第557話 彼女は久しぶりの冒険者と会談する
第557話 彼女は久しぶりの冒険者と会談する
数年前まで、王都周辺では魔物が増えたり、また、王都民に対する襲撃を行う犯罪組織が存在した。盗賊であり、人攫いでもあり、また、村落を襲い破壊する者もいた。
明確な証拠はすべてそろっているわけではないが、その背後には連合王国と、その影響下にあった王国内の協力者である貴族・商人が存在していた。例えば、王都の人攫い商会、レンヌ公国のソレハ伯と商会員たち、ブルグンドの盗賊や山賊、ルーンの都市貴族や商人。
そういった連合王国の影響下にある反王国的存在を彼女とリリアルは次々と討伐していったり、事件を解決することを重ねた。結果、王都周辺の治安は騎士団の増員と警邏の見直しを加え、大いに改善した。
その分、王都周辺の冒険者の仕事は減少し、レンヌやロマンデに拠点を移す者たちが増えた。王都のギルドは、駈出しとベテランに二極化し、ある程度経験を積んだのちに王都を離れるというのが、冒険者にとって当たり前になりつつあった。
その中には、駈出し冒険者時代に彼女に協力してくれたベテラン冒険者が指揮するパーティも存在した。
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王都の冒険者ギルドを介して、彼女は馴染みの冒険者パーティーへと依頼を出していた。代官の村のゴブリン討伐では王都への救援を求める使者と、立て籠もる村の防衛で彼女に協力して戦い、あるいは、王女殿下のレンヌ行では護衛の一端を務め、また、ブルグントの盗賊討伐にもジジマッチョ軍団と共に彼女と協力して参加してくれた。
ルーンからロマンデを通り、今はレンヌ公国のソレハの街を中心に冒険者を行っていたあのパーティーに依頼をかけたのである。
「お久しぶりです」
「……副伯閣下、ニース騎士爵様におかれましては……」
「やめてよね、そんな仲じゃないでしょ?」
「すまんな。最近の貴族様の依頼も増えてな。それなりに対応させてもらうことにしている」
今はリーダーとなっている『野伏』がニヤニヤしながら返してくる。
「しばらく見ない間にすっかり立派になられて……」
「そちらも、随分と名を挙げられたのではありませんか」
「そうですね、冒険者としてはそれなりです」
元帝国騎士の娘であり、自身も女騎士を目指していた『女僧』はちょっと苦い顔をしてそう答えた。そして、元リーダーである『戦士』は足の具合が悪化しているようで、体がやや傾いでいるように見える。
「どうぞ、お座りください」
「すまんな。閣下らの前で同席できる身分ではないんだが」
彼女にとっては冒険者のイロハを教わった『師匠』たちと言える存在。彼らの存在無くしてはリリアル学院も今ここにある事は無かったかもしれない。一期生にとっても、『猪狩り』とそれに続くゴブリン村塞討伐で助力を受け、また、大いに冒険者としての学びを与えてくれた存在でもある。
身分や立場が変わったとしても、その気持ちはいささかも変わるものではない。
「で、俺達に依頼とは何だ。簡単なものであれば、俺達もやぶさかではない」
今は『濃赤』から『薄青』となった『野伏』が彼女に軽口を飛ばす。口ではそういうが、実際は何でも引き受けてくれると彼女は確信している。
「公言しないでいただきたいのですが、私たちは王弟殿下の渡航に同行し連合王国へと向かいます」
彼女は、これから起こる事について説明する。彼女と伯姪、そして院長の補佐をしてきた茶目栗毛、年長者で薬師の教官を務めていた薬師娘二人もこれに同行することになっている。
一期生も成長著しいわけだが、どうしても子供たちを御するには経験不足な面もある。また、年齢的にも出自的にも何か対応を迫られた際に、騎士団や王宮との折衝に不安がある。要は、一方的に不利な仕事を彼女のいない間にリリアルが押付けられる可能性だ。
「まあ、騎士団や王宮はお前さんたちを使い潰すつもりはないだろうが」
「思惑としては、そう考える者がいないとも限りません。私を守ることを考えても、リリアル生を守ってくれるとは違いますから」
王都の子爵家の娘であり、個人としても高名な騎士となった彼女と、その配下の元孤児では扱いが違う事は考えられるし、身分が異なるから扱いも違う。
「それで、俺達に留守番を頼みたいと」
王女殿下の護衛として同行したこともあり、騎士団長とも面識がある。高名な冒険者であり、騎士団に協力したこともロマンデ・ルーンでは何度もあることから、彼女の代理として受け入れられることも十分可能だ。
「それと、これは依頼とは別の提案なのですが」
彼女は、今後副伯領を運営する上で『家臣団』を形成していくことを考えていることを説明する。長期的には、リリアル生を編入していくことになるだろうが、外を知らない元孤児たちでは、対応できることに今の所限界がある。
「以前、引退した後のお話を伺ったのですが、リリアルに仕官するつもりはありませんか?」
「……つまり……副伯の陪臣にならないか……ということか」
彼女は四人を『従騎士』に任じ、副伯の家臣団の幹部として迎えたいと考えている事。また、『剣士』と『女僧』に関しては、彼女が王国に戻ったタイミングで「騎士学校」へ入校してもらい正式に騎士として認められるようするということ。
『野伏』と『戦士』は、教官としてまた、二期生三期生の冒険者としてのオブザーバーとして参加してもらい、ワスティンの修練所の管理や副伯領都建設の管理なども頼みたいと考えているという事を説明する。
「いや、王都の貴族や騎士に、あんたの所に仕官したい奴はそれなりに
いるだろう? 何も俺達に頼む事はないだろう?」
『野伏』は立場上、また、冒険者として旬の身としてはそういいたいのだろうが、引退を視野に入れていた『戦士』は体調の悪化もあり、彼女の提案には乗り気であるだろう。また、元々騎士になる為に王国にやってきた『女僧』も、冒険者の先に『従騎士』『騎士』『結婚』というライフプランを考える『剣士』にとっても、彼女の提案は大変魅力的に感じている。
『女僧』がすっと立ち上がり、声を上げる。
「騎士になる為に実家を飛び出して王国にやってきた身です。今、この話を断れば、私には騎士になる未来があるとは思えない」
「そうだそうだ! 俺は、リリアルの騎士になるぅぅ!!」
その言葉に『剣士』が乗っかる。腕は上がり、魔力も増えたようだが中身はあまり変わっていないようだ。
「正直、雇われ教官でもありがたいと思っていた。が、王国の副伯の家臣にしてもらえ、街作りや後進の教育に携われるのは望外のことだ。体のことを考えても、申し訳ないが個人としてであっても……この提案を受け入れさせてもらいたい」
「「……ですよねー……」」
「……」
リーダー以外の『戦士』『剣士』『女僧』はリリアル副伯の家臣団に入ることを即座に決めたようだ。今だ創成期であるリリアル副伯家であるから、彼ら彼女らの入り込む余地がある。数年たって一期生が二十歳を越えてくれば、その席は怪しくなってくることくらい分かっている。
「ワスティンの森には定期的にどこからか大物が入り込んできます。これを率先討伐することも仕事の一つです。決して、冒険者としての経験が無駄になる事にはなりません」
王都周辺からベテラン冒険者が減少し、若手とロートルだけになった結果、冒険者による高位の魔物討伐が不可能となりつつある。騎士団で即応できない事件や依頼を受けることができる冒険者を育成するために、新人冒険者にワスティンの修練場は一部開放することにしている。
ワスティンの修練場を通して、後進冒険者の育成も課題の一つである。
「……まず、渡海時の留守居役の依頼を受けることは承知した。それは誰も問題ないだろう」
「じゃあ、その後の事はこの依頼終了後に検討するってことね」
「その通りだ」
『野伏』は伯姪の確認を肯定する。その後どうなるかは今の段階ではわからないが、四人は彼女と伯姪の留守を守ることを約束してくれた。
「では、三人は『従騎士』となることは確実と言う事で宜しいのかしら」
「ああ、それで頼む」
「是非お願いします」
「まじ、俺、騎士になれんの!!」
「いや、騎士学校卒業できないと無理だから。実技はともかく、騎士としての所作を勉強しないと駄目だからね」
「うへぇ」
お調子者の剣士は、腕前は王都の騎士と遜色ないレベルであるし、冒険者の経験は討伐や警邏、商人や都の住民との遣り取りにもいかされるだろう。が、騎士としての礼儀作法にはいささか疑問の余地がある。
「厳しく指導してもらえばいいんじゃない、リリアルの騎士達に」
「……騎士達。ああ、あの入口の駐屯地の人らだよな」
「違うわよ、何人か既に叙任されているから、あんたの先輩騎士になるのよ」
「うそん……」
蒼髪ペアに赤目銀髪、黒目黒髪に赤毛娘、竜討伐の論功行賞で王国の騎士に叙任されている。騎士学校を出た場合、もしくは直接王により騎士に叙任された場合は、王家の騎士となる。伯爵以上であれば、騎士に叙任する事は可能だが、その場合、陪臣扱いとなり王国主催の催事などでの席次に大きく影響する。例えば、参加できないなどである。
「礼儀作法に関しては……」
「おじい様が顔を出されるでしょうから、その時にお願いすればいいわよ」
「そうね、騎士としての剣技や武技もその際に直接教わればいいわね」
『女僧』は前ニース辺境伯兼聖エゼル騎士に直接教えを乞えると知り大いに喜んでいるが、『剣士』は顔面蒼白になっている。腕前で言えば茶目栗毛並の男のはずだが、メンタル紙装甲であるようだ。
「大丈夫よ、失敗したポーションの在庫が沢山あるから、飲み放題ですもの」
「そうそう、魔力尽きるまで毎日鍛錬できるわ。そうすれば、騎士学校の課題も楽勝よ!」
「……ですよねー……」
そこそこイケメンだが、中身はセバスおじさん寄りのヘタレな為か、今一、女性の冒険者のみならず、若い女性に不人気な『剣士』。代わりに、未亡人などに人気のある、守ってあげたい男扱いされている。いいのかベテラン冒険者がそれで。
「私たちが不在の時に、何か起こるかも知れないわ。その時に、頼れる存在でいたもらいたいものね」
「頼るのは勘弁してあげてよね。みんなまだ子供のようなものだし」
「お、おう……」
『女僧』に肘鉄を入れられ、一瞬息が詰まったような顔になるが、周りがいれば当てになる一助にはなるだろう。
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渡海の期間は不明だが、三カ月から半年、あるいは一年を想定して準備をしなければならないだろう。件の冒険者パーティーの雇用期間は一年とし、それ以降は随時彼女たちの帰国まで更新とすることにした。
リーダーの『野伏』以外は、そのままリリアル副伯家に仕官することになるのであるし、『女僧』は騎士に加え、侍女・官吏としての能力を学んでもらう必要がある。彼女の帰国後は、薬師娘二人を下に付けて「侍女」「薬師」の教育を主導してもらわねばならない。
『剣士』は表向き「騎士団副長」くらいの役職を与え、何か起こった際の責任者として数年は過ごさせようと考えている。結婚して子供でもできれば、内向きの仕事に配置転換することも必要だろう。その場合、執事長あたりになるのだろうか。あと十年は現役剣士として頑張れるだろうが。
『戦士』は冒険者組の教育係兼『寮監』として子供たちの保護者役をお願いしていくつもりである。体に無理が効かない分、存在感である程度なんとかなる役割りをお願いしたい。幸い、暗殺者養成所の教官たちと同世代であるから、三期生たちにとっても「教官」として認知されやすいだろう。
『野伏』は、雇用期間中は「修練場」の監督をお願いし、一期生と共に、ワスティン防衛を担ってもらう事になるだろう。また、『戦士』が学院中心にニ三期生の教育を行うのに対し、『野伏』はワスティンでの活動を中心にフォローしてもらう事になる。
必要に応じて、『女僧』『剣士』は学院と修練場の仕事を手伝う形で彼女達不在の間は活動してもらおうと考えている。
「とにかく、任せられる大人がいて貰えて正直安心したわ」
「それはそうね。おじい様もいついつまでもいていただけるとは思えないし」
「……なにかあるのかしら」
伯姪の思わせぶりな言葉に彼女は話を向ける。
「はっきりした詳細は伝えられていないんだけど、今までサラセンと融和政策でやってきた『海都』国の領事館が閉鎖されて、海都商人が追放されているんだって」
今まで、教皇庁や神国はサラセンとその影響下にあるサラセン海賊・海軍と戦ってきたが、サラセンが東古帝国の帝都を陥落させた際も、帝都の海都居住区は厳正に保護され、海都国はサラセンとの窓口として長く生き残ってきたのである。それが、閉鎖されたも同然である。
「ほら、何年か前、『マレス島』を攻撃したサラセン本国軍が撃退されたじゃない? 先帝は若い頃ドロス島を攻略したり、ウィンを攻囲したりして積極的だったし、マレス島攻略失敗後にすぐ亡くなっているのよね」
正確には、最後の親征の最中にウィンの手前で死んでいる。暫くは後継者争いで揉めるかと思っていたのだが、あっという間に皇太子は国内を掌握。そして、海都国との断交を行った。
「攻めて来ると考えているのよね。新帝の軍が」
「それも、海上からということ?」
東内海には『海都国』の港湾拠点が各地に設置されている。造船や主要な人員こそ海都が関わっているが、船員や武器・食料などはその先にある沿岸の拠点にて賄われており、その場所の内陸部は既にサラセン領となって久しい。
陸上だけでなく、海上も完全に勢力下に置こうという状態になりつつあるのだ。その為、内海貿易は低調となり、代わりに、新大陸や新航路の開発が急ピッチで進められている。サラセンの興隆と新たな貿易路の開発は並行しているのだ。
「そこに王国は関わらないのかしらね」
「表向き、先帝と先王は盟友だったからね。今すぐ敵対するのは、海都国との国交断絶のあと、王国迄がそうなるのは外交的に良くないでしょう? だから、聖エゼル海軍が名代として参加することになりそうなわけね」
聖エゼル海軍はニース辺境伯家に帰属しているものの、表向きは『教皇猊下の海軍』ということになっている。王国とは関係ありませんよと言い訳できるわけだ。その代わり、資金や物資を聖エゼル海軍経由で教皇の編成するであろう『連合艦隊』に提供することになる。
「盟主はどの道、神国国王とその配下の提督になるんでしょうけどね」
サラセン海賊と長年戦い、また、その為の海軍を整備してきた神国海軍は御神子教圏最強の艦隊。また、操船技術では『海都国』の武装商船も優秀である。
とはいえ、まだ少し先の話であり、連合王国から帰国してから後に関わりそうな案件であると言えるだろうか。
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