第572話 彼女は二体のレイスの戦いを見る
第572話 彼女は二体のレイスの戦いを見る
BUUNN
レイスの直剣が伯姪の頭部めがけて振り下ろされる。剣の射程からバックステップで遠ざかりながら、伯姪には狭い小部屋での戦闘が向いていないと彼女には見える。
「あの場所から引き出せればいいのだけれど」
『地縛霊だから無理だろ』
『魔剣』が言うまでもない。修道騎士に限らず、聖征時の聖騎士は一人でも一軍並みの戦力を誇ったとされるが、それには訳がある。彼女のような膨大な魔力を用いた力技を誇っていたというわけではない。
『あの完全装備で通路に立たれると、狭い城塞内だと攻めようがねぇ』
急所を完全に盾で塞ぎ、正面から槍や剣、弓で狙ったとしてもまずダメージを通す事が出来ない。騎士は騎乗攻撃の威力ばかり注目されるのだが、攻城戦における人力での戦闘においても、無類の防御力を発揮し、攻め立てることができない。
「組倒してメイスのような鈍器で鎧ごと叩き潰すくらいしか、攻めようがないわね」
『ああ。百年戦争で王国軍が惨敗したのは、大概足場の悪い場所で騎士が消耗するか、徒歩で長時間戦闘して疲れ果てた所を叩かれるかだからな。定期的に数人の騎士が後退しつつ戦える城塞内の閉所戦闘なら、そんなハンディは消える』
身長差に構えの差。相手の剣を躱し、自らの曲剣を叩きつけようとすると、盾で防がれてしまう。剣の表面は薄っすらと輝いており、魔力を纏っているように見える。
『Potesne manus ac pedes educere?』
エル・ライドよりは人間性が残っているようだ。というよりも、ライドがかなり歪んだ性格であったと言える。聖騎士の頂点に立つ男が、人格者でないというのはあまり考え難い。
血統で選ばれた王であれば、当たりはずれが出るのは仕方がない。しかし、
修道騎士団のみならず選挙により選ばれる『総長』は、その統率力や
人格、信仰心、実績と言った積み重ねの末に選ばれるものだ。
あまり表だって言う者は多くはないが、法国の商人が自らの手柄のように考えている『為替』や契約書のような取引の決済方法、都市の参事会や理事会の運営などには、聖騎士団、とりわけ広く領地を経営し資金の貸付や運用を行っていた『修道騎士団』のノウハウが生かされているという。
王国に匹敵する経済力をもち、多くの領地を経営していたのであるから、当然であるだろう。何度も自己破産する皇帝や国王とは違うのだ。
「手加減無用よ」
伯姪はどうやら、身体強化に廻す魔力まで剣に纏わせているようである。日頃の敏捷性は生身のレベルまでで抑え、魔力でレイスを削る事に専念しているようだ。
とはいえ、彼女のような力押しは難しい。この後も、討伐は続くのだ。
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『そろそろ手伝ってやった方が良いんじゃねぇのか?』
『魔剣』には、伯姪が苦戦しているように見えている。が、彼女は伯姪の意図が少し理解できたような気がしていた。
「全部の魔力を削るわけにはいかないとすれば、その根源を破壊する他ないでしょう?」
『マジか』
伯姪の攻撃が単調になっているように思える。それは、意図的に同じリズムで攻撃と反撃を交互に繰り返しているのだと彼女は考えていた。
一撃二撃を与え、反撃が振り下ろされる前に剣の攻撃範囲から抜け出す。
PANN!! PANN!!
BUNN
PANN!! PANN!!
BUNN
位階が高い聖騎士と言えども、最初は見習から始まったはずである。従騎士となり、平騎士としていくとどなくサラセンとの戦いに身を投じ、やがて生き残った中で隊長・団長・総長へ位階を進めて行ったのだろう。
つまり、聖騎士の戦いは相手に攻撃させて、それを受け止め反撃する戦い方でもある。『騎士の城』に攻め寄せる異教徒の軍勢を少数で押し返す守りの戦い。その時の記憶・経験・体験がレイスとなった今も染みついている。
故に、この攻撃と防御のやり取りの先に見える『勝利』を確信しているのか、ヴィル・ソニックの雰囲気が少々緩んだように見えた。
「……待っていたのよ」
『Quid dicis?』
一瞬の身体強化、そして二撃して後退するはずの伯姪が、下から渾身の突きを、振り上げた剣の柄頭……魔水晶へと叩き込むのである。
GAGAGANN!!!
GUWAAAAA!!!!
激しく青白い光が明滅し、一瞬、小部屋から漏れる光で広間が明るくなる程の輝きとなる。
「眩しいわね。けど、関係ないわ」
目を閉じる。どの道、魔力の塊であるレイスの姿は、肌に纏った魔力で感じ取ることができる。
封じ込められた魔水晶に傷がつき、納めていた魔力が噴出したのか、レイスの姿がやや薄くなったような気がする。その水晶の傷からはレイスの魔力が噴き出し続けている。
「形勢逆転ね」
『ああ。マジか』
身長差があるため、振り上げた剣の柄頭を攻撃するタイミングを計るのが難しかったのだろう。幾度となく振り降ろされ、躱し続けたレイスの剣のリズムを一定に保つように仕向けるために時間が大いにかかったというところだ。
身体強化抜きでの出入りの激しい動き。伯姪は軽装であるとはいえ、武装した状態で生身で動き続けた結果、頭から水を被ったかのように汗まみれとなっている。
「汗に埃がまとわりついて気持ち悪い」
さっさと終わらせて風呂に入りたいなどと、お気楽なことを口にし、レイスを更に挑発しているかのようだ。
経験ある聖騎士であるヴィル・ソニックは、自身の不利を悟ったようだ。今までは時間が聖騎士達の味方であった。しかし、今は違う、時間がたてば経つほど、自らを形作る魔力が失われていくからだ。
心の焦りは、攻撃に迷いを生む。先ほどよりも反撃するタイミングが遅くなり、伯姪は余裕をもって剣の間合いから退くことができるようになった。
『決まりだな』
「わからないわ。相手は百戦錬磨の聖騎士なのだから」
『今はレイスだけどな』
削り切られる前に、伯姪に一撃を与えられる工夫をするかもしれない。そこで彼女は考えた。
「引きなさい騎士マリーア」
背後からの声に伯姪は驚き、そして、彼女の言葉を不審がりながら返事をする。
「どういう意味」
「彼の方は地縛霊。場所を離れたとしても、魔水晶から漏れ出す魔力が止まることはないでしょう。ならば、そのまま放置すればそのまま消滅します。あえてここで時間を使い危険を冒す必要はないわ」
彼女は再び告げる。
「時は我が味方。今回はね」
伯姪は渋々、その言葉に従うのであった。
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三体目のレイスのいる小部屋に向かう。その前に、伯姪に魔力を補充するポーションを飲ませる。
「……不完全燃焼だわ」
「まだ吸血鬼が残っているわ。そちらの方が簡単よ」
「まあね。首を刎ねればいいんだから。でも、聖騎士の装備だと、梃子摺るのは同じかもしれないわね」
柄頭の魔水晶を狙うという技は使えそうにもない。魔力で身体強化した者同士、あとは剣技と剣技の戦いになるだろう。聖騎士の剣をリリアルでもっとも理解しているのは、聖エゼル海軍を持つニースで育った伯姪であろう。それ故、吸血鬼相手でも遅れは取るまい。
「気が重いぜ……」
「そうでしょうか? ヒントはいただきましたよ」
焦燥感溢れる『戦士』とことなり、『女僧』はどこか余裕を感じさせる表情である。何か掴んだのだろうか。
「最後はお二人に任せます。力を見せてください」
「はい」
「お、おう。そだな、なにか助言する事はないか」
伯姪と彼女に、『戦士』が問う。
「実体のないものは魔力で、実体のある物はメイスで叩くといったところね」
「魔力が無ければアンデッドは倒せません。ですが、武器を破壊することはできます。メイスは何のために騎士が装備したのか考えれば、答えは自ずと出るでしょう」
『戦士』は「こんな時まで謎々か」とぼやいていたが、やるべき事はどうやら理解できたようだ。あまり余計なことを考えない方が良い。
やはり同じように、朧げに佇む聖騎士の姿がみてとれる。近づいてきたのに気が付いたのか、こちらに顔を向ける。が、その顔はひどく険しい表情をしている。
『こいつは誰だろうな』
「当ててみましょう」
彼女は宮中伯から渡された王都管区本部に持ち込まれた歴代総長のリストの中から、誰かを推測する。
「貴方の名前はトリム・ペローではありませんか」
『如何ニモ。我名ハとりむ・ぺろー也』
第二十代総長『トリム・ペロー』は、既に聖王国がサラセンとの戦いで苦戦をし続け、内海沿岸の都市をかろうじて確保するしかできない時代の総長であった。その最後は悲惨であり、自身が立て籠もった城塞にサラセン軍を引きつけつつ、教皇と諸国の王に援軍を要請するも、すべて無視された結果、陥落した城塞でサラセン軍により処刑された。
つまり、見捨てられた修道騎士団を象徴する存在であり、苦悩の表情を抱えている理由でもある。
「それで、何故、ここに」
『コノ城塞ガ我ラガ聖騎士団ノモノデアルカラダ』
その昔、この場所は王都の「郊外」であり、修道院か礼拝堂であった場所であった。その頃、王家から寄進を受けて修道騎士団が王都管区本部として構築したものだ。それから既に三百年以上が経過し、今ではこの地は王都に組み込まれている。その認識は正しくないのだが、そんな事を死霊に説明しても是非に能わずである。
「助けに来なかったことが不満で死霊となったのかしら」
『否』
「ではあなたはなにしに王都へ来たのかしら」
『聖騎士団ヲ護ル為』
死して尚、見捨てられて尚、修道騎士団を守ろうとする姿勢は立派な心掛けである。但し、既にそんなものは存在しない。王都に害をなす仕掛けの一部に利用されているに過ぎない。
「お二人とも、この高貴な聖騎士を送り出してください」
「……畏まりました閣下」
「え、そんなの……」
「無理かどうかじゃなくって、やるかやらないかでしょ!!」
潔い『女僧』の答えと反する『戦士』のボヤキに、伯姪が「がっかりさせないでよね」とばかりに檄を飛ばす。いや、自分に出来ることとできない事嗅ぎ分けるのもベテラン冒険者の嗜みなのだと言いたい。
狭い空間の為、二人で包囲するように立つことは出来ない。交互に入れ替わりながら、攻撃を繰り返し消耗させるという事になるだろう。
「俺から」
「いいえ。私から入ります。魔力持ちの方が有利ですから」
「……なら……頼んだ」
いつもなら先頭に出るのは『戦士』の役割りであり、『女僧』はそのサポートを務めることがおおかったのだが、今回はその立場が逆転する。とはいえ、『女僧』の魔力量は伯姪よりはるかに低く、二人掛でも苦戦は必至だと彼女は考えている。
「大丈夫かしら」
「冒険者の手筋を見せて欲しいのよ。二期生三期生の育成のためにね」
「ああ、なるほどね」
魔力量が少ないか無い者しかいない二期生三期生にとって、彼女や一期生冒険者組の戦い方は参考にならない。薬師組は『魔装銃兵』であり、基本は薬師であるからこれも同様だ。薬師ばかりのリリアルになってしまう。
ラウンドシールドを体の前に構え、『女僧』はゆっくりと前進する。そして、その盾めがけて振り下ろされる剣に向け、メイスを叩きつけた。
GAGIINN!!
『グフゥ』
剣をメイスで弾き上げられ、レイスはたたらを踏んだように見える。
「良い選択だわ」
「ええ。柄頭に届かないのであれば……剣身を圧し折ればいいのよ」
レイスの宿る剣を破壊すれば、死霊としての活動も制限されるだろうという読みからの反撃。そしてそれが裏目に出なければいいのだが。
「いや、あれなら何とかなるか俺でも」
剣を圧し折る為の攻撃。前に出る『戦士』の方が向いていると、ベテラン冒険者は呟くのであった。