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第550話 彼女は『王弟用魔導船』の起工に立ち会う

第550話 彼女は『王弟用魔導船』の起工に立ち会う


「なに、三ケ月もあれば十分だろうて」


 老土夫の良く知る王都近くの船大工の棟梁。元々、王都は水運の要衝であり、船の製造管理に関しては相応の人材が揃っている。その昔、王都を流れる川を遡り海から『入江の民』の軍船が攻め寄せたことがあるくらいだ。


「随分と短く感じますが」

「材料は揃っているし、組むだけなら一月もあれば問題ない」

「その後、魔導船に加工するのに一月、試運転に一月。これは実際、外海に出して試してみなければわからないからな」


 リリアルの『魔導船』の話を聞きつけた王弟殿下御一行が、自分たちもと国王陛下経由で彼女のところに話が来ていた。因みに、聖エゼル(カトリナ)と聖エゼル海軍ニース用二隻も相談が来ている。


 カトリナは、トレノから海都国までの川筋の移動もできるサイズで、内海でも移動できるものを、ニースの軍船は今のガレー船に似たサイズで補助動力としてアシストする推力として魔導動力を追加したものを考えているという。こちらは、新造船を魔導動力を追加して運動性をたかめたものにしたいということだ。両方ともニース商会案件なので、姉が煩い。


 棟梁と老土夫、そして、試運転の魔力供給源になるだろう『癖毛』が話をする。彼女が考えていたサイズよりも幾分大きめの船をつくる事になりそうだ。


「あまり小さいと、時化の時に危険だからな」

「王弟一行を収容するとするなら、あまり小さいと問題になるだろ?」


 船体の大きさは波の無い川や湖と異なり、大きなうねりのある海であるなら船の運航に大いに影響を与えるのだという。


「浮かぶのが精一杯じゃ、魔導船にする意味がない」

「百人くらい乗れるのが理想だがな」


 その昔、彼女が連合王国から奪った『ガレオン船』であれば、百人くらいは余裕で乗るのだが、大きすぎる。また、彼女達のように常に魔力を育てている乗員がいる魔導船と、魔力量に不安のある貴族の子弟が魔力を供給する魔導船では、魔導動力の性能もある程度落とさねばならないこともある。


「王弟殿下用ですから、艤装も豪華にするのではないのですか?」

「王弟殿下が渡海に使った後は、王国海軍の旗艦に転用するとか聞いているな。なので、細長いガレオンタイプではなく、ある程度荷物がのる『キャラック』タイプにして、速度が落ちる分、魔導外輪による旋回性や運動性で効果的に戦闘する

事を考えておる」


 純戦闘艦であったとしても、王国の旗艦となるのであれば艤装は手間暇をかけるような気もするのだが。


「演習航海がわりに渡海させるようだな。実際、引き渡してから内装などは王家御用達の船大工が改修ということだ」


 船としての機能が十全に使えるかどうかを試した段階で引き渡して渡海。その後、王弟殿下の連合王国滞在中に王家御用達の船大工のドッグに収容して、内外装を王国海軍旗艦に相応しい仕様へと仕上げるということだ。


「迎えまで連合王国の港に係留するのも問題があるしな」


 小舟で上陸した後、本船は王国へと取って返す事になる。


「リリアルの魔導船は問題ないんだな」

「先日の湖でのテストの際は特に」


 老土夫は満足そうであるが、船大工の棟梁に不満げな表情が浮かぶ。


「おい、俺もその魔導船って奴の実物に乗せちゃくれねぇのか」

「……儂のものではないからな」


 棟梁が彼女の顔色をうかがう。こちらとしても、外海での試運転を行う予定であったこともあり、その事を伝え、予定が合わせられるのであれば同乗することを許可すると伝える。


 棟梁は快諾し、楽しみにしていると伝え作業へと戻っていく。


『どこからどこまで行く気だ?』


『魔剣』の言わんとする事は分かる。神国も連合王国も「魔導船」の存在を噂として把握しているが、王家の御座船として運用される川船仕様の初期型だと思っているはずなのだ。それが、外海でも航行可能な機動力と凌波性を有しているとなれば、相応に危険視されるようになる。


 特に、私掠船を運用している連合王国からすれば、私掠船を拿捕・撃沈するに十分な火力と運動性を有する「魔導船」が登場することで、私掠船の許可証を発行し海賊の上前を撥ねている女王陛下のお財布事情が厳しいものとなるのは言うまでもない。


「満潮時にルーンまで遡上可能になると聞いているから、そこから出て『カ・レ』

まで沿岸を航行してみようと思うの」


 彼女の魔法袋に30m級の魔導船が収容できてしまう故に可能な対応だ。王弟殿下の船は、最初から軍船用のドックで起工されているので、持ち運びできるわけではない。当然だが。


 誰を同行させるかと考える。連合王国に向かうメンバーのうち薬師娘二人は騎士学校なので参加できず、彼女と伯姪、茶目栗毛と赤目茶毛の二期生『ルミリ』は参加となる。冒険者組のうち魔導船の乗船経験少ない黒目黒髪と赤毛娘、船戦で重要となる火砲の使い手として魔力小組は参加させたい。


「冒険者組で帝国遠征に参加したメンバーは留守番にしようかと思うの」

『ま、妥当だな』


 青髪ペアと赤目銀髪は三期生の教官役として居残る事になる。もちろん、歩人おじさんもだ。


「帆走するなら、船員を何人か雇わなければならないわ。これも、要相談ね」

『ニースから紹介してもらうのが無難だろうな』

「身元も安心ね」


 おそらく、十五人前後が必要だろうか。長期の航海ではなく、また、夜間も帆走はしないが魔導外輪で進む予定であるからニ日で到着するだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王国の有名な造船所は内海に面した『トロン』に古くから存在する。先王の時代、サラセンのソロモン帝の艦隊が補給を受けに来たこともある。帝国との戦争中であり「敵の敵は味方」ということで協力関係にあったようだが、それはそれで問題視された。


 但し、サラセンとの共存路線も残すという視点から、王国は穏健派、帝国神国は教皇庁と共に強硬派という立ち位置となっている。ニース海軍は『聖エゼル』という建前で教皇庁と聖母騎士団に協力しており、ある意味王国の抜け道として機能している面がある。この辺り、先王と王太子殿下の思惑によるとされる。


 国王陛下? あまり関わっていない。ニース辺境伯に丸投げと言う噂もある。


 また、レンヌ公国にある『ブレス』の街に造船所を王宮の命により進めているのだが、まだ造船可能な状態ではない。ボルドゥにも造船施設があるものの、これはギュイエ公家の管轄となっている。


「アベルの造船所で起工するようね」

「懐かしいんじゃない?」


 その昔、ルーンでの依頼を受けた際、商人の護衛として立ち寄った事もあるルーンの外港である。街としては五十年ほどの歴史に過ぎないが、連合王国と深いつながりのあるルーンを外し、王家の影響下にある新しい街として建設された経緯もある。ドックもその一つの施設になるだろう。


 伯姪はもっぱらルーンの街を中心に活動していたので、初めての立ち寄りとなるだろう。


 起工式に立ち会った後、魔導船の外海試験を兼ねたカ・レまでの航海を二日の予定で計画している。姉経由で王都に聖エゼル海軍の水夫を十人ほど借受ける手配をしている。その答えを待って日時を決定することになる。





「これは良いものだ」

「……恐れ入ります殿下」


 起工式の立会に『アベル』まで向うことになったわけだが、彼女とリリアル生が帝国遠征で使用した川船サイズの魔導船で王都から向かうことにしていたのだが、聞きつけた王弟殿下が『同行したい』と申し出てきた。


 同乗するリリアル生は、彼女と伯姪、茶目栗毛に薬師組四名であったので、二人三人なら問題ないのだが、王弟殿下と川下りを楽しむつもりはない。


 妥協の結果として、ルーンからであれば乗せるという事にした。その程度の距離であれば時間も短く、護衛が少数でも問題ないだろうということであった。それ以前に、リリアルの魔導船を襲うような愚か者は、王国に既にいないと思われるが、王族の護衛というものは形式的なものであったとしても整える必要があるという事だろう。


 魔導外輪が水を掻く音に耳を傾け、自らの魔力を操舵を通して送り込み広い河口付近を多少蛇行しつつ海へと進んでいく。このまま川の真ん中を進んでいくと、沖へと流されることになりかねないのだが、推進力のある魔導船であれば、多少強引に動かす事も出来なくはない。


「自分の船があればな」


 王弟殿下は、海の向こうの新大陸に自分の国を建国してみたいという。その前に、学ぶべき事が沢山ある気がするのだが、そこに触れずに置こうかと彼女は考える。


「まずは、女王陛下とお会いしてみることですわね」

「……ああ。中々美人であると言うが……」


 女王就任直後は「妖精のようだ」と呼ばれるきつめの美人であったと思われる。母親は裕福な商人の娘で、姉は王国の宮廷にも出入りしていた侍女であったか愛人であったか。姉妹揃って美人であり、父親は娘を高位貴族と縁づかせようと金も手間も掛けて宮廷へと送り込んだ。


 姉は縁が薄かったが、妹は大物を捉えた。連合王国の国王陛下だ。そして、「王子を生みます」と言って愛人となったのだが、生まれてきたのが女児であった為に王とは疎遠となった。今では忘れ去られたことになっているのだが、今代の女王陛下は「庶子」とされていた時期があったし、一部の反女王派は「庶子に王位を継ぐことはできない」とか「簒奪者」と言う者もいる。


「宮廷の内外に友人を作らなければなりませんね」

「ああ、ウォレス卿が連合王国でも商売をしている王都の商人を何人か紹介してくれているのだよ。ミアンにも少なからず縁がある商人がいるので、その辺りからあちらの社交界にも喰いこむつもりだ」


 ミアン周辺を新しい領地として『公爵』を賜る予定の王弟殿下であるが、その地は最近まで連合王国の影響下や占領地であった都市もある。また、ランドルと連合王国は古くから繋がりがあり、ミアン周辺もその影響を受けている。


 王弟殿下を中心に、王国内に原神子派の貴族・商人を集め、王国内に一定の影響力をもたらそうとしているのが連合王国の宮廷の思惑か、ウォレス卿個人の裁量なのか。それは今だ解らないが、行動としては王弟殿下を担いで王国を二分させようとしているようにも見て取れる。


 そのつもりで、宮中伯辺りが急遽王弟殿下に様々な実務的権限を与え、また、公爵としての体面を整えようとしているのではないかと思われる。表向き、王太子の成人をもって、王弟殿下が公爵位を賜るということになっているのだが、要は不満分子を集める疑似餌のようなものである。


 なので、「建国したい」などと少年のような夢物語を語っているつもりでも、聞く人間や解釈によっては「叛意有」と取られかねないのである。それが証拠に、側近二人の騎士は、嫌そうな顔をしている。





 王弟殿下が座乗する未来の王国海軍旗艦は、王妃殿下の命名により『ロゼ・ド・ロイ』と名付けられた。王の薔薇ほどの意味らしい。薔薇は『連合王国王家』を意味する時代があり、ロゼは赤と白の混ざった色。連合王国は白薔薇と赤薔薇の紋章を有する家系が長く争った時代があり、その生き残りの末裔が今の女王なのだ。そんな名前の船を差し向けるというのは……そういう意図がある。


「王の薔薇の名を冠した船を連合王国に差し向けるなんてね」

「女王陛下はほら、いろいろあるからね」


 辺境の小国の女王として、なんとか生き残りを模索しているといったところだが、神国・北王国と係争中であり、王国とも潜在的には敵対している。ランドルが衰退しネデルに商業の中心が移った故に摩擦は減っているが、十年ほど前までは「戦争中」であったのだから、王宮にも王国内にも敵対していると考えている人間は相当多い。


 街や村を破壊され、戦場とされた都市だってかなり多い。百年戦争以前においても、尊厳王と英雄王・愚昧王の時代においてもロマンデやギュイエで散々に戦っている。『敵国』として王国内に侵攻したことのある国は、彼の国だけであり、それだけ恨みつらみは積み重なっている。


「王弟殿下は上機嫌だけどね」

「大きな船ですもの。だから、魔導船としての性能はかなり低下するわね」


 魔導の水車で得る推進力の能力は、水車の性能に依存する。その場合、大きくすればその分魔力を消耗し、また、未使用の際にはデッドウエイトとなり、船の運動性能や積載性能を低下させることになる。


 また、魔導船の性能は初期の『川船』の仕様であれば、彼女でなくとも使用できる性能であったが、30m級のキャラベルに使用したそれは彼女の魔力量と魔力操作を前提とした仕様となっている。仮に、同性能のものを『ロゼ・ド・ロイ』に装備したとして、長時間運用する場合、王弟殿下と同程度の魔力量の者が数人搭乗する必要がある。王弟殿下は王太子殿下の数分の一程度の魔力量と操作精度なので、帆走できない際の非常用推進とするほかない。


 連合王国に向かう際には、王家から数人の宮廷魔術師が推進剤がわりに乗る事になっている。が、これも、王弟殿下を送り届けたなら即座に戻る予定となっている。


「帆走で10ノット、魔導推進で3ノットくらいになるみたいね」

「随分と遅いのね」

「ガレー船に比べれば継続して運動することができる分、有利ではあると思うわ」

「それはそうね。あれは、精々小一時間ですもの」


 ガレー船は確かに風の力を使わずに櫂で漕ぐことで移動できるものだが、それでも帆船同様に帆が付いている。これは、非戦闘時は帆で移動し、また、無風状態の際か戦闘時には櫂で漕ぐことで風の影響を受けずに動くことができるという事を意味している。


 魔導船は、漕ぎ手無しで同じことができるのであり、人が減る分食料の消費も減る分長い時間航海に充てることもできる。帆走とガレー船の長所を兼ね備えた理想の艦船である。ある意味、海上の『魔導騎士』のような存在になるのではないかと彼女は考えている。


「大砲も積むのよね」

「ガレオンに近い船型ですもの」


 起工式を終え、ドックの船台に竜骨が組まれる『ロゼ・ド・ロイ』を見ているのだが、恐らく最大クラスの60m級になるのではないかと考えられる。


「神国の被害が大きいのだけれど、王国も私掠船の被害が全くないわけではないのよね」


 私掠船とは、公認海賊のことであり、海上の傭兵と考えることができる。商船を襲い略奪した商品の半分を免状を発行した者に進呈することで庇護を得ることができると言うものだ。オラン公も発行しているが、多くは女王陛下の発行したものであり、連合王国籍の私掠船が多い。


 王国も対抗上発行しているものの、獲る分より盗られる分の方が余程多い。

「脅しの意味も込めるんでしょうね、この船の首都リンデ寄港は」

「遡行も魔導船なら簡単だからね。何かあれば、大砲を目と鼻の先からぶっ放してやろうじゃないってところね」


 リンデは王都同様、川のほとりにある港湾街から発展したものだと言える。つまり、川沿いに街が発展しているのであり、船で攻撃するのなら容易に破壊できると思われる。


 硬軟両様の作戦で連合王国に向かうのだが、王弟殿下はその辺りに気が付いているのだろうかと二人は疑問に思うのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 試験航海…。 『彼女』の引きの強さなら、蛇(竜)が出ても鬼(日によく焼けた赤ら顔の海賊)が出てもおかしくありませんね。 竜とは何かとご縁があるようなので、リヴァイアサンとエンカウント?
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