在の間に何かしら危機が迫った時に、リリアル生が対応できるかどうかという問題が大きくなっていた。
「心配性なのはわかるけど」
「考えすぎても考えすぎることはないわ」
はぁと話を聞いていた伯姪は溜息をつく。自分の目の届く範囲からリリアル学院の生徒たちが見えなくなるのは何も初めてではない。騎士学校時代も遠征中も離れていたのだ。
「取り越し苦労よ」
「……そうであればいいのだけれど」
ワスティンの森や王太子宮の事件で、すっかり心配性が加速している。留守中はオリヴィも王都周辺で活動してくれることになっており、姉もそれに協力するつもりなのだから、何も心配ないだろうと彼女以外全員がそう考えているのだが、本人だけが心配に心配を重ねていると言ってよい。
「確かに必要なのよ」
王都の街塞が完成に近づき、伯姪と彼女は同じような防護施設がリリアル学院にも必要ではないかという考えに至る。騎士団の駐屯地が近くにあるとはいえ、随分と人数も増え、また、三期生の大半は戦闘力の無い幼い子供たちだ。護れる拠点が必要だろうと彼女は考えていた。
「どこにするべきかしら」
「街道から学院を挟んで反対側……森の際の部分を少し切り開いて……」
街道沿いには騎士団の駐屯地があり、学院周辺は水路や薬草畑で囲まれている。そのさらに森に近い側に防御拠点を築いたらどうかという伯姪の提案。
「森から接近する敵に対する哨戒場所にもなるかしら」
「人が置けないからねぇ。王都の街塞と修練場に学院自体でしょう。戦える人間の数に対して配置できる場所が多すぎるわよね」
一期生だけであれば、自分たちの身は自分たちで守れる自信があった。一期生も駈出しの頃からそれなりに冒険者としての経験を積み、また、リリアル自体がたいした存在ではなかったからである。
しかし、この三年で随分と状況は変わった。彼女は子爵家の次女で、たまたま出くわした魔物の群れから子爵家が代官を任されている村を守り、運よく王の目に留まり騎士爵を与えられた少女……ではない。
若くして男爵・副伯位を賜り、竜討伐を行い、副元帥の地位を与えられ、王都の南に領地を与えられた貴族の当主となってしまった。実態は大して変わっていないのだが、身分不相応な立場を得てしまった。
「どれだけ頑張ればいいのかしら」
「頑張っただけ仕事が増えるのって不思議よね」
二人は皮肉気に笑い合う。
「何も、同じものを作る必要はないんじゃない?」
街塞をイメージしていた彼女に、伯姪が自分の考えを伝える。
「法国のアスティの街なんかにある『街塞』ってね、一階に入口が無いの。二階にあるのよ」
「どうやって中に入るのかしら」
伯姪曰く、階段で出入りし非常時には階段を引き上げてしまうのだという。一階の街路に面した外側の壁には採光用の窓などはなく、中庭側にだけ明り取りの窓があるのだという。
「地下もあって中二階の倉庫みたいな場所もあるの。いわゆる、金庫に住んでいるようなものね」
石造りの城であれば、冬の寒さも尋常ではなく、木の箱型のベッドの中に人が集まり財貨も仕舞い家族で寝ていた時代もあったという。その『家』版なのだろう。
「なら、学院用のものはそれに近い方がいいわね。一階に入口を作らず、中庭側にだけ窓を斬る形で」
「ほら、土魔術が使える奴がいれば、入口を開けるなんて簡単だし、魔力壁があれば、上階や屋上から入る事も出来るでしょう?」
「不安なら、縄梯子も置けばいいわね。中を武器庫代わりにして……」
「演習用の城塞にもなるし、攻撃側と防御側に別れて実戦を模して戦うのも良いわね」
実物大の城塞模型扱いである。姉が大喜びしそうだと考え、彼女は一瞬躊躇するが、「武器庫」という発想は良い考えだと思う。魔法袋に彼女は常に予備の装備を納めておけるわけではない。ここに活動するようになれば、当然必要なことだ。
それに、領都が建設されれば、その周辺を守る城塞も必要となる。領都に住む人間だけであれば今の廃城塞に収容できるであろうが、領内の住民が増えれば、領都の外郭にも城塞を配置したい。
「まあ、それを踏まえて、『学院街塞』も建築しておくべきよね」
「土魔術師が嫌な顔しそうだけれど、それが仕事だから諦めてもらいましょう」
癖毛と歩人……喜んでやるとは思えない。いや、三期生の子供たちの前で良い顔しようとする可能性もあるので、そうとは限らない。
法国戦争は、先王時代を通じて幾度か為されたミランとトレノを擁する王国北部平原を領有するための、王国と帝国の戦いであったが、この時、王国軍は多数の新型軽量砲とマスケットで武装した強力な軍を派遣した。
新型の砲は軽量であり、機動力があったので、攻城戦の速度が速くなり、古い高さを誇る石壁が速やかに破壊されることになる。これに対抗するため、法国の建築家は城塞の外側に『堡塁』を形成するようになる。城壁を低く厚くし、砲弾で突き崩されないように改修を始めたのである。
城壁の手前に設けられた堡塁は『斜堤』と呼ばれ、砲弾が城壁に向けた射線を確保することを困難とするようにしている。また、傾斜を緩くして斜面を長くとるのは、マスケットや弓銃による射撃の死角を無くすための手法でもある。垂直の壁の真下は、攻城する側にとっては銃撃を受けない安全地帯でもあったからだ。
また、円形の張り出しは周囲から射線の通らない死角を生むため、鋭角な張りだしを形成することになる。これにより、新たな時代の城塞は『星型』等と言う名称を与えられることがある。☆に似た鋭角の先端を複合的に配置し、周囲の堡塁から支援されやすくすることで、突破しにくい防御陣地を形成しているのだ。
「というところが王都の新しい防衛設備となります」
先日、話が出ていた『堡塁』の整備について、彼女と伯姪の他、オリヴィ主従に土魔術師二人が、王都の堡塁建設の技師から実地に説明を受けているのが今の状況である。
「けっこう場所とるな」
「まあ、この空間で畑を設けることも可能ですから、悪い話ではありません」
「……なるほど。変わった畑だな……でございます技師殿」
癖毛は森を切り開く範囲が広がりそうであまり良い気がしないとばかりにぼやいたのだが、その後の歩人の言は単なる嫌味でしかない。
「リリアル生も増えて食料も自給する為には、新しい畑も必要ではないかしら」
「働かざるもの食うべからずというでしょう。セバス、明日から絶食ね」
「あんまおじさんをいじめんなよ。か弱い生き物なんだぜぇ……でございます皆様」
虐めではなく、単なる事実の羅列である。
外側へ外側へと堡塁は重なるように広げることができるらしい。王都そのものにそれを加えるのではなく、王都に接近できる街道を制する要衝にこうした機能を多数盛り込んだ『星型要塞』を設けることで、容易に王都へ接近できなくする構想があるという。
「王国内に大軍が突然現れる事はありません。国境を越えて王都に接近するのに半月から二ケ月ほどもかかるでしょうか。その道すがら、いくつか堅牢な要塞があるだけで、軍は移動することが難しくなります。戦力は二三個中隊でも配置できれば、それだけで万の軍を二三週間拘束できる事も可能です」
「その間に、迎撃する軍を編成し向かう余地が生まれるわけね」
「然様ですな」
計画自体は王国全体で百近く生まれているのだという。王都周辺、神国・ネデル周辺に帝国と接する東方の国境にも必要となるだろうか。
一気に全体が陥落しないように、要塞も大小の堡塁を組み合わせて複雑に形成される事になるのだという。
「けど、リリアルにはそこまで必要ないわよね」
「今の所はでしょう。王国全体の危機であれば、意味がないでしょうから、むしろ、騎士団が出動して鎮圧できるレベルの魔物や暴徒の襲撃から数日守れる程度で十分だと思うわ」
「水を引き込んで濠を巡らせるのは必須と言えるわ。流れる水の上を不死者どもは渡れない。それだけでかなりの防御力となるでしょう」
オリヴィの発言に彼女も同意する。中には船で渡る輩もいるのだが、対抗できないわけではない。船は破壊すればいいし、架橋されても破壊すればいい。護る場所が限定されるだけでも意味がある。数人の冒険者組をメインで迎撃し、それを魔装銃や弓銃で支援する形になるのだから。
新しい領都のモデルとして、また、非常時の退避施設として設けたいのだが、星型の堡塁まではやり過ぎである気もする。襲撃に大砲は使われないだろうからだ。
「防御力は人造岩石製の外壁で担保する方が良いわね」
「積みあげた石壁は崩せても、一枚岩の人造岩石なら欠ける程度しかダメージがないでしょうからね。問題ないわ」
堡塁は濠を渡りにくくする防衛戦用に最小限設け、主に人造岩石での堡塁づくりを進めることにする。
「掩体は何で作っているのでしょうか」
「理想で言えば人造岩石ですが、工期と施工に技術がいります。今は、焼煉瓦を主に用いて、それをモルタルでつなぐ形で補強することにしております」
掩体は主に、丸太を束ねたり木の板でトンネルをつくり土をかぶせたりすることで連絡通路を確保するのだという。しかしながら、耐久性を考えると主要な部分は煉瓦製となる。王都の新街区も、木材だけでなく防火対策を考え、外壁には煉瓦を用いることが計画されている。
『リリアル……狩猟用の別荘だよな元は』
長閑な場所であったはずだが、徐々に軍事施設に近づいていることに『魔剣』は解せぬと感じていた。
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「マジでか」
「勿論よ」
「まじもまじ、大マジよ」
リリアルの『街塞』は街道とリリアルの中間、今は工房やニース商会の支店がある場所の北側に建設される事になる。
既にリリアル学院の敷地とは水路で隔たれているのだが、その水路を分岐させ、『街塞』の周囲にも配置する。また、街道側には『堡塁』を配置し、街道から接近するであろう敵に対しての防御を高める予定としている。
階高を高めにとった二層式で、一階部分の外側には開口部を設けず、中庭側から採光する『街塞』仕様である。入口も当然二階側にしか存在しない。梯子か「魔力壁」を用いて入る必要がある。とはいえ、学院生の魔力量の多い黒目黒髪や赤目銀髪は魔法袋を持たせている為、学院生が立て籠もる間の物資くらいは収納可能でもある。
「では、最初に掘り下げて一層部分の型枠から作ってもらおうかしら」
「うえぇぇぇぇ」
「いいだろここ。訓練施設にもなりそうだし」
「あんた、いい考えしてるわね!!」
セバスは嫌そうだが、癖毛は前向きである。工房の背後にこれができるのは問題ないのだろうか。
「日陰になると良いよなこれ」
「熱いもんね、工房」
炉を始終使用する工房は、夏の間は言語道断な環境となる。水をがぶがぶ飲まなければ干からびてしまうほど汗をかく。多少日陰になればと思うのも無理はない。
装備の試射・試用にも城塞は仕えるだろうし、周辺も畑にできれば更に良い。森も大して開拓せずに済むからなおよしだ。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の姿に整えよ……『土壁』」
オリヴィのワスティンで作った『別荘』よりは大きく、王都の『リリアルの塔』よりは小さな一辺50mほどの大きさの『街塞』の一階部分を掘り下げ、土を排出する。
「『堅牢』」
土らしいぽろぽろと崩れそうな表面が、焼煉瓦のように硬化する。
「上達したわね」
「ったりめぇだろ。魔力量が多いだけじゃ、役に立たねぇって思い知らされているからな」
「セバス……」
「言うな!! 俺だってわかってるんだよぉ!!」
「「「不器用」」」
癖毛が確実に魔力量を増やし、精度も高め鍛冶に土木に生かしているのだが、歩人は魔力量も頭打ち、そしてちっとも上達しない。まあ、最初から見えていたのではあるが、癖毛に大差を付けられつつある。おじさんピンチ。
というわけで、本体部分は『癖毛』が主に施工、周辺の堡塁や濠は『歩人』が行う事で役割分担をする事にした。
「まじ、助かったぜ……でございます」
「追い抜かれるおじさんの気持ち」
グハッなどと言いつつ胸を抑える。周りのリリアル一期生女子はけらけら笑っている。女の子はおじさんに容赦がない。おじさんのガラスのハートは粉々よ!!
とはいえ、土をそのまま開削するような仕事は歩人と相性が良いようで、半土夫の『癖毛』は、土を加工するような作業が向いている。鍛冶も製鉄も土や石を加工し形作るものであるからそうかもしれない。
すでに外観は整いつつあるので、他のリリアル生は興味津々であり、特に、三期生はどうやって内部に侵入するかでディスカッション中である。
「弓銃で鉤縄を打ち上げてだな」
「それしかないか。石壁なら、石と石の隙間に金具を撃ち込んで足場を作る事も出来るんだけどね」
「ああ。まじ、継ぎ目がない壁って対応する手段が限られるよな」
「「「そうだね」」」
などと、魔力が無い場合はそうした手段で内部に侵入する道具を使うようである。暗殺者として訓練を受けたものからみても、外側の下部にまともな侵入口もなく、登るには難しい一枚岩の壁というのは難易度が相当高い。
つまり、対応する側としては安心できるのである。
「そろそろ騎士学校も卒業の時期かしら」
「早いものね」
彼女と伯姪が騎士学校に通っていた時期は、様々な事件が発生していたものだが、今回は無事何事もなく終了を迎えられそうである。
第二回 新人発掘コンテスト 最終選考進出作品108作の中に入れて頂きました☆
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