第582話 彼女は会議を傾聴する
第582話 彼女は会議を傾聴する
しかし、現実を直視できない者もいる。
「これは事実なのでしょうか。推測と憶測ばかりで、現実に吸血鬼が王国の官吏に紛れ込んでいる証拠には乏しいのではありませんか」
大臣の一人が宮中伯へと話を向ける。吸血鬼討伐が今まで絵空事であったというのであろうか。それこそ、証拠を示してもらいたいものだ。
「吸血鬼が王国の官吏に成りすましているかどうかは今後の監査で明白になるでしょうが、今の段階では推測に過ぎない」
「であるなら!!」
宮中伯の言葉に強弁を重ねる大臣。そして、オリヴィが話を引き継ぐ。
「修道騎士団の総長が何人も吸血鬼であったなど、どこにも記録はないでしょう? 都合が悪い事実は記録に残されないのです。でも、現物を見せることはできます」
オリヴィは警備の騎士の一人に合図をすると、その騎士は部屋を出ていく。
「……何か証拠でも見せてくれるのかねラウス卿」
「勿論です大臣閣下。百聞は一見に如かずです」
すると、ゴロゴロと重たい物を押してくる台車の音がする。ノックがされ、扉が開かれる。部屋の中に異臭が広がる。獣のような臭い。
『くっせぇな。陛下の前に出していいもんなのか』
「許可はいただいているわ。黙らすのならそれが一番……だそうよ」
『苦労してんだな』
元宮廷魔術師である『魔剣』は国王陛下に対して敬意を失わない。律儀な男である。獣の入っている檻の中には、聖アマンドであった吸血鬼が達磨状態で拘束されている。
「あ、ななななんだこれはぁ!!!」
「吸血鬼のサンプルです閣下」
「て、手足がないではないかぁ!!」
吸血鬼は手足を失ったくらいでは死なない。人間も、上手くやれば死なないものだから、当然だ。
オリヴィは檻の天井板をゴンゴン叩き、中の吸血鬼に挨拶を則す。
「さて、お行儀よく王国の皆様に自己紹介をお願い」
『……』
最初に出会ったときと面相は大いに変化している。恐らく、魂を消費し吸血鬼としての位階が下がっているからではないかと思われる。とはいえ、聖アマンドは『貴種』でも中の上くらいになるので、まともな姿形を整えれば、誠実な騎士か司祭のように見えるだろうか。
「名前が無いのかな? もしかして、家名も失ったついでに名前も無くなっちゃったのかな」
『戯けぇ!! 我が名はアマンド也』
「それだけ? 正式に名乗りなよ、みんなお貴族様なんだし、国王陛下の御身前なんだからさ」
面白くなさそうに顔を歪める吸血鬼。
「時代が変わって、教皇猊下が頂点ってわけじゃないからね。そもそも、連合王国なんて、国内では王の方が上とか言ってるしね」
『なんだとぉ!!!』
「だ・か・ら、時代は生きてるって言うのよ。吸血鬼は死んでいるから大変だよね。なんて同情するわけないんだけどね」
と思い切り檻をドゴンと蹴りつけた。ビクッとする吸血鬼。一層顔色が悪くなる。
「知能が低下して、挨拶も出来ないのかしらね?」
『だ、第八代修道騎士団総長、アマンド・オッド、である』
聖アマンドの名は歴代総長の中でもかなり有名であり、その名を聞いて会議に参加したメンバーから大きなどよめきが上がる。
「だ、だが、本当に聖アマンドなのか……」
『黙れ!! 我を疑う事など有りえん!! 貴様らが名乗れと言ったから名乗ったのであろうがぁ!!』
いえ、名乗れと言ったのはオリヴィです。
聖アマンドであると目の前の吸血鬼が叫ぶものの、肖像画が残されているわけでも四百年前の人物を見たことのある者がいるわけでもない。
「それで、この者が聖アマンドであるかどうかはともかく、確かに吸血鬼であるという証明はどうすればできるのだ」
「……そうですね……あなたが噛みつかれてみますか? それとも魅了を受けた者に暗殺でもされてみますか?」
オリヴィはややこしい事を言い始めるが、言われた質問者は顔を強張らせ「馬鹿なことを」などと及び腰になる。
「陛下、発言宜しいでしょうか」
「構わぬよ副伯」
彼女は一応、王国副元帥であるので爵位はともかく席次は上となる。故に、国王・王太子の次の権威者であるから、オリヴィへの質問を引き継ぎ、この不毛な問答を終わらせることにする。
「吸血鬼の脅威に関しては、ラウス卿から説明がある通りです。既に、聖都周辺、ミアン防衛戦においても吸血鬼は確認され、討伐もしくは撃退しています。これは、私が当事者であり、そのうち幾体かは情報収集のため、そこの聖アマンドを名乗る個体同様の処置を施し、とある施設に収監しております」
『だから!! 私が聖アマンドであるぅ!!』
煩いので、彼女は吸血鬼の喉元に、魔力の塊を叩きつけ声が出せないよう
にダメージを与え沈黙させる。
「そして、吸血鬼とその下僕が王都を始め、王国に潜んでいないという確証を示す事は誰にもできておりません。しかしながら、修道騎士団のように幹部までが吸血鬼となり、己の利得の為に組織を運用していたということが王国でもなされるとするなら国家の一大事。仮に、吸血鬼が確認できない結果の監察であったとすれば、それは良かった……で済む問題ではありませんでしょうか」
「副元帥の言う通りだ。是非、騎士団に近衛連隊、王太子の親衛騎士団にも監査をお願いしたいところだな」
王太子が『副元帥』と彼女の権威を表に出して同意する。つまり、王国の両元帥が監査を支持するという事を示したことになる。
「他にご質問はありませんか?」
「「「「……」」」」
しばしの沈黙ののち、声が上がる。
「質問ではないが、是非、騎士団を最初に実施してもらいたい」
「その後は、近衛連隊もお願いしたいものだな。王家と王都を守るに、信頼される組織であるべきだからな」
騎士団、近衛連隊長から同意の言葉が加わり、国王の裁可により、オリヴィによる『監察』が為される事になったのである。
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そのまま王宮を下がろうとした彼女とオリヴィであるが、王太子殿下が是非にと王太子宮へと招待される。先日事件があったという事もあり、その後の状態を確認するのは吝かではない。
「しかし、王太子宮に吸血鬼の保管箱があったとはね」
馬車から見える『大塔』を眺めながら、王太子が一人呟く。
「昔は王都の外だった場所が王都に組み込まれれば、知らぬ間に毒を喰らう事もある」
王国は長い歴史を持つ国であるが、その領域は時代により変化している。加えて、諸侯の盟主としての立場に過ぎず、王の領土を上回る諸侯がいた時代において、今よりずっと小さな存在であったと言える。
聖征の時代、尊厳王は王都に城壁を築き、様々な統治の仕組みを定めた。その後、英雄王が相続した王国西部やロマンデの各地を王国に取り戻し、王家の威光を大いに高めた。しかし、その孫の代においても修道騎士団総長に侮られるほどでしかなかった。
その後、連合王国との百年戦争を通じ、王国内は時に連合王国に与する諸侯が現れ、ランドルの地は連合王国に与し、レンヌは直系の公家が断絶し、相続争いから連合王国の王を主とする勢力も現れた。
幾度かの大敗、そして王が捕虜となる。賢明王の時代、王家に力を集約し常備の軍を支えるための体勢を作ることに成功したのだが、その軍を維持するための資金を集める仕組みを私的に利用しようとする王族の欲の為、賢明王の統治システムは崩壊してしまう。
とはいえ、一度定めた仕組みと言うものは形骸化しつつも残るもの。身分の低い貴族の子弟を王の代官として登用・育成する仕組みは今だ継続している。
長年にわたり統治してきた貴族家が後嗣を得ず断絶、敵国に与し族滅するなど、歴史ある貴族家が数を減らし、また、王家の血筋により爵位が存続され、王国の各地に王領が増えている。
王家の統治を強化する仕組みが、吸血鬼に利用されやすくなっている。それは、子孫が継ぐことのない聖騎士団と似ていると言えるだろう。吸血鬼は通常、子孫は作れないので相続される仕組みでない方が有利なのだ。
王太子の言わんとするところは古い血族で相続していく貴族体制ではなく、王家の力で新たに身分を整えられる今の体制を危惧したものだろうか。
幾度か足を運んだ王太子宮だが、挨拶以外で城館に足を踏み入れるのは初めてである。館の主である王太子不在の状況では、城館を使うにも制限がある。本日は主の誘いであるから、当然問題ないのだが。
「さて、王太子宮はこのまま使用できるだろうか」
前振りなしの本題。彼女は、封印してあった『大塔』、それと連絡通路を繋いでた『古塔』と、その横の『礼拝堂』、『納骨堂』以外にも何らかの仕掛けが残されていると考えている。
「王都の真ん中に、スケルトンの軍勢が現れるとすれば、この場所、そして納骨堂はとても仕掛けやすいと考えます。それに関しては、安全が確認できるまで調査をする必要があると思います」
オリヴィは同意するかのように頷く。しかし、オリヴィも彼女も討伐は得意であるが、アンデッドを使役する行為に関しては門外漢である。
「危険性は高いが、対抗措置無し……というわけだな。なるほど……知り合いに、アンデッド、死霊使いに詳しい者はいないだろうか?」
死霊使いの研究者……心当たりはある。
「王国の者ではありませんが、王都に長く居を構えている者に心当たりがあります」
「なるほど」
「王太子殿下も面識があるかも知れません」
彼女は『伯爵』を紹介するのが適切ではないかと考える。王都の安寧を脅かすものを彼の御仁が許すはずもない。ワインとパーティーが損なわれることがとても嫌なのだ。
『伯爵』の名を出すと、意外そうな顔をする王太子。表向き、帝国貴族であるものの領地をもたず、商人としての面が強いと認識されていたが、死霊に関する研究もしているとは知らなかったようである。彼女も知らない。
知らないのだが、自らを『リッチ』と化してサラセンに報復戦争を挑もうと考えていたのであるから、大量に生まれたであろう『死骸』を用いた殲滅戦、スケルトンの軍勢も考えたのではないかと思うのだ。
死体を使った魔物という意味では、『リッチ』も『スケルトン』も近いものがある。ワイトあたりも、その系列になるだろうか。死体+αで考えれば、重なる領域が大きいだろう。
「つまり、この場所の捜索を彼の『伯爵』に依頼し、何らかの対価を支払えば安心して王太子宮を今後も使用できると」
明言こそないものの、王太子は自らの親衛騎士達を王都に帰還時には引き連れて来ると考えている。そのさい、中隊ないしそれ以上の規模の戦力を王都内に配置するのであれば、この場所に宿営地を設けるのではないかと推測する。そういう意味で、クリーニングする必要を強く感じているのだろう。
「ラウス卿はどう考える」
姉との関わりで、王都に招かれて早々『伯爵』とオリヴィは面識があり、吸血鬼ではない伯爵に対して、オリヴィはあまり警戒していなかったらしい。また、オリヴィは自ら作成したポーションを挨拶がわりに渡し、『伯爵』は自らお気に入りのワインをプレゼントしたとも聞いている。
「私も、王国の専門家を多くは知りませんが、『伯爵』であれば適任だと思います」
「そうか。ならば、リリアル副伯は『伯爵』に王太子の指名依頼として、王太子宮の不死者に関する仕掛けがないかどうかの調査をするよう伝えてもらおう」
そして、褒美は思うがまま……とはいかないが、王国に暮らす間は便宜を図ろうという事となった。王太子主催の夜会などに招待し、友人であることを伝えるだけで、『伯爵』の立場はさらに改善され、様々な特典が自動的に付与される事になるだろ。
「私からも南都で手に入れたワインを幾つか贈ろう。樽でな」
と王太子は付け加えた。
やがて話は王弟殿下の渡海へと移る。彼女も副特使として訪れるわけだが、連合王国の内部に関してどう考えればいいのかといった話のほか、吸血鬼を使嗾しているのは連合王国なのかという問題について話を始める。
「ネデルで調査した範囲では、女王陛下は直接指示をしていることは無いと判断しています」
答えたのはオリヴィ。そして、最近の動きがウォレス卿が絡んでいるとしても、彼自身の考えではなく、協力者からの依頼もしくはバーター取引によるものではないかと考えると説明する。
「吸血鬼と関わりがあるとすれば、北王国。北王国は修道院の建設に関わる『自由石工』に修道騎士団の城塞建築に関わる技術を持つ聖騎士達が入り込んでいます。王都の再開発は広く技術者を集めていますので、そうした人間の中に吸血鬼がおり、王都に滞在している可能性は少なくないでしょう」
各地を転々とし、建築現場から現場へと移動する『石工』であれば、名前を替えるだけで、何年も同じ姿であっても怪しまれることはなくなる。時には『弟子』と名乗り、技術を受け継いだと嘯く事も出来るだろう。
「私も同じ推理をしております」
「副伯もか」
「はい。それ故に、街塞には外部の職人を雇わず、王都出身の者を限定して工事にあたらせる手配をしました。一部は、魔術で自作しておりますし、今後はリリアルで自給できるようにすることが目標です」
「……なるほど。王都は王都で自立した街づくりをする必要があるやもしれぬ。とはいえ、今までのやり方を変えれば職人のギルドも良い顔はしない。となれば、平易な吸血鬼の炙り出し方法を考えてもらうのが一番か」
恐らく、吸血鬼が紛れ込むのは下働きの者などではなく、設計や監督を行う技術者としてであろう。そういった人物は限られており、貴族との接触も少なくない。例えばウォレス卿のような下級貴族である。
「何か良い案はありますかラウス卿」
吸血鬼を討伐するに良い案がないかと、彼女はオリヴィに問うのである。
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