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第05話 彼女は『薄黒』の冒険者

第5話 彼女は『薄黒』の冒険者


 魔剣となった魔術師は、その昔、子爵家の先祖であった騎士の娘に恋をしていた。とはいえ、彼は貴族として国に仕える魔術師となり研究に没頭した。

 

 年頃になった娘は、とある騎士と結婚し、二人の間には子供ができた。数年後、騎士が遠征に向かっている最中、街が魔物の集団に襲われる。彼女は発生したスタンピードで街が壊滅する事件に巻き込まれ、子供を残して死ぬことになる。魔術師は急いで彼女の元に辿り着いたものの、彼女は虫の息であった。


『……この子をお願いね……』

『任せておけ。この子も、その子供も孫も……俺が守る』


 それから魔術師は冒険者の中に魔力のあるものを見つけては魔術が使えるように育て、さらに騎士の娘の子どもたちが育つのも見守った。そして、長い間、後進の育成に努めたものの、人としての寿命が尽きる時、自分の魂を短剣に移した。


――― 彼女との約束を永遠に守るために




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 約束の三日が過ぎ、今日は王太子主催の夜会の当日であり、彼女にとっては魔狼の調査に村へと向かう日でもある。


 村までは半日はかからないのであるが、午前中に出発し、午後の早い時間に村へと到着。村の周辺に魔狼他の痕跡を確認し、夜は冒険者が交代で寝ずの番をする予定である。


 とはいうものの、冒険者たちからすれば何日も移動しつつ交代しつつ警護をする対象の護衛とは異なり、わずか一晩の徹夜程度でどうこうなる体力ではないのだ。





「待っていたよ。問題ないとは思うけど、装備してみてもらえるかい」


 新しく狼の毛皮の鞘を吊るす剣帯を装着する。腰の位置に垂直方向に吊るす感じであり、小柄な彼女にはこのサイズでちょうど良さそうなのである。


「この程度なら、ワンピースにも装着できそうかもしれませんね」

「ああ。毛皮だからポーチとかアクセサリーのように見えるかもしれないね。それに、ここを調整すると……たすき掛けでも吊るせるから便利かと思いますよ」


 剣帯の長さを調整すると、肩からわきの下にかけ斜めに帯を掛ける。水筒の様な感じをイメージしてもらえれば間違いないだろう。これなら、走っている最中にずり落ちたり足に干渉することもないだろうと彼女は思った。


「一日使ってみて調整が必要なら気軽に持ち込んでください。1週間くらいなら無料で調整しますから」


 店員は笑顔で伝えると、今度は小さな盾もあるといいですよとアドバイスしてくれた。


『確かにな。魔力で障壁を作るより、革の盾で防げるものを防いで攻撃に回した方が効率いいからな』


 もう少し長めの剣に変形できるようになり、魔力を用いた身体強化が行えるようになれば、彼女の身につけた体捌きや体術を用いた剣戟も魔物の討伐で行使する機会があるかもしれないからだろうか。


『ほかの冒険者と組む場合、自分だけ認知させないようにするのは難しいからな。防具だけでなく盾のようなものも扱えるに越した事は無いぞ』


 魔剣曰く、魔術で何とかしようとしない局面も発生する可能性があるということを考えると、魔力のない冒険者と同等のことをできる実力も必要だろうという考えは頷けるところがある。これからの課題かもしれない。





 冒険者ギルドに到着する。受付嬢に挨拶すると……


「素敵な毛皮のアクセサリー……短剣の鞘ですか。さすがフェアリーですね。とてもお似合いです」


 と早速、魔狼の毛皮の鞘を褒めてくれた。


『ふふ、俺の鞘の素晴らしさに気が付くとは、中々優秀な受付嬢だな』

「……あなたの鞘ではあるのだけれど、あなたを褒めたわけではないのでしょう。何故自慢げなのかしら……」


 受付嬢は「ギルドマスターがお待ちです」とカウンター奥の2階への階段へ彼女を案内する。マスタールームにはギルマスの外、数名の冒険者が集まっていた。


「約束通り、準備してもらえたか」

「はい。子爵様からの手紙も持参しました」


『子爵からの手紙』にギルマス以外の冒険者が反応する。彼女が子爵家の関係者だと判断したのだろう。


「紹介しよう。今回、魔狼の調査依頼を引き受けてくれた濃黄のパーティーメンバーだ」


 リーダーと名乗り出たのは濃黄の戦士で、30代半ばの男性であった。恐らくはタンカーを兼ねているのであろうか、少々足が悪いように思われる。


「今回の調査はよろしくお願いする『フェアリー』殿」

「……私は駆け出しの薄黒の冒険者です。大先輩に殿を付けて呼ばれるのは少々心苦しいです」


 彼女はそう述べた。父と変わらない年齢のベテラン冒険者にかしこまられるのは畏れ入るからだ。


「いいえ、今回は子爵家の名代であるあなたを護衛するというのが第一の任務。村に入り、村民の協力を得て調査をするためにもあなたの存在がこの依頼では最重要でしょう。それに、村長の前でだけあなたを奉るのは私たちには難しいんですよ」


 後ろの20代半ばのレンジャーの男性、同世代の剣士の男性、そして革鎧にメイスを装備しているクレリック風の女性が頷く。


「それに、冒険者登録して僅か1週間で薄黒の冒険者に昇格した人が駆け出しな訳ないじゃないですかフェアリー」


 クレリック風の女性は笑顔でそう付け加える。彼女はどの神様を信仰しているのかわからないが、姉さんの様な明るい性格なのだろう。女性のいるパーティーを選んでくれたのもギルマスの配慮なのかもしれない。


 4人のパーティは、濃黄戦士をリーダーとし、濃黄野伏、薄黄剣士、薄黄女僧となる。戦士と剣士が前衛、僧侶は場合によっては前衛、野伏は弓での支援がメインだが剣もそれなりに使えるようである。


「今回は討伐が主たる目的ではないので間違えないようにな」

「承知しています。それで、万が一スタンピードに類する魔物の暴走が発生した場合……どうしますか」


 魔狼の群程度で有ればいいが、最悪、村がゴブリンの軍団に襲撃される可能性もありうる。ギルマスの判断は、防衛に参加せず王都に戻り報告することを優先することとした。


「僅か5名のパーティーでスタンピードは防げないだろう。その後の国王陛下や騎士団への報告、ギルド内での情報共有と動員を優先する。村のものには申し訳ないが、冒険者を犬死させるわけにはいかないのでな」


 彼女は複雑であるが、自分はあくまでも護衛対象であり、リーダーは戦士なのだと思い、それ以上は考えることをやめた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 馬車での移動は比較的ましであった。街道沿いであれば石で舗装された道路であり、ごつごつとした感触はあるものの、子爵家の関係者が移動する馬車であることから、それなりの格式の馬車であるからだ。


 御者台にはリーダー、車内には女僧が、後部のデッキには剣士と野伏が交代で座り、もう一方は先行して騎乗で護衛している。


「フェアリーは乗馬はできるのですか」

「はい。必要だろうということで、習っております」

「それは……『家族内での役割分担とでも申しましょうか』……なるほどです」


 なにがなるほどなんだと魔剣は思わずにはいられなかったが、彼女が僧侶としての存在がそうさせているのかと考えるに至った。貴族出身の僧侶が多いのは、あとを継げない貴族の子弟が行き着く先として、騎士か魔術師か聖職者あたりが妥当であるからだろう。読み書きと教養と魔力の有無は貴族の子弟であれば当然問題にならないからだ。


 しかるに、彼女が雑談めいた話をしつつ、彼女のプライバシーを探ろうとするのは彼女の性格ではなく習いグサなのだと思うのである。悪気はないのだろうが。


「冒険者の僧侶の方は珍しくないのでしょうか」

「珍しくはありませんが、女性の僧侶の冒険者はほとんどいないと思います」

「……ではなぜ……」

「私の実家は騎士爵なのです……」


 彼女は騎士爵家の一人娘で、自分自身が騎士となり家を継ぎたかったのだそうだ。ところが、父親は女騎士ではなく騎士の妻となることを望んだ。


「良い機会なので教会に通い神学校で勉強させてもらうことにしました」


 彼女曰く、聖職者で魔力を有している貴族階級出身者であれば、容易に回復魔法を得ることができる。騎士階級では魔力持ちは必ずでもないが、彼女は運良く魔力を持つことができたのである。少ないながらもだ。


「父は喜びました。命がけで戦ってたとしても、騎士のケガを回復魔法で癒すのはかなり難易度が高いのです」


 高位貴族は聖職者への寄付を募るか、親族の高位聖職者に依頼し綺麗に怪我を治してしまう。それに、高位貴族は騎士ほどケガをすることはないのであるから、そもそもあまりないはなしなのだ。


「妻が回復魔法で傷を癒せるとなれば、優秀な騎士が婿になってくれるだろうと言われ……なんだか腹が立ちました」


 彼女が女騎士であれば、騎士団でもかなり高位の存在になれたであろう。回復魔法が使える「騎士」は聖騎士とも言われ、本来は教会に所属する近衛騎士に匹敵する存在なのである。


「結局、父にとって娘とは子供ではなく、優れた『息子』を手に入れるための道具に過ぎないのだと思い……国を出ました」


 女僧さんはこの王国出身ではないのだそうだ。そんな人がいれば、国中の噂になっただろうし、ギルドでも大きな話題になったんじゃないかと思う。


『いろんな父親がいるもんだな』

「そうね」


 隣の男爵家では息子が魔導騎士となる資格があると分かった途端、父親は「早く息子の代にしたいものだ」と、早々に隠居する旨を妻に伝えたらしい。騎士として優秀な男爵だが、魔力の少なさはその指揮能力や人柄だけでは如何ともしがたかったようである。


「リーダーはその辺わかってくれて……なので、私は冒険者をしつつこうやって騎士の真似事をさせていただいているのです」


 女性の回復役がいて、護衛もできるとなると、黄階級の中堅下位とは言え下位貴族・富豪の夫人や子女の護衛が多く回ってくるのだそうだ。


「命を狙われる暗殺者からの保護みたいなものはありません。旅のお供のような仕事であちらこちらへと行くことが多いですよ」


 高位貴族なら暗殺の危険性がある半面、自前の騎士団や護衛役が付くから冒険者との接点は薄い。故に、対象はその辺りなのだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 村に到着すると、中心の広場に馬車は通され、村の代表らが出迎えてくれていた。訪問者の最高位は彼女である。13歳で最年少にも関わらずだ。


「ようこそお嬢様。村長でございます」


 彼女は内心困ってしまったものの、貴族の仮面を被り笑顔で応対する。


「お久しぶりでございます。今回は父の名代として参りました。どうやら村の周辺で異形の狼の姿を見かけたのだそうですね」

「はい。家畜の被害も出ておりますので、村の住人に被害が出る前に何とかしたいと思いまして、ご相談させていただいたんでございます」


 本来、王都周辺の国王の直轄地での魔物の駆逐は王都の騎士団の仕事なのである。ところが、国王は子爵男爵家に代官として差配を任せているため村の指導者層が陳情する先が代官のところにならざるを得ない。


 とはいうものの、代官は村に損害が出てから騎士団に対応を依頼することはしてくれるのだが、何もないのに予防的には対応することができない。あくまで、魔物の被害が出てから対応するだけなのだ。


 結局、村は冒険者ギルドに魔物の調査を依頼し、可能であれば討伐してもらい、不可能であれば調査内容を冒険者ギルド経由で騎士団と王に報告することになる。なので、来るはずのない子爵家の令嬢が冒険者とともに村に調査をしに現れたのは大きな驚きとなったのである。そして、パーティーはフェアリーが正真正銘の子爵令嬢だと確定し……少々やりにくくなったなと思ってしまうのだが、まあ、仕方がないだろう。


 今回の調査を行う冒険者は自己紹介を行い、村の責任者たちがそれに対応して挨拶をする。一通りの顔合わせが終わったのち、魔狼らしき異形の獣を見かけた場所、家畜の被害があった場所、それにおかしな

足跡のあった場所を確認することになった。





 村は外周を水堀で囲んであり、その内側を2mほどの高さの丸太と横木で柵を設けている。大型の獣の侵入を防ぐ目的であり、野盗の類を侵入させない為の施設でもある。また、水堀は溜池の要素も兼ねている。


「柵の補修は進めていますか」

「はい。魔獣らしきものが見られてから、直ぐに問題個所を把握して改修し始めました。ですが、森の奥に入るには不安があるので木材が少々不足しています」


 今回の調査のついでに、冒険者がいるついでに森の木を切り倒したいと言外に言っているのかもしれない。それは、リーダーの濃黄戦士の判断に任せることになるだろう。


 森の出口付近には、確かに複数の大きな狼らしき足跡があり、いくつかに分かれ村落の外周へと移動していくことが確認された。とは言え、足跡の数と比べ、明らかに被害が少ない。


「最近森の中には入っていないのだな」


 リーダーの戦士が確認すると、同行する複数の村人は同意する。村が見える範囲までしか中には入らず、周辺だけで済ませているのだという。森で採取できる様々な素材を得られず困っているのも相談する理由になっているのだ。


「では、警戒して足跡を追うことにしよう」


 5人の冒険者に案内人の2人を加えた7人は、足跡を追い森の中に入ることにしたのである。



ブックマークやポイント評価で応援をしてくださると大変ありがたいです。m(_ _)m


短編作品はプロローグ部分ですので、気に入っていただけたならば合わせて読んでいただけると思います。


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[気になる点] 〜殿は目上から目下に対して使用される言葉で奉るのであれば様のが適当なのでは? しかも今回の場合子爵の名代で子爵令嬢が来るという体なのだから尚更殿ではなく様のが正しく思えます
[良い点] お嬢様は、賢くツンであろうか 供の魔剣は知識者 [気になる点] 王道で、文芸・・・魔導と剣士・・・姫と王だろうか 話しの進みが、ラノベでは考えられぬほど 細部を描写している。いい意味で・・…
[気になる点] 途中に ?改行? という言葉が… たぶん誰かが誤字報告してくれたやつだと思うのですが…
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