第565話 彼女は『女僧』と『戦士』に伝える
第565話 彼女は『女僧』と『戦士』に伝える
王太子宮の討伐は、リリアル生や『剣士』『野伏』にも伝えずに行うことを
彼女は伝える。
「そりゃ……この四人で行うってことか」
「はい。閉鎖空間での戦闘を想定しています。それに、私たちと役割が被る
メンバーではあまり意味がありません」
「それはそうかもしれませんね」
『戦士』も『女僧』も前衛で盾役であり、遊撃の『剣士』は伯姪と、後方からの
支援役の『野伏』は彼女と役割が重なる。より強いカードを投入する方が効率が
良い。リリアルには盾役を務める蒼髪ペアがいるものの、盾を使うのではなく
長柄でのより攻撃的な役割であり、閉所では十分に活躍することはできない。
「一期生は学院の仕事に専従させたいという事もあります」
「まあ、二人が王弟殿下のお供で不在の間の仕事を今からさせているのは
わかる。それに、数が多くても困るだろう。四人で探索するならベストな
構成だ」
『戦士』はやや小ぶりのタワーシールド、『女僧』はラウンドシールドを用いており、
二人ともメイスの扱いに難はない。『剣士』『野伏』は盾の扱いはあまりしない
ので、アンデッド討伐には不向きだという判断もある。
伯姪は小盾と魔銀の曲剣、彼女は盾を用いるまでもなく、魔力壁で防御する
ことになるだろう。機動力より攻防を重視する事になる。
「わかった。二人がいれば心配するまでもないな」
「なんといっても『竜殺し』の騎士様ですからね」
竜は大きく重厚であるものの、動きも攻撃も大味で距離を取って戦えば
時間はかかるものの経験上さほど脅威ではない。
閉所で高速で移動する血を吸う『鬼』や、壁を抜けてくる不可視の魔物で
魔力や生命力を奪うタイプの『レイス』のような魔物の方が危険度も難易度も
高いと彼女は考えている。
「とはいえ、あなたの魔力走査があれば、大抵の魔物は先に見つけられる
でしょう?」
「私たちに足らないのは、罠の仕掛けを発見する事などです。それは経験ある
冒険者のお二人にお願いしたいところです」
「罠か……まあ、光源さえ確保できれば大丈夫だと思うぞ」
ベテラン中のベテランである『戦士』が軽く請け負う。
とはいえ装備は今までのものをそのまま使わせるのは問題である。少なくとも
魔力持ちの『女僧』は魔銀加工のメイスとシールドも魔力で強化されるタイプの
素材に換える必要がある。メイスを魔銀鍍金加工仕上げにし、ラウンドシールド
は木製の土台と表皮の皮の間に魔装網を張り魔力を通す事で強度が出る
ようにすることに加え、盾の周りを囲う金属の輪の部分を魔銀鍍金製に替える
ことにする。
魔力を通した状態で盾の輪郭部分で殴れば、アンデッドに魔力によるダメージが
与えられるようになるだろう。スケルトンや喰死鬼程度であれば致命的な
ダメージを与えられるだろう。
問題は『戦士』の装備である。
「俺は魔力が無いからな。盾役・囮くらいはこなせるが」
「いいえ。魔鉛鍍金を施した盾とメイスに、魔石を使って魔力を補充する
タイプの装備をお渡しするわ」
魔銀の場合、魔力の伝導力は高いものの魔力を蓄える能力が低く、また、
魔石との相性も良くない。魔鉛鍍金を施し、魔力を魔水晶・魔石に込めた
状態で接触時に魔力が相手に流れ込むようにする事ができる。
盾のボスの部分とメイスのヘッド部分を魔鉛鍍金製と魔水晶を嵌めこんだ
仕様の装備に換えることで、何度かは魔力を流す事ができるだろう。
「一度の魔力の注入で、数度使用できるはずです。戦闘が一段落付く毎に
私が魔力を補充すれば問題なく使用できるでしょう」
「おお、そりゃ助かる。実際装備してみて使い勝手を確認してみたいな」
「流石にいきなり本番には向かわせないわよ。装備はニ三日で渡せると
思うから、一先ず、今の装備を工房にあとで渡しておいてちょうだい」
「何か申し訳ありませんね」
「いいえ。お二人はリリアルの一員ですから、装備の更新もリリアルで
行うのは何も不思議ではありません」
本来、騎士であればその俸給には騎士としての装備を維持する費用も
含まれている。具体的には、武具と騎馬その面倒を見る従者の人件費
などである。リリアルに関しては、開設当初からと同様、装備は学院が
用意することが続いている。将来的に、騎士として独立して家を営むまでは
今のままでよいかと彼女は考えている。これは、冒険者パーティーの四人
の中で、既に仕官を希望している三人には同じ待遇を使用ということだ。
『野伏』に関しては保留中だが、消耗品などは支給しようかと考えている。
「では、装備を整えたなら、改めて討伐に関しての打ち合わせをしましょう。
くれぐれも、この四人以外に討伐の話をしないように」
四人で王都に向かう際には王宮もしくは王都街塞の視察という名目で
出かける予定である。それも、『猫』からの情報待ちといったところになる
だろう。
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「あー 俺も魔銀の剣がほすぃーなぁー」
「腕が無い。宝の持ち腐れ」
『剣士』の可愛くないおねだりを、赤目銀髪が一刀両断する。
「俺の場合、魔力の無い者が使えるかどうかの試作だからな」
「私の場合、あくまでもアンデッド対策の試作品です」
「アンデッド……」
アンデッドが苦手なのか、それとも過去に苦い思い出でもあるのか二人の
言葉に『剣士』の顔色が変わる。
「そう。リリアルにいると、アンデッド討伐の遭遇確率が高い。でも、馭者には
不要」
「馭者じゃありますェーん、魔剣士ですぅー」
「ショボい魔剣士」
「魔力ショボい系魔剣士様」
可愛くない『剣士』の言い回しに、周りの薬師組一期生が雑な弄りを繰り返す。
とはいえ、そこそこイケメンでお調子者なのでリリアル生の受けは悪くない。
扱いは雑だが。
「そもそも、騎士になりたいなら騎乗で戦闘できないと駄目でしょう。それと、
読み書き計算と帳簿付けたり、命令書作成する文章も覚えたりするから、
座学が結構大変よ?」
今現在入校中の薬師娘二人組は、薬師や侍女の教育も受けているので、
読み書き計算、公文書作成などもそれなりに学んでいるので問題ないのだが、
剣の腕前だけでは騎士に成れないという事実を知り、『剣士』が凹む。
「俺、頭悪いし……」
「知ってる」
「見ればわかります」
「グスン……世間はつめてぇよなぁ……」
とは言え、これから『剣士』は二期生三期生に混ざって、午前中の座学を
受けたり、馭者や修練場での空き時間に勉強することになりそうである。
隙間時間を上手に使わねば、大人の勉強時間は確保できない。
「ああ、もっと子供のころ勉強しておけば良かったぜぇ」
「駄目な大人の良く言うセリフ」
「後悔先に立たずですよ」
と、何か言えばヤイヤイ言われる『剣士』である。
老土夫の工房では、『戦士』と『女僧』の装備が仕上がったという事で、
二人を伴い彼女と伯姪は工房を訪れた。
「先ず、これだな」
「随分とメイスは形状が変わりましたね」
『女僧』の魔力量は少ない。赤毛娘や姉の好むメイスのように全体を魔銀製
にすると、あっという間に魔力切れになりかねない。
「これは、フィンの部分とメイスの先端のスピアヘッド部分だけを魔銀鍍金製
にしてある。これなら、フィンの部分が刃のようになって切裂くことができるし、
魔力量も少なくて済む」
「確かに、メイスで叩き潰すわけではありませんからね」
「振り回すならフィン、突き刺すならスピアヘッドね。スケルトンなら振り回す
事になるでしょうけれど、普通の魔物にも魔力を纏った刺突は有効だもの。
目や鼻やのどを突くとか、頭蓋に突き刺すとか止めを刺すには有効かもね」
「……なるほど。戦い方も変わりそうです……」
伯姪がまぜっかえすが、『女僧』は至極真面目に聞いている。剣とは重心が
全く異なるメイスだが、軽く小さめのフィンヘッドに替えたので、叩き潰すより
叩き切裂くような運用になるだろう。幾分、剣先に重みのあるカットラスの
ようなバランスになったかもしれない。
「盾は見た目は変わってないだろう。まあ、ボスの部分は魔銀鍍金製に
してあるから、重量は重くなってるぞ」
ラウンドシールドだが、幾分小さくなりタージェに近いかもしれない。
携行しやすくなったが重さはあまり変わらないようだ。
「腕に通したり、握って前に突き出したり……使い方が変えられそうです」
「とはいえ、バックラーのようになっているわけじゃないから、程度問題だ。
握り部分は魔装縄だから、魔力を通しやすく縄の部分も魔力で強度が出る。
メイスより魔力を喰うかもしれん」
老土夫も癖毛も魔力量が多いので、少ない人間の感覚がわからないの
だという。灰目蒼髪が『女僧』と近い魔力量であるので、騎士学校から戻って
くれば、良い相談相手になるかも知れない。
「お前にはこれだ」
「メイスは……少しヘッドが大きいな」
「魔石を組み込んでいる分大きく見えるという事です。それと、腕力の違い
です」
「確かに……斧に近いバランスか。悪くない」
風切音をさせながら、『戦士』は感覚を確かめる。
「だが、これは何のための装備だ?」
「護拳が付いている方が、接近戦では有利だ。殴りつける事も出来るからな」
「リリアルではメイスにも片手剣のような護拳を付けるのよ。成果があるから
ということでね」
「……まあ、珍しいが全くないわけじゃない。俺も、盾役だから噛みつかれない
ように護拳付きが良いかもしれん。試しながら改良してくれるか?」
「勿論じゃ。これはあくまでも儂の好みで作ったからな」
ヘッドは大きく、フィンの形状もシンプルになっている。但し、魔水晶の魔力が
注がれるのは先端のスピアヘッド部分を用いた攻撃のみ。フィンでの攻撃は
魔力が発生しないようになっている。
「フィンはあるが、こいつは魔装じゃない」
「なら、魔力が必要なときは刺突で躱せばいいのだな」
自身で魔力を出すわけではないので、どの面で魔力を生じさせるかと
いうところは考えざるを得ない。スピアヘッドであれば、魔力消費も軽減
されるであろうし、リーチも稼げる。
「この部分を押し込むと、魔水晶から魔力が流れる」
「知らない間に押し込まないように注意しないといけないな」
ヘッドの付け根部分に魔銀のボタンが付いており、押し込む事で魔水晶と
ヘッドが接続されるようになる。なので、手動で切り替える必要がある。出ると
分かっていれば最初から入れておけばよいのだが、そうでないときは少々
手間かもしれない。
「盾は元のものより小さいぞ」
「上半身がカバーできれば問題ない」
中央のボス部分に魔水晶が組み込まれている。そして、その前面板と
ボスの部分は数ミリ中空になっており、叩かれた時点でボスと接触、魔力が流れ
魔力による防御が発生する仕組みになっている。
「これも数度で魔力切れになる」
「いや、数度でも魔力による強化が得られるなら、魔力の無い俺達にとっては
すごい武器になる」
戦場であれば役に立たない玩具扱いされるかもしれないが、致命の一撃
を与えて来るアンデッド相手であれば、一度でもその攻撃を確実に防げる
のであれば、相当な装備であると言ってよい。
「これ、上手くいけば」
「三期生の子たちにも装備させてあげたいわね」
魔力無が半分を占める三期生だが、冒険者としてのセンスは魔力の有無に
関わらず高い子ばかりだ。改善できれば、そのままリリアルの戦力アップに
大いに貢献するだろう。それに、三期生の間にある絆は、現状の一期生並
に見て取れる。できるだけ、あの仲間意識を生かしたいと彼女は考えている。
「これで、実際どの程度の性能なのか確かめておきたいな」
「ええ。使いこなせなければ宝の持ち腐れになりかねませんから。どなたか
立ち会ってもらいましょう」
「それは良いわね。一期生に相手をさせるわ!!」
伯姪が二人の希望を聞いて彼女が答える前に答えてしまう。同意するつもり
ではあるのだが、二人の腕前を早く確認したいといったところだろう。
「スケルトンやレイスが想定される敵でいいのよね」
「そうすると……」
冒険者組の蒼髪ペアや赤目銀髪のようなスタイルの敵でない方が良いだろう。
「二人を呼んできましょう」
「そうね。妥当ね」
伯姪は彼女の言葉に頷くと、学院にむかっていち早く立ち去って行った。
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「模擬戦! 模擬戦!!」
「……あの……先生……な、何で私なんでしょう?」
伯姪が連れてきたのは……赤毛娘と黒目黒髪。何故と繰り返すのは、
黒目黒髪である。
「二人の新装備の効果検証をしたいの。それで、あなたは魔力壁を展開して、
装備の攻撃を受け止めて見て欲しいの」
赤毛娘の仕事は、メイスで攻撃し、どの程度盾がダメージを受け流せるか
を確認し、またその回数を確認することになる。黒目黒髪は、魔力壁でメイス
の攻撃を受け、どの程度の魔力壁を破壊できるか、また、何度破壊できるか
を確認することになる。
「えー 魔力壁を破壊されないようにすればいいなら、あたしでもできそう
だけど」
「いいえ。薄い魔力壁を重ねるように何枚も作って欲しいの」
「それは無理だぁー」
「わ、わかりました!! それなら私とくいです!!」
分厚い一枚の魔力壁なら赤毛娘でも作れるが、ある程度の強度の魔力
壁を五枚十枚と重ねることは出来ない。彼女の他に、黒目黒髪、枚数が
少なくて良いなら茶目栗毛も可能だが、ニ三枚ではすべて破壊されてしまう
可能性もあるので、今回は黒目黒髪が適任だと判断されたのだ。
「じゃあ、どっちからはじめますか!!」
『女僧』が盾を構えて赤毛娘の前にズイと立つのであった。