第558話 彼女は冒険者をリリアル生に紹介する
第558話 彼女は冒険者をリリアル生に紹介する
一期生は、四人の冒険者を見知っており、彼女達不在の間は代理代行をしてくれる『大人』として依頼を受けたことを知り、大いに喜んでいた。駈出し冒険者であった頃、色々教わった頼りになる先輩であり、優しい先達だと理解していたからである。
それに加え、一期生たちは彼女と伯姪の代わりを自らが務められるかとても不安に思っていたことも間違いなくある。
「一年間、一緒に頑張らせてもらう。よろしく頼む」
四人を代表し『野伏』が挨拶する。既に三十前に至り、数年の経験からリーダーとしての能力も磨かれている。戦士兼斥候というリリアル好みの職業であり、多少の魔力も使えるのは冒険者志望のリリアル生からすれば良い目標となる。はず。
そして、一人ずつ自己紹介が始まる。
「俺はパーティリーダーを務めているが、斥候と遊撃を兼務している。これは、この四人になってからずっとだ。なので、捜索や調査に関しては相応の経験がある。それと、基礎的な魔力を用いた冒険者活動も行っている」
リリアルには珍しい「大人」の存在、初めて見る二期生三期生は緊張の色を隠せない。そこで、次に自己紹介するのは『女僧』が前にでる。
「私は、元は帝国の騎士の娘だったのね。でも、帝国では女は騎士になれないから、王国で冒険者を務め乍ら士官の口を探してきたのよ」
と、自分が王国人でないことを吐露する。三期生の何人かがほっとしたような眼をする。彼らも異邦人であるからだ。
「それで、得意なのは盾とメイスを使った防御戦闘と治癒の魔術ね。リリアルはポーションが潤沢だからあんまり活躍する機会はないかもだけど、適性のある子は指導することもできるかもしれないわ。その時はよろしくね」
と、女戦士ながら治癒魔術が使える珍しい存在であると伝える。魔力のある女子達からは「治癒いいかも」といった声が上がる。確かに、大魔炎よりは心惹かれるかもしれない。
但し、治癒魔法に関しては精霊の加護もしくは、神の加護と思われる何かが無ければ難しいとされる。その点、孤児院育ちの一期二期生には問題が無いだろうが、三期生は難しいかもしれない。
「……治癒魔術、是非、学びたいものですわ」
公女マリアが呟く。公爵の娘であり、ゲイン会で過ごした期間もある公女殿下ならば治癒魔術が使える可能性はあるだろう。彼女は使えない治癒魔術であるが、恐らくは植物系の精霊の加護の影響ではないかと推察している。幸い、リリアルには植物の半精霊が存在するので、その加護を得ることは難しくないだろう。
「俺は魔力を持たない戦士だ。足を痛めているので、激しい鍛錬に付き合うことはできないが、冒険者が務める様々な雑務に関しては詳しい。例えば、馬や馬車の世話、それから衛士や門衛の仕事も経験している。得意なのは、長柄と盾の扱いだ。杖術も心得がある」
「「「おおぅ!!」」」
――― 『ラ・クロス』の影響で、今リリアルでは『杖術』が熱い!
それ故、リリアル生は『戦士』が杖を扱え尚且つ魔力を持たないという点に注目しているのだ。三期生の半数は魔力を持たない。それでも生き残れる術を手に入れたいと切望しているからだ。
『戦士』も優秀な冒険者、誰もが憧れるベテラン前衛という視線を送られなくなり久しい。半傷人だロートルだと陰で言われていたことも知っている。故に、子供たちのキラキラとした憧れの視線を浴びるのは、懐かしくもあり、また、少々恥ずかしくもある。
「最後だが、『剣士』だが魔力を纏わせることができる、前衛と遊撃を兼ねる。
一番わかりやすい冒険者だと思うぞ!」
若手から既に中堅と言われる年齢になりつつある『剣士』。魔力量も増え、魔力を纏わせ身体強化にも継続性が得られている。並の騎士団の魔騎士程度なら互角であろう。防御が今一なのは、剣士故の今後の課題となるだろうか。
「ほんとに強いの?」
「だって、さっきの女の人より弱そうだし」
「院長先生や副院長先生よりも弱いだろ?」
「それはそうだよ。院長先生は竜殺しの騎士様だもん」
「「「「だよねー」」」」
ハクハクと空気を求め水面に顔を出す魚のような『剣士』。子供は自分に正直だから仕方がない。セバスおじさんに似た、駄目な大人臭を感じて言葉が辛らつになっている気がする。
「ま、じ、実力がわからねぇからそんな気がするだけだ」
「……副伯閣下と模擬戦してみるか?」
「いえ、恐れ多い。俺はどう考えても竜よりかなり弱いですから!!」
魔物の延長とは言え『竜』となった元精霊であるタラスクス等は、常識の範囲では冒険者が相手をするべき存在ではない。紫等級、帝国なら星四以上の諸国に名のしれた存在でなければありえない。
薄青から濃青、更にその上の薄紫へと昇るには、歴史に残るような事象を解決した実績が必要となる。依頼を熟して登れる等級は薄青迄であり、その先は運と桁外れの実力が無ければ難しいとされる。
ニース騎士団長を務める次男坊が薄青等級並みと称されることからも、人の努力で到達できる頂点が『薄青』であり、『野伏』はその場所へと足を踏み入れつつある。つまり、自分の限界を感じ始めていると言えば良いだろうか。
それは、常に前を歩いていた『戦士』が自身にパーティーのリーダーを譲った事と重なる。遅かれ早かれ、冒険者を引退することになる。『薄青』の冒険者であれば、高位貴族の私兵である公爵や伯爵家の騎士団の隊長や団長も夢ではない。高給を取り、商会が有する護衛隊の隊長という可能性もある。経験が物を言う護衛の仕事であるから、高位冒険者を雇いたいという大店も
少なくない。
だが、どれも冒険者として得られた『名声』や『刺激』を失っていくことになるだろう。自身の昔話の中だけで活躍する存在になり果てるだろうと危惧する。引退した冒険者と言う者はそんなものだろう。と、世の中では思われている。
『野伏』が躊躇しているのはそんなところにある。だが、少々思い違いをしている事に気が付く。リリアルは常に最前線、王国の危機に真っ先に反応することになる。リリアルの騎士団に入る事は、近衛連隊の指揮官になるよりもさらに危険なことに直面することになる。
近衛連隊は、貴族の反乱や諸外国の侵略などに動員されることになるだろうが、リリアルにおいては更に魔物の群れや犯罪組織の討伐、敵国に内通する王国の貴族・有力者の捜査も担い、時には王族の警護もすることになる。常に鉄火場が待っていると言い換えても良い。
冒険者より余程『冒険者』をしている集団であるとも言える。幼い者ばかりであれば、数年、数十年と年長者として立場を築く余地がある。いつまで冒険者でいられるかは、心の問題となるかもしれない。そういえば、息子にあとを継がせ引退しているにもかかわらず、楽隠居せずに王国内を縦横に移動している高位貴族も存在する。それは、良く知る彼女の親戚でもある。
自己紹介を聞きながら、『野伏』はリリアルに仕官するのもありかなと思い始める。それに、慣れた仲間と袂を分かち新しい冒険者とパーティーを組みなおすには些か年齢が押している。十代の若者と組むのはシンドイし、ベテラン同士であれば相性の問題もある。パーティーの解散がそのまま引退に繋がる年齢に至ったことを思うと、仕官するのが良い選択に思えなくもない。
リリアルに関われば、日常という異常に巻き込まれていくことになりかねないのだが。
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「あの時の魔物が、周辺の森を警邏しているのか」
「そうよ、お陰で定期的に猪や鹿の肉が手に入るし、ゴブリンや魔狼が入り込んでもある程度は自力で討伐してくれるからこの館周辺は安全なのよ」
「なら、ワスティンに送り込めばいいだろ?」
「知らない冒険者が襲い掛かったら不味いでしょう。死ぬわよ、そいつら」
「「「確かに」」」
ゴブリン村塞討伐と前後し、魔猪を主とする廃城塞に猪の群れが集まり森や畑を荒らしていたのだが、その討伐依頼、癖毛を主として魔猪とその一党はリリアル周辺の森に潜み、魔物を狩り肉となる鹿や猪をリリアルに供給しているのだ。
「王都周辺から魔物がいなくなったのって、此奴のお陰か」
「それもあるかもね」
「商売敵だったということね」
冒険者たちに学院の中を案内している彼女と伯姪。そもそも、リリアルには拾ってきた魔物がそれなりにいる。例えば……
『あらぁ~ 知らない人たちね~ お友達かしらぁ~』
「「「……」」」
「……ドライアド……いえ、アルラウネですか」
『正解よ~』
帝国出身である『女僧』は、植物の魔物であり場合によっては精霊とみなされるアルラウネを知っていたようだ。
「良くご存知ね」
「……帝国では、御伽噺、昔話の類です。森に入ると、人に似た植物の精霊に話しかけられる。男は注意しろって」
『あらあらぁ~ 森に逃げ込んだ人って色々現世に苦労している人も多いのよ~。助ける事だってあるわぁ~』
アルラウネからすれば、ノインテーター化するのも人助けの範疇なのだろう。デンヌであった出来事を掻い摘んで説明し、その際に学院の助けになるかと考え連れてきたことを伝える。
「ま、邪悪なら討伐するんだけど、薬草畑とかに効果があるのよね」
『当たり前でしょ~ 悪い精霊や魔物だって近づけないわよぉ~』
それはそうなのだが、『女僧』はノインテーターについて反応する。
「あれは、良くない不死者の類ですよね。吸血鬼と同列に扱われています。そもそも、親類や同郷の者に対する恨みの反動で、ノインテーターとなって復讐に現れるといったたぐいのようですが」
『そうね~ 死ぬに死にきれないって人が多いわぁ~』
シャリブルやガルムはその類であるし、ジローもそうであったかもしれない。サブローは死にたくないからの第二の人生? エンジョイ派な気がする。
『よぉ、俺のことも紹介してくれえよ』
「ちょうどいいわね。畑番のサブロー、元帝国の傭兵で訳あってノインテーターにされて私たちの隠れ家を強襲してきたんだっけ?」
「それはジローたちよ。サブローは……なんだったかしら」
『結構、忘れられてるよな』
まあいいかと、適当な挨拶をかわす。王国にも『レヴナント』と呼ばれる生前の記憶を残した不死者が時折現れる。狂化して人を襲う事もあり、冒険者が時折討伐することもある。それに似た存在だと伝える。
「その……害はないのか?」
「アルラウネもノインテーターも、廃ポーションで魔力補充することで生存できているし、特に悪さはしていないわね。共存共栄していると思います」
『そうそう~ 子守も楽しいわぁ~』
森の中にやって来るのは、大抵いい年をした大人であり、リリアルにいる三期生のような子供は深い森に現れる事は滅多にない。アルラウネを恐れる事もなく、良く話しかけ、遊び相手をさせている。アルラウネの蔦ブランコは人気なのだ。名前はライア=イリス、忘れないでね。
「アルラウネという魔物は、随分と人に懐くのですね」
『まあねぇ~ 長生きしている分、いろんな人間と関わっているから。でも、ネデルよりここは暖かくて過ごしやすいから~結構好きかもねぇ~』
確かに、以前より大きくなり、クネクネもゆったりとしている気がする。寒いと小刻みに動くのだろうか。
「二人とも、これから子供たちの教官役をお願いする皆さんなので、協力をお願いするわ」
「サブロー じゃますんじゃないわよ!」
『ひっでーな。俺は、報酬分の仕事はきっちりこなす不死者だぜ』
『じゃないとぉー 土に還すわよぉ~♡』
ノインテーターは創造主であるアルラウネの前では不死者ではなくなるのだろうか。この辺り、ハッキリ言う事はないだろうが気になるところでもある。
彼女は更に奥の射撃演習場へと向かう。そこには、吸血鬼(達磨)が三体ほど生き残っている。
初めて見る吸血鬼(達磨)に四人が緊張する雰囲気が伝わる。
「こりゃ……どういうことだ?」
「王国内で吸血鬼が活動しているのよ。恐らく、帝国からか連合王国からか手引きされ侵入しているのよ」
「それに、商人同盟ギルドが関係している可能性が高いわ。それに、暗殺者養成所の運営や『裏冒険者ギルド』……非合法な依頼を受ける冒険者ギルドを運営しているのが商人同盟ギルドだと考えられるわ」
「帝国では王国内よりずっと各都市の独立性が高いわ。力を失いつつあるとはいえ、帝国内に潜む高位の吸血鬼もしくはその従属する配下の吸血鬼が組織を乗っ取るか、利用していると考え警戒しているのよ」
今は実態を失いつつある帝国聖騎士団『駐屯』が、商人同盟ギルドと提携し、帝国の東方経略として東外海沿岸に商業都市を建設し、そこを足掛かりに今だ御神子教徒となっていない異民族征伐を行ったことは王国が百年戦争を経験していた時期に行われていたと言える。
異民族狩りと称する『マンハント』を行うことで、帝国周辺の貴族を呼び込み、聖征気分で異教徒殺しを後押ししたこともある。勿論、有料で。そこには、当然吸血鬼たちが混ざっていたのだろう。異教徒は男も女も老いも若きも殺されるか奴隷とされるか、支配下の農奴とされることになる。
しかしながら、帝国と東の境を接する『大原国』が御神子教に帰依することで事態は変化する。『駐屯』との勢力争いに、教皇庁もその影響下にある諸侯も関わることができなくなったのだ。『大原国』は大規模な騎兵軍団を有しており、個々の武力では優位を持つ聖騎士団とはいえ、数の差はどうすることもできない。
また、新たに奪う領土も無くなり、奴隷とする異民族も消失する。さらに、北外海沿岸の開拓により盛んとなった貿易が下火となって行ったことも勢力を失う結果となったのだろう。
「吸血鬼どもは『駐屯』を隠れ蓑にするのを止めて、『神国』『帝国』の傭兵隊長辺りに転職しているのではないかと考えているわ」
「ノインテーターというのは、四五十人を一時的に魅了して、狂戦士化することができるんだって。これも、吸血鬼どもが利用しようとしている力なのだと考えているわ」
吸血鬼も魅了を行えるが、主に異性に対して有効であり、また、数十人を一瞬で狂戦士化させることはできない。吸血鬼が傭兵隊長、ノインテーターが小隊長という編成であれば、『中隊』規模で人狩りができるようになる。
「神国のネデル領での争いに、それらが加わって、王国の北部、デンヌやランドルに侵攻しないとも限らないの。だから、王弟殿下をその地域に大公として配置した上で、近衛連隊の分遣隊も配置して警戒するという形になるでしょう」
「まあ、頼りないけどね。王太子殿下が王国南部を掌握するまでのつなぎみたいなものよね」
と、今後、三人は確実に家臣に加わるとはいえ、王国を取り巻く環境を赤裸々に話しても良いのかと、冒険者である四人は戸惑いつつも話を聞いている。
「で、この吸血鬼は何だ」
「吸血鬼に効果がある装備の実験台であり、射撃の的でもあるわ」
何でもない事の様に告げる彼女に、『慈悲はないのか』と思う冒険者たちであった。