第551話 彼女は私掠船と遭遇する
第551話 彼女は私掠船と遭遇する
「『ロゼ』は素晴らしい船だった。この『聖アリエル』もなかなかだが」
「……恐れ入ります殿下……」
――― 30m級魔導キャラベル船『聖アリエル』号
魔導外輪船の二番艦であり、現状、外洋航行能力を持つ唯一の魔導船でもある。最初の帝国遠征に使用した小型のものは内海であれば波も少なく航行可能だろうが、外海では岸近くでなければ進む事も困難だろう。
王弟殿下は『ロゼ』の航海のために、魔導推進のトレーニング中である。講師は魔力量の近い伯姪が務める。彼女では参考にならないらしい。ちなみに、宮廷魔術師の皆さんは、王妃殿下の魔導船で練習をしていると聞く。
操舵しつつ魔力を魔導推進に流しつつ、周囲を観察する王弟殿下。右手には王国の岸が見え、遥か左には薄っすらと対岸の連合王国の切り立つであろう白亜の海岸が見えるような気がする。カ・レあたりでは見えるようだが。
「あまり岸から離れないようにしてください」
「わ、わかっている。が、上手くいかないのだ!!」
魔導推進の力に頼ると前に進まない可能性もあり、また、アベルの街で合流したニースの水夫(の姿をした騎士)が帆を操作して帆走も並行して利用している。魔導外輪の左右同期が上手くできていないようだ。
左右の回転差をつけることで、舵を使わずにその場で旋回することすら可能なのだが、王弟殿下は魔力操作がド下手……未熟……不慣れなようで、普通に均等に魔力を流し込めば前方に進むはずなのだが、微妙に左右に動いてしまうようなのだ。
その動きのブレを、帆で修正するために動き回るニースの騎士達。最初は「良い訓練になります」と言っていたのだが、だんだん疲れてきているようで動きが鈍くなってきている。
「皆、気合を入れろ!!」
「「「お、おう」」」
ニースの『姫』である伯姪と、聖エゼル提督の義妹である彼女の前で情けない姿を見せる事は出来ないとばかりに、声を上げるが、あまり効果は無かったようだ。
「うえぇぇ……」
「ぎ、ぎぼぢばどぅ……」
魔力量の少ない薬師組の四人は、フラフラと揺れる船の上ですっかり酔ってしまっているようだ。彼女の魔力を込めた『酔い止め』を渡したものの、既に時遅しであったようで、なかなか収まらない。
因みに、王弟殿下付きの騎士達は更に具合が悪そうなのだが、そのような醜態を見せるわけにはいかない。全員近衛騎士=貴族の子弟である。内臓を魔力で身体強化すると良いよ。
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「ふぅ。今日はここまでにしておこうか」
「風も吹いておりますので、その方がよろしいかと思います殿下」
全員がホッとする瞬間。蛇行運航終了で、帆走に専念することが確定。キャラベル船は喫水が浅く荷物を大量に積むには不利だが、機動性は悪くない。まして、魔導推進付であれば操舵手次第で他を圧倒する。
「操舵を代わります殿下」
彼女が操舵手となり殿下以外の全員が安堵の表情を示す。
「よ、よかったぁ」
「先生……苦しかったですぅ……」
「皆、頑張ったわね」
「「「「(涙)」」」」
ただでさえ、波のうねりで船体が上下するのに加え、舳先が左右に常に振れるツイスト状態であるから、たまったものではない。魔装馬車はさほど揺れないので馬車に乗り慣れている薬師組とはいえ、殿下の操舵の効果は桁違いに揺れて耐えられなかったのだ。
「慣れていくのね」
いや、こんなに揺れる事は無いからね。
彼女の操舵、そしてゆっくりと魔導外輪を駆動させうねりを相殺するように船体を維持する。一種のスタビライザーのような役割を果たすようになる。
「……揺れない?」
「うん。さっきまでとえらい違い」
「しー だめだよホントのこと言っちゃ」
「真実ほど人を傷つける」
「「「……確かに!」」」
「……」
薬師組の声が聞こえたのか、王弟殿下が気まずそうに顔を背け、やがて船べりに身を預けて水平線の彼方に目を向けている。遠い眼である。
『まあ、真面目に進んだらどうなるんだお前なら』
「そうね、今日中に『カ・レ』に到着するでしょうね」
『だよな。けど、訓練にならねぇ……か』
魔導船でも帆走を併用する方が良い。高速時の波の影響もどのようになるか確認してみたいと考えている。とはいえ、王弟殿下が乗っている状態では難しい。
『あれだ、ちびっ子どもに帆の操作をやらせるというのはどうだ?』
三期生の魔力無の子を含め、年齢的に冒険者にする事は出来ない。とはいえ、畑仕事を手伝わせるだけでは身体のトレーニングにならない。体が小さいので、大人用の武器も扱うのは難しい。
「でも、帆の操作だって力仕事でしょう?」
『まあ、人手がいるということなんだから、三期の男どもはそういう仕事をさせることもありだという話だ。魔力持ちなら身体強化も使えるし、相応の年齢になれば、問題なく力も出せる。平衡感覚を養う上でも帆の上で動き回るという仕事は、小さなころから慣れさせた方がいい。少なくとも、あいつら以外を回すのは今のリリアルの戦力的にも無理だしな』
『魔剣』の言葉にも一理ある。十歳組をリーダーにして、その下に年少組を入れて、帆の操作の練習をさせるというのはありかもしれない。船が無くとも、訓練用の『帆』をリリアルに建てればよい話だ。
「なんだか、帆の上を行ったり来たりするのは楽しそうね」
『まあな。縄のぼりや、縄を張ったり緩めたり、集団行動の訓練にもなる。朝から晩までやらなくても、毎日の日課として取り入れると良いんじゃねぇの』
なるほど。連合王国への渡海中、三期生の教育課題に頭を悩ませていた彼女だが、これならニース騎士団へ依頼をして、その間、リリアルの寮に何人か滞在してもらえるかもしれない。
騎士の護衛が学院に滞在する事にもなり、大人の目線が加わる事で、騎士志望のだんすぃたちにも良い効果があるだろう。この機会に、薄赤のパーティに依頼を出してリリアルの警護を委ねることもありだろう。そろそろ、足の悪い戦士も引退を考えている年齢となっているはずだ。
彼らがワスティンの修練所付きになってくれれば、彼女と伯姪が不在の時期においても学院生をバックアップし、事件が発生したとしても対応が迅速に行えると思われる。騎士団や彼女の祖母では難しいことも、あのパーティーメンバーなら対応できる。一期生は討伐に同行してもらった事もあり、良く見知った仲でもある。
「懸案が一つ片付いた気がするわ」
『そいつは良かったな』
そろそろ、サボア公との契約の終了する『メリッサ』も魔熊ともども修練場に起居してもらっても良いのではないかとも思う。薄赤パーティは最終的に仕官の道を探っていたはずだ。リリアル領の領都に屋敷を与え、また、しかるべき役職を用意することでリリアル学院ではなく、リリアル副伯の家人となって貰える可能性もある。
「王都に戻ってから一仕事ね」
等と考えていると、見張から声がかかる。
「閣下!! 後方から速度を上げて接近してくるガリオンが見て取れます。どうやら私掠船のようです!!」
連合王国の私掠船に絡まれないように王国沿岸をわざわざ進んでいるというのに、彼女は心の中で舌打ちをしたのである。
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「追いつかれる時間は?」
「……今の風のままなら……一時間くらいでしょうか」
目視できる距離が数キロ、帆の数と船型、速度差から一時間と掌帆長は数字を割り出したようだ。
「どどど、どうするのだ副伯」
「迎え撃ちます。私掠船ですから、相応に戦闘員も資材も、資産も持っているでしょう。宝箱が迫ってくるようなものです殿下」
「……そ、そうなのか。わ、私たちは」
「操舵をお願いします。近衛は殿下の護衛を」
「「はっ!!」」
操船を王弟殿下とニースの水夫(騎士)に委ね、リリアルは戦闘体制に入る。突入組は彼女・伯姪・茶目栗毛の三名。薬師組は、見張櫓から狙撃するメンバーが二人、船尾楼から狙撃するメンバーが二人。船尾の二人は牽制、もしくは移乗しようとする敵船員を狙撃することが目的となる。
「これを渡しておくわ」
「……はい。お預かりします!!」
ラ・マンの悪竜を倒した『魔装笛』を船尾に位置する藍目水髪に渡す。薬師組で唯一魔力量中のメンバー。十分砲撃が可能だろう。
「並走されたなら、船尾楼にでも叩き込んでやりなさい」
「船首は駄目よ。拿捕して曳航するのに沈んじゃうから」
「「「拿捕……」」」
そう、今回は拿捕し、私掠船の性能を分析するために曳航し、王国へと持ちかえるのが目的だ。沈めてはいけない。
この場にいるのは王族とリリアル生とニースの水夫(騎士)。ガレオン船に詳しい者はいない。が、帆船であるならば、共通の弱点はあるだろう。
「教えて欲しいのだけれど」
「私がお応えできることであれば何なりと」
ニースの騎士に戦闘方法について教えを乞う。
「帆を張る縄を斬るのが一番ですな。その次に、可能であれば帆柱を圧し折ることです。帆が無ければ浮かぶ木の箱にすぎませんから」
大砲でも、船を沈める事は困難だという。木は水に浮かぶからであり、衝角で喫水線の下に穴を開ければ可能性はあるものの、帆船では衝角を装備する船は少ない。故に、機動力の源泉である『帆』を破壊することで機動力を奪い、移乗しての白兵戦で決着をつけることになる。
「船には、予備の帆柱も縄も帆も備えていますが、戦闘中にこれを即座に回復する事は出来ません」
「帆を燃やす事は?」
「潮風にしっかり馴染んだ帆は容易に燃えてくれません。団長の奥方様の『大魔炎』であれば別ですが……」
彼女の姉の得意技、巨大な魔力により形成されるただの『炎』の塊。無駄な技だと思っていたのだが、船を焼くという攻撃においては、火薬や油樽を積んだ小舟に火をつけ突入させる『火船攻撃』と同程度の破壊力を持つという。旗艦を単身襲撃し、撃沈することも可能な姉。聖エゼル海軍では軍神アテルナの化身と呼ばれているとか。随分と俗な女神である。
正直、無駄魔力を火力に替える『大魔炎』を彼女は使う事が出来ない。強制的に効率化されてしまうのだ。その昔の癖毛や黒目黒髪ならば用いることができたかもしれない。
「簡単よ」
伯姪が彼女たちの会話に割って入る。
「私たちで乗り込んで、縄を斬りまくる。帆を割きまくる。余裕があれば帆柱を斬り倒す。それでおしまい」
「移乗するのも、先生の魔力壁の踏み板があれば、一気に走り込めると思います。三人で制圧できるかどうかは不明ですが、動きを止めることは可能だと思います」
茶目栗毛も会話に加わる。動きを止め船上の敵を魔装銃で攻撃し、抵抗出来ない状態にして制圧するというのがこちらの被害もなく良い提案であるかもしれない。ある程度数を減らせば、降伏する可能性もある。
「それでいきましょうか」
いつもの展開に決まったのである。
点のような大きさであったガレオン船は既に握りこぶしほどの大きさにまで大きくなりつつある。速度を生かし、こちらの頭を押さえるように前に出ようとしているように見える。
こちらは、魔導推進を止め帆走だけに専念し、如何にも必死に逃げている風を装っている。既にリリアル銃手は配置についており、射程距離内に入れば、見張楼の二人が狙撃を開始する手はずとなっている。距離200mといったところだろうか。
「先生!!」
楼上の碧目栗毛が声を張る。彼女はひょいッと空中を蹴り、魔力壁の足場を駆け上がり楼上へと至る。その姿を見て甲板上から嘆息が聞こえる。
「何か気になる事でもあるのかしら」
「……何を最初の的に選べばいいか……確認しようと思って」
甲板には数十人の船員がいるはずである。その誰を狙えばいいのかというのは、確かに定めておくべきだろう。
「操舵手を狙ってちょうだい。それと。立派な帽子をかぶっている者が士官か船長クラスだと思うわ。操舵手をニ三人倒したら、次はその目立つ帽子野郎を狙撃して。生死は問わないわ」
「了解です!!」
殺す必要はないが、生かすために心配りする必要もない。頭に当たれば死ぬだろうし、胸や腹でも長くは生きられない。船長クラスであれば騎士や貴族の子弟の可能性もあるので、生かしてやらないでもない。その方が身代金の分ダメージを与えられる。
「王国とリリアルの旗を高く掲げよ!」
「「おう!!」」
掌帆長の号令で、帆柱に二つの大旗が高くはためいていく。帆にはリリアルの百合の紋章が大きく描かれている。どこからみても、王国の船であると分かっての襲撃となるだろう。
「どのくらいの距離に接近したら突っ込むの?」
伯姪が喜色満面とばかりに目を輝かせて彼女へと問う。
「人の顔が見えるくらいでいいでしょう。それと、魔装のフード付きマントを被って突入しましょう。銃撃除けと、正体不明の魔物と誤解させたいの」
魔装糸のフード付きマントを被れば、遠目にはレイスのように見えるだろう。それが海上を一直線に突き進んできたらどうなるか、相手の反応を想像し二人はニヤリと笑ったのである。