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第548話 彼女は『納骨堂』ではないどこかを考える

第548話 彼女は『納骨堂』ではないどこかを考える


 アルラウネと『バン・シー』について話をしたものの、やはり、その家の守り神的な精霊であり、屋敷森の木に宿る精霊の一つではないかという話までしか解らなかった。


 誰がどこから持ち込んだのかという事が一つある。修道騎士団の残党が舞い戻り、占有している王太子の近衛に仕返しをしようと『バン・シー』を送り込んだのだろうか。御神子教の熱心な信者であろう、修道騎士団の残党、恐らくは北王国の修道士か、その系譜である『自由石工』のメンバーが、精霊を利用したそのような行為を行うとも思えない。


 聖遺物を用いた破壊工作のようなものだからだ。植樹の終わった彼女と伯姪が、再び、納骨堂について考えている。


「やはり、連合王国の原神子派の連中かしら」

「それってずばり、ウォレス大使一派ってこと?」


 ウォレスは『賢者』、すなわち、連合王国の魔術師集団の一人であり、原神子原理主義者であるとされる。王都の中でも因縁のある旧修道騎士団王都管区本部で王国の貴族子弟が事件に巻き込まれ不慮の死に至れば、王家の統治に対する不信不満を感じさせるきっかけとなるだろう。また、修道騎士団後の宗教施設での事件発生であり、王太子宮自体の解体を要求する声を高めることができるかもしれない。


 リリアルの塔の建設を進める背景には、王都内の不穏な動きを抑制する武力装置とてリリアルが駐留するという姿を見せる意味がある。しかし、王太子宮に近衛騎士団が連隊の一部を率いて駐屯するという行動の余地が無くなれば、リリアルの塔を建設しても追いつかない戦力の空白が生まれる。


 過去の城塞とはいえ、聖征の時代において武勇を誇った騎士団が建設した王都の城塞が暴徒に簡単に制圧できるわけがない。そもそも、籠城可能であるように、自給自足できる畑や厩舎を擁しているのだ。王宮で食される食材のいくらかは現在でもこの王太子宮の庭の畑で作られ、育てられた家畜から饗されているのだ。


「なにはともかく、王都を混乱させて利する存在がいるという事ね」

「そいつらが持ち込んだ狂った精霊がいたという話でしょ? でも、王宮にはどう報告するのよ」

「まだ報告できるレベルではないと思うの」


 納骨堂の封鎖はともかく、跡を残さず王太子宮に入り込める存在がいるということが明らかにされたわけだ。それも、積極的に害をなそうとする存在。


「『賢者』が破壊工作を行っているということ?」

「他に考えようがないわね。それに、リリアルなら痕跡を残さず王太子宮に侵入し、納骨堂に封印された精霊を置いて、騎士をあの場所に誘導して害する程度のことできるでしょう? 『賢者』にだってできると思うのよ」

「……確かに。私たちはそんな工作しないけどね」

「ええ。精々、一般人の振りをしてワザと拉致されるくらいかしら」


 ソレワの食堂で、カトリナ主従と四人が伯爵の城館に連れ去られる振りをして侵入したことがあった。その後は、お察しの展開だったのだが。


「ここにも来るかしらね」

「それは難しいでしょう。どういった警備体制かくらいは理解していると思うわ」


 魔猪やコボルドの守備隊長、吸血鬼やノインテーター、そしてアルラウネに老土夫一党もリリアルにはいる。リリアル生も、一期生の冒険者組は侵入者に気が付くだろう。


「そもそも、王都を不安定にするという事を考えると、騎士団・近衛・王宮で事件を起して対応能力を飽和させ、その後、本命の事件を起こし王都を対応不能の状態に陥らせるという目的からするならば、リリアルに手を出す必要はないでしょう」

「それもそうね。そんなに大人数で工作しているわけではないでしょうし、王都の原神子過激派を焚きつけてできることはたいしたことではないでしょう」

「ええ、だから、対応力を削ぐ工作を優先させているのよね」


 王都の郊外に中隊規模の戦力である騎士学校が用意され、また、同程度の駐屯地がリリアルの傍や王都周辺に数か所設けられている。王都内で騒乱を起しても、近くから集約された戦力が新規に投入できる体制が整っており、王都内の混乱を上手く先導して治安機能を低下させるのは容易ではない。


 とはいえ、難易度が高いからといって、何もしないという事は出来ない。ウォレスの背後には、女王陛下とその最側近である国務卿あたりが介在し、王国と王都に対する工作活動を委ねているのだから。


「まあ、そう考えると、あなたが女王陛下に直接謁見するというのはいいかもしれないわね」

「……どういう意味かしら」


 伯姪はニヤニヤと笑っているが、要は触らぬ神に祟りなしということを女王の宮廷に知らしめ、神国のみならず王国も敵に回すような愚かな真似をやめるよう圧をかける為、渡海するのよねという確認であろうか。


「百年戦争の時もそうだけど、売られた喧嘩ってやつよねこれ」

「そうね。精々高く買ってあげましょう」

「いいわね! でも、そういうのって……」


 伯姪は「あなたの姉の言い回しじゃない」と言いそうになって口を慌てて閉ざす。雰囲気が異なる事から誤解しがちだが、彼女もその姉も、そしてその祖母も基本的に子爵家の女は好戦的であるのだ。


 ――― 特に、王都や王家に害をなそうとする者に対しては。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 彼女と伯姪は、王宮へと参内している。その目的は、宮中伯アルマンに今後の対応について相談するためであった。騎士団にしても近衛にしても、最終的に決定を下すのはおそらくこの人と国王陛下が相談してということになる。


 というよりも、実質、アルマンの判断になるのであろう。


 調査の経過状況を説明し、未だ、対処療法しか行えていないという事に加え、王都を混乱させようとする勢力が王太子宮に対して『狂化した精霊による攻撃』を実施し、近衛の従騎士一名が被害者となった旨を伝える。


「近衛からも報告を受けている。未だ半病人だが、命に別状はないそうだ。礼を言う」


 近衛は貴族の子弟ばかり。後継ぎではないとはいえ、王太子宮で死亡でもしていなたら、余計な軋轢が生まれていただろう。珍しく宮中伯に礼を言われ、少々驚いてしまう二人。王女殿下の侍女役を承ったころは、かなり高圧的であったように思われる。


『そりゃ、あん時のお前と今のお前じゃ、国の評価が全然違うじゃねぇか。それだけだ』


『魔剣』の言葉に思わず納得する。王国副元帥リリアル副伯というのは、それなりに敬意をもって扱われる存在だ。だとすれば、まだ扱いが雑である気がする。


「それで、その後の対応を相談に来たというわけか」

「はい。現状、王太子殿下が留守の王太子宮にはさほどの戦力が配置されておりませんので、工作し放題の可能性が高いのではと」


 宮中伯はそれを肯定し、また、その工作を行っているであろうウォレスを始めとする原神子原理主義者の監視も強化している最中であるという。直接ではないが、連合王国に雇われた冒険者の格好をした魔術師らしき男が、何かを抱え王太子宮へ侵入するところが確認されているという。


「そのまま不法侵入して追いかけるわけにいかなかったので、外から監視していたところ、四半時ほどで出てきたそうだ。その時、抱えていたものはなくなっていたと報告されている」

「それでしょうね」


 伯姪の確認に宮中伯が頷く。とはいえ、現場を押さえたわけではないので推察にすぎない。


「連合王国は王太子宮に何か用があるんでしょうか」

「それは、『修道騎士団』絡みだろうな」


 連合王国、当時の蛮王国は、修道騎士団の首都管区本部に蛮王国の経理について依頼していた。王国と名乗っていたとしても、当時はランドル伯領と大して変わらない程度の経済規模であり、また、海外との貿易も修道騎士団を経由する方が効率が良かったからだ。


 王国の異端宣言に便乗し、修道騎士団の資産を差し押さえどさくさに紛れて接収したものの、教皇庁からの『異端にあらず』との宣言を受け入れ、王国のように騎士を処刑するようなことはしなかった。


 とはいえ、修道騎士団自体が解散の扱いとなり、残された蛮王国の騎士達は身分を捨てて自らの会計や貿易の技術を生かして王家の臣下となる者、商人として第二の人生を始める者が生まれた。


「でも、御神子教徒ではなく、原神子教徒なんですよね」

「ああ、駐屯騎士団は聖騎士団でありながら自身の存在を守るために、騎士団総長自ら原神子に改宗し、世俗騎士団として公国に仕えるようになったからな。

目的のために改宗することくらいは問題ないのだろう」

「……目的……ですか」


 アルマンの言いたいこと、それは恐らく、王国への復讐。もしくは、王都管区本部に残されているだろう、修道騎士団の『遺産』ではないかと考えられる。東方の亜神を自らの力とするために持ち帰ったという噂も残っている。自分を神呼ばわりするような魔物がいたということだろうか。


「一説には、歴代総長のうち戦死した十二人が不死化していたとも言う」

「戦死したのに不死?」


 宮中伯の矛盾ある言葉に伯姪が思わず声にする。しかし恐らくそうではない。


 死にかけた所で不死化の処置がとられた……ということだろうか。少なくとも不死化した吸血鬼は女性であり、真祖でなければ貴種ということになる。故に、その不死の十二体の吸血鬼は「従属種」ということになるだろう。既に二百五十年は経過している。休眠期を揃って終えていてもおかしくはない。


 総長に至るほどの統率力・武力・信仰心を持っていたと考えると、修道騎士団を破壊した王国に対する報復行動に出る可能性は少なくないだろう。では、何故今まで暴れ出さなかったのだろう。


「『大塔』は修道騎士団が異端とされた時点で王家の管理下に入り、その中の財貨は持ち出され封印された。その理由は、十二体の総長であった魔物の処理ができず、休眠状態のまま問題を先送りにしたからだとされる」

「……それで、このタイミングで目覚めたと言いたいのでしょうか」

「半覚醒であろうな。吸血鬼の生態に詳しいわけではないが、二百年以上眠っていたとするなら、空腹であろう」


 王太子宮で事件を起こし、人を集めた所で十二体の吸血鬼を解放し、一気に戦力を強化しようという事だろうという。近衛の騎士は貴族であり、全員が大なり小なり魔力持ちである。吸血鬼の餌にするに丁度良い戦力になると考えたのだろう。


「では、一先ず危機は回避されたと」

「そうであればいいのだがな。いつまでも封じ込めておけるわけではない」


 アルマン曰く、大塔の地下と納骨堂は地下通路で繋がっているのだという。


「詳しくはこの図面を確認してもらいたい」


 確かに、納骨堂の一階の隠し階段を地下へと降り、その後、地下通路を移動して大塔へと至ることができるようである。


「ここから出てくることができるように設計されている」

「だから、納骨堂にわざわざ近衛をおびき寄せるように手配していたのね」


 二人で潰してしまったが、理由はその通りである。生きたまま仮死状態の芋虫に蜂が卵を産み付け孵化した幼虫の生餌とするようなものだろう。


「この図面を見せたという事は」

「処理を依頼したい」


 十二体の最上位の聖騎士が吸血鬼化した存在を討伐対応するということか。大塔という閉鎖空間に侵入するには少数で向かう必要がある。同士討ちを避ける為にも、また、相手の能力と戦う場所を考えても人を選ばざるを得ない。


「私とあなたでやるしかないわね」

「……そうね。一期生の冒険者組でも、手に余るでしょうし……」

「なにより、危険だわ」


 罠に跳び込むような行動をとることになる。彼女と伯姪のコンビがもっとも有効だろう。


「こんな時に、カトリナが頼れればねぇ」

「無理でしょう。大公妃殿下になるのよ、頼むべきではないわね」

「……その通りだ。君の姉に頼むのはどうか」

「いいえ、頼むとするなら……」


 吸血鬼狩りの専門家、オリヴィ=ラウスと相棒のビルがいれば、相当に頼りになるだろう。恐らく吸血鬼に対して、二人より戦力としては数段上になる。


「オリヴィに依頼を出します」

「そうか。そうだな。王宮からも冒険者ギルドに指名依頼を出そう」

「よろしくお願いします」


『納骨堂』の隠し地下通路の確認、そして、オリヴィへの指名依頼、そして、オリヴィと連絡が取れ次第、大塔の吸血鬼討伐へと向かう。


「ウォレス卿の監視をよろしくお願いします」

「ああ。こちらからも大いに予定を組んで、王都内をうろつき回れないようにするつもりだ。一度、南都の王太子殿下とも顔合わせさせる予定なので、近いうちに王都から出て行かせるように対応する」


 ウォレス、すっかりG扱いである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 聖征で活躍した聖騎士達が吸血鬼化し、聖征時代の技術で作られた『大塔』で待伏せているとすると、かなり困難な戦いになると推察される。とくに、彼女も伯姪も女性であり、剣も短い曲剣を好んで使っている。


「二百五十年前の騎士と言えば、まだ鎖帷子全盛よね」

「おそらくね。それに対抗する刺突剣はまだ流行する前ね」


 スティレットやカトリナの魔銀剣『エストック』もその後の刀剣となる。その装備の対策として板金鎧が普及するようになったからだ。そもそも、サラセンは鱗状に金属片を重ねた鎧や鎖帷子を着ている為、長剣で叩き斬ることで鎖を割り、致命傷を与えることができたので、刺突剣を装備する必要が無かったと言える。


 同じ装備で戦う騎士同士の戦争が増え、刺突剣が普及し始める。故に、修道騎士達は異教徒との戦い用の装備であるため、剣も防具も聖征時代のままであろう。


「刺突剣に付け入るスキがある?」

「いえ、閉所で振り回すような装備は合わないでしょう。むしろ、大小の二刀流。曲剣でいなして、左手の刺突短剣で魔力を吸血鬼に叩き込むのが良いと思うわ」

「なるほどね。平服でも通用しそうな剣術じゃない? 法国の決闘では最近、バックラーの代わりに楯剣を使うみたいよ」


 左手用の剣と呼ばれる小剣は、護拳が大きく、剣をからめとったりすることを目的とする装備であるという。


「騎士の直剣相手だと、受止めるよりいなす感じの方がいいわね」

「いなせないと、ちょっとヤバいかもね」


 狭い通路に陣取り、一人で何十何百という敵兵士と長時間切り合うことで少数で城塞を守ることに特化しているのが聖征時代の騎士である。それが、吸血鬼化した存在であるとすれば、今まで対峙した傭兵や冒険者上りの吸血鬼より格段に危険な存在であるだろう。


「銀の弾丸を込めた魔装短銃も装備しておいて損はないわよね」

「……そうね。必要かもしれないわ。相談してみましょう」


 魔銀の弾丸が吸血鬼やアンデッドに有効なのは知られるところであるが、それより気になるのは……


「ねえ、魔装銃はおろか、聖征の頃の聖騎士の吸血鬼なら、銃を知らないんじゃないかしら」

「……そうかも知れないわね。けれども、アンゴルモア軍は火薬を使った爆発物を投げつけることもあったようだから、火薬の存在は知っているでしょうね」


 ニ百五十年以上、おそらくは三百年前の聖騎士のアンデッドと戦う事を考えると、二人は憂鬱になるのである。


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[一言] 十二人の吸血姫。 コードネームはやっぱり使徒に因んだお名前? 黄道十二星座なら黄金色のコスを着せたくなりますね。
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