表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
『ブルグント』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/996

第53話 彼女は行商の旅に出る

第53話 彼女は行商の旅に出る


 依頼の準備が整った数日後、行商人一行に身をやつした薄赤パーティーは一旦、東に向かいやや大回りとなるルートで領都ディジョンに向かうのである。途中、宿に泊まり野宿を避けつつ、数日かけて到着するのであった。王都で情報収集したとおり、商人は王都とブルグンド公爵領の間を移動する者が減っているのは、実際、宿屋の主人などに聞いても明らかであるそうなのだ。


 とはいうものの、ディジョンの商人は商売をやめるわけにもいかないため、領都中心の商売に切り替え、西側の山賊の出没する地域には極力近寄らない事にしているのだという。必要な場合、公爵家の騎士団が護衛を務める隊商で最低限の物流を確保しているのだが限界が来ているという。


 特に、人口の少ない今回依頼のあったソーリーの街のように、数百人規模の主要街道から外れた場所は放置されているという。





 領都に到着。ひとまず、商業ギルドに王都から依頼を受けて薬と薬師を伴って到着した旨を告げに行く。ディジョンはブルグントの公爵城もあり、中々に栄えているはずなのだが、活気がないのは山賊騒ぎの拡大によるものなのだろう。

 

 とはいえ、以前はそれほど問題になっていなかったのかどうか疑問なのである。もしかすると、被害は出ていたものの、証拠が残らなかったので問題視されていなかったのかもしれない。


 ディジョンの商人に被害が出ず、それ以外の地域の商人にのみ被害が出るのであれば、問題は発覚しにくい。山賊に協力する宿屋に泊まる商人は領都の商人ではないので、情報提供者がうまく差配してきたから問題が分かりにくかったと思われる。


 ところが、『妖精騎士』の山賊討伐で注目され、調べてみるとかなりの被害が出ていると推定され、にわかに問題視されるようになったのだろう。問題とは、認識されなければ問題とは思われないのだから。


「王都の商業ギルドから薬と薬師の依頼を受けてきたものだが」


 薄赤野伏扮する行商人が、王都の商業ギルドの紹介状を持って受付に声をかける。冒険者ギルドであれば、若い女性なのだろうが、ここは普通のおじさんが受付をする。商業ギルドだからである。色気はいらないのだ。


「ああ、あなた方が。助かります。できれば、いくつかここでも依頼を受けてもらえますでしょうか」

「乗せられる分に関しては構いません。別途、料金をいただきますけど、問題ありませんね」

「当然ですよ。助かります」


 聞くところによると、ソーリーに向かう行商人はここ1か月ほどゼロなのだそうだ。幸い、郵便は山賊も襲わないので、やり取りは可能であるのだそうだが、近隣の村から買えない商品関係は街も周辺の村も困っている。


「ディジョンまで大きな町がないので、薬の不足は深刻なようです」

「領都の薬師は向かわないのですか?」

「……騎士団も大きな街優先で動いているので、そこに関しては対応しているところで精いっぱいなのでしょう」


 薬師ギルドは命懸けで薬を配達する義務はないので、その辺は強要できないのであろう。緊急な問題が発生しているわけでもないのである。





「……やばいな」


 王都では知られていなかった情報を入手する。過去の話ではあるが五十年ほど前、傭兵崩れの集団に『アバン』という街が占領されたことがあるのだそうだ。


「八か月ほど傭兵隊に占領されて、人口が半減したっていう話だ」

「王国や公爵領の騎士団はどうしていたんだ?」


 元々、城塞に囲まれている街であったことが災いし、公爵家の騎士団で包囲したものの、そのまま数か月対峙して、ある程度身代金を払って傭兵団は街を退去することにしたのだそうだ。


「いまは、城塞が強化されているから、同じようなことは起こらないと言われているけどな」

「でもさ、八か月も閉じ込められていたら、商売あがったりだね」


 恐らく、その辺りの失敗を含めて、街を占領するような真似をせず、商人丸ごと攫うことで情報封鎖が徹底されていたのだろう。それが漏れ、警戒された結果、現状の山賊出没エリアの孤立現象の発生につながっているのだろう。


「アバンを占領した傭兵隊は中隊規模だったようだな」

「それって、何人くらい?」


 傭兵団の規模にも左右されるが、百から百五十人程度ではないだろうか。

 

「それって、ヌーベ公が抱えきれなくなった傭兵団を放出した結果……とかなのかもしれませんね」


 女僧侶が意見を述べる。騎士学校で習った知識の中に、百年戦争時の傭兵隊の活動内容の講義もあったようなのである。賃金に不満がある傭兵たちは途中で契約を打ち切り、自主的に資金を回収する行動に移ることがあるのだそうだ。


「戦争ごとに有期契約か、ある程度の期間ごとに更新していく契約であるので、騎士団とは扱いが違いますので、そういうトラブルも少なくないのですよ」


 王国でも騎士団を中核に『常備軍』を設置するようになっているが、平時と戦時で規模を十倍ほどにも拡大する必要性があり、徴用された兵士を騎士が指揮する部隊と、完全傭兵の部隊が併存しているのが現状なのである。


「戦争がないのに戦時のように傭兵を囲うわけにはいかないでしょうが、王国でも専門的な能力の高い山国のパイク兵を定数採用して常設しているので、賃金が支払われない状態になると暴れる可能性はあります」


 王国と王家に忠誠心があるわけではないので、金の切れ目が縁の切れ目なのは仕方がないのであろう。


「つまり?」

「山賊で稼げなければ、同じことをブルグント領内で始める可能性がある……ということでしょうか」

「はい、可能性はあると思います」

「……ゴブリンと変わらないじゃないね」

「ゴブリン以下よ。ゴブリンは最初から人ではないのだけれど、それらは、人をやめた存在なのでしょうね」


 傭兵の習性に関しては良くわからないのだが、私掠船と同じことを山賊として行っている。そして、私掠船の場合、奪った荷物の三割を免状を発行した国なり国王に支払うことになっているのであるから、山賊のふりをした傭兵も、安全地帯の提供の見返りに、領主に利益分配を要求されていてもおかしくないだろう。


「内部事情も分からねえし、とりあえず、中に入り込んで……情報収集してもらうしかないな」

「もちろんよ! 修道女探偵として情報収集頑張るわ」


 その方向性は謎なのであるが、伯姪の頑張りたい気持ちは大切にしようかと彼女は思うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その晩、怪しいと当たりを付けた馬車も預けられる格安宿に宿泊する。一応これまで通り、男性は大部屋、女性は個室(三人部屋)で宿泊をする。食事はまあまあ美味しく、酒もあまり高くない。そして……話し好きの給仕の女性が当然の如く、一行について根掘り葉掘り聞いてくるのである。


「へぇ、王都からわざわざねー ほんとお疲れ様で~す~」


 明るく感じの良い声だが、視線は相手の表情を伺うようであり、いまいち演技ができていない気がするのである。


「まあ、困った時はお互い様だからね。幸い、この子が薬師でね、こっちの修道女とあとこの子は教会にいて回復魔法が少し使えるんだよ」

「へぇ、魔術がつかえるんだ」

「少しだけです。まあ、薬で治せない場合もあるので、旅のついでです」


 さりげなく、お金になりそうな女たちだと情報を伝える。御者は足が悪く、剣士は駆け出しに毛が生えた程度で経験があまりない護衛役なことも聞きだされていく。


「まとめて色々頼まれているから、それも届けて、まとまったお金が入るから、しばらくは余裕がある旅になるかな」

「なら、帰りもぜひ泊まってください! 次は御贔屓さんとしてサービスしますよ」

「それはありがたいね。よろしく頼むよ」


 行商人に扮した薄赤野伏は答えるが、多分、この話をして二回目に宿泊できた商人はいないだろうと思うのである。





 部屋に戻り、彼女と伯姪、女僧の三人が声を潜めて話をする。壁があまり分厚いとも思えない。魔力障壁を室内に巡らせ、外に音漏れしないようにする。猫には外を見張っていてもらうことにする。


「早速露骨な情報収集をしてきましたね」


 女給ばかりではなく、厨房の料理人や宿の受付も聞き耳を立て、情報収集に協力していたように見て取れたと女僧がいう。


「お酒飲んでいい気持ちになって、若い女の子に話しかけられて、商売の話ペラペラ話しちゃう人多いんだろうね」

「旅の最中は孤独ですもの、人恋しくなるのでしょうね」

「その心理を利用するというのは……腹立たしいですね」


 とは言え、反応があって助かったのである。明日、出立前に公爵子息宛にこの宿の従業員の素行調査を依頼する必要があるだろう。


「商業ギルドは……露骨に関わりたくなさそうでしたから、無関係なのでしょうね」

「他領の商人とはいえ、犠牲者が出れば商いが滞るくらいは理解できているでしょうから、それはなさそうね。消極的ではあるけれど、加害者ではなさそう。潜在的には気が付いていた気もするのだけれどね」


 特定地域での商人の失踪が話題にならなかったとは思えない。とはいえ、彼らに何かできたとも思えないから、そこはそこまでだろう。


『お、お外に女給が来たみたいだぞ』


 魔剣が伝え、彼女は遮音を解除する旨を伝え、雑談に入ることにする。


「明日でいよいよ今回の依頼も終わりますね」

「薬を運んで、少し治療して一泊して翌日の午前中に向こうを出ることでよろしいでしょうか」

「そうだね、日帰りは無理だから明日はソーリーで一泊だね」


 明日の帰りではなく、明後日の帰りに待ち伏せしろよと情報を伝えたのである。ご利用は計画的にだ。





 しばらく、外で様子を伺う気配を感じていたものの、話べき事は話終えているので、とりとめのない話に終始していたりするのであった。そのうち、気配が消え、『階下に戻りました』と猫からの連絡が入り、何があるわけでもないのだが、ホッとする三人なのだ。


「この宿で拉致られるってあり得るかな?」

「まずあり得ません。一人だけならいつの間にかということがあるかもしれませんが、私たち三人ずつで固まっていますので、六人まとめてでもない限り、誰かが騒ぎますから。それに、商業ギルドの依頼を受けているのに領都から出ずに失踪するという事もおかしすぎますから」


 入るためには領民以外は入場料を支払わねばならないが、出入りを数えているわけではないので、一人旅の者がいなくなってもわからないことはあるだろう。とはいえ、この宿の仕事はターゲットになりそうな商人の情報を山賊に伝えることで、実行するのは他の場所と他の人間であるから、そこまで心配せずとも良いだろう。


『主、私が寝ずの番をしますので、ご安心ください』

『なんかおかしなことがあればオレが起こしてやるから問題ない。安心して寝ろよ』


 魔剣も猫も睡眠不要な存在であるのは正直、この時ばかりは助かるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌朝、予定通りソーリーの街へと移動する。宿の朝食は一品おまけだそうで、ありがたく頂く。そっちも、ありがたく頂くつもりなのかと思うのではあるが。


 領都からソーリーの街まではおよそ半日。昼過ぎには到着する予定である。森の中を縫うように脇街道が敷設されている。古帝国街道が元になっている街道と並行してはしる、少々道の狭い人通りの少ない道路である。


 ソーリーの街の先はモルヴァン山脈の北端であり、只の山なので、通過する者もいない。基本的に、ソーリー周辺で素材の採取をするような生活をするもの以外に、この道を使う旅人はいないのだ。


「ヌーベ領との境目だが、ヌーベの領都はモルヴァン山脈の南端を通過して行った先になる。一度ディジョンに戻って、南の街道を進むことになるな」


 薄赤野伏行商人が説明をする。山賊どもは、この山脈の南か北を通過する商人を狙っていたのだろう。ヌーベに関してはロアレ川をさかのぼる交易ルートも存在するので、わざわざディジョンから向かう商人は少ない上に、山賊騒ぎで今は完全にいないのだろう。


 とはいえ、旧都の少し東のロアレという川と同じ名前の都市を通過すると、川の流れは東西から南北に変わるため、西風を利用した水運は使えなくなるので、中流から下流にかけてほど、河川交通が有利なわけではないようなのだ。


 王国も王都周辺の河川同士を運河でつなげる工事を行っており、穏やかな流れの中下流域では、馬が川沿いに船を曳いて移動する場所も存在するので、水路としての川があるだけで、経済的にはかなり有効なのだという。


「山の中の水源に近い上流だと、川幅は狭いし流れも急だからどうなんだろうな」


 薄赤戦士がぼそりと呟く。実際、道幅は古の帝国の敷設した街道よりもかなり狭く、舗装もなされていないので、馬車の速度も歩く程度まで低下している。彼女の魔力で荷車の重さを多少軽減して、轍に車輪が落ちて動けなくならないようにしているものの、行程はゆっくりである。


 ところどころ、見通しの良い場所で小休止を取りながら、先に進む。


『主、山賊の斥候が出ているようです。追跡しましょうか』

「いえ、いまの段階では不要よ。明日、捕まったあと、薄赤パーティーのメンバーを誘導してもらえれば十分よ」

『今日は、姿見せて皮算用させるために動いてるって事だろ。精々、楽しい夢を見させておけばいいさ』


 三人の女連れの行商人、街で卸した商品の代金も一緒に奪えば、笑いが止まらないくらいの感想だろう。


 因みに、宿からの連絡は『猫』が調べたところ、伝書鳩を使用しているようで、今日の朝には、確実に話が伝わっているのである。


『伝書鳩を使うという事は、傭兵の中でも常備軍に近いものでしょうね。恐らく、しっかりとした城塞を拠点として与えられている者たちだと思われます』


 伝書鳩の使用、それは恒常的にやり取りをする関係が成り立っていることを意味している。そう考えると、ヌーベ公の常備軍=傭兵兼山賊という推理を裏付けるものになるだろう。


 どの道、あの宿は今回の件で領都で捜査を受けることになる。状況証拠だけでなく、山賊の拠点で証拠を集めることができるのだから。


『常備軍なら、帳簿はきちんと揃えているはずです。それを押収すればかなりのことが把握できるでしょう』


 猫の言葉に彼女は黙ってうなずくのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ