第581話 彼女はオリヴィと王宮に呼ばれる
第581話 彼女はオリヴィと王宮に呼ばれる
リリアルにオリヴィが滞在して数日後、王宮からオリヴィと共に彼女にも呼出がかかった。非公式ではあるが、国王臨席の会議であるようだ。
「もうすぐ連合王国への渡海準備もあるのにね」
「仕方ないわ。片付けなければ、安心して向こうに行くわけにもいかないしね」
オリヴィと彼女、そして従者にはビルと茶目栗毛を連れて行く。伯姪は学院に残ってもらい、渡海前の準備を進めてもらいたい。
吸血鬼の尋問は未だ進んでおらず、暫くは学院生に思う存分弄られて心が圧し折れるまで放置するという方向で考えている。囮として切り捨てられ処分された者たちが持つ情報に、緊急性があるとは思えない。
三体の元修道騎士団総長に求めるのは、いかにして吸血鬼が組織の中に浸透し、彼らが吸血鬼となったのかという経緯、そして、修道騎士団が実際、どの程度吸血鬼に制圧されていたのかという情報である。
『それも、裏付けって事になるだろうがな』
魔装二輪馬車でというリクエストにこたえ、彼女とオリヴィが並んで座っている。手綱を握るのは……オリヴィ。
「これ楽しいわね!!」
「……喜んでもらえて幸いです……」
魔力の潤沢なオリヴィ。さらに、夜目も効く体質であるから、馬さえ替えれば、いつまでも走り続けることができそうである。王国の端から端迄丸二日程度で移動できるかもしれない。さすが人外姫と呼ばれるだけのことはある。
オリヴィ用の魔装二輪馬車は彼女たちが渡海する前には渡せそうなのだが、暫くは学院のそれを使って貰って構わないと伝えてある。魔力さえ纏っていれば、余程のこと……竜に蹴られるなどのダメージでもない限り破壊される事もない。無いとは言えないが。
「王宮も国王陛下も初めてね」
そう、王宮で国王陛下隣席の会議に出席するのである。その前に、オリヴィには『王宮監査官』の辞令が出ることになっており、先に宮中伯の所へ案内することになっている。高名な冒険者とはいえ、表向き無位無官の帝国人を陛下に合わせるわけにはいかない……等という口さがないものもいないではないからだ。
どのタイミングで授けるかの問題なので、先に着任してもらおうということだ。
「では、ただいまから、オリヴィ=ラウスは『王宮監査官』となった。誠実に職務に励むように」
「畏まりました閣下」
オリヴィは辞令を受け取り、宮中伯に礼をする。帝国人が王国において王家の監察官になることは別段問題ない。王の個人的な臣下である者は、性別国籍さえ王の思うままであるからだ。
これが、都市の管理者である代官であったりするならば問題があるかもしれない。住民の代表と利害関係をすり合わせるためには、同国人同郷人の方が価値観が共有できるからだ。
言い換えれば、査察や監察であるなら、客観的他者視点で見る必要がある。他国者が多い組織は近衛連隊のような軍事組織であり、冒険者もその一つだろう。また、職人なども他国出身者が少なくなく、高位の聖職者も人事的な問題で他国出身者である場合もおかしくない。
どれも、実力が重視される職業である。
彼女はリリアルの騎士服、そして、オリヴィは文官に見える華美ではない貴族男性風の衣装。但し、いつでも戦えるように、膝丈ほどのズボンを着用しているので、タイツ風ではない。それに半長靴を合わせている。剣は持たず、辞令と共に渡された王家の紋章の入った短剣を腰に吊るしている。これは、王の代理人であることを証明するものだ。
彼女の場合、副元帥故に『元帥杖』を渡されているが、魔法袋の肥やしとなって久しい。
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謁見室ではなく会議室。それも、人数を絞ったいわゆる重鎮会議である。
「……殿下、お久しぶりでございます」
「ああ、リリアル副伯久しいな。活躍は相変わらずのようで何よりだ」
そこには、見目麗しい王妃殿下に良く似た、金髪碧眼の美丈夫が微笑んでいた。大変胡散臭い。
「ですが、なにか王都に来られる事がございましたでしょうか」
「いや、王太子宮で変事が発生し、君が動いていると聞いてね。キナ臭さを感じて王太子親衛隊を率いて後詰に来たんだが、何事もなく済んで幸いだ」
近衛騎士とは異なる『親衛隊』なる組織を南都で編成しているのだという。その行軍訓練を兼ねて、南都から急ぎ王都に来たのだという。重武装の騎士の為、王都に入れず南門にある新設騎士団本部の仮宿舎で待機させているのだという。
「親衛隊ですか。近衛ではなく」
「ああ。王家に忠節を誓っている近衛は大切だが、私個人ではなく、次の国王となる可能性のある人間に付くこともあるだろう? 人事異動もあるし、私の剣となり盾となる人材を個人的に側近としておこうと考えて、選抜しているんだ。まあ、リリアルを参考にさせてもらっている」
「……左様でございますか」
彼女の中には、リリアル生が彼女個人に忠誠を誓っているとは考えていなかったし、そう教育しているつもりもない。が、一期生の大半、三期生の年長組はそれを強く意識している節がある。二期生は、そこまでの関係にはいたっていないような気がする。
王太子の感覚は理解できる。近衛だからと言って必ずしも信用できるとは限らない。貴族として、実家や親族、派閥の力学で個人的な親愛より立場で判断せざるを得ない決断を強要される事もあり得る。
孤児にそれはない。また、身分の低い貴族の子弟であれば、実家とのつながりを断ち切って個人として王太子に仕えることだってありうる。故に、自身で側近兼護衛を務める騎士団を編成し、『王太子親衛隊』通称『海豚隊』を編成する事にしたとのことだ。
海豚とは、王国の王太子が名乗る通称であり、『海豚王子』といえば、王太子のことを意味する。故に、海豚隊なのである。紋章も海豚が描かれることになるだろう。
そういえば、リリアルもネデル遠征や南都遠征で兎馬車や魔装馬車を疾走させたことがあった。同じことをしているのだろう。これも大切な訓練だ。ミアンではそれが役立った。
「冒険者のように、位階を定めてね、三等・二等・一等・特等とね。席次もそれに則って定めて、切磋琢磨できる体制にしようと考えているんだよ」
リリアル丸パクリなのだろうか。いや、リリアルの場合、未だ一期から三期までしかいないので、そういう階級差はあまりない。役割りで分かれている程度である。今後は、そういう指標も必要となるかも知れないと彼女は考える。
魔力量で単純に分けても良いかもしれない。できる事が魔力量で異なるのだから、三等に一等の仕事を与えるわけにはいかない。魔力量が多い方が冒険者として危険な目に合う分、厚遇するという事も必要になるだろうか。
もしくは、王国の正騎士・従騎士・それ以外で分けるのもありだろう。従騎士から正騎士となるのはあり得るのだが、最初から騎士を目指していないとするなら、三等とされても問題ない気がする。
「それは、安心して治世に励めるのではありませんか」
「……それはどうかな」
王太子は、これから始まる会議の内容に関してある程度把握しているのであろうか、思わせぶりな言葉で会話を終了した。
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騎士団長、宮中伯、近衛騎士団長、『国務会議』の議員各位、近衛連隊幹部などが揃っている。王太子、彼女とオリヴィと、その部屋に国王が入室する。
「そのままでよい。皆、待たせたな」
太平楽だ昼行燈だと揶揄される事もある国王だが、先代国王の外征主義により疲弊した王国と王家の財政を健全化させ、次代に引き継ごうと手堅い政策を行っている内政家であると言える。
面倒なことは優秀な宮中伯を筆頭とする、側近や王家の官吏に委ねているのだが。『国務会議』のメンバーは外相や財務相のような大臣がつらなる王のブレーンの集団。つまり、文武の王国幹部がここに集められたということになる。
「では、始めよう」
国王が宮中伯に議事進行を促す。議題は、先日王太子宮を発端とする怪異に対する結果報告と、その結果に起因する今後予想される国内の問題に対する対応を話し合う場であるということだ。
「王太子宮での怪異。幽霊でも出ましたかな」
呑気な事を言う大臣の言葉に、何人かの文官が言葉を重ねる。しかしながら、何が起こったかを把握している騎士団以下武官の顔は険しい。
「なにを腑抜けたことを。彼の、修道騎士団の亡霊が出たのだ。歴代総長の中から、吸血鬼化した者三体、他、五体のレイスやワイトと言った高位の魔物化した存在がな」
「「「「!!!」」」」
ミアンに大挙してアンデッドが現れた前後において、王都周辺で吸血鬼が村を襲い村人が全滅したり、アンデッド化した魔物が古城に潜んでいたりとの報告を騎士団らから受けていた大臣たちは、まさか自分たちの住む王都のど真ん中に魔物が現れるとは思っていなかったようで大いに動揺する。
『王都、結構魔物でてるよな、エルダー・リッチとかよ』
『伯爵』は確かに魔物だが、他に共同墓地の地下墳墓などにも現れている。
「そ、そそれで、如何様になったのでしょう」
「既に、リリアル副元帥の手で討伐されている。が、その後、問題が浮上した」
憶測を踏まえているが、吸血鬼が王国の地方に派遣されている官吏などに成り代わり、あるいは当初からそのつもりで登用されるよう働きかけ、結果として、王家の代官などとして地方に派遣されている可能性があるという問題である。
「まさか」
「みな、王都大学で学び、王宮にも出仕していたものでありましょう」
「吸血鬼は昼間動けないのではないのか。官吏になれるわけがなかろう」
思い思いに疑問を口にする。が、どれも正確ではない。
「そこで、その可能性を踏まえ、王国各地に派遣されてる王の代理人たちを監査することにした。専門家に委ねてだ」
「専門家とは?」
宮中伯はオリヴィに挨拶を促す。
「国王陛下には初めてお目にかかります。先ほど、宮中伯閣下から『王宮監査官』の辞令を拝命いたしました、オリヴィ=ラウスと申します。お見知りおきください」
「オリヴィ=ラウスよ、王国の為励めよ」
オリヴィは最敬礼で王の言葉に答える。
「さて、では王国の重鎮の皆様、ここで簡単に吸血鬼についてご説明いたします」
オリヴィは吸血鬼がどのような生態であり、また、繁殖をするのか、説明を始める。
「……魔力持ちの魂か」
「貴族に生まれたものなら、相応に狙われるという事だな」
「なるほど、魔力持ちが命を失う機会の多い戦乱期が活動の機会となるのか」
等と、吸血鬼が何を狙っているのかについて粗々理解を重ねていく。
「ネデルにも吸血鬼が現れたとか。であるな、リリアル卿」
「その通りです陛下。戦場においては、敵を突き崩す尖兵としてオラン公軍を粉砕する突撃を行っておりました」
「「「おおぉ」」」
ノインテーターとその配下の分隊であったが、狂戦士化の影響で異常な突破力をもって敵陣を粉砕していたことは間違いない。戦場での吸血こそ行わないものの、吸血鬼の尖兵が何を為すかを考えれば、凡そその想像がつく。
「過去、聖征の時代に聖王国のいずれかで吸血鬼に浸透され、飽くなき戦乱が継続され、内部を侵食された可能性に関しては、今回捕獲した元総長らの吸血鬼の尋問を継続して解き明かせるかと思いますが、この事に気が付いた当時の王家が教皇庁と相談した上で、吸血鬼化した修道騎士団幹部を不意打ちで捕縛した結果、あの異端審問へと繋がったのではないかと今の段階では推測しています」
オリヴィの言葉に、重鎮たちが唸り声を上げる。聖騎士団を異端として告発し財産没収の上解散に追い込んだとされ、その後、後嗣なく当時の王家は断絶した。口さがないものは『修道騎士団の呪い』等と言ったものだが、その実は、吸血鬼が王国に侵入する事を阻止した英雄王であったのである。
「百年戦争期の情報は今後になるでしょうが、王国各地を荒らしまわり多くの街や村を破壊し、多数の騎士を戦場で殺した理由は……」
「吸血鬼の為か」
本来であれば、戦場で騎士を殺す事はあまり旨味がない。生け捕りにして身代金を受け取る方が敵味方ともメリットがある。殺せば金にならない。当時は、消耗した連合王国軍がやむを得ず捕虜に出来ずに殺すしかなかったなどとされているが、魔力持ちの魂を奪う事が目的であったとしてもなんらおかしくはない。
「しかし、百年戦争に王国は勝利した。吸血鬼はどこに消えたのだ」
吸血鬼が戦争をし続けるためには王国勝利で終わってもらっては困る。しかし、途中で吸血鬼はどこかに消えてしまったのか、救国の聖女の登場とともに、連合王国は劣勢になって行く。
「王国に関しては調査不足の為、推測でしかありませんが、修道騎士団がどこへ移動したのかを考えると推測は可能です」
「修道騎士団は解散したではないか」
一人の重鎮の言葉をオリヴィは肯定する。
「教皇庁の裁定により、残余の財産は聖母騎士団が接収することになりました。しかしながら、王国が捕縛した修道騎士団の騎士や従卒たちは、異端を認め解放されるか、そのまま王国外へと逃走したとあります」
その逃走先は、北王国・帝国・神国である。
「恐らく、北王国は修道騎士団を尖兵として蛮王国……今の連合王国の北進政策に対抗し、百年戦争の前に勝利しています」
ノックバックの戦いで、蛮王国の騎士団は、槍兵を中心とする北王国の軍に敗れるのだが、そのきっかけを作った少数の騎士部隊があったと記録されているものがある。恐らく、それが王国から逃亡した吸血鬼の騎士団残党であろう。
「神国に一部、そして、王国南部・中部の修道騎士団の所領の多かった地域に隠れたと考えられます。例えば、ヌーベ公領」
王太子領である王国南部と、そこに隣接するヌーベ公領に吸血鬼が今もまぎれて住んでいるとするのであれば、それは危険な事だと会議に出席している誰もが考えていた。