第552話 彼女は『アヴェンジャー』に突入する
第552話 彼女は『アヴェンジャー』に突入する
その昔、レンヌでガレオン船を拿捕した時、まだ魔力壁で中空を蹴ることができず、伯姪も魔力の量も練度も低く、彼女は水馬を付け、伯姪を背負って船へと忍び込んだのであった。
今では、彼女が形成する魔力壁の踏み板を蹴って、身体強化を施した伯姪は一気に突入することができる。長足の進歩だと言えるだろう。
「これ、ニースの海軍で流行りそう」
「……誰が魔力壁作るんですか?」
「勿論、おじい様じゃない?」
茶目栗毛の質問に、しれっと伯姪が答える。随分前に引退したはずなのだが、聖エゼル騎士団の団員であるジジマッチョは、その命尽きるまで聖騎士であるようだ。体力的に返上する段階ではないのだから当然だろう。むしろ、今が全盛期!!
「敵船発砲!!」
見張の水夫が声を上げる。見ると、船首の辺りから小さな煙が立ち上り、後方に水柱が二つ上がる。聖アリエル号の主帆柱の半ばほどの高さであろうか。それなりに大きな砲であるようだが、命中するとは思えない。
「殿下」
「……な、なんだ」
「命中しそうになったなら、魔力壁で弾いていただけますか?」
「そ、そ、そんな器用なことは出来ない!!」
王弟殿下、魔力壁を作れないらしい。代わりに、藍目水髪が名乗りを上げる。船尾で魔装笛を構えているのだから、魔力量と位置取りからして適材であろうと彼女は判断し、その任を与える。
「でも、さっさとやっつけちゃいましょう」
「ええ。善処するわ」
「それ、言ってもやらない返事じゃない?」
それは、「持ち帰って検討します」だ。魔装銃の射程まで待っていたなら砲撃が命中しそうでもある。早々に、彼女と伯姪、茶目栗毛は追走する私掠船に向け、移乗することを決める。
魔力壁を蹴り、ギャロップほどの速度で灰色のフードを被った何かが急速に私掠船に向け突進してくる。
「な、なんだありゃ」
「船幽霊だ!! 幽霊船だぁぁぁ!!!」
難破して死んだ乗員を乗せたまま大海を漂う船が存在する。その中には、悪霊に取り付かれ、あるいは海の魔物に取り込まれた『幽霊船』が存在するという。船乗りたちが酒場で話す与太の類だが、全くでたらめというわけではない。
海流に乗って難破船が流れつく事も珍しいわけではないからだ。
しかし、灰色のフードが空を飛んでくるという話は、聞いたことが無い。昼間からやけにはっきりと見える幽霊である。
「早いぞ!!」
「おい、銃を持ってこい!! 一斉射撃だ!!」
その姿はぐんぐんと大きくなってくる。
「は、早くしろ!!」
「射撃用意。狙え!!……撃て!!!」
PANN!! PAPAPANNNN!!!!
十数丁のマスケット銃が船首方向から接近する、灰色の何かに向け一斉射撃を行う。
「再装填!! 急げ!!」
何の効果もなく、ぐんぐんとその姿が大きくなる。
「だ、だめだ、間に合わねぇ!!」
「全員、抜剣!!」
マスケットを放り投げ、腰に吊るした曲剣をめいめいが引き抜く。もう手を伸ばせば届くほどのところに、三体の灰色ローブが迫っている。
「そのまま、三本の帆柱のロープを斬っていくわよ!!」
「「応!!」」
中央を引き受ける彼女、そして、左右を伯姪と茶目栗毛が受け持つ。帆柱に吊るされる帆を張る縄を斬ると同時に、船体に柱を固定している縄も次々切り離していく。
「なんだ!!」
「空、飛んでるぞ!!」
「アンデッドだぁ!!」
アンデッドでなければ中空を舞うのは何なのだという声が聞こえてくる。
「マスケットで撃て!! 縄を斬らせるなぁ!!」
あっという間に、帆がマストから切り落とされ舞台の幕のように甲板上に舞い降りていく。その下で右往左往する甲板上の兵士や乗員に湿気た重さのある帆布の塊が覆いかぶさる。
「うぎゃぁあぁ!!」
「か、かあちゃーん!!」
「助けてくれー 幽霊に覆いかぶさられたぁ!!」
幽霊ではなく帆布であるが、混乱に陥った船員には関係ない。その声にさらにパニックが助長される。
「貴様ら、それでも女王陛下の覚えも目出度いアヴェンジャー号の乗員かぁ!!」
立派な帽子をかぶった王弟殿下より幾分年上であろう、船長らしき男が周囲の船員・兵士を一喝する。
「相手は魔剣士三人だ。一人ひとり囲んで魔力切れまで相手をすれば自滅する。慌てるな!! 相手は人間だ!!」
曲剣を片手に、彼女に切っ先を向け構えたまま、周囲に再び喝を入れる。鷲を彷彿とさせる顔立ち、浅黒く日に焼けた顔に黒目の大きな個性的な顔立ちをしている。迫力のある顔と言えばいいだろうか。
その声に、周囲のベテランらしき士官が中心となり、声をかけながら隊列を整えていく。
「先生!!」
「どうする!?」
茶目栗毛と伯姪がこちらを注視している。彼女は『魔剣』に呟く。
「チェンジで」
『おう!!』
スクラマ・サクスから一瞬でバルディッシュへと変化する。そして、中空に足場を魔力壁で築きながら、主帆柱を上下に両断する。
「た、倒れるぞぉ!!」
DOGAANNNN!!
マストの上三分の二が船首の方向に倒れ落ちていく。その際、残っていた縄を引き千切り、その千切れた縄が甲板の上の船員に鞭のように振られ、弾き飛ばされた船員が他の者にぶつかり、また、海中へと弾き飛ばされていく者もいる。
「OK!! 圧し折ればいいのね!!」
「……」
茶目栗毛はそれだけの魔力がないので、彼女に手で「おねしゃす」とばかりに合図をするが、伯姪は喜び勇んで前帆柱を魔銀の曲剣で叩き斬る。前方に突き出た帆柱が海中へと落ちていき、後方の帆柱もバルディッシュで再び斬り倒され、『アヴェンジャー号』は幽霊船候補に昇格する。
彼女達は船尾楼の上甲板に降り立ち、見下ろす位置に立ちながら船長らしき男とその配下の船員たちに勝利宣言をする。
「私は、リリアル副伯。王国の軍艦・聖アリエル号の船長を兼務している。あなた達が襲おうとした船のことよ。そして、この船……アドベンチャー号だったかしら? 操船能力を失ったと思われるのだけれど、降伏を勧告するわ。大人しく曳航されて『カ・レ』まで辿り着いたなら、適切な身代金を支払えば解放されるでしょう。それと、この船の積み荷一切は私の物となります。文句があるなら申し出ても構わないわ」
眼光鋭い船長らしき男が声を上げる。
「一つ訂正だ。アドベンチャーじゃなく、アヴェンジャー号だ。そして今一つ、俺達は降伏しない。たった三人でこの人数を相手にしようと思っているのか?」
その頭上の帽子が跳ね飛ばされる。どうやら、薬師組の狙撃距離までいつのまにか聖アリエル号が接近してきたようである。
「魔導船、便利ね」
伯姪が、風を無視してこちらに向かってくる船を確認する。帆をたたみ、魔導推進のみで進んでいるようだ。その姿を見た船員たちに動揺が走るのが見てとれる。
「さて、三人だとしても、王国では竜殺しと讃えられた魔力持ちの騎士なのだけれど、その首を胴体と切り離して実力を確かめてみたいのかしら?」
一瞬で姿を変える『魔剣』に、再びどよめきが上がる。
「魔力が切れれば並以下の騎士だろ? それに、騎士の全身鎧を着ていない船の上なら、こっちが有利だ!! 竜殺しだろうが関係ねぇ!!!」
騎士の強さの秘密の半分は装備する全身鎧の防御力による。体力・魔力が尽きるまでは簡単に殺す事は出来ないし、手傷すら負わせることは困難であると言える。見た目三人は、灰色のフード付きマントを着た平服に似た姿だ。騎士と言えども、装備がなければ強さは船員と変わらないと思ったのだろう。
それは、半分正解であり、半分間違っている。
魔装の装備は魔力がある限り金属の全身鎧並みの防御力を平服と変わらぬ重さで再現する。つまり、平服を着たレベルで斬り結べる、全身鎧レベルの防御力を持った相手なのである。魔導騎士並と言い換えても良い。
「馬鹿なの?」
「なんだと」
「いま私たちがどんな状態か、見えている?」
伯姪の挑発じみたセリフに船長らしき男はハタと気が付く。この三人は、海の上を駆け抜け、中空を機動して多数の縄を斬り、帆柱すら斬り倒したのである。
「ぎゃ!」
PASHU
「わ、て、敵の銃撃だ!!」
「隠れろ、逃げろ!!」
「おい、留まれ!! まぐれ当たりだ……がぁ!!!!」
船長らしき男の右肩に銃弾が命中、ゴトリと曲剣が甲板に落ちる。痛みに耐えつつ傷を押さえる掌から血が流れ落ちる。
「このまま放置でもいいし、皆殺しでも構わないのだけれど。あまり無意味な人殺しはしたくないのよね」
「人はいらないから、積み荷だけもらいましょうか。ほっ!」
伯姪が甲板に降り立ち、何人かの船員がぐるりと取り囲む。
PASHU
PASHU
「ああああ!!!!」
「……ぐえっ……」
背中や腹を撃ち抜かれ、転がり回り、あるいは崩れ落ちる船員。そして、残りを次々と伯姪が切裂いていく。膝や腕を切裂き、突き刺し戦闘力をあっという間に奪っていく。浅い傷ではない。
「援護を」
「お願いするわ」
その伯姪の背後を守るように茶目栗毛が降り立ち、背中合わせに剣を構える。
「これでも喰らえ!」
DANN
CHUINN!!
弓銃を構え、至近距離から伯姪に射込むが、剣で簡単に弾かれる。そのまま、腹にぶすりと切っ先を差し込み、ぐるりと手首を返し引き抜く。内臓が飛び出し、弓銃を取り落とした男は腹を抱えたまま倒れ動かなくなる。
「で、どうするのかしら。皆殺し? 降伏? あとは……泳いで国に帰るでもいいわ。好きな物を選んでちょうだい」
無駄な抵抗の相手をするのも飽きた彼女は、適当な事を言い始めるのである。
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「この船の責任者は前に」
茶目栗毛が前に立ち、既に後ろ手に縛り上げられた船員たちへと声をかける。
「お、俺だ……」
顔色が随分悪くなっている鋭い顔つきの男。やはり、魔装銃で帽子を撃ち抜かれ、右肩の血は止まりかけているようだが、状態は良くない。
「彼の傷に治療を」
「……承知しました」
茶目栗毛が持つリリアル謹製ポーションを傷口にかけると、見る見る傷口が塞がっていく。どよめき、そしてポーションを求め怪我人が声を上げる。
くいっぱぐれか、はたまた一攫千金狙い。あるいは騙されて気が付くと船に乗せられていたのか、とにかく、一般船員は奴隷と大差のない扱いであり、あまり人質としての価値のない存在である。
「ふふ、甘えるのも大概にしなさい。この男が死ぬと、後々交渉がしにくくなるので生かしたまで。そもそも、あなたたちは、他国人を奴隷として売り捌くか、その捌いた金を持つ他国の船を襲い財貨を奪ってここ戻ってきたきたのではないのかしら?」
「当然、奪うものは、奪われる覚悟も、その後、殺される覚悟もできてるんでしょう。その覚悟、見届けてあげようじゃない。折角だし」
彼女と伯姪の言葉に、喚いていた男たちが声を落とす。
「な、助けてくれよ」
「何故?」
「は、し、死にそうなんだよ」
「なら死になさい。今まで助けたことなんてなかったのでしょう?」
手を挙げると、背後から魔装銃の弾丸が「死にそうだ」と声を上げた男の胸を貫く。ゴトリと背後に倒れる男は、言葉を出す事はない。
「さて、手短に天の国に送ってあげることもできるわよ。慈悲深いから、鉛の銃弾で送り出して上げましょう。遠慮なく申し出て貰って構わないわ」
甲板に次々に銃弾が降り注ぎ、男たちは黙って静かにする。
「船長? あなたの名前と官姓を述べなさい」
「……フランク・ド・レイク……貿易商人……だ」
商人を名乗る男。どうやら貴族でも騎士でもないようだ。ニース騎士団員を移乗させ、船倉の財物を粗方、彼女の魔法袋へと収容し、空いた船倉には捉えた男たちを詰め込んだ。
そして、聖アリエル号と『アヴェンジャー号』を綱で結び、ニースの団員を操舵手と警護役として海賊船に残し、彼女たちは自身の魔導船へと戻ることにした。
少々予定外であり、早急にこの船と乗員を『カ・レ』の代官に預けようと判断した彼女は、魔導船の速力を彼女自身の魔力で加速させ、遅れていた分以上に早く目的地へと到着した。
その後の、連合王国との交渉は王宮に丸投げすることにし、なんなら、連合王国訪問の際の手土産にする事も検討してもらおうと考えたりする。
私掠船は複数の船で船団を組んで海賊行為を行っていたとのことで、その全てをアヴェンジャー号が積んでいたわけではないという。とはいえ、金貨に換算すると十万枚相当に当たるという。
伯爵家相当なら十から二十年分の収入に相当する。半分を王国に納めたとしても、大金を掴んだことになる。ちなみに、本来、私掠行為の戦果の半分を免状発行した君主に納めることで庇護を得る事になる。つまり、彼女たちは女王陛下の上前をはねたことになるのかもしれない。
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