第575話 彼女は『貴種』を殲滅する
第575話 彼女は『貴種』を殲滅する
差し込む日は、かなり長くなっている。つまり、日が傾き始めているということだ。時間があまりない。
『だから、壊すなとあれほど』
「言ってないわよね」
『魔剣』の後出し忠告を即座に否定する彼女。平常心で何より。
第二十一代総長『ヴィル・ボジュ』は、聖王国最後の都市である『アッカ』防衛戦の最中、サラセンの攻撃を受け重傷となり、その後死んだとされる。二十年近く総長を務めたのであるから、それ以前から高位の聖騎士として長らくサラセンと戦っていたのだろう。
「もしかして」
『アッカの決戦で受けた傷を癒すために吸血鬼になったわけじゃねぇな』
アッカを包囲したサラセン軍は二十万を超えたという。対する、アッカは市民が三万、増援の兵士が一万余、そして騎士・聖騎士合わせて二千といったところであった。
サラセン二十万のうち、魔力持ちは推計二千程。その半数にあたる千を一戦で失えばサラセンの軍は崩壊していただろう。つまり、『貴種』に至るための魔力持ちの魂を千集め終えた時期は確定だが、吸血鬼となった時期はもっと早いのではないかと考えられる。
『歴代の総長が高齢者が多かったのは、残存利得ってわけじゃねぇんだろうな』
長生きしたものが名誉職的についていたのではなく、不死化することで長期に活躍できたという事か。騎士の城は石造りで、日光を遮る仕組みが確立している。砂漠での工夫だけでなく、不死者に対する好環境を提供していたとも言える。
修道騎士団の高位幹部が不死者化していると知り、王国が討滅に動いた。しかし、表向き御神子教を支え、教皇に直属していた機関がそのような魔物に汚染されていたと公に認めるわけにはいかない。
教皇庁が異端審問を阻止すると考え、王国の捕縛を一旦受け入れた修道騎士団に対し、彼らを教皇が守らなかった理由があったとすればそれが全てであろう。
まともな修道騎士たちは他国で保護され、聖母騎士団や駐屯騎士団へと逃れた。その中に、幾分か吸血鬼もしくは不死化した騎士が紛れ込んでいたかもしれないが、どこかの時点で秘密裏に処分されたのだろう。
少なくとも、聖エゼルや聖マレスにはそのような気配はない。
最近世俗化した、駐屯騎士団は商人同盟ギルドと結託し東方の異教徒狩りを行い、虐殺と奴隷化を「聖征」と称し行ったようであり、吸血鬼の影響があった可能性もあるのだが。
その駐屯も、今は純化されたのだろう。
「さて、吸血鬼になって何をしたかったのかしらね」
『……』
彼女の呟きに、吸血鬼・ボジュは答えない。そもそも、ボジュを吸血鬼化した存在について、果たして誰なのか。もしかすると、『始祖』と呼ばれる数千年生きる最初の吸血鬼が関わっているのだろうか。彼女はその情報を聞き出さねばと考えていた。
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『どこからでもどうぞ』
「ふふ、守るのが得意なのですものね。けれど、失ったモノは何一つ取り返せなかった」
『黙れ!!』
サラセンと硬軟両様でやり合っていたのは修道騎士団と言われる。背後には海都国の貿易商人の影響があったとされる。対して聖母騎士団はサラセンとの戦闘を指向し、ゼノビア商人の影響が強かったとされる。サラセン貿易に利を見出していた集団と、サラセン海賊やサラセン軍がもたらす災禍を注視していた集団がいたという事だ。
聖母騎士団がマレス島に拠点を移したのもその影響があると考えられる。
修道騎士団壊滅後も、海都国はサラセンとの貿易を継続しており、その国運を大いに興隆させた。とはいえ、ここにきて海都国商人をサラセンは追放しつつあり、サラセンの帝都で保護されてきた特権も失ったという。
「自分たちが何一つ守れなかったのに、生汚い魔物ね」
『……黙れ。王国は我らを騙し討ちにしたのではないか!!』
いや、それはこちらのセリフだろう。王都の目と鼻の先に城塞を築き、王を脅すが如き戦力を集結させて本拠地としようとしたのであるから。どの国においても、王の住まう都の目の前に、王に従う気のない勢力が集結していたのなら、不審に思うであろうし脅威と感じないわけがない。騙し討ちにする気であった修道騎士団に対し、機先を制しただけのこと。
「そもそも、もう、この地上に存在しない騎士団なのだから、いつまでもこの世に未練を残しているのは先に死んだ聖騎士達と、守り切れなかった民に対して申し訳ないと思わないのかしらね」
護るべきものを守ってこその騎士。そういう意味では、目の前の吸血鬼は手段と目的を取り違えていると言えるだろう。聖王国を取り戻していれば、例え吸血鬼となっても聖騎士としての面目がたった。それを失ったのであれば、塵に還るべき存在であったのだ。
『……貴様になにがわかる』
「全く理解できないわ。護るべきものを守れなかった騎士の価値なんて」
『黙れ!!』
さっきからそればかりだ。
吸血鬼の直剣は彼女の剣よりやや長く、リーチの差もある。さらに、届く胸や首は盾で守られている。本来であれば。
『どうした!! 臆したかぁ!!』
聖騎士の仮面が剥がれ落ち、地に落ちた矜持をさらに傷つけられたとばかりに、荒々しく剣を振り下ろすその間合いに、彼女はあえて踏み込む。
肩をめがけ振り下ろされる剣に自身の剣を絡めて跳ね上げる。その跳ね上げた腕をそのまま切りつけ、鎖帷子がバックリ切裂かれる。
『なっ』
跳ね上げる瞬間、両手持ちに切り替えた彼女の動きに一瞬、対応できず力負けしたことに気が付く吸血鬼。腕は深く切裂かれ、生身であれば既に剣を取り落とす程であっただろうが、その傷はあっという間に塞がり、なんの跡も残していない。切裂かれた鎖帷子の隙間から血色の悪い毛深い腕が見えるのみだ。
『チェインを斬っただと』
金属の環を重ねて作るチェインは、強く叩く事で環が割れる事はあっても、斬れることは珍しい。斬るよりも突くことで割られる事が多いのだが、彼女は紙をナイフで切裂くようにスパッと切裂いたのである。
「珍しくもないでしょう? 魔力を纏った剣であれば、斬れるわ」
『……』
吸血鬼の剣も魔銀を含んだ剣のようだが、魔力の通りはさほど良くないのだろう。魔力量の問題か、操練度の問題か、あるいは魔銀の含有量の問題か。彼女の魔銀の剣は魔力を通さなければ鋼鉄に劣る強度だが、魔力を通す事により魔力で斬れるものはなんでも斬捨てることができる刃となっている。
リリアル謹製の魔銀鍍金も同様だが、表面に纏う魔力量に限定されるため、総魔銀には劣るものの、鋼鉄の剣と同等の硬度を有する。どちらが向いているかは、装備する者の魔力量と使い方による。
ニ三度剣を振り、握り込んだ感じを確かめた吸血鬼は、問題ないとばかりに再び攻めに入る。が、その攻撃は盾で半身を庇うものではなく、剣を突き出すように間合いを取るものに替わる。盾では防げないと判断し、彼女の攻撃に合わせるようにカウンターを狙うつもりのようだ。
「面倒ね」
彼女はここでいつまでも相手をしている場合ではない。あと二階分、加えて可能性のある『聖櫃』の探索もしなければならない。時間がかかるようであれば、待機中の近衛や騎士団が動き始めるかもしれない。
『どうすんだよ』
『魔剣』に促され、彼女は決断する事にした。
剣を腰に納めると、魔法袋から取り出したのはベクド・コルバン。魔銀鍍金を施した騎士学校で用いた装備である。
『剣では分が無いと諦めたか』
「剣はさほど得意じゃないの。付き合ってあげるのもめんどうなので、さっさとケリを付けましょう」
『ぬかせ小娘!』
小さいことは気にしているので、そういう言い回しはハラスメントである。いくない。
ショートスピアのように穂先を突き出し、顔の正面を捉えるように構える。
『いくぞ!!』
スピアであれば、そのまま摺り上げるなり穂先を叩き斬る事で無効化することができたであろうが、ベクド・コルバンはピックの部分で引っ掛かるのでそれも難しい。
自分の動きに合わせ、ピタリと穂先を据えられることで、吸血鬼は苛立ちが隠せなくなってくる。踏み込もうにも彼女に機先を制されている……ように思えていた。
『喰らえ!!』
魔力の塊が目から彼女の顔面に向け発射される。どうやら涙腺から魔力を纏った体液を発射する技のようであり、眼潰しの効果を狙ったものだろうか。当たれば板金鎧程度なら穿てる威力があると思われる。
穂先がずれた瞬間、吸血鬼は剣をベクド・コルバンに沿わせるように走らせ彼女の懐に入り込もうとする。が、ベクド・コルバンを握る彼女の手首が返され、ピックで二の腕を激しく叩かれ剣を取り落とす吸血鬼。
「ワザと隙を見せたの」
『ガアァァァ!!』
ベクド・コルバンに魔力を纏わせ叩かれた片手が変形し、割目から魔力が体内に注ぎ込まれた結果、『聖性』を帯びた彼女の魔力でシュウシュウと再び吸血鬼の肉体が浄化されダメージを受けている。
『こいつ、魂を取りこんだ分、消耗しねぇと死なねぇ勘定なんだろうな』
千を超える魔力持ちの魂を己で吸収した『貴種』の吸血鬼は、致命的なダメージをうけたとしても瞬く間に再生しているように見えるのだが、その実は取り込んだ魂を補填に充て回復しているに過ぎないのではないかというのが
『魔剣』の見立てだ。
「キリが無い……いえ、方法はあるわ」
彼女は、ベクド・コルバンの中ほどを持ち、長剣を構えるように立てることにする。
「ボジュ卿、勝負よ」
『馬鹿が、剣より長ければ間合いで勝てるとでも思ったか!!』
同じ技量であれば剣は槍に勝てない。が、彼女の剣技を見て、吸血鬼は所詮魔術師が見よう見まねで剣を振るっているにすぎないと喝破した。その通りなので、何も言い返す事はない。
穂先を躱す事に集中すれば問題ないと考えたのか、吸血鬼は攻撃に集中する剣を掲げたか前に替える。躱してから振り下ろす、そんなイメージがダイレクトに伝わって来る構えに見て取れる。
が、彼女は穂先を引き、体を前傾させ「斬ってみろ」とばかりに前に出てくる。激昂する吸血鬼。
『慢心だなぁ小娘!!』
振り下ろされる騎士の直剣、そして、その剣が彼女に叩き込まれるが……
GAINN!!
彼女の頭に乗せられた頭巾は形をいささかも変えることなく、剣先を弾き飛ばしてしまう。
「では、お返しよ」
引いたベクド・コルバンを思い切り振りきる。ピックが兜を叩き潰し、頭からどす黒い血が噴水のように……ちょろちょろと噴き出す。低血圧のようで勢いが弱い。
『Gaaaa!!!!』
「お替わりよ!!」
更に、振り回したピックで相手の右側面をフルスイングで振り向く。
『GOGAAAAA!!!!』
握りつぶされたように変形した兜に頭を潰され、吸血鬼は激痛からか激しく絶叫し続けている。
「煩い!!」
彼女は、腰の剣を引き抜き、その魔力を最大限に込めた刃で肩の付け根から両腕を斬り落とし、膝の高さで両脚も切断する。
GOGONN!!
手足を失い床に仰向けに倒れる吸血鬼。だが、まだ死ぬことはなく、手足が切り落とされた先から再生していく。つまり、胴の部分だけ鎖帷子が残り、袖なしでワイルドな騎士となりつつある。
『GUGIGIGI 頭がぁああああ!!』
しかし、ひしゃげた兜を外す事が出来ないまま、再生が始まってしまっている。金属は形が歪めば、そのまま歪んだ形を維持する。兜の横が凹んでしまい頭に喰いこんだ状態で、生身の人間であれば即死でオカシクナイ打撃も、無駄に生命力……魂を多く持つ吸血鬼では再生が行われてしまい、その都度、致命傷と判定され魂を消耗しているようである。
リリアルの魔装の良い点は、魔力を通した『布』でありながらその強度は魔力の続く限り板金鎧を上回る能力を有する点にある。軽量、ジャストフィットそして……変形しないし、水にも浮く。
泣き叫ぶ元修道騎士団総長を足元に見つつ、再生しつつある腕の傷口を先ずは彼女のポーションを垂らして様子を見てみる。
『おい』
「いやがらせではないのよ」
焼く以外にも傷口を再生させない方法を確認している……という名目で、先ほど打ち上げられるほどの打撃を与えられた伯姪の仕返しということだ。
『IGIGIGIGIAAAA!!!』
どうやら、『聖性』を纏うポーションであれば、火傷と同じ効果があるようで、焼かれたように再生が停止した。二の腕の半ば、膝の下あたりで再生が停止し、シュウシュウと怪しげな音を立てている。
「焼いた傷口の部分を綺麗に斬り落とせば、再生できるかどうかも後日実験しましょう」
『実験』と言い切るあたりが怖い。恐らく、射撃演習場の新しい的兼修道騎士団に関する情報提供鬼として残すつもりなのだろう。
「そういえば、この兜、このままでいいわよね」
泣き叫ぶ吸血鬼の口から「許してくださいお願いします」と泣き声が聞こえるまで、彼女は放置する事にしたのである。