表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
589/988

第549話 彼女は『バン・シー』命名に立ち会う

第549話 彼女は『バン・シー』命名に立ち会う


 苗木の世話をするのは『アルラウネ』……ではなく、三期生の中でも年上のアンネ=マリアと公女マリアである。


「ふふ、葉が元気になりましたわ」

「しっかり根付いたッポイね」


 アルラウネから少し離れた森に近い日当たりの良い場所に、『バン・シー』の木箱を根元に植えた(ALDER)を植えている。


 まだ子供の膝ほどの高さであるが、一年もすれば子供の背の高さほどには大きくなると思われる。薬師の祖母とともにロックシェル郊外の森で暮らしていたアンネ=マリアにとっては、良く見た光景でもある。


 大きな木が切り倒された後、その空白地には沢山の若木が生えてくる。その中で、鹿や猪が食べ損ねた生き残りが大きな木へと育っていくことになる。


「名前を付けたいですわね」

「いいねそれ!!」


『榛の木』というのは沢山あるし、『バン・シー』というのも異国の精霊の名であり、種類の名称でもある。女の子とか王国人みたいなものだ。


「いい名前があれば、二人で考えて付けてもいいのよ」

「「……あっ!」」


 様子を見に来た『彼女』は、その話を耳にしてなるほどと思い、その場で二人に決めてもらう事にした。


「あの……」

「何かしら?」

「ネデル語でつけてもいいですか?」


 ネデル語は海を挟んだ連合王国に近い言葉を話している人々の言葉である。帝国からネデルを通って海を越えて連合王国の島へ移った人々の言葉であると考えられており、外海の両岸で似た言葉を話す人がいるのだ。

 王国語は古帝国語の流れを汲んだ言語であるから、元蛮族の言語とは

かなり異なる。とはいえ、王国の公爵であった者が海を渡って蛮王国を築いたこともあり、政治や経済に関する言葉は王国語語源の者が多い。それはそうだろう、貴族は皆元王国人であったのだから。


 王国語でない、かといって連合王国の言葉に近いがそのものではないということで彼女は二人の提案を了承する。


「榛の木は、ネデル語で『エルス(els)』と言います。エルスちゃんではどうでしょうか」

「アールダよりもずっと人の名前らしいですわ。わたくし気に入りました」

「では、エルスと呼びましょう。二人から、学院生のみんなに伝えてちょうだい」


 こうして、院長から名前付けを委ねられた世話役二人がつけた名前ということで、『バン・シー』がたぶん宿る木である『榛』は『エルス』と名付けられることになった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「先生、榛の木なんですけど」


 アンネ=マリア曰く、『榛』は湿地に良く育つ木の種類であるので、用水路や小川の周囲に植えることが多い樹種なのだという。


「養殖池の周りに植えたらどうかなって」

「それはいいわね。根が張り巡らされれば大雨で土手が崩れる事も防げるでしょうし」

「なにより、養殖池に流れ込む落ち葉や虫が餌になるからね!」

「そうなんです。今のツルっとした池よりも、日影ができて夏は過ごしやすい場所になると思います」

「「なるほど」」


 水辺は涼しいものだが、木陰があってこそだろう。そういう意味で、木を植えることは二重に喜ばしいかもしれない。


「まあ、ちょっと景観が変わるけど」

「視界が悪くなる分、精霊や学院付きの魔物たちが警戒してくれるでしょうから問題ないわよ」

「それもそうね。そもそも、王都の周りから魔物がいなくなっているものね」


 ゴブリンや魔狼の存在が王都近郊から見られなくなって久しい。時に紛れ込む事が無いではないが、以前の比ではない。ワスティンの森までいけば相応に見かけることができるのだが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 養殖池の周りに植える『榛』を調達するため、彼女と伯姪、そして二期生、三期生の年長組とで森に入ることになる。


 三期生の年長組は公女マリア十三歳とアンネ=マリア十一歳に、暗殺者養成所からの移籍組の十歳、アグネスとカル(魔力有)、ベルンハルトとドリス(魔力無)の六人となる。他の子は七八歳となり、森歩きを大人同様させるのは難しい。十歳組と公女マリアが同じくらい、薬師見習のアンネは森歩きになれているので、魔力の使い方含めて二期生並みかそれ以上とみられている。


「さて、苗木探しか」

「足元ばかり見ていると頭上がおろそかになりますよ」


 先頭を歩くのは碧目灰髪の『ヴェル』と碧目銀髪の『ブレンダ』。魔力は少ないながらも、ヴェルは二期生の女子の中では剣の扱いにたけている。ブレンダはおっとりタイプだが、そそっかしいヴェルを良くサポートしている仲良しコンビだ。


 その後ろを二期生男子二名、銀目黒髪の『アルジャン』と灰目灰髪の『グリ』が警戒しつつ周囲を観察している。アルジャンは一期生と武器の鍛錬を行うほどであり、王都組二期生の中で最年長。グリは十歳ではあるが小柄で幼い印象であり、中身も相応に幼い。いままではそれで通用したが、三期生の七八歳が大勢入ってきたこと、今回同行している三期生の同年齢の子供たちより出来がいまいちよくないという事で、若干落ち込んだり拗ねたりしているようである。


 つまり、リリアル開設当時の『癖毛』みたいな印象となっている。冒険者として活躍するようなタイプではなさそうなので、老土夫と癖毛に預けるのも一つの判断になるかも知れないと彼女は考えている。


 二期生のサボア組三名は今回は三期生年少組の面倒を一期生と共に見ているので不参加。赤目茶毛『ルミリ』と茶目黒髪『アン』が三期生に混ざってワイワイと歩いている。二期生の女子はさほど森に入るような事が無いので、一期生の薬師組に話に聞いていた『探索』に参加して期待半分恐怖半分といったところである。


 三期生は最低限の装備であり、アンネ=マリア以外は自衛の魔力壁の展開もできない。また、公女マリアは短時間の気配隠蔽迄であり、二期生も同程度が精々となっている。結論的に言えば、通常の探索とはことなり、彼女と伯姪が魔力走査を用いて周囲を警戒し、危険度が高ければ事前に討伐をし、低ければ研修がてら二期生に討伐を経験させるつもりである。


 アルジャンは一応、ネデル遠征にも参加しているので、討伐自体の問題はないだろう。三期生も養成所での訓練を積んで「見込み有」とされた者が十歳の四人であるからこれも問題はない。むしろ、二期生のグリたちの方が経験不足だと思われる。


「あ、猪の足跡です!」


 アンネ=マリアが指摘し、公女マリアが興味深そうに足跡を確認する。そして、それを三期生たちがそれに続いている。


「結構大きいです。リリアルの魔猪と比べれば大人と子供ですけど」

「あれは大きすぎる」

「まるで小山のようですわ」


 猪の群れを率い、リリアルの周囲の森の警邏を行う『魔猪』は癖毛の子分であり、リリアルのメンバーと数えられている。小屋ほどもある魔猪とくらべれば、どんな猪でもそう大きくはない。


「これ、どのくらいの大きさなのかな?」

「さあ、わたしも猟師の人ほど詳しいわけではないので何ともですけど、普通くらいだと思います」

「普通って?」


 カルがアンネに踏み込んで聞く。赤目銀髪ならば相応に詳しく説明できたかもしれないが、この場にはいない。


「そうね、昔リリアルが冒険者ギルド経由で受けた猪討伐の時に仕留めた猪の大きさなら、1.5mくらいの大きさで体重は100kgというところかしら」

「「「結構大きい……」」」

「大きいわよ。それに、走るスピードも馬並みだし、頭も大きくてかなり怖い存在よ」


 と、彼女と伯姪で少々脅かしてみる。実際、あの頃のリリアルでは、討伐をするのに『魔力壁』で抑え込んで槍で突いて仕留めるしかなかった。今なら魔装銃で仕留める事も出来るかもしれないが。


「大丈夫よ。これだけ大勢の人間がいれば、避けるでしょう」

「熊は?」


 王国周辺だと西の大山脈、大山脈周辺から沼国や法国の山間部に生息している大きな種類がそれなりに生息している。が、野生の熊は王都周辺には出ていない。山岳地帯でないというところがあるだろうか。


「確か、ネデルでもデンヌの森の大山脈に近い方には大きな熊が時に出没したと聞きます」

「今は出ませんよ! 少しは住んでいるでしょうけれど、人間がであったり襲われたりしたことは私が生まれてから聞いたことはありません!!」


 公女殿下の情報を薬師見習が補足する。だがしかし……


「サボアも山国に近い辺りには出るわね」

「そうそう、私たちもサボアで依頼を受けて討伐したことがあるわ」

「「「「すげー」」」」


 魔熊使いの『メリッサ』と出会い、一部の熊は討ち果たしたのだ。そろそろサボアでの契約も終わる時期なので、連合王国から戻ったなら一度連絡をとり、リリアルに招待する約束を果たしたい。その時、魔熊は魔装馬車でこっそり移動させた方が良いだろう。あまりの大きさに、見れば騒ぎになりかねない。


「でも、可能性としては……」

「人為的に放たれた戦闘用の熊であれば、人を襲うかもしれないわね。でも、魔力があるモノは私たちでチェックしているから、狼くらいね心配なのは」

「「「「狼……やばい……」」」」


 子供一人で森の中を歩き、飢えた狼にであったなら危険だと思われるが、狼は犬より強力だが大勢の人間のいるところに襲い掛かったりすることは考えにくい。これが『魔狼』やゴブリンが飼っている場合は別だが。


「これ、狼の糞ですね」

「……え……」

「あ、危ない?」

「縄張りの中に入っているようね。一人ではぐれなければ大丈夫。バディを守って移動するように」

「「「「はい!!」」」」


 アルジャンとグリ、公女とアンネのように二人一組で行動させているので、勝手なことをする者がいなければ危険はうんと少ない。今回、そういう意味ではしっかり者のメンバーばかりなので問題は起こらなさそうではある。


「ゴブリンは本当にこの辺りにはいなくなったのね」

「ワスティンくらいじゃないの? 騎士団の巡回の効果ね」


 彼女がまだ駈出しの薬師であったころ、王都近くの森の中にもゴブリンや狼がよく出没していた。『気配隠蔽』で姿を隠し、一人で薬草を摘みに森へ入ったことを思い出す。あの頃は、普通にゴブリンが出ていたし、魔狼すら王都の目と鼻の先に出没し、街道の安全も十分ではなかった。


 それ故、王都の冒険者にはそれなりの仕事があり、魔物狩りや商人の護衛などで引っ張りだこであった。それから数年、騎士団の巡回が増え、王都周辺の街道の安全が確保され、ゴブリンの討伐も進んだ結果、王都の冒険者はロマンデやレンヌ、王国南部へと移動する者も増えて行った。


 騎士団に加わり、職を変えながら魔物狩りを続けるものや、商人に雇われ専属の護衛となる者もいる。とはいえ、平和で安全であるがゆえに、王都の冒険者ギルドは暇になってしまった。その一端に彼女たちの存在があるという事も事実ではある。


「……いるわね……魔物」

「そうね。数は……二体。移動速度からすると、ゴブリンかな」

「そうね。いなくなったものだと思っていたのだけれど、まだこの辺りに出るのね」

「どうする?」


 伯姪は彼女に「やらせてみたら」と提案する。二期生の六人で二匹のゴブリン

であれば難しくないだろう。


「二期生、この先にゴブリンらしき魔物が二体いるのよ。六人で討伐、やってみなさい」


 伯姪が二期生に討伐指名を行った。今日の装備は、スクラマサクスと、男子二人がバックラーを装備している。一人が動きを止め、一人が攻撃すると言った形で十分討伐できるだろう。能力的には『アルジャン』一人で討伐可能なレベルだが、二期生の連携を確認したいためだ。


「えっ」

「わ、私たちでですかぁ……」

「自信ない」


『アン』『ブレンダ』そしてまさかの『ヴェル』までが否定的な言葉を口にする。どうやら、二期生は一期生の中に組み込まれてある程度討伐経験をするのだと思っていたらしい。


 正直、一期生の冒険者組に入れても何の経験にもならない。既に王国の騎士となり数々の討伐経験を重ねた一期生メンバーに二期生が加わっても、何の仕事もさせてもらえないだろう。そう思っていたとするならば、少々彼女が不在のリリアルで何をすべきであったのか理解させておくべきであったと反省せざるを得ない。


「院長と私で討伐してしまっても構わないんだけど」

「……あの、俺達にやらせてもらえませんか?」


 三期生の魔力持ち『カル』が割って入る。体格的には二期生女子と同程度、グリと同じ年ではあるものの、頭半分は背が高い。細身だが締まった体をしており、既に少年と言って差し支えないだろう。


「どういう意味かしら」

「私たち、組んで一斉に襲い掛かる訓練もしているんです」


 栗毛のドリスがそう補足する。魔力の有無にかかわらず、一人を多数で襲撃する状態を想定し、男女関わらず人を入替え乍ら様々な条件で襲撃演習をこなしてきているという。


「思った以上に実戦的ね」

「はい。魔力無のメンバーが残っているのは、目くらましや囮要員としてなんです」「「ああ……」」


 彼女も伯姪も納得する。魔力無メンバーが討取られている間に、魔力有の能力の高いメンバーが襲撃目標を殺し任務を達成することになるのだろう。襲撃者をある程度討伐し、油断したところで魔力持ちが本命を殺すという事になる。犠牲前提の包囲陣だ。


「得物は何を希望かしら」

「俺とベルにはショートソードとバックラー、女の子にはショートスピアを用意できますか?」


 彼女は魔法袋から、リクエストの装備を取り出して渡す。ショースピアを握る『アグネス』と『ドリス』はシュッシュッと槍を扱き、感触を確認している。カルは剣をクルクルと回し、剣の重心を確認している。


「これ、馴染みます」

「ワルーン剣ですもの、あのあたりの市民兵の標準装備だと聞いているわ」

「これ、良くできてますね。いい剣です」


 ネデルの歩兵が装備する片刃曲剣。ショートソードとしては小振りなものだが、十歳の子供にはやや大きいが十分使いこなせているように見える。


「いくぞ!」

「「「おう!!」」」


 四人は剣士を前衛にしてゴブリンに向かう。襲い掛かるゴブリンを盾でいなし剣のバインドで動きを止めたところを背後から心臓の辺りを正確な刺突であっという間に討伐する。


 今回の採取での成果は、三期生十歳組は一期生の一年目よりよほど優秀で、三期生四人で組ませるのは悪くないという事である。可能性としては薬師娘二人に三期生四人を加えたパーティーもありと思われる。


 二期生は、討伐についてはワスティンで重点的に経験を積ませる必要があると思われる。つまり、課題が盛りだくさんと言う事である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >彼女がまだ駈出しの薬師であったころ たった五年に満たない期間で王都の冒険者を取り巻く環境は激変しましたね。 王都近郊の森では獣大繁殖?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ