第51話 彼女はブルグント公爵に依頼される
第51話 彼女はブルグント公爵に依頼される
ブルグント公爵家、いわゆる百年戦争以前、王家に臣従しているとはいうものの、その領地は帝国との境目を広く領有する同輩公の家柄であった。
彼女の祖先である辺境伯家の庶子の令嬢の出身であるランドル辺境伯はブルグント公爵家の支族にあたる。王国の貴族は、どこかで婚姻関係がある為、直系が死に絶えた場合、継承権の高いもの同士で争いになり、周囲の思惑を巻き込みながら戦争になることはよくあるのだ。故に、戦争がなかなか無くならない時代が続いたのである。
王国は現在の王家が有力な貴族と婚姻を結びつつ、王家に吸収してきた歴史があり、少し遡るとライバル多数であり、かなり遡ると王家より強力な同輩公だらけである時代が長くあったのである。
とはいえ、現在のブルグント公領は王都の東の部分のみであり、他の元領土は帝国の一部として残され別の家系が領主をしているので、往時ほどの勢力はない。王国と連合王国の第三勢力となるほどの……である。
その場所は、王都の一角にある貴族の別邸区画。領地を持たない王都に常在の貴族たちとは別にあり、領邦に城を構える上級貴族の王都での活動拠点である。イメージとしては「大使館」に「ホテル」機能が付加されたものを考えてもらえると近いと思われる。
「久しぶりだな、元気か」
「貴様こそ、まだくたばっておらんとは」
「お前の死に顔を見て笑うまでは死ねん!」
「なにを! 貴様が先に死ぬのだ。そのひょろっとぽてっとした体では長生きできんぞ!」
「馬鹿を言うな、年寄りの冷や水もたいがいにせい。それより、連れを紹介せんか」
見た目のイメージとは異なり、公爵様はジジマッチョよりの方らしい。大貴族って、もっと偉そうなんじゃないのかと彼女は思ったりする。
『前伯様も大貴族だし、VIPだぞ、王国にとってはな。忘れんじゃねえよ』
脳筋なじい様だと勘違いしてしまいがちなのだが、ニース辺境伯家は同輩公となっていないものの、扱いは同輩公のそれなのである。境目の領主というのは王家と同格扱いされることが多いのだ。
「この度は、ご指名いただきまして大変恐縮でございます」
「……この娘さんが……『妖精騎士』なのか……役者より美麗ではないか!」
ふんふん、と興奮気味なのでちょっと後ずさりたくなるのである。今日は、いわゆる貴族の娘姿なので、冒険者らしくないことも影響しているのである。
「はっは! この姿で、わしとタメを張る強さだからの。安心してよいぞ」
いや、剣士・騎士としては足元にも及ばないのだが、何でもありなら彼女もそこそこ……いやかなり……すいません、相当強いのである。
「山賊三十人斬りも伊達ではないということだな」
ニースへの行きがけの駄賃とばかりに討伐した(多分傭兵の)山賊の件は、『妖精騎士の三十人斬り』という芝居になっており、殺陣が斬新で大層評判なのだ……ワイヤーアクションなんてしてないよ今回は。
「護衛の皆さんと姉の魔術のおかげで、私はその舞台を準備しただけなのです」
「ふむ、それが貴族の仕事じゃろ。なら、今回の件も安心して任せられるというものだよ」
公爵閣下は、脳筋冒険者ではなく、ある程度捜査のできるものを送り込みたいのだと、彼女は理解した。
「今回の探索は、我が公爵領での山賊被害の抑制のための調査……と可能な限り討伐だな」
執事が、冒険者を待たせている旨を伝えてくる。既に、薄赤の二人は待合で待機中なのだそうだ。
「では、ここでは何なので、執務室に移動するかの」
サロンではくつろいでしまうし、酒が飲みたくなるからなとばかりに、公爵閣下は席を立つのである。
執務室は、公爵家の王都での「大使公室」のような扱いであり、商談や契約の締結のような大切な話もできる席が設けられている。なにより、別邸の最奥部であり、セキュリティーも高度である為だ。
山賊による被害状況の調査、ディジョン(公爵領の領都)の公爵家騎士団の討伐内容などに関して一通りの説明を受ける。
「……以上だ。シャンパー家は親族であるし、逃亡方向とは逆の領地故、山賊は間違いなくヌーベ領から侵入してくると考えられる」
「厄介よの。わしの若い頃の法国兵の山賊を思い出すな」
ニース領は領都が国境に近く、それほど警戒線の設定に苦労はしなかったようなのだが、ブルグント領の領都は東寄りであり、ヌーベ領とは西端を接している。さらに、二つの大きな川の水源となる広い山地を挟んでおり、追跡は困難を極めているのである。
「大規模な山狩りをしても、ヌーベが協力せんから逃げられるのだ。それに、山賊の装備に対応できる軽装の騎士も……おらんのだよ」
「いままで、冒険者に依頼は出したのか?」
「ああ、領都のギルドで腕利きのパーティーに依頼したんだが……死体で発見されてしまった」
あの三十人の山賊規模で、普通のパーティー数人では全滅必至だろう。冒険者と山賊……傭兵では、対人戦闘は傭兵が圧倒的に有利だ。
「非正規戦を仕掛ける方が良いでしょう」
アム=魂の騎士が声を上げる。会議が始まる時点で、依頼人と冒険者という関係で、公爵位は考えなくてよいと言われているので直答だ。ちなみに、前伯は「いまは無職の老人」と言い放っているので問題ない。
「幸い……私を含め女性が複数おります。旅の行商人とその護衛、そして、一人旅を避けるために同行する修道女辺りに変装するのです」
「私、修道女に化けますわ」
「……では、街娘に仮装いたしましょう」
「なら、俺は行商人だな」
伯姪、彼女、薄赤野伏が言葉を続ける。王都から行商人姿で移動し、情報収集がてら宿泊しながら、事件の多発する場所に移動する。恐らく、山賊は斥候を出しているか、情報提供者をその周辺に確保しているので、同じように襲撃が行われる可能性が高い。
「ならば、馬車はこちらで用意しようか」
「いえ、王都にも情報を提供している者がいる可能性がありますので、この依頼とは別の依頼を商業ギルド経由で出していただけますでしょうか」
「……どういう意味だ」
彼女は本来、薬師として商業ギルドや冒険者ギルドに出入りしていたのである。故に、「山賊被害で薬不足の街に王都から薬師を派遣したい」と依頼を出せばいいのである。
「見た目は街娘の薬師、中身は……辺境伯最強騎士と対等の冒険者か。面白いではないか」
「ふむ、わしも……」
「お前が出張ると仕掛けがぶち壊しになりかねんから。本拠地強襲まで大人しくしていてもらおうか」
「……必ず呼べよ」
「王都で冒険者登録しておけ。指名依頼してやるわ」
なんだかよからぬことを考えている爺どもである。
「それに、馬車を調達したなら、終わった後はリリアル学院に寄贈しようかと思うのだ。それに、馬の飼い葉代も毎年寄付させてもらえるだろうか」
思わぬ公爵閣下の申し出に、彼女は「是非に」と答えるのであった。
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計画としては、山賊の襲撃場所で一旦襲撃を受け、捕縛される。その上で、拠点まで連れ去られることで、潜伏先を特定し討伐する……という段取りを考えたのだが……
「男が殺されそうだな」
「殺すだろ」
「死んじゃうぞー」
女の場合、自分たちの楽しみであるとか、人身売買でいい値段が付くだろうが、女を黙らせるために、男の護衛や御者を見せしめに殺す可能性もある。というか、抵抗されると困るので、殺す可能性が高い。
「……気配を消せる二人が捕縛される。薄赤メンバーは、戦闘を行い、そのまま山の中に逃げ込む……ではどうでしょうか」
「なるほどな。あとを追いかけてきた山賊を皆殺しにして、その後、拠点まで追跡する……という感じだな」
「悪くないわね。魔力を使えば大抵の拘束具は破壊できるし、護身の問題もないもの。それが妥当ね。囚われの修道女……悪くないわ!」
どうやら、『妖精騎士』に対抗して『姫騎士七変化』なる企画を提案しているらしい伯姪なのである。スピンオフ? そんな言葉が頭をよぎる。
「いまのところ「侍女」に「女学生」と「修道女」になりそうね。あと四つ、考えなくっちゃ!」
「……七変化って八百万みたいな意味だから、数にこだわる必要性ないのに」
彼女は、伯姪が残念な子であることを薄々感じていた。
「王都から南都方面の行商人や隊商の噂に関しては、二人に探ってもらっているから、後で冒険者ギルドで落ち合って摺合せしたいところだな」
以前から、護衛に関してはかなりの数受けている関係で、薄赤パーティーは知り合いの商人や下位貴族が多い。正確か否かはともかく、意図的に流されている偽情報含めて収集する必要を感じていた。
「あまり派手にやれば今回みたいに、商人自体が行き来しなくなるしな」
王都からブルグントへ向かう最短ルートは、以前、彼女たちがニースへ向かう山地を越えるものなのだが、今回の一件で東に大きく迂回して南に下るルートがメインになっている。
遠征先を変えるか、しばらくほとぼりが冷めるのを待つか検討中といったところだろうか。
冒険者ギルドの会議室を借りて、薄赤戦士、薄黄剣士と合流し、情報収集の結果を確認する。
「いまのところ、ブルグント領の村を襲撃するまではいっていないようだな」
商人はルート変更して遠回りになっている分を価格転嫁しており、ブルグントでの物価は上昇している。とはいうものの、村落は基本自給自足であるため、薬・ポーション以外は困っていない。
「王都からも出荷を増やしているけど、輸送費が上がっているのと買い占めもあって、あまり芳しくないな」
「薬師と行商人ってのは良いマッチだと思う。それと……」
ブルグントの領都ディジョンの情報収集が必要であるということなのだ。
「情報提供者を王都では絞れなかったんだが、ディジョンで王都方面に向かう安宿に怪しいところがあるようだな」
「こちらの資料にもある……ここだろうな」
馬車も預けられる割に、安い宿があるのだ。普通、隊商のように馬を同行させる場合、馬小屋が付属する宿屋は割高なのが当然なのだが、不思議とそこは周辺の馬小屋なし宿と同程度で、食事などの内容も
良いのだという。
「評判のいい宿屋……疑うのは心がとがめるけど、怪しさ満点ね」
伯姪曰くである。笑顔で騙すのがプロの仕事なのだという。商品があれば商人、なければ海賊の文化圏は考え方が王都と違う。薄赤戦士が続ける。
「王都の冒険者ギルドにも商人の護衛の依頼は存在するが、山賊の出没するエリアではリスクと依頼料のバランスが取れていないので、放置されている感じだ」
「そもそも、そんな危険な場所に行かねばならない商人って……」
『薬師ギルド経由の依頼だろうな。本来なら、騎士団が護衛についてでも実行すべきだが、王家の領地じゃないところは、依頼出すしかねえんだろ』
魔剣の言う通りだろうし、薄赤メンバーも同意する。先ほどの公爵家での話の流れで依頼を受ける形になるだろう。
「依頼が来るのは『サンタンドッシュ聖堂』のある街になりそうだな」
前回のルートからさらに西に外れた街ソーリー。一旦、ディジョンまで迂回してそこからソーリーへの脇街道を移動することになる。山賊の出没エリアに一部重なっているので、行商人が行きたがらないので物不足になりつつあるようなのだ。
「行に襲うより、街で換金されたものを狙うだろうな」
「それはそうね。金と女が手に入るのだから、売却に手間がかかる商人の荷物を奪うより効率的だわ」
つまり、薬師ギルドから受注する分、依頼の半分は達成確実である。とはいえ、売上を納めるまでが依頼なのであるが。
「あのさ、俺、思うんだけどさ……」
薄黄剣士が珍しく割って入る。何事かと話を則す。
「ヌーベって、ロワレ川の上流だろ? 河口の公都の人攫いと繋がってる奴らがいるんじゃねえの」
ロワレ川の最上流はヌーベ公領なのである。そこから商人に紛れた人攫いが川を下り、旧都やトールを経由して……公都の仲間と取引をする。つまり、公都の人攫い一味は文字通り、川下であり、人攫いの本命は川上のヌーベにいる可能性がある。
「公都の騎士団に、王妃様経由であの時捉えた人攫いどもの供述調書の写しを大公家に依頼してもらうのはどうかな」
伯姪曰く、王都でも類似の事件があり、捜査するための情報交換をお願いするという態で話を通したらどうかと言うのである。
「治外法権のヌーベ領主導なら、捜査が行き詰まるのは当然かもしれないわね。この仮説を伝えて、捜査協力……というと、騎士団が良い顔しないんじゃないかな」
女僧は騎士学校での体験から、心配そうに意見をする。多分問題ないと、他のメンバーは判断しているのである。
「あの騎士団長なら、二つ返事で丸投げするな」
「するする、めんどくさいことは他のできるやつがやればいいくらいの感じだ」
「騎士団の幹部は、割と柔軟だぞ。護衛隊長なんて、ひどかったよな」
王女殿下の護衛、目立つ仕事は彼女たち冒険者枠で処理し、裏方に徹した護衛隊長も、見方によってはさぼりとか責任放棄と受け取られかねないギリギリの線で動いていた気がする。というより、魔物討伐は冒険者の仕事だからしょうがない気もする。
「では、王妃様に人攫い組織に関しての調査に協力を依頼するという
ことでよろしいでしょうか」
彼女はパーティーメンバーの承諾を得ると、ひとまず、ブルグント公爵と前伯に人攫い組織の推理について説明することにした。その上で、王妃様にはしばらく学院を留守にするので、監督者を誰かにお願いしたい旨、相談することにしたのである。




