第560話 彼女はガルムVS『剣士』の試合に立ち会う
第560話 彼女はガルムVS『剣士』の試合に立ち会う
ガルムの装備は、レイピアとマンゴーシュ。レイピアも、腰に吊るのはどうかと思えるほどの長剣。貴族・騎士は鞘走りを従者に任せることができる証として、一人では扱えないほどの長剣を持つことがある。それに近いと言えば良いだろうか。
対する『剣士』は、誂えを変えたようだ。
「ブロードソードね」
「おう、最近、貴族の護衛も増えたんだよ。だから、携行しやすく衣装映えする護拳と、平服なら簡単に切裂けて扱いやすいこれになったんだ」
ブロードソードは甲冑相手には基本的に歯が立たない。幅広の刃で切裂く事に特化した剣だ。同じ法国で流行の剣ではあるが、レイピアが刺突に特化したこととは対照的な装備だ。
「護拳が篭状じゃないな」
「刺突剣を折るつもりなら、あの左右に突き出した部分で絡めるんでしょうね。指を斬り合いで傷つけないように完全ガードの護拳なんだろね」
蒼髪ペアはブロードソード使いを間近で見るのは初めてなのか、興味深そうに様子を伺っている。リーチは明らかにガルムに利があるが、はたしてどうなるだろうか。
10mほど離れて対峙する。決闘の距離だが、魔力持ちにとっては眼前に等しい。
『では、始め』
審判はシャリブルが務める。
「負けたら晩飯抜きだぞ!!」
「そらないっしょ!!」
『戦士』の声援に苦笑いの『剣士』。
「実際、オーガを単独で倒せるほどの腕前なのかしら」
彼女の質問に、『野伏』が答える。
「難しいだろうな」
オーガは膂力も高く、体も二回りは大きい。故に、ブロードソードのような片手剣で相手をするのは難渋する。ハルバードやグレイブ、もしくはベクド・コルバンのような戦斧・戦槌のような長柄の打撃武器で相手をするのが普通である。彼女も『バルディッシュ』を用いるだろう。
「だが、相手は腕力能力はオーガ並みってだけの、外見は普通の人間だ」
「なんなら、体格はこっちが有利なくらいだな」
『戦士』が会話に加わる。半身で剣を前に突き出すように構えた『剣士』は防御重視の構え。恐らく、狙っているのだろう。
「レイピアは戦闘用の剣じゃ無い」
「身分を示す飾りであり、決闘以外じゃ使えないくらいの威力だろうな。腕の差が出やすい剣だからな」
レイピアはそれなりに専門の剣術に習熟していなければ相手に傷を負わせる事は難しい剣なのだ。つまり、人を殺せるか否かで言えば可能なのだが、だれにでもできるわけではない。ブロードソードやカッツバルケルのような巨大な包丁とはわけが違う。
「たぶん、レイピア以外使えないのでしょうね」
「使えない?」
「彼、侯爵家の末子で、甘えんぼなのよ」
「「そりゃ難儀だ」」
恐らく、侯爵家では教養の一環として「レイピア」の教師をガルムに与えたのであろう。貴族が決闘を行う際に用いる剣だからだ。だが、兄弟は普通の戦場用の剣も扱えただろう。特に、三男は傭兵隊長から侯爵家の騎士団長となっている。末弟には貴族として振舞える程度で良いと考えたため、レイピア以外は使うなといった指導が為されたのだと思われる。
「つまり、素直で家族の考えに疑問を持たない方なのですね」
「それでいて、それに囚われていると言ったところだな」
「それで不死者になってまでこだわっているというわけか。まあ、本人がそれでよいなら構わないんだろうな」
冒険者たちは、ガルムに対し思うところを率直に口にする。ガルムと若干シンパシーを感じる彼女は若干気まずい。
チクチクとフェイントを重ねながら、円を描くように周回しつつガルムが『剣士』を品定めするように軽くけん制の攻撃を繰り返す。
『それなりに遣えるようだな』
「まあな、あんたはどうなんだ?」
『馬鹿にするのか!!』
コンプレックスの塊ガルムは、どこに地雷があるのかよくわからない。実力がわからないと言った程度の受け答えに過剰反応し過ぎだ。
レイピアの扱いが荒っぽくなった。刺突を狙いながらも、嫌がらせのように剣を叩くような行為が増える。これは、相手をイラつかせることで隙が生まれる事を狙っているのだろう。戦場では使えないが、決闘や見世物試合ならば有効なテクニックだ。
「なあ」
『ナンダ』
「もう接待は良いか、坊ちゃん」
『き、き、き、貴様あぁぁぁ!!!』
力任せの刺突の連続技。速度は目を見張るが、刺突の軌道は単調。
「そろそろ慣れたわ」
刺突を護拳の突き出た棒状の部分で引っ掻けると、おりゃ! とばかりに力を加える。
BOKIINN!!
ガルムのレイピアは、その先端から三分の一ほどの所で折られた。
『ぼ』
「ぼ?」
『ぼ、ぼ、ぼ、ぼ』
「ボーボボ?」
『ぼくのたいせつなレイピア、姉上から貰った大切なレイピア、折れちゃっったあぁぁ』
泣き崩れ落ちるガルム。
「泣くなよ、兵が見ている」
「兵じゃないけどね」
「むしろ騎士だ」
ガルム戦意喪失で棄権と判断。『剣士』の判定勝ちとなる。首くらい跳ね飛ばしてやれば良かったものを。
『ガルム殿』
『シャ、シャリブル……グスン、あ、姉上から頂いた……』
「武器ってのは大事に手入れしていたとしても、所詮消耗品だ。大切な品なら、大事にしまっておけ」
『あああああああああ!!!!!』
『野伏』は当たり前のことを言ったのだが、メンタルがゴブリン以下のガルムにとっては止めの一撃となったようで、大泣きとなる。
『ガルム殿、これならば接げます』
『接げるか』
『しかしながら、短く摺り上げて、タウンソードとする事も出来ます。装飾品のような扱いとなりますが、むしろ、彼の冒険者殿の仰る通り、剣は別の物を随時使い潰すべきかと思います』
『そ、そうだな。武器を大切にして勝負に負けては……意味がない』
ナイス・シャリブル!! あの四体のノインテータの中で、もっともまともな人格を持つ弓銃職人のシャリブル。やはり、この修練場を委ねられる適任者であろうか。
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「結構立派な宿舎だな」
修練場の宿泊施設、野営用のスペースに薬草畑、防御用の施設や見張塔を四人と見学し、一通り施設の紹介を終える。
「リリアルの見習冒険者の活動拠点に出来るように仕上げているから」
「俺も、こんな場所が駈出しの頃にあったら、もっと楽できたよな」
「今でも十分楽している」
「そりゃないよ師匠」
赤目銀髪と『剣士』はすっかり師弟関係……なのだろうか。なお、ガルムは『守備隊長殿を呼んで来る』と、大泣きした後気まずかったのか修練場を出て、ワスティンの森へと向かった。
一定の周回路を巡回している守備隊長を、逆ルートで回れば早々に落ちあう
ことができるとのことだ。
「ここで野営の訓練をさせるんだな」
「そんなところです。いきなり野営は難しいでしょうし、今は、野営を単独でする機会も駆け出し冒険者には無いでしょうから」
王都圏では討伐依頼自体減少し、護衛や採取系の依頼が中心となっている。別の地域に移動できるほどの能力がある冒険者は野営に心配はないし、ベテランはそもそもそういったことが既に体力的に厳しいので行わない。中抜け現象ゆえ、王都の駈出し冒険者はいつまでたっても駈出しのままとなりつつある。
ワスティンに向かうのに徒歩なら三日。さらに、野営の道具や食料なども確保しての遠征。これに対する対価は少ない。ゴブリンや狼を狩っていたなら赤字となる。
「最終的には、領都に冒険者ギルドの支部を誘致して冒険者向けの簡易宿舎等も整備したいのですが、過渡的な場所であり、領地の防衛拠点づくりのテストケースといったところになるでしょう」
「なるほどな。けど、これ作るのにコストがかなりかかるだろう?」
騎士団の駐屯地を更に防御施設としては強化したもの。壕と低いながらも城壁、見張塔に主塔に相当する宿舎。小振りな城館といったいでたちである。
「土木工事は土魔術でおこなったので、それほどではありません」
「……なるほどな。大城塞はむりでも、この規模なら十分土魔術で工作可能ということか。魔力が豊富な奴は羨ましい」
実際、『癖毛』をおだて、宥めすかして一日仕事で作ったので、彼女自身は大したことだとは思っていない。流石に、ガイア城のような城塞を作るのは年単位でかかるだろう。あるモノを修復する領都の城塞はかなり簡単に仕上げることができる。問題は、木造部分の工作になるだろう。
狼人守備隊長が戻ってきて、今後の方針と冒険者パーティーとの顔合わせを行う。見た目は普通の「騎士」風の男だが、中身は「半人狼」である。それに、その昔は『伯爵』様の旗下の戦士長を務めた半魔物でもある。
「これからは少し、楽になる」
「いや、これから冒険者たちが増えるので、あんたの仕事は増えるんじゃないか」
「そうそう。まあ、新兵の面倒を見るのも戦士長の務めだからね」
「……そんなわけあるか。そんなのは、戦士長の下の奴らがやってたぞ」
「騙されねぇか」
「流石にそこまでポンコツじゃないってことだよね」
最近、リリアル学院から離れているので顔を合わせる機会はめっきり減ったものの、狼人は冒険者組、特に蒼髪ペアや赤毛娘とは直接模擬戦などで腕試しの相手を務めてきた。なので、割と軽口を叩き合う関係であったりする。
リリアルの冒険者組は『騎士』よりも『戦士』寄りの思考なので、波長が合うのだ。
「今日は日帰りか?」
「何か問題でもあるのかしら」
狼人は、とりあえずゴブリンや狼を見かけたなら狩るようにしているのだが、痕跡が増えつつあるのではないかと考えている。大規模な醜鬼討伐を行ったばかりであるのだが、ゴブリンはまた別口なのだろうか。
「森の主たちに確認してみるわ」
「そうか。それで泊まるわけだな」
今日無理をしてこの時間から『泉』も『湖』も足を運べないわけではないが、時間を気にしながらでは、何かあった時に対応できない。領都の廃城塞から『泉』を経て『湖』まで行って戻る事を考えると、明日の朝に出発する方が好ましい。
「じゃあ、今日は楽しく飲み会ということか」
「必要でしょう?」
「確かにな。飲まねぇと仲間とは思えねぇ」
「冒険者なら当然だ」
「そうそう、リリアルならいいワインとか飲んでるんだろうなぁ」
『戦士』の会話に『剣士』が乗っかる。良いワインもないわけではないが、姉が寄こすのはちょっとチャレンジ精神の必要なワインだ。そもそもリリアル生の大半はワインを飲む年齢ではない。水割り、果実水割りといった感じで多少は飲むが、水に困っていないので敢えて飲む必要はないのだ。
「姉さんが持ってきたものがいくつかあるから、試しに飲んでみてちょうだい」
「おお、ニース商会謹製」
「蒸留酒用の材料ワインだったりするから、度数は高いが味は大したことが無かったりするんだよな」
「……まじか」
蒸留酒づくりには生のワインとは少々異なる種類のブドウを使う方が良い場合もある。残り物をかき集めて蒸留していたこともあったが、やはり上級の蒸留酒には相応のワインを素材にしたいということだ。
「蒸留酒も度数の高いものですから、消毒に向いてるということですね」
「そうです。傷口を水で洗い流した後、蒸留酒で消毒することで、化膿止めにるようですね」
「ポーション飲んだ方が早くねぇか」
「治りが全然違うのよ。なら、あなたの傷は消毒しないでおきましょうか?」
『女僧』と彼女の会話に割って入った『剣士』がケンモホロロに言い返される。賢い姉と阿保の弟と言った印象だ。あまり昔と変わっていないようでもある。ここでも恋は難しい。
せっかくだからと、野営地での会食となる。寝心地も確認しておきたいという面と、久しぶりの野営ということもあるのだという。
「歳をとると、野営は体に響くからな」
「体調を整えるためにも、無理な野営は避けているんだ。まあ、足のコンディションにもよるんだが」
『女僧』がある程度回復させられるとはいえ、元々壊れているものを治す事は出来ない。それこそ、神の奇蹟の範囲になる。なので、冒険者を一日でも長く続けるために、パーティーは『戦士』の体に負担がかかるような依頼を避けているのだという。
「だから、正直この誘いは有り難い。俺は、もう冒険者としては引退するべき状態だからな」
以前より脚を引き摺る度合いが増えたように彼女は感じていたが、それは思い違いではなかったようだ。前衛、盾役とはいえ踏ん張りがきかないのは致命的だ。斥候や遊撃役ほど致命的ではないが、長時間歩行できないというのは、『馭者役』を主に担ったとしても依頼が限られてくる。
そんな話をしていると、背後に気配がする。
『主、戻りました』
醜鬼の敗走を追尾していた『猫』が戻ってきたのである。