第574話 彼女は『貴種』と出会う
第574話 彼女は『貴種』と出会う
駈出しとはいえ『貴種』の吸血鬼。初めて会う吸血鬼の上位種である。
『オリヴィがいりゃな』
『魔剣』の呟きに彼女は同意する。今までの従属種であれば、大した魔力も持たなかったため、飛行や変化の能力以外はそれ程気になる強さを確認できていなかった。しかし、上位種となれば話は別だ。なにができるのか、警戒するに越したことはない。
再生能力、眷属を増やす、魅了、オーガ並みの身体能力、生前の身につけた能力をそのまま使える、それから……彼女は頭の中で能力を再度確認していく。
「傷口を焼けば再生能力を奪える?」
「それはヒュドラでしょう!」
再生速度を落とせるかもしれないが、再生できないわけではないだろう。それに、一瞬か長時間かかるのかも恐らく、それぞれの個体によって特性差があると考えるのが妥当だ。
『どうした、こちらから行くぞ』
剣は若干刃が薄く、長くなっている。
「中々いい剣ね」
『だろう? お気に入りでね。幾人ものサラセン兵を血で染め上げたところが一番の良い思い出だ』
流石吸血鬼となる総長、生前から流血好きであったのだろうか。一見紳士だが、血を見ると狂戦士になる系統なのかもしれない。真面であれば、修道騎士団の総長迄成り上がるわけもない。
そして、戦士はもう片方の仕切り壁の撤去に集中している。どうやら、
解体屋にも転職できそうなくらい上手く壊している。
こうして、二方向から攻撃できるようになり、かなり展開が楽になったように感じる。あとは、もう少し、日の光が入ればなおよしなのだが、それは難しそうだ。
「そういえば、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
『勿論』
「貴種の吸血鬼となった卿は、日の光を浴びてもしばらくは生き延びることができるのでしょう?」
直球の質問に、直球の答えが返って来る。
『そうだね。一日くらいなら問題ない。が、どうもこの故郷の土の無い場所では寝付けなくてね。だから、日帰りできる範囲が行動可能な場所に
なるだろうね』
『貴種』の能力がどの程度かは把握できていないが、聖都、ミアン、レンヌ、旧都、ブルグントにシャンパーそしてワスティン辺りまで移動できるかもしれない。ボジュは王国中部、ギュイエと南都の中間にある伯爵領であり、その北には『ヌーベ』が存在する。
「故郷の土は格別でしょうか」
『そうだね。安心して熟睡できる』
「その土は、定期的に入れ替えが必要なのでしょうね」
『……ああ。やはり、土の精霊の力が違うからね』
運び込んでいたものの一つは、『ボジュ』の土であろう。
「故郷に帰りたいですか」
『……』
答えは返ってこなかった。
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顔色は青白いが、少々古めかしい……百年戦争の始まる少し前の時代の騎士の様相に見える。おそらく、眠りにつくまえに誂え直したものであろう。
バケツヘルメットは剣を受け流せないため、丸みを帯びた形の板を接ぎ合わせた形状になっているのだが、溶接技術が稚拙な為、縁取りのように板同士を継いだところが目だっている。腕の外側、肩、膝や脛に鎖帷子を補強するように板金の鎧が当てられている。
『板の部分は魔銀か』
魔力を通し強度を上げると同時に、魔力による攻撃耐性を持たせている。ただし、手袋は普通の革製のようでその下に鎖帷子を指先まで着こんでいるのだろうか。
『さあ、誰から相手をしようか?』
盾は小さくなっており、左腕を通し握り込む紐が付いている。凸型をしており、刺突を受け流す形に整えられている。
「いくわ」
伯姪が名乗りを上げる。左手には魔銀のバックラー、右手には魔銀の『バデレール』。剣のリーチにはかなりの差がある。伯姪の剣は60cmほどであり、騎士の剣より30㎝は短い。
しかし、これは常のこと。バックラーを突き出し、相手の視線を遮りつつ、引いたバデレールを死角へと隠す。
『変わった構えだ』
「時代が変わったのよ」
『なるほど』
左腕に盾を通し、右手の剣を振り下ろし突く戦い方。槍の刺突を盾で弾き、踏み込んで剣で叩き斬る。馬上から、城壁の上から。それが聖征時代における聖騎士の戦い方であった。
今では盾以上に丈夫な全身鎧を身につけ盾を使わなくなった結果、両手で扱える鈍器を兼ね備えた剣を振り回す用法に替わっているが、伯姪の片手剣は騎士と言っても水上・船上で扱う剣。鎧はないか軽装、そして、被弾面積を減らすために半身に構え、攻撃より防御を重視した構えである。
先に仕掛けるのは聖騎士。
GAINN!!
振り下ろした剣が、突き出されたバックラーを断ち割るかと思われたが、角度を付けた往なし、そして剣と盾との間に魔力の輝き。
『魔銀かよ』
盾に魔銀を使う事に驚いたようだ。実際は、魔銀鍍金を施したにすぎず、全魔銀製ではない。聖騎士の鎧が部分鎧であるのは、魔銀鍍金ではなく全魔銀製であるからゆえだろう。
「防具も時代で変わるのよ」
『然り』
吸血聖騎士は、伯姪を見て頷く。
『しかし、勝利の方式はいつの時代も同じ』
「強い者が勝つ。なら、勝つのは私」
『言うな、小娘』
「行き遅れ気味の小娘よ!!」
伯姪の声が広間に響き渡る。そして、彼女と『女僧』の胸に突き刺さる。き、きにしてなんかないんだからね!!
振り下ろされる騎士の剣に、被せるように切り上げる伯姪。そして、そのまま腕を振り下ろす。
『ガアァ!!』
剣で弾かれ開いた腕の内側、肘の裏あたりを叩き斬られる。鎖帷子は魔銀製ではない。故に、肘の内側、膝の裏側は魔銀の剣で斬る事ができる。サラセン兵にはできなかった芸当。
「結局、技術じゃなくって、力と装備で……勝ってただけじゃない。骨董品ね、装備も中身も」
『侮るべからず、見下すなよ』
「それは勿論。敬意を表すわ、こんなになっても、自分の意思が残る事に固執する執着心にね」
吸血鬼になってまで生き残る理由。アッカを異教徒から守り抜くためであっただろう。しかし、その目的を果たせぬまま、サラセンの兵士の魂を幾重にも奪い、結果、高位の吸血鬼となった。安息するには故郷の土を納めた棺で寝なければならない。そして、守るべき騎士団も今は無いのだが。
「いつまで、生き恥晒すのかしら」
『なにを!!』
「二百年寝てたあんたに現実を教えてあげるわ。聖母騎士団はあんたが寝ている間も、ずっと戦い続けているわ。ロドス島を失い、マルス島に本部を移して、サラセンの海軍から御神子教徒を守るために戦い続けている。もう誰も、修道騎士団なんて覚えてないわよ」
古い家柄の貴族や、その家系に騎士団に寄進をしたことを覚えているものはいるだろうが、聖王国が失われ、カナンの地を訪れる巡礼も今はいない。だれが、巡礼者を守ると称して作られた聖騎士団を覚えているだろうか。
「カナンの地で死んでおけばよかったのよ。だからヌーベに利用されてしまってるんだわ」
『ヌーベ伯か』
「今は公爵、そして、王国の敵よ!!」
剣戟の応酬、しかしながら、その分は伯姪に傾きつつある。再生能力が落ちているわけでもなく、魔力量は吸血鬼の方が潤沢。しかしながら、伯姪が言葉にする、二百年間の変化、そして修道騎士団は無く、誰かに、恐らくは王国に敵対する勢力に己が利用されているという不信感。
なにより、死に場所、死ぬ時を失った事への後悔が、元騎士団総長を迷わせていた。長く務めた総長の役職、そして、最後には聖王国を失う場に居合わせてしまった。
『ぐぅ』
「戦う意味なんて、あなたにはもう残っていないじゃない!」
『……黙れ』
「黙らない!!」
行き遅れ扱いされて許せるはずがない!!(逆恨み)
『ヴィル・ボジュ』の動きは吸血鬼として十分納得できる強さと速さであったが、伯姪は余裕をもって対応できているように見えた。戦う意味がないとう揺さぶりに、動揺しているからだろうか。
『もう、やめよう』
「は?」
『ここで、終わらせてもらおう』
剣を納め、観念したかのように兜を脱ぐ聖騎士。
『最後は、騎士らしく死なせてもらいたい』
騎士らしく『斬首』ということでよいのだろうか。
「わかったわ」
「ちょっと、待ちなさい!!」
その一瞬の油断、彼女が止める前に吸血鬼は動いた。貫手で伯姪の腹を突いたのだ。
DOGONN!!
四頭立ての馬車に跳ね飛ばされたような音がして、伯姪が跳ね上げられ、アーチ状の天井に跳ね上げられ叩きつけられる。
「任せろ!!」
落下地点に『戦士』が走り込み、床に叩きつけられる前に抱え込み、自らをクッションにして衝撃を吸収する。
『女僧』が回復魔術を使うために二人へと走る。
『死んだか』
「まさか。やはり卑怯な所は、協力者同士? それとも、修道騎士団の伝統かしらね」
『黙れ!!!』
事実を言われた時ほど人は激昂する。そもそも、異端とされた理由も、根拠がないわけではない。長く聖王国に滞在し、サラセン軍と対峙し続けた修道騎士団は、聖王都陥落時にサラセン融和派を無視して決戦を挑んだ頃と随分と性格が変わっていたと言える。
後発の駐屯騎士団が最も好戦的であり、また、病院を運営することを中心としていた聖母騎士団は戦闘に対する関心が低かったのに対し、常に最前線で戦っていた修道騎士団は、その実、敵であるサラセン軍とそれなりに情報を取り交わす関係となっていた。
教皇庁により各国からの新たな援軍が到着する迄、聖王国の残された都市を守る必要から、修道騎士団は戦闘に対して消極的、サラセン軍とも融和的であった。現実を知る者ほど、サラセン軍を撃退し聖王都を回復することが難しいと理解していた。
その結果、サラセンに対する理解度が高まるにつれ、聖征を継続しようとする教皇庁や、聖征による財貨の獲得を目指す諸王国と対立する事になる。また、寄進により得た各地の荘園・領地や聖征に参加する諸侯への貸付に対する利得により、「サラセンと密かに結んで利益を上げている」などと、当たらずとも遠からずの評価を得ていた。
この吸血鬼はその最たる時期に二十年近く総長を務めていた権化でもある。
表裏卑怯の者であるのは言うまでもない。伯姪の言葉に動揺したふりをし、油断をさせていただけのことだ。
背後の伯姪をちらりと確認すると、『女僧』はその視線を受けて問題ないとばかりに頷く。弱い魔力であるが、伯姪が受けた胴の辺りに手を宛がい、回復の魔術を施している。魔装胴衣を着用しているはずであり、その分、並の板金鎧程度の防御力は持てているので、致命傷ではないだろう。
ただ、暫くは安静が必要となる。つまり、この探索では戦力外になったということだ。
「つまらない手を使うのね」
『必要とあればな』
「そうやって、言い訳しているから異端扱いされるのではないかしら」
『黙れ!!!』
修道騎士団は、どうやら、存在する意義を失い更に自分たちの存在を維持するために、余計なことを考えていたというのは間違いないのではないかと彼女は感じていた。王国を新たな根拠地として、自分たちの支配下に置く。
王も諸侯もだ。
しかし、あの当時すでに教皇庁は聖征の失敗により求心力を失い、庶民も諸侯も見限り始めていた。過去の栄光のままの教皇であると思い込んでいた修道騎士団は、結果として王国との権力闘争に敗れ滅亡することになる。
誰が国を守るのか。民を守るのか。それを示したのは、王国においては修道騎士団ではなく、『サラセン』『入江の民』『蛮王国』の侵攻から守った王家と諸侯であった。百年戦争を経て、王家の威光は確かなものとなった。
いまさら、過去の亡霊が現れた所で揺るぐものではない。が、亡霊により王都が荒らされるのは彼女が好むところではない。また、その仕掛けをしたヌーベや連合王国の年増女王を喜ばせる気も全くない。
「さっさと滅びなさい。灰になって。後輩の総長と同じに、王都の川に汚水と一緒に流してあげるわ」
そういと、彼女はオウル・パイクに魔力を込め、吸血鬼の周囲にある矢狭間を塞いでいる板を魔力で弾き飛ばした。
『この程度、どうということはない』
貴種の吸血鬼は日に晒されても、いささかも困らないとばかりに、口角をあげると威嚇するように尖った巨大な犬歯を見せて笑った。