第570話 彼女は地下通路を進みワイトと出会う
第570話 彼女は地下通路を進みワイトと出会う
「あなたは何をしにこの地へこられたのですか。我が名はリリアル副伯。王家からワスティンとリリアルの地を賜っております」
『王家? カカル欺瞞ノ王ハ王ナラズ』
彼女と伯姪は直角になるようにワイトと位置取りをする。常にどちらかにワイトが側面を向けるような位置取りである。
「名を名乗られたなら、名乗りを返すのが筋では」
『然り。我ガ名ハるまん・ぺりぐー也』
ルマン・ペリグーは第十六代総長。サラセンに制圧されたカナンの内陸部の都市を取り返すために遠征を行い、その際戦死したとされるが、死体は見つけることができなかったはずだ。
「もしかして」
『魂をモノにでも宿していたんだろうぜ。死霊付きの剣なんてなぁ、弱い魔力持ちなら魅入られちまうかもしれねぇ。だが……』
「ワイトには喰死鬼を作る事は出来ない。他にも吸血鬼がいるわね」
彼女は、ワイトを牽制する事に集中している『戦士』『女僧』に吸血鬼の存在も注意するように伝える。
『吸血鬼。我モ体ガ残ッテオレバ、成レタヤモシレヌ、不死ノ戦士ニ』
吸血鬼の場合、死ぬ前に吸血鬼の上位種に血を捧げ、また、相手の血液を体内に接しなければならない。さらに、幾人分かの……最低でも十人分の魔力持ちの魂を譲られなければ吸血鬼になる事は出来ない。そういう意味で、成るのも増えるのも難しい魔物でもある。
「それで、あなたは何しに王都に来たわけ?」
伯姪の問いに、ルマンは端的に『復讐也』と答える。どうやら、王国は国内の統治に主軸を置き、余り聖征には熱心でなかったこと、その上で『英雄王』の足を引っ張り、聖征の成功を妨げたと累代恨まれていたのだという。確か、聖征に自ら取り組んだ王国の王も何人かいたはずであり、それは勝手な印象ではないかと彼女は思うのだ。
「言いがかりはよしてちょうだい。そもそも、莫大な寄進を受けた上、聖王国も聖王都も守り切れず、さらに、サラセンとの融和も拒否したあなた方に、何か言うべき権利でもあると思うのかしら。あまつさえ、王国の地に新たな本拠地を設けて王をないがしろにしようなどと……聖王国が滅んだときにあなた方もともに滅びるべきであったのではないかしら?」
『知ッタヨウナコトヲ、小娘ガ!!』
人間、本当のことを言うと激昂するというのは、ワイトになっても同じであるようだ。
『王国ヲ滅ボシ、教皇猊下トトモニ再ビ、かなんノ地ニ返リ咲カン』
「あんたたち、アンデッドだけど、船乗れるの?」
『……気合ダ!!』
確か、流れる水の上を渡ることができないとか、不死者には不死者の不都合な真実が存在する。そもそも、不死者自体が御神子教の教理に反するのではないだろうか。その辺り、ワイトの元総長はどう考えているのか聞いてみたい。多分、大声出して答えないだろうが。
そもそも、ワイトは太陽の元で活動できるのかも疑問である。
上段から叩きつける荒々しい斬撃が彼女を襲う。
GINNN!!
『ナン……ダトゥ……』
彼の時代より製鉄の技術は向上している。鋼鉄の強度が上がり、細くしなやかな剣となっている。しなやかになりすぎて、レイピアのような細剣まで現れたのだが。
力任せの剛剣。叩きつければ、目の前のか細い少女如き、一刀両断だと考えていたのだろう。おそらく、異教徒相手にそんな剣を振るってきたのだと想像がつく。異教徒は悪魔の化身、たとえ女子供でも殺すべし。これが、結果として聖騎士団員が全員処刑される理由につながる。
その、黄色く魔力を纏った剣の刃が、彼女の面前拳一つ分ほど手前で青白く光る魔力の塊により受け止められている。その塊は、煉瓦ほどの大きさであろうか。
『聖ナル魔力……何故……』
聖性を帯びた魔力を持つ彼女は、王国で『聖女』として多くの民に思われ祈りを捧げられる対象でもある
――― 聖アリエルよ、王国を守り給え
王国のあちらこちらで魔物や賊を討伐してきた彼女とリリアルに対する民の素直な思いが『聖性』となっているのだ。
恐らく、聖王国への巡礼街道を一頭の馬に二人の騎士を乗せ巡回していた最初の頃は、『修道騎士団』の騎士達に対する感謝の念が『聖性』をもたらせしていただろう。
未だに、『聖マレス騎士団』は聖性を保っていると言われるが、その理由はサラセンと戦っているからだけではなく、喜捨により病院を運営し、多くの民を病やケガから救っているからでもある。
街道を行く巡礼を異教徒や盗賊から守るという役割を喪失し、半ば独立した軍閥となった『修道騎士団』。聖王国喪失後、寄進した領地の返還を求める貴族も少なくなかったという。
「聖なる力を得られるような根拠がないあなたに言われてもねぇ」
「そもそもアンデッドですから。聖性は得られません」
「異教徒とはいえ、女子供も皆殺しにするのが正しいとは思えねぇな。そりゃ、賊と何が違うんだ、あんたら」
『戦士』の素朴な疑問に、再び激昂するワイト。人間、本当のことを言うと激昂するというのは(以下略)
「こっちも相手してもらえるかしら!!」
魔力を込めた魔銀の曲剣。そして、護拳にまで魔力を纏い、切りつけたついでにワイトの頭(元は近衛騎士)を護拳で思い切り殴りつける。
GIIII!!!!
悔しさから歯ぎしりなのか奇妙な音を立てるワイト。首が振り子のように激しく揺れている。もげちゃうのでは?
「それぇ!!」
GAINN!!
『グアアァァ……ナ、ナゼダ…』
青白い輝きが、メイスのフィンから放たれる。冒険者がオフの日には、王都の施療院で、治癒の魔術を使い病気やケガを治して回り、また、孤児院でも読み書きを教える『女僧』には、それとなく感謝されており、おそらく、魔力に『聖性』が現れ始めているのである。
「なぜか、考えられる頭があればねぇ」
「それは仕方ないでしょう。人は、周りに流されやすいもの。あの時代、サラセン人を殺して街を手に入れて財貨を奪うのが……正義だと考えている騎士の皮を被った賊が沢山涌いていたのよ!」
『トリケセ!! 我ラハ!!』
彼女は魔力を思い切り魔銀の剣に込める。
「なにをいつまでもたわ言を。サラセンの地で奪えなくなったからと言って、尻尾を撒いて逃げ出し、その上、王国迄盗もうとするから処刑されたのではないかしら。盗人猛々しいわね」
王都は彼女の子爵家の先祖である騎士が仕えていた『ルテシア伯』の時代から今の王家の先祖が統治していた歴史がある。修道騎士団ができる遥か前からルテシアを蛮族から守った実績を持って王に推戴されたのだ。
「あなた達は地獄行でしょうし、復活の日に神に導かれることもないでしょうから、さっさと消え去りなさい。不愉快だし、間に合ってるわ」
魔力を込めた魔銀の剣の刃が倍ほどにも伸びる。その魔力の刃を叩きつけられたワイトは青白い輝きに焼滅させられるように消えていくのであった。
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「剣が……伸びました」
「おう、青白い炎のような剣だったな」
ワイトを討滅し、乗っ取られていた近衛騎士の遺体から身分を示す紋章付きの短剣を回収する。行方不明者とこの短剣の紋章を照らし合わせれば容易に身元は特定できるだろう。
「すごい威力だなアリーの魔力は」
呆れたような声を上げる『戦士』。確かに、一緒に活動しているころとは魔力の遣い方もかなり変わっているので、驚かれるのは当然だろう。
「……込めている魔力は同じですから、そのメイスでも効果はでるでしょうね」
「いや、あんな爆発的な量じゃないだろ? 一瞬、この地下広間が昼間のように明るくなったぞ」
「そうです。大丈夫ですか、魔力を使い過ぎてはいませんか」
『女僧』に「心配ない」とばかりに首を横に振る。
「さて、やっぱり騎士団総長のアンデッドが出てきたわね!」
「話をするのが面倒なのだけれど」
「話くらい聞いてやれ。それで動揺してくれればめっけものだ」
「なら、あなたが年長者として手本を見せてくださいな」
『戦士』は、手を出すこともなかったので、口くらい出さないとなと言い、次は頑張るそうだ。
「ワイトをここに置いた理由は何故かしら」
行方不明であった総長のうちの一人。そして、この通路の監視役として配置された新たな不死者の一人であったのだろう。配置された理由。
「警報装置代わりか」
「そうでしょうね。この……サークレットが時代がかっているから、多分、この中にワイトとなる死霊が封じられていたんでしょうね」
「一応回収しておこうかしら」
彼女は彼女の魔力を込めた魔銀の布でくるみ、その東方風の金のサークレットを魔法袋へと納めた。
地下の構造は地上の『大塔』と似た構造であると考えられる。但し、脇添となる増築された部分には地下が無い。また、地上四階地下一階であるが、四階も地下階同様、メインの大塔のみとなっている。また、脇添部分と大塔本体とは通行できない。あとから追加された部分であることを考えると、仕掛けはもとからある部分だけであると考えてよいだろう。
「これが螺旋階段になっている円塔ね」
「行きましょう」
「先頭は私が」
『女僧』に彼女、『戦士』に伯姪と続く。すり減りの少ない階段を踏まないように足元を確認しながら上へと進む。そして一階へと至る。二人並んで登れるほどの階段の幅であり、上の方からは明り取りを兼ねた銃眼から日が差し込んでいる様子が感じられる。
「真暗ではないのが、かえって煩わしいわね」
「薄っすらでもわかる方がいいじゃないですか」
松明で足元を照らしながら先を進んでいく『女僧』だが、壁に手を触れたくなる感覚の狂いを感じる。
「止まりましょう」
「……え……」
彼女はもう少しで一階へと至る直前で、『女僧』を呼び止める。
『不味いのいるなここにゃ』
『魔剣』も感じ取るほどの「負」の圧力を備えた魔力。
「ううぅ、寒気がするな」
『戦士』は寒気、そして『女僧』は空間失調の如き不安感。
一階にて感じる魔力の塊は三つ。そして、かなりの『悪霊』のレベルに達していると感じられる。
「恐らくは『レイス』が三体」
「「げっ」」
「あちゃー 実態ない奴ね……苦手だわ」
レイスはゴーストと呼ばれる生前の姿形や感情を残した不死者よりも全体的に朧げな形を取っている。本来、姿かたちが保てなくなった時点で消え去るものなのだが、強い思念を残した場合、その感情が抽象的な怨念となり、より強い存在となる。
思考は単純化し、強い感情がさらに増幅されたものとなり、さらに、他の悪霊を取りこんでさらに自己強化をしてしまう。
「すごく強そうです」
「強そうではなく、とても強い存在。ある意味、生前の原理主義的発想そのままに死霊となってさらに思念が純化しているからかもしれません」
死をもってしても、その考えを変える事は出来ず、生前の考えをそのまま強めた存在。そして……修道騎士団長で異教徒に対する強い忌避感、嗜虐性を持っていた存在。それがさらに思念を強めたらどうなるのだろうか。
「二人はここに」
「お、おう」
「待機しています」
「私たちがやられたら、引き返して報告をお願いしておくわ」
彼女の言葉に伯姪が同意するように頷く。彼女と伯姪が討伐できなかった時点で、かなりの危険度の問題となるだろう。生き延びて王国の危機を伝える役目を果たす必要がある。
「縁起でもありませんが、気を付けて」
「心の中で声援を送る。頼んだ」
「任せておきなさい。レイスは何度が倒したことがあるから」
レイスは厄介な不死者であるが、魔力の塊での殴り合いとなる。説得することも、思考を誘導することも困難である。彼女が三体のレイスから同時に攻撃されないように、牽制することが伯姪の役割りとなる。
階段を上がった部屋に一体、その奥、各円塔の小部屋に二体が別々に存在している。一階の入口から不用意に入れば、このいずれかが接触し、攻撃を受けている間に残りの二体が集まってくるという攻囲をとることになるのだろう。
『最初のレイスをいかに素早く討滅するかだな』
「わかっているわ」
ゆっくりと階段を登り、一階のフロアに足を踏み入れる。
「修道騎士団総長閣下とお見受けします。私はリリアル副伯。ご尊名を伺ってもよろしいでしょうか」
『エル・ライド』
『んん、ランドルの貴族だったやつだな。確か……』
『魔剣』はその名前を思い出す。聖王都が陥落した時に、サラセン軍の誘いに乗り、聖王国軍主力と共に砂漠の真ん中まで出向いて、遠距離から矢で滅多打ちにされて全滅した戦の当事者だ。
「確か、降伏の使者として出向いた後、サラセン軍に戻らずに、再度戦後捕虜になって斬首刑に処せられた悪名高い男ね」
赤い炎のような瞬きがレイスの目から見られたのだが、何か特別な力でも得たのだろうかと彼女は疑問に思うのである。




