第562話 彼女はリリアル街塞の確認に向かう
第562話 彼女はリリアル街塞の確認に向かう
ワスティンの森から戻ってきた彼女は、忘れないうちに一つ仕事をしなければならなかった。
一先ず、彼女はワスティンの森で討伐した残敵であるオークがヌーベ領に撤退したことがわかったことを報告した。また、彼女と伯姪が王弟殿下とともに決して短くない期間、連合王国に滞在する予定である事と、その間にリリアルの活動が停滞することを説明し、その間、ワスティンの森で近衛連隊に適時演習を行ってもらい、また、運河開削の経路上の軍用街道の整備、物資集積所のワスティンへの設置を行う事で、長期的にヌーベ公を牽制することを書面で提案する事にした。
「近衛連隊の演習場ね。これで、一つ産業が育ちそうね」
「演習場の兵士相手の商売ね。騎士団の駐屯所のように品行方正ではないでしょうし、兵士の場合、基本は基地の兵舎で生活するから、休暇や外出許可時に飲食できる場所の提供程度かしらね」
「その辺、冒険者だけだと街の規模も大きくなりにくいでしょうから、悪くないんじゃない? 何なら、基地と街の間を魔装馬車で送迎するのもいいかもしれないわね」
伯姪と彼女は、そんな形で近衛連隊をワスティンに巻き込むことを前向きに捉えていた。騎士団の範疇とは異なるであろうし、潜在敵であるヌーベ公領に対する抑えとして近衛連隊も何かしら対策を考えていると思われるからだ。
幸い、近衛とはミアン攻防戦やオラン公軍との連絡役を務めたことで、以前よりは対応が良くなりつつある。既に騎士団・近衛連隊に並ぶ第三の勢力としてリリアルが認知されて久しい。騎士団は当初から彼女たちに好意的であり、ルーンの捜査などでも協力関係を築いてきた。
王家と良い関係にある彼女たちと敵対するデメリットに近衛もようやく気が付いたということだろう。少なくとも、騎士団と同程度には仲良しでありたいと。
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王都に向かい、幾つかの雑用を熟す。一つは冒険者ギルドで、本格的にワスティンでの冒険者育成請負いを始めるということの伝達。今一つは、王都のリリアル城塞の工事の進捗状況の確認。そして、最後に王宮に近衛のワスティン派遣について諮問があるということで参内する。
「忙しいわね私たち」
「王都をしばらく留守にする間、安心できる程度には手を施さないとね」
伯姪も彼女も忙しない。そして、王太子宮の問題もある程度目途を付けねばならない。回復魔術が使える『女僧』と、その護衛として『戦士』を次回の捜索には同行させたいと彼女は考えている。『野伏』『剣士』の役割りは彼女と伯姪で十分代替できるだろう。二人の魔力量では、長期の探索は少々荷が重くなる。
かといって、リリアル一期生を投入するには狭い大塔内の探索には過剰であり、むしろ、数の多さがマイナスになりかねない。アンデッド討伐の可能性が高く、その点で言えば最適なメンバーはカトリナ主従なのだが、今さらサボア公妃となる女性を連れだす事は出来ない。
魔力量よりも、むしろ閉所での立回りを二人には期待している。そういう面で、リリアル生はあまり向いているとは言えない。今後の課題だろう。
冒険者ギルドに立ち寄り、依頼を出す事にする。
「予定通りという事で宜しいでしょうか?」
「はい。週三回、王都南門で集合し、ワスティンのリリアル監理下の野営地で一泊し、採取を行い翌日王都に戻るという流れですね」
馬車が出るのは火曜・木曜・土曜の朝の三時課の鐘に南門で集合し、昼過ぎにワスティンに到着する。周辺で魔物の討伐を行い、野営を経験する。翌朝一時課の鐘で出発し、昼前に王都に戻る流れだ。
「それで、希望者はいそうですか?」
「それはもう!」
彼女が駈出しの頃から馴染みの受付嬢が、嬉しそうに答える。王都から中堅ないしベテラン冒険者の少なくない人数が移動してしまい、いまは引退間際のベテランと、一人前未満の若手ばかりになってしまっているのである。
ワスティン迄遠征できる定期的な機会が与えられるのであれば、王都近郊で経験を積める機会が得られるようになる。地方への人材流出が一段落するのではないかという期待でもある。
「ほんと、この何年かで王都の周りにゴブリンや狼なんて全然見かけなくなりましたものね」
百年戦争のさ中、破壊された街壁の箇所から狼の群れが入り込み、王都の中で人を襲うという事件が発生していたくらいである。街壁の修復が行われ王都内に狼が入り込む事はなくなったが、周辺の村や街道には狼もゴブリンもそれなりに出没していた。
それがここ数年で一掃され、その為冒険者の依頼も大いに減ってしまったというわけだ。王国においては『狩狼官』という騎士に準じる世襲の官位が存在しているのだが、狼を狩る事自体が激減し、今では名ばかりの官位となっている。
「ワスティンはいまでも狼は多いのでしょうか?」
「餌になる鹿などはそれなりに居ますし、人間の手もあまり入っていませんからそれなりではないでしょうか。それに、縄張りに空白ができれば、余所から入り込んでくるので、狩っても時間がたてばまた現れてしまいます」
「それはそうですね。今の所、王都に近づく前に狩られてしまっているということですね」
王都に現れる狼は、元はワスティンの森やそれに続く南部の山岳地帯からやってくるものであるのだろう。人が少なく、山林が続く場所である。そこには『ヌーベ公領』も含まれているし、『ブルグント公領』の西端にある山岳地帯も含まれるだろうか。
そんなことを話していると、四人の年若い冒険者が受付で話をする彼女と受付嬢に話しかけてきた。
「もしかして、ワスティンの森の依頼がはじまるのかよ!」
「……ええ。今正式に依頼していただいているところです」
「なんだよ、早く依頼を張り出してくれよ。待ってたんだぜ俺達。なぁ!!」
元気が良いのか無礼なだけなのか微妙なリーダーらしき少年が話を続ける。
「これで、俺達もリリアルと縁ができるっつーことだ」
「……それは……」
「リリアル生って俺達と同じ孤児出身だよな。なら、俺達だって活躍すれば入れてもらえるんじゃねぇの?」
確かにリリアルは『王都』の孤児院にいる「潜在的に魔力を持つ者」を彼女自ら『魔剣』と共に選抜し、本人の同意があれば加入させている。その上で、孤児の魔力持ち男児は騎士や貴族が養子として貰い受ける事が多く、大多数は女児が残る事になる。回復魔術が使える資質を教会が判断すれば、修道女見習として教会に籍を移すこともあるが、大半は宝の持ち腐れ状態であった。
それを、リリアルでは「薬師」として育成する前提で魔力持ちの女児を中心に預かり、その中で本人の希望や資質があれば「冒険者」「騎士」として魔力を用いた戦い方なども教育しているし、官吏や侍女となる道も考えられている。
それはあくまでも、「魔力ありき」の話であり、冒険者として腕前を上げたなら、近衛連隊でも騎士団でも受験して見習なり従騎士になれば良い事なのである。彼女と同時期に騎士学校に入校していたものにもそうした経歴の者たちがいた。
少なくとも、冒険者からリリアルに入るとするなら、冒険者としての経歴が申し分ない引退間際のベテランである必要がある。『戦士』のように。
「それはないわね」
「……なんでだよ」
「あんたたち、王都の孤児院出身なの?」
「王都じゃねぇとか関係あんのかよ」
一応今日は王宮に参内する予定なので、相応の衣装を身につけている。見れば身分ある貴族・騎士であると分かるはずなのだが、それも見分けがつかない程度の経験しかないと思われる。
「お、おい」
「よせよ。も、もうしわけありません。こいつ、シャンパーの出身で。孤児ってわけじゃないんです。お、俺らは良くお二人の事、存じてますから」
「申し訳ありません閣下」
「……閣下って……」
「わかったなら、弁えてくださいね」
王都の孤児出身者であれば、一度は彼女と面談したことがある年齢だ。リリアル学院の選抜を受けたか、受からない理由をすでに知っているということだ。
「残念ながら、リリアル生は十歳までの魔力持ちの子だけを受け入れているの。あなたは、魔力もないでしょうし年齢も成人に達しているでしょうから、仮に孤児出身であったとしても受け入れることはありません。それに、冒険者として身を立てたなら、騎士団の入団試験を受けるなり、兵士や衛兵として職に就くほうが良いと思いますよ」
「いや、俺は、竜殺しの英雄になりてぇんだよ」
海賊王や竜殺しの英雄になりたいという男の子の夢を語るのは別に構わないのだが、それとリリアルには何の関係もない。
「確かに、竜を討伐する機会があるかも知れないのだけれど、身に余る依頼を受けるのは命を確実に失う事になるわ。それも覚悟の上かしら」
「……も、もちろんだ……」
一瞬躊躇したものの、少年は大きな声で言い切った。
「なら、後ろの仲間の命もその賭けの代金にするわけね」
背後の仲間の様子を伺う少年。仲間たちはいつもこのような少年の夢を聞かされているのだろうか、やれやれと言った表情でありおよそ同意しているようには思えない。
「一人で出来る事には限りがあるし、人には向き不向きがあるわね。それに、誰からも名を知られるようなことって、余り嬉しい事ではないわよ」
少年は「は?意味わかんねぇ」と声には出さずに返事をしてくる。
「一度でも期待を裏切れば、その名声は地に落ちるってことよ。どんなに有名な英雄だろうが、王様、将軍だって負ければ地に落ちるのよ。そこから立ち直れるくらいの力がなきゃ本物とは言えないんでしょうけどね。あんたにはまだまだそんなことを語る資格はないと思うわ」
伯姪の歯に衣着せぬ言葉に、言われた少年はたじろぐが、周りは同意するように頷いている。
「耳に痛いわね」
「それでも、私もあの子たちもあなたを見限ったりすることはないわね。有りえないわ」
「そうね。そうだと有難いわね」
伯姪は「あなたの姉は絶対残るから問題ないわよ」と付け加え、彼女は微妙な気分になる。
「先ずは仲間との信頼関係を重ねて、依頼をきっちりこなして冒険者としての信用を得る事だと思うわ。それが、竜殺しに続く道よ」
「竜殺しへと続く道」
少年は納得したようだが、伯姪の言は微妙に嘘が含まれている。が、百パーセント嘘というわけでもないところが微妙である。
「お、俺……達、信用してもらえる冒険者になるように頑張ります。なぁ!」
「「「おう!!」」」
凹みかけた少年は持ち直し、仲間たちとのコンセンサスも生まれたようだ。小さな依頼から大きな依頼が生まれ、やがて大きな成果と評価に至ると彼女は考えている。それが、思えばなぜこうなったとかと思えなくもない
彼女の境遇に思えるのである。
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冒険者ギルドから川沿いに出て、一度、迎賓宮建設予定地の際にある『街塞』へと足を向ける。外構は土魔術を用いて凡そ構築してあるわけだが、そのまま居住できるようになるわけがない。
その為、内装や木造部分は王都の職人たちが構築することになる。その中に『自由石工』関係者が含まれているだろうが、その事自体は今の時点では意識しないようにする。完成後、何かしら仕掛けられているのならば、それこそ、王都と王国に敵対する勢力であると特定する証拠となりうる。
なので、今の時点においては特に気にせずに建設をすすめていく。
Eの字型の外壁と躯体に対して、中庭に面している側は基本的に木造で作っている。内装も床や天井は木材で加工している。また、無骨な人造岩石製の濠に面し王都内に向いている二面に対して、今工事が進んでいるのは迎賓宮に面している二面であり、ここは、先王時代の法国の建築家の城館をまねた瀟洒なやや赤みがかった砂岩の壁で形成している石積みの壁だ。
迎賓宮側の壁の強度は人造岩石と比べ劣るが、それでも小銃弾や小型の隼砲程度では破壊できない。そこまで敵が攻略している時点で戦局はかなり劣勢であるし、その時点でリリアルなら少数で斬り込みを行い始めることになる。守りを固める一方から、守りと攻めに別れての行動となるだろう。
防御優先の外向き壁と、景観も損なわない迎賓宮側の壁で印象が変わるのは当然であると言える。石積みはまだまだ時間がかかりそうであるが、彼女達の渡航には十分間に合う。また、こちらの面は迎賓宮に滞在するゲストの避難先や野戦病院的な遣い方をすることを予定している為、人造岩石の二面さえ内装が完成すれば、城塞としての機能は発揮できるので、問題ないとも言えるのだ。
「これ、王都から予算出ているのよね」
「王都と王国と王家ね。私たちの持ち出しは、魔力と人造岩石作成代程度ね」
外壁面の屋上は見張台兼銃座となっている。魔装銃だけでなく、三期生の魔力無組なら弓銃やマスケットによる射撃でも十分対応できるのではないかと考えられる。魔装銃が急速に装備されたのですっかり希薄となっているが、魔力を込めるだけ、撃つだけの役割分担も考えられていた。
射撃が得意な魔力無の三期生もいる可能性はなくはない。また、仲間意識がより高いであろう三期生達には、そういった工夫もあってよいのではないかと思われる。
「歯止めが利かなくなるので、魔力無の子たちは三期生が最初で最後ね」
「必要であれば中等孤児院出身の兵士希望者を領都が建設されたなら衛兵や領兵として雇い入れてもいいしね」
「鍛冶屋に宿屋に水車小屋……いろいろ必要になるわ。この建築経験が生かせればいいのだけれど」
伯姪は内心「街全体が人造岩石製の要塞のような街並みになるかも」と思ったのである。
後日、一期生を交代で『街塞』を全員見学させ、必要な備品関係、寝具や台所用品、保存用の食料や水瓶(魔石仕様)をどの程度必要となるか考えさせることにする。これも、これからリリアルの決定事項を分業していくための課題を与える機会であると彼女は考えていた。
今まで、彼女が考え用意し与えるだけの関係であったが、今後は機会があるごとに権限と責任を与えて、教育する機会を増やしていきたいと考えていた。とはいえ、事務方を担っていた人間がほぼ渡海するので、例えば赤毛娘が姉と調子に乗って暴走しないかなど……気になる点はあるのだが、それも失敗を糧にすればよいかと思う事にする。
「何事も、してみせて言って聞かせてやらせてみることが大事なのよね」
「そうね。仕事が増えれば、あなたが抱え込めることも限界があるわけだし、どこかで任せて試す必要はあると思うわ」
伯姪も不安なことは彼女と同様である。が、リリアル生の中には「院長先生ならどう考えるか」という規範があることを知っているので、彼女自身ほど不安とは考えていなかった。