第547話 彼女は『アリエンヌ』に相談する
第547話 彼女は『アリエンヌ』に相談する
アルラウネの『アリエンヌ』は、相当長い植物の魔物であり、精霊化しつつある存在でもある。それは、ノインテーターを作り出す程度には高位の魔物であり、精霊崩れといったところであろうか。
今日の出来事を説明し、『バン・シー』を捕らえたと説明する。
『それ、その子ね~』
クネクネと夕方でも元気に踊っているアルラウネ。口調はともかく、相談にはのってくれそうではある。
今では廃れてしまったものの、御神子教が布教される以前において、多くの場所で、その土地に根差した神様が信仰されていた。それは、巨木や巨石に宿る精霊であったり、蛙のような生き物に姿を宿すものもあった。
ネデルの森が、その森にすむ女神を信仰する人々が住んでいたように、古の帝国が海を渡り、『リンデリウム』という駐屯地兼都市を建設した時代において、既に住んでいた先住民の間において、同じように自然に宿る精霊・神が信仰されていた。
『家付き精霊というので間違いないわね。たぶん、その家を守護する樹木の精霊だと思うわ』
家を守る屋敷森というものがある場合もあるし、御神木として精霊が宿る守り神として大切にされる古木もあったと考えられる。
例えば、連合王国の『賢者』は、主に精霊の中でも植物、それも聖なる木『聖樹』を重要視する。命をはぐくみ、生命力の根源としてなのだと考えられる。
最も重要視されているのが『樫』であり、その昔、古の帝国の住人は、先住民の指導者である神官を『樫の賢者』と称したこともあるという。
これに加え『トネリコ』は世界を支える木として神聖視され、御神子教の布教の際、帝国に住む先住民が祀る木を大王の軍が切り倒した記録も残されている。
また、薬の材料にもなる『サンザシ』を加えた三種の樹木を特に神聖視した。
「それがこの箱に使われているとか?」
伯姪の問いに、アルラウネは首をフリフリしながら否定する。
『それは、アルダーだとおもうわぁ~』
精霊を収めている『箱』の素材は、アルダーと呼ばれる木材だという。
『榛』は軽く、油分を含み加工しやすい身近な木材として家具などに利用され、虫を避けるなどの効果があり、また、切られた断面が白から赤に変色する事から占術に使われるなど尊重された。
そして、墓標としても先住民の間では使われていたとも言う。
「けれど、榛はさほど大きくなる木ではないでしょう?」
『大きければ精霊が宿りやすくはあるけれど、それは、長命であるからということなのよぉ~ 長命な樹木ならアルダーでも精霊が宿る事はあるわぁ~』
因みに、『賢者』の杖に用いられやすい樹木と言うものもある。
賢者は杖を作るに際し、イチイかオーク、リンゴの木のいずれかから作るものとしている。『イチイ』は常緑であり不滅の象徴、『リンゴ』は再生の象徴と考えられていた。
魔力の集まりやすい樹木は常緑であるとされるが、沢山の実をつけその実が生命を育む樹木であることも『精霊』が宿りやすいとされ、また、魔力を扱うに適した木材であるとされる。クルミの木もそうしたものの一つだ。
「それで、この精霊はどうするのが一番いいのかしら」
『そうねぇ~ 箱のままだと弱ったり狂化する可能性もあるからぁ~』
アルラウネ曰く、『接ぐ』のが良いだろうという。
「接ぐ……接ぎ木の事かしら」
「でも、製材されたこの箱から接ぎ木するってどういうことなのよ」
アルラウネの話が繋がらない。
『そうじゃないわよぉ~ 魔力を継ぐのよぉ!』
見たところ狂化状態の『バン・シー』ではなく、浄化された精霊の状態で安定しているように見えるかの『榛の精霊』の魔力を、新たに植える『榛』の苗木に移してしまうということである。
『まあ、精神的には苗木に引っ張られて幼くなると思うんだけどぉ。そうやって、故郷を離れる時に、苗木に今まで守ってくれた『精霊』を分霊して、旅立つのが普通なのよぉ~』
その昔、故郷の森を離れる事になった部族は、御神木の根元に生える苗木に神木の精霊を分霊し、ともに旅立つことにしていたのだという。
「そういうことね」
「でも、同じ種類なら何でもいいの?」
『しかたないわよぉ~ まあ、あなたの魔力が馴染んでいるみたいだから、植えるときに、魔力の籠ったお水を撒いてあげれば大丈夫だと思うわぁ~』
つまり、ポーションないし、魔力を込めた水=聖水を植え替えた場所に撒いて魔力を整えるということになるだろうか。
「植える時に、この箱をその下に埋めればいいのかしら」
『そうねぇ、でも、移れそうなら勝手に移るわよぉ、それって死んだ木だから、生きている苗木の方が居心地良いからねぇ~』
相変わらずクネクネしているものの、話としては十分理解できる内容であった。近隣の森に入り、『榛』の苗木を手に入れる必要がある。これは、森に詳しい赤目銀髪か魔猪の飼主である癖毛に頼む事になるだろう。
「護り木ね」
「学院はともかく、王都のリリアルの塔の中庭に植えるというのも一つの案ね」
「ワスティンの訓練場でもいいけど、あそこは冒険者にも開放するもんね」
どこに植えるのが一番お互いにとって良いのか、彼女と伯姪は少し考えようという結論に達した。
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連合王国を訪れるか否かに関わらず、彼の国の『賢者』というものをある程度理解する必要があると彼女は感じていた。どうやら、王国の魔術の在り方とは大きく異なるようである。
帝国のある地域から王国へと進んだものと、ネデルあたりから海を渡りあの島へ移り住んだ者たちがいる。王国は古くから古帝国の勢力下にあり、文物の交流も盛んで多くの都市が建設された。
帝国はメイン川流域が主な古帝国の進出範囲であり、それ以外の地域は蛮族の治める地であった。彼の島も似たようなものである。拠点は設けたが統治を進めるには至らなかったと言ったところであろうか。
魔力を中心とする『術』を高めるに至った王国、それに加え、精霊の力を纏うことで力を発揮する精霊魔術に重きを置く『帝国』、その系統と先住民の樹木の精霊の力を『杖』といった形で取り込むことで精霊魔術を強化したであろう『連合王国』というあり方になると彼女は理解した。
古の帝国が東方から来る蛮族により多くの都市が飲み込まれ力を弱めた結果、帝国の勢力圏から、今は連合王国を名乗る国のある島は外れることになる。そして、御神子教の布教も遅れることになる。
また、統一した勢力が長く続かず、またあまり現れなかった結果、教皇の影響力を背景とする教会の浸透も進まず、修道士たちによる開墾・開拓が中心の布教となるに至る。
その過程において、修道院は国土の三分の一ないし四分の一の土地を有するようになり、現女王の父王の時代にほぼ王家に領地も財産も没収され、廃されてしまう事になる。
御神子教の布教が遅くなった結果、以前の精霊信仰も『妖精』や『家霊』といった形で姿を変え教会の教えの外側で生き延びることになる。精霊を祀った『神官』『巫女』は、『賢者』と名を変え教会とは別の存在として生き残ることとなった。
それまで蓄えた自然の知識をもとに、また、精霊との関わりの中から『魔術』ではなく『魔法』即ち、精霊の力を借りる精霊魔術を主に得意とする存在となる。また、自然の知識の中には鉱物を利用した『錬金術』、生物を利用する『薬師』の仕事も含まれるようになる。
故に、『精霊魔術』『錬金術』『薬師』の能力を兼ね備えた、連合王国と北王国に存在する精霊神官・巫女を『賢者』と呼ぶことにしたのだ。
表向き、それは研究者・学者だと考えられており、『賢者学院』で学ぶそれは、御神子教となんら齟齬の無い内容であると公にはされている。とはいえ、天使ではなく自然の中に生まれる『精霊』の力を借りることから、厳密には異端扱いされかねない。故に、教会などの人間とは極力関わらず、また、御神子教と関わる事もないよう心がけているという。
故に、現在の実利的発想の女王陛下とは友好的な関係を持ち、また、聖書を重視し教会を否定する原神子信徒との相性は悪くない。反面、御神子原理主義的先代女王や神国とは相性が良くない。
研究に必要であるなら、サラセンの研究者とも共同で活動するくらいの考えを持っているとも言われる。
『賢者』はまた、「占い師」や「吟遊詩人」といった下職を有していたとも言う。これは、教会における司教と司祭、侍祭のような関係であると考えられる。ともに知識階層・宗教指導者であったが、より民衆寄りの仕事を担っていたと考えてよいだろう。
彼女の竪琴と歌が精霊に伝わり、その元の姿を取り戻す事ができたことには、『吟遊詩人』としての聖なる力が影響を与えたのだと考えられる。
「そう、知っていたのかしら」
『いや、俺が生身であった頃には、既に昔話の世界だったな。吟遊詩人もそういった関係の者じゃなく、普通の芸人のような扱いだった』
信仰する者がいなくなれば、その祭祀を執り行っていたものは排除されていくだろう。錬金術や薬師、占い師、吟遊詩人、どれも街や村に定住せず旅する存在か、街を離れ森の中に一人住むような存在が想像される。
すなわち、樫の賢者と称された先住の宗教家は、そうやってひっそりと生き延びていると考えても良いだろう。今の世の中で『賢者学院』で育成される連合王国の魔術師とは異なる系譜となるのか。
『そういう意味じゃ、竪琴を持って歌を歌うおまえは、連合王国では廃れた古い魔術師扱いされているのかもしれねぇぞ』
「だから、あのバン・シーも歌を聞いて浄化されてくれたということかしらね」
『思い出したんじゃねぇの? 古い記憶、守ってきた家族の記憶って奴をな』
彼女の心の中では、「それならばいいのだけれど」と精霊が落ち着いてくれたことを喜ぶような気持になっていた。
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「『榛』の苗木」
「苗木って、どこ植えるんだよ」
「それは……」
伯姪と彼女の間では、一先ずアルラウネの近くに箱を埋め、その上に苗木を植えようと考えていた。薬草畑を世話する子供たちの姿に触れさせ、また、狂化するようなおかしな兆候があれば、アルラウネに知らせてもらおうというところだ。
「リリアルの塔が完成したら、ここの土と一緒にその苗木を中庭に植えるのよ」
伯姪が胡乱げな『癖毛』に言い放つ。
「ここと、リリアルの塔を繋げる橋渡し役ってことよ」
「そうね。見守ってもらえるように励んでもらおうと思うわ」
うへぇという少数の声と、リリアルの塔に派遣された時に心細い思いを感じていた魔力小組を中心に喜ぶ多数の声が聞こえる。何らかの繋がりがあるというのは、安心感を持たせる。
「それに、この苗木には精霊が宿る予定なの」
「精霊? クネクネするやつだ!」
確かに!! いやそれは、樹木でなく草花の精霊兼魔物のアルラウネだから。構造が違います!!
「アルラウネは草の魔物から精霊になったからそうなるの。葉と根だけのものが『草』、それに固い『枝』があると『木』になるわ。木は強い風でも吹かなければクネクネしないでしょう?」
ということで、バン・シーが木の精霊の場合、クネクネしないということが理解される。
翌日、早速森に入るリリアルメンバー。
「たぶん、この辺」
リリアル学院の周りの水路に水を引き込む小川沿いに赤目銀髪の先導で探しに向かう。榛は湿地や低い山の川沿いに生える木だという。
「いい薪になる」
「へー そうなんだ。なら、それなりに学院の周りの川沿いに植えてもいいかもしれないね」
木材として柔らかめで、家具を作るのに適しているという。箱にされたのもそんな理由かもしれない。
何本かの苗木を確認し、葉の良く茂ったものを周りの土ごと多めに掘り起こして麻袋へと入れる。根を大きめに残さなければ、根が付きにくいからだという。
「詳しいね」
「猟師は樵とも仲良し。村の中に住めないから」
「……なるほどな」
猟師や樵、野鍛冶の類も村で必要とされているが、完全な村のメンバーとは考えられていない。最も身近な取引先といった感じだろうか。あるいは、傭兵や冒険者に近い存在だ。その村専属の……ということになるだろう。
孤児もそうだが、一つの共同体から外れた人間というのは、生き難いのが世の中だ。リリアル学院に集まるのは『魔力ある孤児』という枠組みであるが、その出自は様々。本来であれば、互いに知らない世界であったことも、こうして知ることができる。
それが役に立つかどうかはわからないが。
薬草畑へと苗木を持ち込み、アルラウネにここに『バン・シー』を移す苗木を植えることを伝える。
「面倒見てもらっていいかしら」
『ちょっと話しかけるくらいならねぇ~』
「狂化しそうになったら、教えてよね」
アルラウネはクネクネとしつつも少し考えて答える。
『たぶん? 大丈夫よぉ~』
その理由を彼女が聞くと、アルラウネはリリアル学院の生活で再び狂化するような出来事が起こるとは思えないからだという。
『守るべきものを守れなかったから嘆き続けて狂うのよぉ。あなたたちに、そんな未来が来ないと信じてるのよぉ~』
アルラウネの言葉を真実にしたいと彼女も伯姪も、その場にいる他のリリアル生も思うのであった。




