第578話 彼女は姉と共に吸血鬼と対峙する
2019/12/21の初投稿から丸三年となりました。長くお付き合いいただきましてありがとうございます。
第578話 彼女は姉と共に吸血鬼と対峙する
床に倒れている彼女の姿を確認し、姉の表情が見たことのない剣呑なものにかわる。
「妹ちゃん、もしかして暗い所でお昼寝中だった?」
「……そんなわけ、ないでしょう……」
かろうじて声を出す。
「だよねー。で、そこのセンスの悪い法衣みたいなの着ているナンチャッテ司教が悪者なのかな?」
確かに、アマンドは今までの騎士のように鎖帷子にグレートヘルムを被った如何にも聖征の聖騎士といういで立ちではなく、どちらかというと、東方教会の法衣を纏った『主教』と言ったいでたちに見える。
「でもさ、なんでこんなのが王都のど真ん中に昼間っからいるわけ。まあ、真暗にしてゴキブリみたいにこそこそ這いまわっていたんだろうけどさ」
聖アマンドの顔が怒りでみるみるどす黒く染まる。声色も吸血鬼のそれに代わる。
『不敬であるぞ下郎!』
「はぁ? 何怒ってんのこの馬鹿。私は、大事な妹ちゃんがあんたに倒されているの見て、あったま来てるんだけど。怒ってるのは私、怒られるのはお前。そこの所、間違えないでよね」
姉は、愛用のメイスを取り出し構える。
「ねぇさん……クウォーター・スタッフかベクド・コルバンだと思って……」
「平気平気。ポーションでも飲んで、そこでゆっくり見ていてよ!!」
姉はいつになく本気の表情。いつもは微笑んでいるような、口元が緩んだ表情がデフォルトで、目じりも下がっているのだが、今の姉は眦を吊り上げた表情に変わっている。
そういえば、幼い頃、知らない男の子に絡まれた時、こんな顔の姉が追い払ってくれたような記憶がある。気が弱く、姉と比べて劣等感をもっていた彼女は幼い頃虐められやすかったのだ。今では考えられないのだが。
「死ねぇ!!」
『貴様だ下郎!!』
由緒正しい子爵家の跡取り娘、王族の血も入っている家系の嫡子に『下郎』呼ばわりとは片腹痛いと姉は思い切りメイスを叩きつける。
GOKINN!! DOGO!!
『があっ!!』
「日に当たらないと、骨がもろくなるらしいわよお爺ちゃん!!」
杖頭を思い切り下からカチ上げ、空いた胴に前蹴りを放つ姉。二三歩後ずさり、フラフラとよろける聖アマンド。
『調子に乗るな!!』
「お前がな!」
突き出され、振り回される杖の頭を片手でいなし、姿勢を崩した聖アマンドの頭に、思い切りメイスを振り下ろす。が……
GAGINN!!
『あいつ、魔力壁使えるのかよ』
両手持ちの杖を扱える理由は、盾が必要なかったからのようだ。
『この程度当然』
「なら、それ毎プチッと潰して上げようじゃない。ゴキブリ猊下」
『きっ、貴様あぁぁあ!!』
魔力をマシマシに乗せ、『権杖』で刺突を繰り返すが
GAGINN!!
「はっ、そんなの私も使えるに決まってるでしょ?」
四階まで魔力壁の階段で登ってきた姉。当然、使えるに決まっている。
「そらそら」
『くっ、な、なんのこれしき』
長柄の良さが活かせる場所ではない。姉はちょこまかと動きながら『権杖』の杖頭をいなし、メイスで跳ね飛ばし、前へ前へと出る。間合いが近ければ杖は扱い難くなり、メイスが有利となる。それを嫌って距離を取れば、攻撃の手数が減ってしまう。
メイスでスタッフの攻撃を『パリ―』しているのだから、なんだかおかしい。
そうしている間に、彼女の体力が回復してきた。ポーションを一口飲むと痛みが消えた。
「姉さん、ここからは共闘と行きましょう」
「OK!! 初めての共同作業って奴だね」
姉に飲みかけのポーションを渡す。
「これ」
「ありがとう!!」
姉は一口、ポーションを口に含むと前に出る。
『無駄だ!!』
『権杖』を突き出す聖アルマンの顔にめがけ、姉は口に含んだポーションを吹きかけた。
『だああがががあぁぁぁぁぁ!!!』
「どうだぁ!!」
姉がそのままメイスで、聖アルマンの頭と上半身、腕を高速で滅多打ちにし始める。
『おい!!』
あまりの展開に驚いていた彼女は、『魔剣』に促され、姉の背後から聖アマンド
に突進する。そして、魔剣をスクラマサクスに変えると左腕を斬り落とした。
『ギャアアァァア!!!』
「妹ちゃんよりも痛いわけないじゃない。ポーションかけときゃ治るわよ」
その斬り落とされた断面に、残っていたポーションを注ぐ。
SHOWAWAWAWA……
『ギイィィィ!!!!』
「大げさだなお爺ちゃん。消毒は傷にしみるんだよ。恥ずかしくないの、大騒ぎして」
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「吸血鬼に私のポーションは毒のようなものなのだと思うわ」
姉はなるほどと思いつつ言葉を返す。
「こういうの、なーに、返って免疫が付くとかいうんでしょ? でも、免疫ってなんだろうね」
彼女は姉の適当な会話に「そんなの知らないわよ」と返すのである。
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さて、聖アマンドに色々聞きたいことがある。いつどのようにして吸血鬼になったのか。ヌーベ公領との関係、そして、王都で何を為そうとしていたのか。『聖櫃』はどこにあるのか……その他いろいろだ。
「さて、元気になったようなので答えてもらいましょうか」
流石に『貴種』としても、そこそこのレベルに達している聖アマンド。魂をかなり消耗したであろうが、左腕を失っただけであとは回復しているように見える。
「この杖いいね。今度のノーブルのお城の謁見室にでも飾ろう!!」
姉は『権杖』を拾い上げると、有無を言わさず魔力を纏わせ、聖アマンドの頭に叩き込んだ。
GAGINN!!
『ガァァァ・……』
「こんなの痛くないよ。ね、妹ちゃん」
姉は妹を虐めたものに容赦がない。確か、あの時の男の子は、縄で縛られ王都の川に流されたと記憶している。
『き、貴様らに王都も王国も守る事は出来ぬわ』
「そら、あんたら修道騎士団をはじめとする聖騎士団でしょ? 聖王都も無謀なサラセンへの攻撃で戦力磨り潰してまともな防衛戦も出来ずに明け渡して、散々掠め取った財貨も身代金として回収されてさ。それに、仲間割れしてまともな防衛戦も展開できずに各個撃破されて徐々に防衛拠点を喪失。まあ、吸血鬼が自分のために戦争していたなら、そうなるのは当然だし。さっさと歴史の波間に消えればいいのにね」
「『……』」
姉の反論があまりにも辛辣なので、聖アマンドも彼女も沈黙する。
どうやら、聖アマンドが吸血鬼になったきっかけはそれ程奥行きのある話ではなかったようだ。ある時、聖征の最中の戦場で傷ついた際、瀕死の状態となり修道騎士団の施療院に運び込まれた。
『そ、その時治療を施した女治療師が……恐らく吸血鬼であったのだ』
瀕死の重傷から奇跡の回復を起こしたアマンドは、一隊を任されるようになる。そして、先頭に立ちサラセンの魔力持ちの戦士を狙って戦いを仕掛け、戦闘のどさくさに紛れて魂を狩り続けたのだという。
「それで? 吸血鬼の男から男の吸血鬼は作れないでしょう?」
『……何故それを……』
最初の吸血鬼が男女どちらであったかはわからないが、ドライアドとの融合ということであれば、異性である男であったろう。つまり、『真祖』は男であり、その下に女吸血鬼が複数生まれる。その下に男の吸血鬼が生まれることになる。
『……』
「だから、そこで呻いてる奴とか、おかしいじゃない?」
『まあ、修道士の間では……ほら。アレだ』
「ホモセクシャルね」
同性愛者は許されざるものだが、既に吸血鬼となった者たちからすれば、大した問題ではない。また、魅了の影響を受けたのかもしれない。
「もしかして、これってさ」
「総長が吸血鬼化したりアンデッド化したのではない」
『力のある修道騎士として成り上がった奴らは、吸血鬼化していたと考えりゃ話が早い。アンデッドなんだから、ワイトやレイスになるのも容易だろうな』
幾人かの吸血鬼が常時、修道騎士団内に存在し、その中で有望なものを吸血鬼化する。ある程度年齢が高くなければならないので、その辺りは『魅了』でも使っていたのだろう。
成功し、そのまま吸血鬼として総長を務めた後、戦場で失踪できれば吸血鬼として活動し、失敗した場合は死体を残しワイトやレイスとして保存するというやり方で勢力を残していたのだろう。
『帝国の吸血鬼とは別系統か』
「そうとは限らないわ。それに、私たちには関わりの無い範囲になるわ」
そんな話をしていると、姉の入ってきた矢狭間に新たな人影が現れる。
「殺していないわよね」
「……ええ。お久しぶりですねオリヴィ」
王国をしばらく離れていたオリヴィが戻ってきたようである。
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どうやら、オリヴィは姉と今日待ち合わせをしていたようなのだが、時間になっても現れないので気にしていると、使いの者が王太子宮にて待つと伝言を届けたのだという。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「私もギルド経由でオリヴィと連絡を取っていたのだけれど」
「そうそう。それで、こっちにも話があってさ。ネデルだと冒険者ギルドは余り動いていないから、ニース商会経由でも探して連絡していたんだよ。だから、私の所に来てくれることになったわけ」
「……でも、それならそうと……」
「だって、妹ちゃん最近忙しそうだから、余計な情報与えると、私を無視してオリヴィちゃんとだけ会うでしょ?」
姉と関わると面倒なので、その通りである。つまり、姉はそれを予見しオリヴィにかこつけてリリアルに遊びに行こうと考えていたようだ。
「最近、私も『ラ・クロス』に嵌っててさぁ」
「……参加させないわよ」
「えー お姉ちゃんズって結成したんだよぉ。監督は私☆」
どうやら、ニース商会関係者の魔力持ちを中心に強引に結成したのだという。多分、エルダーリッチ軍団が主力だと見た。
「本場の連合王国でも遠征試合とかやってみたいんだよね」
「……連れて行かないわよ。公務なんだから」
「……え?」
彼女の答えに、姉は心底意外そうに不意を突かれた顔になる。
「だから、王弟殿下の随行員として副大使として同行するんだから、物見遊山ではないのよ」
「し、知ってるよ!!」
慌てて誤魔化す姉。どうやら、ネデルや帝国の時のように彼女の行く先々に顔を出そうかと考えていたようだがそうはいかない。
「連合王国の首都に支店でも出せば問題なくなるかもしれないわ」
「いやー あそこは商業同盟ギルドが強くって、結構難しいんだよね」
オリヴィの提案を姉は即否定する。彼女が出張るのに、先回りして打診しないわけがない。
「けれど、ニースに連合王国の商会の幾つかに支店を持たせれば、交換条件でいけるんじゃないかしら」
内海の情報が手に入りにくい連合王国。特に、教皇庁と神国の動きに関して常に情報を求めている。女王の姉が生前婚姻していたのが当時王太子であった神国国王、そして、父王は教皇庁と対立していた過去がある。今でも、修道院を国内からほぼ一掃し、教皇より王の権威を上と定めた連合王国のことを
両者は良く思っていない。
姉王は御神子教徒であり、国内の原神子派に対して厳しく対応したが、今の女王はその正反対でもある。神国王女を母に持った姉王、対して今の女王の母は商人の娘の侍女上りで、尚且つ途中で婚姻無効とされた存在。どのように思われているかは想像がつく。
「それ、ちょっとアプローチしてみようかー、折角ウォレス卿と仲良しになったんだし」
と姉は不穏当なことを言う。
「だって、お姉ちゃんズの指導者、ウォレス卿だから。私たち仲良しだよ」
にひひとばかりに笑う姉であった。
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