第543話 彼女は模擬戦を見学する
第543話 彼女は模擬戦を見学する
その後、食堂で食休みの時間にお茶を頂きながら、午後の模擬戦についての話をすることになる。当然、彼女と手合わせしたいという声も聞かれたが、「今日は無理ね」の一言で残念そうな声があちらこちらから上がる。
あくまで、連合王国の大使を歓待する側の一人であり、ホストである王弟殿下をサポートするお仕事……のはずだから。という建前は別に、堂々とスパイの親玉である大使にリリアルの能力を見せるのはよろしくないという判断もある。
名前が知られている『リリアル』であるが、実績が喧伝されているものの、実際のところ何をどうしているのかという詳細な情報は得られていないのが実情だ。王国の陰で蠢く魔物や、その魔物を使嗾する対外勢力を駆除するお仕事なのだから、力の証明を公に行うというのは難しい。
リリアルの仕事は、予防や防疫に類する事であり、表立って成果が見えるようなことは成す事はない。彼女個人の武威は、ゴブリンの群れを討伐したり、竜討伐に貢献するなど物語や芝居のネタとなっているが、相応に脚色が入っている。
例えば、ソレワ伯の反乱発生を防ぎ、連合王国との内通を調べて処罰した……等という事は、決して公になることはない。吸血鬼狩りや暗殺者組織の討伐も表立つことはない。
強いて言えば、ミアン防衛戦で籠城側について指揮を執り、応援が来るまでの間、街の士気を鼓舞し守り抜いたということであろうか。単騎駆けの話も、伝聞では広まっているが、ミアンから遠ければ遠いほど「作り話」とされているようだ。
本当は大したことないんじゃないかと、彼女を良く知らない諸国の統治者や軍人、また、国内においても王都を離れた地にいる身分のある者たちにおいては、疑わしく思っている者もいるようだ。だが、その周りには、彼女の力を信じる多くの人達がおり、『護国の聖女』と思われている事もまた確かである。
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大使は集団模擬戦を観戦し、それに絡んで、貴族や戦士の遊びというものに話題を広げている。
騎士学校生徒の集団戦を見学した後、少々会話が遊戯についての考察に弾む。模擬戦は遊びではないのだが、ゲームの要素はないではない。
団体で行う遊戯の一つとして連合王国やランドルでは『ウィケット』が少年達の間で人気があるのだという。地方により様々な独自ルールはあるものの、革巻きの球を杖で打ち返すという形での対決式のゲームだという。
剣での決闘よりは安全安心だが、勝負で頭に血がのぼる者も多いとか。
「わが国ではトゥネスが流行っておる」
王弟殿下が対抗心を見せる。トゥネスとは、コルクや石の芯に糸を巻き付け毬状にし革で覆った拳ほどもある『球』を長い柄を持つ団扇のような『ラケット』と呼ぶ道具で打ち合う遊戯である。
真ん中にネットを張り、それを境にどちらかが打ち損ねるまで繰り返し、ミスをすると相手の得点となる競技である。元は、素手や手袋を装着して布で作った軽い球を用いていた室内遊戯であったようだが、今では専用の競技スペースが設けられ、かなりの勢いで動き回る紳士の嗜みとなっているらしい。遊びには人一倍詳しい王弟殿下も、かなり上手なのだという。
球の大きさこそ違えど、打ち合うか、投げられた球を打つかの違いこそあれ、それなりにじょうずであるかもしれない。
リリアルではそのような暇つぶしに時間を取られる暇はない。薬草を育てたり、武器の操法を学んだりする鍛錬の方が余程重要だ。
とはいえ、何か集団で一つの事を為すような遊戯なら取り組むのも面白いかもしれない。身体強化や魔力の操作の鍛錬になる遊戯なら歓迎できる。楽しく鍛える方法があれば試してみたいと思わないでもない。
「賢者学院でもやはり『ウィケット』が行われるのでしょうか」
彼女はふと気になり、ウォレス卿に話を振ってみた。
「いえ、私たちが在学中の頃から、新大陸の先住民が部族同士の交流を深める為に行う儀式をまねた遊戯が流行しております」
それは、新大陸に渡った探検家が持ち帰ったものであり、クウォータースタッフの先に『タモ』のような網をつけた『クロス』と呼ばれる杖で、革巻きの球を拾い、互いの陣地にある『門』の中に叩き込む事で得点を得る遊戯……『ラ・クロス』が人気なのだという。
「これは、球を持つ人間には、ある程度の杖を用いた攻撃が許されている遊戯なので、革の防具を身につけて激しくぶつかり合う事も許可されております」
賢者学院の場合、直接相手を攻撃する魔術以外の魔術の使用が許可されているのもまた人気の理由だという。
「例えば?」
「『門』の周囲を土魔術で囲い、射線を制限するとかでしょうか」
「それは、随分と魔術寄りの防御方法だな」
王弟殿下は魔力量はそこそこだが、魔術は身体強化以外殆ど嗜まない。曰く、魔術師になるわけではないので、それで十分なのだそうだ。身体強化は主に遊戯の勝負に勝つ際に利用しているとか。
「それは興味深い遊戯ね」
「元来は、部族間の戦争の代わりに行う神聖な儀式だそうです」
数百人にも及ぶ部族の男子全員が参加、日の出から日没までの間、延々と競技を繰り返すのが本来の姿だと説明される。確かに、戦争であれば決着がつくまで戦い続けるだろう。王国の周辺においても、戦争は日中のみとされているのが不文律ではある。
「それで、ラ・クロスは街中では流行らないのか?」
「はい殿下。競うにもかなりの広さの競技スペースが必要となります。元は数キロ四方の範囲で行っていたようですが、さすがに人数を十人に制限し、攻撃手・遊撃手・防御手を各三人、門衛を一人と定め、広さも100m四方と制限しております」
「それなら、身体強化した魔術師なら一瞬で門を突破できそうだ」
「魔術の発動速度、試合時間中連続して行使できるか、駆け引き含めて大変興味深いゲームになります。ある意味、チェスの実技版とでも申しましょうか」
自身の出身校である『賢者学院』の話、それも魔術ではなくゲームの話である故に、ウォレス卿の口も滑らかとなる。
周囲の騎士学校生も大使の説明するゲーム『ラ・クロス』に興味を引かれたようで、話に聞き入る者が周りに集まってきた。
「道具が必要ですし、メンバーも各十人の二チームで戦います。そうですね、殿下と閣下がともに連合王国にお越しの際に、是非、試合を観戦していただけるように手配させていただきます」
「それは楽しみだ」
「ええ。興味深いですね」
彼女の頭の中には、武器を用いずに集団戦の鍛錬ができればなという気持ちがある。魔力の多寡という差があるリリアルだが、三期は「魔力無」の生徒も入る事になる。また、少数の魔力保有者だけで編成するのではなく、ある程度集団での戦闘も考慮して、魔力の無いリリアル生が加わる事も前提の鍛錬や役割を考える必要がある。
とは言え、魔力持ち前提の討伐や侵入・浸透訓練に魔力を持たない生徒を参加させることは難しい。が、全く戦力外として扱う事には抵抗感がある。そこで、この『ラ・クロス』である。
七八歳の三期生は、魔力を用いた身体強化など、数分と持たないであろうし、発動も不安定だ。生身で競い合う事で、基礎体力や駆け引きを行う力も養うことができる。それに、能力の差を含めて集団として戦うことも学べる機会となるだろう。
実際、リリアルの薬師として育成する予定であった二人は、残って実戦部隊に編入されているし、魔力小の子たちも魔装銃手として大規模な作戦では参加することも増えつつある。
魔力がなくとも学院を支える仕事を委ねる事は出来るだろう。特に、冒険者組は書類仕事をさせていないので、その辺りが手薄であり、彼女や伯姪だけでその仕事を担う事も早晩限界が来るだろう。今手伝っているのは、薬師娘二人と茶目栗毛、黒目黒髪……だけだからだ。
読み書き計算、対人的な交渉、そして暗殺者として通用すると判断された頭の良さや、人に認識されにくい気配の持ち方……生身でも十分にリリアル生として活躍できる可能性がある。
必要であれば、魔石に魔力を収めた装備で『魔装』を再現することも可能かもしれない。魔力を用いない火薬を用いた兵器の運用も委ねられるだろう。
三期生以降、『リリアル副伯領』を統治するためにも、官僚や衛士として領の幹部に据えることも視野に入れ、育成するのに、『ラ・クロス』で集団意識を育てるというのは……悪くない。
魔力の有無で差ができる前に、仲間意識を持たせ、育てたいと彼女は考えていた。
「ウォレス閣下、その『ラ・クロス』の道具は手に入るのでしょうか」
「大したものではありません。道具の規格を後ほどお伝えするように手配いたしましょう。是非、渡海された際には、副伯閣下も選手として試合を体験される事をお勧めしますぞ」
「ええ……その時を楽しみにさせていただきます」
ウォレスは本当に『ラ・クロス』という競技が好きなのだろう、その笑顔は常なる計算されたような物ではなく、本心からの笑顔のように彼女は見えた。
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王弟殿下とウォレス卿を見送った後、彼女と伯姪はリリアルへと戻る事になる。
「ねぇ、さっきの話だけど……本気なの?」
「さっきの話というと、『ラ・クロス』を連合王国で行うってこと? ええ。割と、本気なのだけれど」
伯姪は、彼女の考えが今一つ理解できないようで、帰りの馬車の中で今日考えた事を伝えてみることにした。
一通り彼女の話を聞いた後、伯姪は彼女の考えに凡そ同意した。
「いいんじゃない? 作業ばかりじゃ気が滅入るし、魔力の無い子をどうやって教育に組み込むかって考えていたんだけど、確かに、魔力が無い子も戦力にする為には、今までの冒険者寄りの教育以外も必要だし、それでも冒険者組と官僚・騎士組が対立しないで一緒に競える環境って重要だと思う」
何より、食べて学んで体を動かすのに、今の所、剣の練習や魔装銃の練習といった……小さな子供にやらせることができそうにもない鍛錬ばかりが多いのだから仕方がない。
元々、リリアル生は魔力有の十歳から十二歳くらいの子供を選抜して教育することにしていたのだ。一期生はともかく、二期生以降は数も減り年齢も二年ごとの加入としたので、前回十歳未満であった子たちが加入するため、十歳前後と揃って数人ずつ加わる事になる。
男児の魔力持ちは優秀であれば養子に貰われていくので、残るのは女児が多くなる。官吏はともかく、騎士・衛士には向かないのだ。そこは、魔力を持たないながらも素養のある子を選抜して採用する。
暗殺者養成所で選抜された魔力無の男児に、その素養の基準があるのではないかと彼女は考える。その力を見るためにも……
「同じ土俵で競わせて、見極めたいのよね」
「剣や銃ではなく……団体競技ね。いいわ。何度でもできるし、練習したり作戦を考える事も頭を使うし、仲間意識も育つでしょうね」
二人は、だんだんその競技が楽しいものであるような気がしてくる。さらに言えば、自分たちも当然のごとく参加しようと思いつつある。
「勝ち負けで必死になるには……やはり、何かご褒美が必要ね」
「いいわね。フィナンシェでも他に何かデザートでもいいし。やる気になりそうなものであると良いわね」
賭け事ではないが、勝ったら何かもらえるというモチベーションは、学院生にとって良い影響を与える。競争しても何も得られないのでは、真剣みにかけても仕方がないと思われる。
「それはともかく、先ずはどんな競技なのか、私たちが良く知らなければならないわね」
「でも、どうやって調べるの?」
「こんな時こそ、アレを活用しないといけないわね」
彼女のアレとは『姉』のことである。ネデルに頻繁に赴き、また、連合王国の対岸にある『カ・レ』やその近くの大都市である『ミアン』とも行き来が増えている姉のことである。連合王国で人気の競技についてもそれなりに知っている可能性はあるし、社交のついでに調べることや、詳しい人間を招く事もできるかもしれない。
「巻き込んだ挙句に、面倒なことになっても知らないわよ」
「ええ、危険を冒してこそ得られるものがあるというものね」
姉……危険扱いである。
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「なになに、妹ちゃん、お姉ちゃんに会いたくなって連絡してくれたの?」
ようやく気持ちが通じた! といった事を言いまくる姉。いつもの賑やかしである。
「そんな事より姉さん、『ラ・クロス』について何か知っているから話をしに来たのよね」
「うん、まあ、大体のところはね。でもさ、こっちに来ている人たちでチームを作るのは無理みたい。やっぱ、平民は競技とかしないからね」
馬上槍試合に代表される『競技』は、金と暇がある身分でなければ嗜む事ができない。連合王国でも、大きな土地を所有する貴族階級やその従者である騎士や魔術師、そして、大都市でネデルなどと貿易している大商人の子弟などでなければ嗜まないのだという。
「まあ、道具の使い方とか、実際のルールとか動きの再現とかはお願いできるような人が何人か……取引先にね」
「その場合、リリアルに関わらさなければならないとか、何か約束事をしないといけないとかあるのかしら?」
『ラ・クロス』を知る者は連合王国の人間であろうし、王国で商売をしようとしている者の多くは連合王国の議会や王家の意を汲んでいる者だろう。情報を集め、本国に報告したり大使に伝える役割を果たしているに違いない。彼女の姉の存在もそれなりに有名であり、その辺りを考えて接触しているものだと考えられる。
「場所はどこか借りて、外でやればいいんじゃない? 道具とかから用意しなきゃだし、なんなら、ニース辺境伯家の王都邸でもいいよ」
「……それ、姉さんの自宅でしょう?」
「そうとも言う。まあ、軽くランチに招待して、妹ちゃんと顔合わせ。そのついでに『ラ・クロス』についてちょっとやって見せてもらうってのはどう?」
姉の家に招く社交の延長で、彼女と伯姪を紹介し、そのついでに『ラ・クロス』のレクチャーを受けるというのであればさほど負担にも借りにもならないかもしれない。
「いやー クロス振り回して戦うんだってね!!」
「……殴り合うわけじゃないのよ……多分」
「でもさ、新大陸の住民が戦争代わりに行う行為なんでしょ? バトル的には有だよね?」
体当たりや、クロスをクロスでからめとったりすることくらいは許容されそうではある。とはいえ、クロスで殴り合うようなことは……多分ないはず。それに、ルールにどのような魔術や魔力の与え方をするのか気になる。
「魔力量が多い方が有利だよね」
「燃費が悪いと、試合の後半で魔力切れで倒れたりするのではないのかしら」
「その辺の駆け引き含めて、どんな競技なのか、楽しみではあるわね」
話の流れ的に姉も参加する勢いを感じた彼女であるが、そういう嫌な予想は考えないようにして話を終わらせる事にしたのである。