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第553話 彼女は彼女は『ラ・クロス』のルールについて確認する

第553話 彼女は彼女は『ラ・クロス』のルールについて確認する


 私掠船乗りのレイクたちは『カ・レ』の牢獄に収容され、幹部は身代金と引き換えに、また、平船員は労役を数年課すことで自由にすることになるようだ。


 金貨十万枚相当のうち、換金性の低いものを王宮は受け取り、「そのまま連合王国に向かう時の手土産に加える」との方針を宮中伯から聞かされた。また、今回の功績で、王弟殿下が正式に『公爵』になることになった。要は、公爵年金が王家から予算として支給されるということだ。


 彼女の功績は金貨五万枚相当で十分であると、彼女自身が固辞した。その代わりに、ワスティン内の開発において、防衛拠点を自由に構築する許可を貰う事にした。副伯の予算で王都南方の防衛力が上がるのだから、王宮が反対する理由がないので、これも即日承認された。


 宮中伯曰く、レイクは連合王国の私掠船の船長の中でも有名な男であり、神国からは『悪魔の如き男』と呼ばれているという。そのまま神国に引き渡すか、女王陛下への手土産もしくは、事前交渉を有利にするための材料にするかはこれから調整するとのこと。財貨を献上したことも喜ばれたが、どうやらレイクは女王の宮廷でも人気者であるらしく、それを生きたまま捕らえたことで交渉がしやすくなったと喜んでいた。


 ちなみに、ウォレス卿とも旧知の中らしく、珍しく卿が動揺していたとか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 カ・レから戻った彼女は、薄赤冒険者パーティーにギルド経由で依頼を出し、また、帆柱を使った訓練をリリアルで行う事を、義兄である聖エゼル海軍提督に手紙を出し、教官候補を数人リリアルに派遣してもらえるように頼むことにした。これは、家族ではなく、リリアル副伯と聖エゼル海軍の業務提携の話なので、正式な依頼の形をとる。つまり、姉は介さない。


 薄赤パーティーは王都に戻り次第、リリアルを訪問するとの返答を受け、また、聖エゼル海軍からは、既に現役を引退したベテランでジジマッチョ所縁の人物たちを向かわせるとの連絡がきた。どうやら、ジジマッチョも参加したいらしい。三期生の命が危ない!!


 ここにきて、三期生の能力、特に見極め済みの十歳組の能力が高いという事が判明してきた。その昔の茶目栗毛が男女魔力有無取り揃えて四人いると思えば理解できるだろうか。極めて優秀な幹部候補生である。


「暗殺者養成所の教育ってなかなか優秀だったのね」

「二期生の教育を見直す必要があるという事も判ったわ」


 リリアル二期生に関して、彼女が帝国遠征に掛かりきりであったこと、魔力量小のメンバーがほとんどであり、『冒険者』としての育成をほぼ行ってこなかったことから、戦力として三期年長組の方が優秀であるという事が先日の素材採取の際に判明して、二人を悩ませている。


 連合王国への渡航を踏まえ、再び長期の不在が続くことになる。一期生の殆どが学院に残る事になるのだが、茶目栗毛と伯姪、灰目藍髪も渡航するので、今まで学院の運営を主導してきた人員が完全に抜ける事になる。


 冒険者組を中心に『ワスティンの修練場』の運営を行い、学院の薬草畑や二期三期生の初期教育を薬師組に頼む事になるだろう。


 そこに、ベテラン冒険者の薄赤パーティーとジジマッチョと近しいベテラン聖エゼル海軍の人員の協力を得たいところ。


 冒険者として三期年長組は即戦力なのだが、年齢が十歳であり登録する事ができない。二期生では『アルジャン』だけは登録して見習として冒険者組に付ける事も考えるべきかもしれない。『ヴェル』は十一歳で、もう少しで数えで『十三歳』になるので、即登録し二期生二人を冒険者組の見習としてつける。


 この二人と三期年長組六人で見習パーティーとして育成する事も良いかもしれない。


 薬師組につく子たちは、魔力操作と気配隠蔽の練習、魔力を使用した「ポーション」を使えない場合でも「傷薬」や「熱さまし」などを作れるように育てていく。これには、『見習薬師』のアンネ=マリアが教導側に回ってもらい、むしろ、薬師組へのレシピ提供や、薬草の管理などについても教えてもらう事にする。


 また、公女マリアには『侍女』教育の監督を依頼し、二期三期生の所作についての教官役も担ってもらう事になるだろう。立っている者は公女でも使う。


「心配の種は尽きないわね」

「ええ。けれど、いつまでも付きっ切りで手取り足取りするわけにはいかないから仕方がないわ」

「ちょっと寂しいわね」


 一期生、特に冒険者組は寝食を共にし時に無理難題も一緒に取り組んできた経験がある。人員が増えれば、相応に関係も増え、個々の関わりが希薄になるのは仕方がない。それを踏まえ、一期生を核として幾つか独立して活動できる部隊を編成していかなければならないだろう。


 とはいえ、未だ成人年齢になるかどうかのリリアル一期生には騎士となっても荷が重い事が少なくない。彼女も伯姪も実家や本家に相応の力があることで『良家の子女』として扱われていた面もある。孤児であるリリアル生にそれは期待できない。そのことが、貴族や有力者と接した場合、障害となる事も予想される。


「副伯でも荷が重いのに、伯爵になるなんてね」

「けれど、あの子たちを守る為には必要ですもの、諦めてちょうだい」


 彼女の弱音に伯姪が「やるしかないでしょ!!」とばかりに声を返す。


「何はともあれ、学院生の中で理解し合う為にも……」

「『ラ・クロス』をやるんでしょ? 集団戦の感覚を磨くのに役立てばいいわね」


 多人数で出来る訓練で、小さな子も参加できる競技であればいいのだが。


「それに、あっちでやらされるんじゃない?」

「親善訪問とやらでかしら」

「そうそう、自分たちに有利な舞台に立って優位に立ちたいでしょうから、仕掛けてきてもおかしくないと思うわ」


 ラ・クロスに関しては、ウォレス卿が何人か経験者を紹介し、是非、親善の一環として彼女らに知ってもらいたいと熱心に進められている。姉経由で。


「クロスの用意も出来たから、そろそろ納入するそうね」

「ニース商会の手配よね」

「あなたの思っている通りになると思うわ」


 つまり、クロスと共に姉とウォレス卿のお仲間がやってくるということだろう。リリアル学院内に入れず、街道脇のニース商会の商館の応接室で会う事になるだろうか。向かうは事情を話して場所を借りることになっている騎士団の訓練場である。アクセスが良い。


「参加者は私たちと一期生でいいかしら」

「そうね。妥当だと思うわ」

「見学は?」

「希望者全員で」

「了解!!」


 おそらく、今日の夕食の際にこの事を伝えることになる。


「とりあえず、規則をお浚いしておきましょうか」

「……まじめね。体で覚えないと、理解できないわよ」

「規則というものは、作った側が有利になるように定められているわ。つまり、戦いに勝つには、その規則を理解した上で、相手の虚を突かねばならないのではないかしら」


 ラ・クロスは軍事教練の代わりに行うもの。そういう視点もリリアル生には必要となる。


「先ずは装備ね」


 まずは形から入るのが『彼女』の流儀。成人の場合、革製もしくは布製の兜、面頬、革製もしくは布製の胴衣と小手、少年の場合は革製もしくは布製の兜を装着する。


「金属もしくは金属の補強のある物は不可ね」

「かえってケガするからでしょうね。この兜は、バー入りのものも大丈夫ね」


 『バー』とは、兜のひさしに縦に入る棒のことで、「テリー・バー」と称するのが正式名称だという。鼻梁を守るための金属棒を意味する。


「籠型の面頬だと重たいかしらね」

「魔力持ちなら魔装布のマスクで問題ないけど、子供たちは……ね」


 魔力の無い三期生を基準に考えれば、革製のバー付兜になる。これに、革製の胴衣、厚革の手袋に長靴を履けば、立派な駈出し冒険者見習である。気分も盛り上がるだろう。今は、訓練所とあまり変わらない粗末な貫頭衣を着ているからだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 参加するメンバーを確認する。


「成人規則では攻撃手・遊撃手・防御手各三人に、門衛一人の合計十人に予備選手が最大十六人まで許される事になっているわね」

「随分と大勢で参加できるのね。それだけ怪我人が大勢出る前提なのかもしれないわね」


 戦争においても、緒戦から全戦力を投入することはない。損耗の度合いを計算し、随時戦力を入替えていくことになるのだろう。


「ニ十分ごとに休息を入れて全四回を一試合とするようね」

「少年ルールだと半分の時間なのよね」

「それと、少年用は部隊規模が半分になるようね」


 試合場も半分の大きさ、選手の数も半分となる。門衛一人と、あとは全員攻撃兼遊撃兼防御手ということになるのだろうか。


「一先ず、少年用規則で学びましょうか」

「反則の規則が結構違うわね。まあ、成人は体も魔力も防具も充実しているから、その分荒っぽいんでしょうね」


 交代要員が正選手の二倍近くいる時点でお察しである。


(クロス)で相手の体を叩くのは反則です」

「……当然よね」


 杖を用いて闘争を始めた時点で攻撃した側が退場となる。その時間は、審判が判断するが、一分から数分の範囲で悪質であるほど長くなる。つまり、少数で守る側が不利になる時間があるという事だろう。


「それから、最初から杖を突き出した状態で相手の進路を妨げたり、体を杖で押さえつけることは反則です。ただし、杖を持って杖を押さえることは問題ありません」

「つまり、杖術の技を使えと言う事ね!」


 多分違います。少年用規則は、成人用よりも体に対する打撃を防ぐことを配慮した優しいルールになっている。


「ということは……」

「成人用規則は、結構当たりが厳しいのよね」


 一つの球を取り合う競技であり、杖でその球を投げ合い、奪い合い、敵の『門』の中にその球を投げ込む事で得点を得るという試合となる。


 球を取りこぼしたり、奪う際には成人の場合、その球の周囲3m以内においては相当の力技が認められる。


(クロス)で相手の体を押さえつけたりしてはいけません」

「それはおんなじじゃない?」

「後ろから突き飛ばしてはいけません。球から離れて杖で押してはいけません」

「……杖でなく腕や肩とかなら良いってことね」

「そうね。その為の防具みたい」


 また、球から3m以内であれば選手同士の押し合いへし合いは問題ないが、それを離れた場合は反則となる。


「杖を振り回したり、杖で敵の頭や首を叩いてはいけません。ただし、球を保持している選手の小手を叩くことは認められます」

「つまり、杖術で戦えと言う事ね」

「長柄の石突を使った技の応用でも可ね」


杖を握る両腕の間に石突を叩き込み、跳ね上げて杖ごと弾き飛ばすことも問題なさそうだ。たぶん。


 勿論、杖で足を払ったり、押さえつける事も不可だ。また、球を持たない選手に体をぶつける事も反則となる。


「要するに、球を持っている選手に対しては、自分の杖で相手の杖を叩いたり、体を寄せて抑え込んだり、技を仕掛けるのはOKってことよね」

「でも、杖を手放すのは反則みたい。投槍のように使用したりも当然ね」


 ただの木製の杖であっても、投げればそれなりのダメージとなるだろう。


「そして、魔術の使用に関しては一定のルールが適用されるだけ」

「なにそれ」

「球を保持して四つ数える以上の間、動かない場合はその時点で反則となり、相手の球から試合再開になるわ」

「ああ、長い時間詠唱するような魔術を使えなくしているわけね」

「移動しながら詠唱する分には問題ないのでしょうね。それでも、相応の技量が求められることになるわね」


 オリヴィが用いる精霊魔術=魔法の類には、古帝国語による詠唱をそれなりに行うものが存在する。魔力が多く、また精霊の加護に恵まれたオリヴィであれば、簡略した詠唱もしくは無詠唱で発動することも可能だが、並みの魔術師ではそれは難しい。


 リリアルで用いる魔術は『身体強化』『魔力纏い』『気配隠蔽』が主であり、一つを数える間もなく一期生は発動できるくらい鍛錬している。その継続時間や強化の精度はまちまちだが。


「それで『賢者学院』でも好まれているのかもね」

「運動能力だけでなく、魔術を用いて長時間運動し続けることができるのであれば、魔術師としても騎士としても優秀でしょうからね。杖も魔術を用いる際に、能力を強化する性質を持つ仕様になっているかもしれないわ」

「それは、見てのお楽しみじゃない?」


 魔力量だけでなく、その精度、どのように能力を配分するか、誰がどのように試合を運ぶのか選択肢は沢山ある。とはいえ、今まで受けた討伐や調査の依頼の際に常に考慮していたことでもある。


「でも、これってあなたやあなたのお姉さんってとっても有利じゃない?」

「姉は燃費が悪いのよ。とても最初から最後まで活躍できるとは思えないわ」

「なら、最初か最後の回に出てきて暴れ回る感じかしら」


 交代要員が沢山いるのは、その辺りの魔力量の問題もあるだろうか。少なくとも、冒険者組は一時間二時間で魔力が枯渇するようなペース配分をする事はあり得ない。彼女の場合、それは日単位のことになるのだが。


 また、中央の線を挟んで攻撃時には敵陣に侵入できる最大人数は六人、防御時に自陣に残れる最大人数は門衛を除き六人までという制限も成人用には存在する。少年用はそもそも五人しかいないのでそれはない。


「魔術を使ってどこまで相手を攪乱できるかかしらね」

「……魔術師同士であればそうなるかな。それに、杖を用いた組技とかも必要かもね。杖を使って足払いはいけないけど、組まれたら払わないといけないじゃない? 腕で押すのは問題ないみたいだし、杖で杖を絡め捕るのも相手の体に当てなければいいんだからさ」


 魔術寄りの彼女、杖術寄りの伯姪。とはいえ、最初は球を門の中に入れ合うという競技を楽しむ事にしたい。


「そもそも、『魔力壁』で門を塞いだらどうなるのかしらね」

「それよりも、杖を魔装糸で補強して魔力を纏えるようにするなら、『飛燕』も使えると思うのよね」

「「……何か違う競技よね……」」


 どうやら、選手を直接魔術で攻撃することは反則となっている。当然か。しかし、空中を飛翔する球に魔術を当てたり、足元の地形を変化させ転ばせたり、転がる先に水たまりを作って球を止めるようなことは許容されている。つまり、攻撃的魔術は不可、防御や補助魔術は可という判定となる。


「空飛んでもいいのよね」

「高さ制限は……なさそうね。魔導具や魔石の使用は不可みたい」



 何でもありになりかねないので、杖を魔術の補助具として活用することは可能であるが、魔導具や魔石の類を用いて加工することは認められない。魔装糸や魔装布は……セーフと解釈する。


 どうやら、本家とは相当異なる『ラ・クロス』になりそうだと二人は思うのである。



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[良い点] 「彼女」が全力で本気を出すと、サッカーとイナズマイレブン位、違う競技になりそうw
[一言] 親善試合で魔石・魔道具を使い、連合王国チームを圧倒したリリアルチーム。 連合王国「ぐぬぬぬ」 翌年、魔石・魔道具のレギュレーションが導入され、昨年の作戦が封じられてしまった! 連合王国「…
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