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第556話 彼女は『ラ・クロス』の試合を観察する

第556話 彼女は『ラ・クロス』の試合を観察する


 一期生の二チーム、仮に門衛の名前を取って『癖毛組』と『黒目黒髪組』と称する、この二チームの試合は、力の癖毛組、技の黒目黒髪組という感じで、球を持つ時間は黒目黒髪組が長いものの、短い時間で突破力を生かした蒼髪ペアの動きのお陰で、勝負は五分となっていた。


 わずか十分とはいえ、魔力無の全力での運動。面白い事に、薬師組女子の四人は走る速度や腕力こそ冒険者組に劣るものの、その動きは試合の最初から最後まで変わらず、要所要所で球を繋ぎ、また、相手の送球を阻止する動きや囮となり、楽しそうに駆け回っていた。


 この辺り、冒険者組との接点が多かった彼女と伯姪にとっては思いかげない活躍に見えていた。


『まあ、お前もどっちかといえば薬師組だろ』


『魔剣』曰く、速度や力は劣るものの、ペース配分や長時間の活動に慣れているのは薬師のほうであろうと。ポーション作りも薬作りも、単調でありなおかつ、正確な魔力の操作やペース配分が必要となる。一瞬の爆発的な行動をすることはないが、流れの中で繋いでいくような行為は意外と向いているのだろう。


 とはいえ、十分だけの試合。これが倍になり、四セットとなれば流れが変わるだろう。十六人の予備選手として、各セットごとに入替えつつ役目を与えれば、意外と活躍するのではないかとは思うが。





 そして、不安な二期生は最後の組に据え、次は三期生の二チームが対戦する。


 アグネス・ベルンハルト組と、カール・ドリス組との対戦。アグネスとカールは魔力持ちで、ベルンハルトとドリスは魔力を現状持っていないとされる。確定ではないが、既に十歳なのでこれから魔力持ちとなる事はまずないだろう。


 仮に『アグベル』組と『カルドリ』組と称する。前者にはエリーザ・フリッツ・ゲッツが後者にはハイン・ツイルマ・カルラが加わる。男女で言えば女子比率の高いカルドリ組が不利なように思えるが、十歳前後であれば女子の成長の方が早い。体力的にも知力的にも女子は男子を上回る子も少なくないので、それほど有利不利はないだろうと思われる。


「久しぶりだな集団訓練」

「だな!」


 どうやら、十歳組は集団訓練……恐らく、襲撃する側される側に別れた模擬戦闘の訓練を受けたのだろう。カルとベルが楽しみだとばかりに話をしている。年少組は若干不安そうなのは、経験不足と話に聞く集団訓練の恐ろしさに不安を感じているのだろう。


「初めてなのだから、無茶な行動はしないように。勝ち負けよりも、競技に慣れることを優先に考えてちょうだい」

「危険な行動や、興奮するような状態なら試合を止めるから。そのつもりでね」

「「「「はい!」」」」


 不安を感じていた年少組の表情が若干緩和される。だんすぃの興奮が収まり、女子の動揺が弱まる。


 ドローからの試合開始。当然、年長の男子二人……ではなく女子が行う。


「ドリス! 負けんな!!」

「アグネス!! 任せたぁ!!」


 年少組にとっては姉役母代わりを務める二人に対して、信頼もしているし、期待も強いという事だろう。妥当な人選なのかもしれないが、毎回であればいただけない。同じ程度の力を持つ者同士で、毎回、入替え乍らドローや役割りを経験させたいものだ。


 少年用の小さな『クロス』を持ち、楽しそうに振り回したり、構える子供たち。その姿は虫取りや魚掬いに向かうように見えなくもない。





 試合開始の号令と共にドローでは、誰もいない場所へと革球が転がり出る。これを掴みに行くアグベル組の『ゲッツ』。


「もーらった!」


 上手く籠ですくえたのがうれしいのか、得意げに杖を上げて振り回す。が、一瞬で周りを三人に囲まれる。


「あー!!」


 一人がゲッツの杖を杖で押し下げ、今一人が杖を叩き落とすと革球が零れる。一瞬で球をかすめ取られ、フリーの『ドリス』へと革球が送球される。器用に背後からの革球を杖で受け止め、そのまま一回転させ反動をつけると、地面にたたきつけるように『門』に向け球を放り込む。


Doshu !!


「得点!!」

「「「お!!」」」

「「「……」」」


 歓声を上げるカルドリ組、そして意気消沈するアグベル組。だが、アグネスから檄が飛ぶ。


「さあ、死んだわけじゃないんだから切り替えていきましょう。死ななきゃ、何度でもやり直せるんだから」

「……お、おう……」


 リリアルの一期二期生から「死ぬこと前提かよ」と声が上がる。使い捨ての暗殺者、特に特殊な技能や魔力の無い者は捨て駒、足止め要員で死ぬのが前提の場合すらある。覚悟を決めて任務を達成し生き残るか、失敗して処刑されるか。失敗すれば確定した『死』から、生の可能性のある『死』へと心を固めるのが養成所の教育の成果なのだろう。


 魔力持ちの孤児を教育して王都の役に立つ人間に育てるというリリアルの在り方とはかなり異質でもある。人を生かす組織か、利用し目的を達成する組織かとでも言えばいいだろうか。要は、ブラック・オブ・ブラックなのである。


 末端の傭兵などは、このような扱いなのであろう。故に、賃金や待遇が悪ければ反乱を起こし切っ先を雇用主に向けたり、手近かな都市を襲撃して鬱憤を晴らし懐を温かくする。王国が山国傭兵を近衛兵として長く雇用している理由は、個人との契約ではなく郷村との契約であるからだ。つまり、何かやらかせば、故郷ごと灰燼にするという『保証』を入れることができる。


 暗殺者も傭兵も、不確かな死より、確実な死を避け目の前の利益を得るためにその一瞬一瞬全力を尽くす存在であり、彼女の在り方とは大いに異なる。


 とはいえ、この集団を利用した戦い方はリリアルには無い発想でもある。言い換えれば、今後敵対する存在に仕掛けられる可能性のある戦いと言えばいいだろうか。


 リリアル……というより、彼女の考え方とは相反するのだが。


 一瞬の間に、同時複数の魔術を展開し、瞬きの間に瞬殺する。一人一殺を瞬殺で行えば、十数える間に十人を倒す事ができる。活殺も自在。


 持てる者が、なお一層の修練の後、一騎当千とはいかずとも一騎当百もしくは一騎当五十くらいを目標に育てていると言えるだろうか。そのレートは彼女が名を知らしめる端緒となった代官の村でのゴブリン襲撃事件の際の敵対数に相当する。


 暗殺者養成所の戦いは、持てない者が持てるものを倒す為の戦い方。不意を突き、同時に一斉攻撃を行うことで対応能力を飽和させることで、一人二人が殺されている隙に、生き残りの誰かが目標を殺害するもしくは、手傷を負わせる。正反対の在り方と言える。


「でも、同じことの繰り返しね」

「……多分、一期生と噛み合えば……」

「一瞬で突破されそう。あの子たち、少数には慣れているし、ペアで躱しながら突破するのも得意でしょう?」


 常に少数、不意を突き相手から主導権を奪い続けるのがリリアルの在り方。集られる前に球を散らす事ができれば問題なく対応できるだろう。まして、本来の試合は『魔力有』の戦いであるから、更に差が付くことになる。


「でも、あの囲むのは良いわね」

「そうね。今までよりも強い相手と相対したなら、この考え方で対処する必要があると思うわ」

「悪竜討伐の時がそんな感じだったわね」


 あの時は、魔力持ちの騎士四人がかりで取り囲み、終始攻撃を加えることで削り倒した感がある。


「主導権を奪われた時、奪い返す訓練にもなると思うわ」


 わーわーと楽しそうな三期生、そして声援を送るリリアル生たちを視界に納め乍ら、院長と副院長は今後の在り方について議論を重ねているのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 一期生と三期生で対戦させてみたいと思いつつ、最後の試合を観察する。二期生と三期生『マリア組』である。公女マリアとアンネ=マリアのWマリアであるからの名前でもある。


 養成所出身三人の年少者とWマリアでは経験も体力も異なる。それは、二期生も同様。騎士志望の男女『銀目黒髪』のジャン、『碧目灰髪』ヴェルは前掛であるが、碧目銀髪、茶目黒髪は薬師系女子、灰目灰髪はちんちくりん男子で運動も勉強も不得意だ。弱気な癖毛といったイメージ、もしくはセバスおじさん予備軍とも言えるだろうか。それは良くない。


「始め!」


 門衛にはアンネ=マリアと灰目灰髪の小柄な少年『グリ』がついている。


「参りますわよ」


公女が離れて銀目黒髪少年『アルジャン』とマンマッチしている。三期生年少組三人がショートスピアを構えるように杖を突き出し、革球を持つ碧目灰髪の『ヴェル』を囲む。


 体を前に、杖を引いて相手の杖を牽制しつつ、フリーの女子二人に送球を試みようとするが、杖を上げた瞬間、ていとばかりに杖を絡め捕られ跳ね上げられ球を捕り溢してしまう。


 彼女はその姿を観戦しながら、その昔、レンヌに王女殿下の侍女として向かう際に同行した冒険者の戦士がクウォータースタッフの扱いが上手であった事を思い出す。行商人や巡礼に変装したり、馭者を務める際も『杖』を持つ事に警戒する者は少ない。帯剣するよりも容易であり、剣や槍と対峙することも訓練次第で可能な装備。それが『杖』だ。


 観戦している三期生、既に自分たちの試合も終わり、仲間の応援に夢中な一団の中から、年長組に声をかける彼女。三試合目の審判は一期生に変わってもらっている。


「少し話をしてもいいかしら」

「!! 院長先生……どうぞ。応援しながらでもいいですか」


 彼女は頷き、話を始める。


「養成所の訓練内容に、年少の頃から『杖』の扱いがあったのではと推測しているのだけれど、どうかしら?」


 明らかに年少組でも、『ラ・クロス』においての杖の扱いが経験者のそれであると見て取れる。冒険者は、槍や杖を使う局面は、護衛任務の時が多く、リリアルの討伐依頼中心の冒険者活動では、前衛の一部しか長柄を用いることはない。片手剣やメイス、魔装銃が主な装備となる。なので、杖の使い方はほぼ素人なのだ。


「はい。剣はある程度年齢が上の男子が選ばれて習うものでした。騎士や剣士として成りすますことができる人は限られていますから。むしろ、平民の農民や商人、旅人に扮する時に不自然ではない杖を用いた格闘に関して最初に教わります」


 やはりな、と納得する。リリアルに慣れることを優先し、また、彼女自身依頼を含めて多忙であったこともあり、三期生がどのような教育を受けて来たか詳しく話を聞く時間が取れていなかったことを反省する。


「他には、短剣とかかしら」

「はい。とはいえ、初歩的な受けと刺突程度です。これも、使いこなせるのは剣以上に難易度が高いのと、体を近づける必要があるので……」

「女子が主に教わったのね」


 アグネスとドリスが頷く。


「こんな短剣を使います」


 ドリスが腰から抜いた短剣を彼女に差し出す。身につけていた装備は、そのままリリアルで使っていてよいとしてあったため、暗殺者養成所の個人装備は本人の希望でそのまま与えている。


 みると、『スティレット』に似た細長い刺突用の短剣に見える。


「これ、何かしら?」

「ああ、王国ではあまり見ないもんね。確か……『ロンデル・ダガー』よね」


 伯姪の問いに、ドリス達が頷く。護拳と柄頭が特徴的であり、糸巻の中心に柄がついているようなデザインで、柄頭と護拳がコインに似た円形の金属でできている。握り込んで突き刺し、逆手で突き刺してもすっぽ抜けないような工夫がなされている。


「変わった短剣ね」

「帝国では流行ったタイプよね」


 どうやら、スティレットの帝国風解釈であるらしい。確かに、何度も突き刺すのであれば、ある程度柄頭がしっかりしていなければ、剣を引き抜くことは難しい。一度だけなら護拳だけで十分だが。


「こんな感じで、腰に水平に差しておくんです」

「ああ。なにか飾りかと思うわね」


 正面から見ると腰帯のワンポイントかと思う。これが、意匠を凝らした柄頭であれば、ひと目で短剣だと分かってしまう。都市の中では『スティレット』や『メイル・ブレーカー』と呼ばれる鎧通しの持ち歩きを禁じている場合もある。頻繁に都市の内部で暗殺事件が発生したためと言われる。


「それと、これです」


 アグネスは、一見扇に見えるそれを引き抜くと、それは短剣と鞘とに別れる。鍔の無い細身の短剣、これは自決用の短剣であり暗器でもあるという。


「開かない形の扇形の鞘に、柄を持てばそのまま扇のように見えるわけね」

「これだよ!」


 審判をしている間はウザ絡みしてこなかった姉が現れる。先日来たばかり

なのに、何しに来たのだろう。


「……姉さん」

「何かな妹ちゃん」

「混ぜないわよ。もう終わりだし」

「ええぇぇぇ!! まあいいか。そんなことより、この仕込扇いいね! 開かないでよければ、色々できるもんね」


 アグネスの持つそれは、鞘に当たる部分は本当に何でもない木と布で作られている扇形のそれであるが、魔装を施せば、そのまま小さな打撃武器となる。また、魔銀か魔銀鍍金を施せば、手のひらほどの大きさの刃でも十分戦闘力を持つことになる。特に、『飛燕』を扱う分には十分な長さであるとも言える。


「こういうシャレオツな装備を探していたんだよ、私」

「……確かに、王妃様や王女殿下の護身用にあったら心強いわ」


 彼女の言葉に姉が鷹揚に頷く。


「それだけじゃないよ。ほら、公女殿下の嫁入り道具の中に、ちょっとした工夫が欲しいって言われてさ。これなら、魔装に加えて真珠とかいろいろ装飾して、装身具にすることもできそうだから。これは、職人魂に火が付くようなものになりそうだね」

「女王陛下に献上する品に加えてもいいかもね」

「それだね!!」


 カトリナ大公女殿下の嫁入り道具の一部を、ニース商会も揃えているのだ。そう、カトリナは一足先に大公女から大公妃へとクラスチェンジするのである。別に焦ってなんかない。彼女は強く自分に言い聞かせたのである。



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― 新着の感想 ―
[一言] アイネお姉さん好みなガジェットで盛り上がった所で、 『彼女』のメンタルを抉る一言。 お姉さんも狙って言った訳じゃないからスルーしてあげて欲しい。 頑張れ院長、まだ時間は十分に残されているぞ…
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