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第541話 彼女は再びウォレス卿と会う

第541話 彼女は再びウォレス卿と会う


 以前の面談の際、『騎士学校を見学する』という話、連合王国の駐王国大使であるところの賢者『フランツ・ウォレス』は、約束を忘れてくれていなかった。


「どうなっているか」という問い合わせに、「閣下のご都合の宜しい時にでも」という返事をしたところ、早々に案内してもらいたいと返事が戻ってきたらしい。


「王弟殿下も見学したいようね」

「ああ、ダンボア卿もいま入校中ですものね」


 そう、近衛騎士ルイ・ダンボアは、子爵令息故に、生まれながらに騎士となる資格を持っていたため騎士学校に入校していなかったのだ。とはいえ、騎士とは身分でありまた役割りでもある。騎士学校で学ぶのは役割であり、その役割を果たせるからこそ、相応の「身分」を手に入れることができる。


 騎士とは貴族の子弟が騎乗の戦士として戦う術を学ぶという前提で付与されるものであり、最初は家庭で、その後、家の仕える寄親の貴族家に見習や小姓として近侍する中で本来身につけるものであった。


 今日では、傭兵を雇い戦争することが多く、また長期の遠征を国王の軍の一員としてこなす事も少なくない。軍の運営を『小姓』や『従者』として学ぶことはできない。あくまでも、騎士としての生活や所作を学べるだけなのだ。


 その為に騎士学校が運営され、軍幹部の育成場所として騎士団の従騎士とついでに近衛騎士の希望者を受け入れているというわけだ。


 ルイダンに、帳簿や酒保商人との取引交渉などできるとも思えない。


 貴族がその従者や使用人である執事や家令に委ねる仕事を、従軍すれば騎士として必要に応じ自ら行う必要がある。そういう意味では、商家生まれや平民の孤児でも相応の社会経験を得ている者の方が、軍を編成すればよほどものの役に立つ。


 戦争とは、戦場で戦う以前に戦力をより完全な状態で会敵する迄維持する必要がある。それをおざなりにすれば、いかに大軍を編成しようとも、何の役にも立たない。戦わずして敗れることすらある。


 未だにおそれられる『アンゴルモア』の軍や、歴史に名を遺す名将と呼ばれる人物の多くは、戦場以外においても有能であったと言える。軍人として優秀だからといって、皇帝や政治家として優秀か否かはわからないが、大軍を良い状態のまま戦場迄連れて行くことのできる将軍は、為政者としての資質も十分高いと考えられる。


 その辺り、騎士が中核となり、軍を率いる教育を施す事が騎士学校の役割りになっているのだ。


「騎士学校を見て、留学させたいとか……ならないかしらね」

「受け入れることもありではないかしら。百年戦争の頃のように、各地で軍が略奪を繰り返しながら進軍するような戦い方では、勝機を得られない時代になっていると気が付くかもしれないじゃない」


 戦争の大半は『攻城戦』の時代であり、大砲と銃が戦場の主役になりつつある。騎士も全身鎧を着用する者は減っており、胸鎧、兜、脛当、手甲くらいになりつつある。銃撃の効果とそれに対抗する鎧の金属の厚みを考えると、既に人間が身につけて動ける重量を越えてしまうからだ。


 一部の『魔導騎士』や身体強化能力に優れた魔騎士は身につける事もあるが、継続して戦闘できる時間は限られている。行軍にも支障がでかねないのだから、廃れるのも当然だろう。


「こっちが見学させれば、向こうも見学させざるを得ないもの」

「魔術師の学校……『樫ノ御業(Oak-arts)』賢者学院ね」

「ええ、楽しみだわ」


 そういえば、王国にも確か賢者学院ではないが、魔術学校があったと記憶している。以前は興隆していたようだが、王家の支援も無くなり衰退しているとも言われる。戦争が終わり、平和な時代に余計な予算はかけられないということだろうか。世知辛い。


「ボンバルト魔術学院……とか言う名前だったかしら」

「確か、西大山脈のどこかにあるという話ね」


 神国との国ざかいの山脈であり、竜や巨人が潜むとも聞く。王国内にあるが、そこに通う人は、神国やネデル出身者が多く、今では神国の強い影響下にあるといえるだろうか。サラセンや原神子派と戦う神国が力を入れ後援するのも頷ける。


「宮廷魔導師も、ベテランの方はボンバルト出身者が多いみたいね」

「そうなんだ」


 とはいえ、王国では『ファイアボーォォル!!』よりも銃火器を先王の時代から重視している。魔力の有無や資質に左右されない戦力を発揮するほうが、大規模な軍を短期間に育成しやすいと考えるからだ。


 また、学院出身の魔術師は貴族の子弟出身の騎士同様、特権意識が強く、王国に対する帰属意識が希薄であることも頼らない要因である。いつこちらに切っ先が向くか分からない者を頼るわけにはいかない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ご無沙汰しております大使閣下」

「ええ。再びお会いできて光栄です、副伯閣下」


 王都の大使館を改装中とのことで、代わりに何故か『王都要塞』通称、聖アント城塞にウォレス卿が滞在している。王都東方の防備の要である大要塞に、公認諜報員の外国大使を滞在させて良いのかと思わないでもないのだが、監視しやすく、尚且つ、要塞の堅牢さを本国に伝えさせることで、この方面からの攻撃を回避しやすくする意図があるのかもしれない。


 王都の南側には、新たに騎士団本部を兼ねる大駐屯地を兼ねた城塞が建築中であるから、百年戦争の時代のショボい王都を攻めるのとはわけが違うと理解できただろう。


 残念ながら、王都城塞は百年戦争期に既に『賢明王』により建設されており、連合王国が接収していたことがある。それは、王家の混乱による一時的な問題があったからである。


 その事が『王国を救え!』とのスローガンと『救国の聖女』を登場させることになるのだ。


 王都城塞の建設された時期と『大塔』が建設された時期では戦争に大きな変化があった。攻城兵器としての『大砲』の普及だ。高く薄い壁は、梯子をかける攻め方を防ぐには有効であったが、投石機や大砲の砲弾が命中した場合、簡単に倒壊してしまう。故に、厚みを増し、崩れたとしても内部に突入されにくい形と、崩れた場合でも防衛戦闘ができる形に改修されている。


 八基の円塔と、それを結合する厚い石の壁。高さは『大塔』の半分、25mほどでしかないが、その周囲を深さ8m、幅25mの濠がグルリと囲み壁を崩したとしても容易に内部へと侵入することを防いでいる。


「我が国の城塞も中々な物がありますが、この王都城塞は見事なものですね」


 連合王国は港湾を重視している為、ロマンデのカンのような城塞が非常に多いのだという。陸続きの場所からの攻撃より、海上からの侵攻に配慮しているのだろうか。


「マレスの城に似ているのでしょうか?」

「そうですね。街と港ごと城壁で囲み、要塞風の城が建っているところは似ているかもしれませんが、防御施設というだけではなく、王太子の居城を兼ねる場合もありますので、宮城的な要素もあります」


 マレスの城塞は赤みがかったマレス島の石でくみ上げられている独特の美しさがあるという。それとは異なるだろうが、一度見てみたいとも思う。


「しかし、大砲の登場する以前の城ですので、胸壁も華奢ではあります。

城塞としての防御力はこことは比べられませんな」

「ふふ、連合王国の海軍は優秀でしょうから、そうそう攻め寄せられることもないのではありませんか」


 そういえば、ガイア城も英雄王の建築なので、連合王国の城塞だ。おそらく、聖征の時代以降、あのような堅牢な要塞を築き、征服した領邦を支配する拠点として活用したのだろう。


 元湖西王国であった地域は、百年戦争期においても王や王太子が外征する最中に反乱を起こしていた。ロマンデ公が渡海する以前から存在した前王国の存在は、自分たちが支配されたという記憶も記録も明らかにしている。隙あらば王国に攻め寄せる連合王国の王家同様、旧王国の住民が叛旗を翻すのも同じ道理なのだ。


 今では元の城塞を残しつつ、城館を加え宮廷として利用している場所も多いという。建築道楽の先王も散々行っていたことだ。


「女王陛下の宮廷は如何でしょうか」

「リンデ郊外にある『メイデン城』を主にご利用です。父君の時代に法国から招いた石工たちにより今風に改築され、とても使い勝手の良い宮城に生まれ変わりました」


 城の改装にかかった費用は金貨五万枚ほど。全土の修道院の財産を没収し、贅沢三昧の生活を送ったとされる父王のことだから、その散財のごく一部ということなのだろう。


 とはいえ、金は使えば減る。人気取りも兼ねて散々、「友人」「知人」を招いて宴会を繰り広げた結果、娘の代になってもその状態を期待する臣下たちに応えるために見栄を張らざるを得ない女王の微妙な関係が継続している。


 ようは、親父は金持ちだったが、散財した結果娘は貧乏なのだ。その結果、私掠船の免状を乱発したり、奴隷貿易に投資したり……大変なのだ。大使には言わないが、敬虔な御神子教徒であった正妻腹の先代女王の方が、女王の取り巻きどもは美味しくなかったろうが、国民全体や国家としては健全な状態が維持されたのではないかと思われる。


 今のところ、神国はサラセンとの戦争準備が行われている為、ネデルでの戦争を本格化していないが、一段落したら恐らく金庫であるネデルの原神子教徒への弾圧を加速することになるだろう。そして、その背後にいる連合王国に対しても、相応の攻撃を行う事だろう。


 連合王国を保護国化すれば、ネデルの抵抗も沈静化する。幸い、連合王国の女王は子供もおらず独身の三十半ばのおばさん。この後結婚したとしても子はなせまい。


 実は、北王国の女王とその王太子に連合王国王家の血が流れており、戦争で北王国を征服するよりも、その王太子を連合王国の王太子とし、次代の国王にする方が良いのではないかとする意見もある。


 しかし、北王国は敬虔な御神子教徒であり、国王至上法のある連合王国とは教皇を間に対立している。この王太子を担ぎ出し、連合王国を自国の影響下に抑え込もうというのが神国の戦略であると推定される。


 つまり、どこかのタイミングで戦争を起こし女王に敗戦の責任を取らせ退位させ、北王国の王太子を国王とし、神国が後見する……という形だ。


 ちなみに、王太子は未だ一歳なのだが。


「女王陛下にお会いできることを大変楽しみにしておりますわ」

「そうですか。陛下も、妖精騎士と王国で名高い閣下と会う事をとても楽しみにされております」


 自己顕示欲の強い性格だとも聞く。しかし風呂には入らない。解せぬ。自分の体臭に自信があるのだろうか。


 ウォレス卿は女王陛下の側近として取り立てられたいと考え、王国の大使を引き受けたと伝わっている。なお、交際費などは自腹だそうで、かなり困っていると姉から聞いている。そして、姉は敢えて知り合いを紹介したり、ニース商会で活動資金を貸し付けたりしているという。


 とはいえ、卿は熱心な原神子原理主義者として知られており、王国の中立中庸な国王の在り方に不満を持っているという。因みに、連合王国の国王至上法においては女王陛下が国内で最高の宗教権威とされている。原神子教徒の『聖書以外の権威を認めない』という姿勢と噛み合わないのだが、その辺りは自ら権力を得るまでは封印しているのかもしれない。


 姉も宮中伯アルマンも、そして彼女の父親である子爵もウォレスが王国内で原神子派と接触し王都や王国内で騒乱を引き起こす手助けをするのではないかと警戒している。


 金欠気味の大使には、十分な活動資金もなく、姉も体面が保てる程度の貸付しかしていないので、専門家ではなく隠密行動の不得手な声の大きな素人が多少動かされているだけだと聞いている。


 何より、この『王都城塞』の仮宿は王家の配慮の賜物であり、あまり王国内で好き勝手させないように貸しを作りつつ、監視を容易にするという意味合いもある。人の出入りもしっかり記録される場所で、余計な詮索をされかねない怪しげな相談などできるはずもない。


「では、騎士学校の案内は、王弟殿下とリリアル閣下がお二人でなされるということでしょうか」

「殿下は側近が今入校中ですので、この機会に顔を見せたいということもあるようです。私は、既に卒業しておりますが教官として時折、呼ばれる事もありますので、その延長のようなものです」

「……そうですか。確かに、閣下のご活躍からすれば、直接講義を受ける騎士見習たちにも良い刺激となるに違いありませんな」


 と、相槌をうつ。


「こんな小娘が恐れ多い事に、王国の副元帥という地位を賜っておりますので、多少なりとも王国にご恩返しということもあるのです」


 名目上とはいえ、国家存亡危急の際に、ある程度独自の判断で行動できるように、彼女は国王から王太子に次ぐ『副元帥』位を賜っている。


 本来、大元帥の元に二人の元帥がおり、その下に各部隊を指揮する将軍ないし、騎士団長が存在するのだが、王太子が元帥位を有する現在、恐れ多い事と考え副元帥位が彼女のために設定されている。


『けどよ、王弟殿下よりお前の方が権限上なんじゃねぇの』


『魔剣』がそんなことをぼやく。特使として……実際はお見合いの目的で殿下は渡海するのだが、既に女王陛下はかなり乗り気であるとも伝わっている。王弟殿下は見た目は悪くない、むしろ、国王陛下と比べると優男然としており、尚且つ、母親に溺愛されていたので、女性受けする言動も得意だ。


 国王としては王太子殿下に全く歯が立たない王位継承権持ちだが、王配・王婿としては女王陛下はむしろ好都合だと考えているのだろう。平服剣技も馬術も、ダンスに器楽もかなり上手であり、詩も上手だと聞く。つまり、社交界においてはもてはやされる要素が盛りだくさんなのだ。むしろ、それしかできない。


 彼女の存在は、むしろこの機会に連合王国の宮廷の状況を肌で感じ、また、原神子教徒と御神子教徒の関係、女王と教会・議会の関係など直接確認してもらいたいと考えている。


 幸い、見た目は十代前半に見える少女であり、全く国の英雄には見えない。その外見が本人にはコンプレックスなのだが、密偵というものは相手が構えない程度のか弱さを感じさせる方がいい。爺マッチョが副使であれば、相手もむしろ殴り込みに来たのかと勘繰りかねない。


 それを見越して、姉はリンダにニース商会の支店を出すべく、ウォレス卿に貸しを作っているのだろう。連合王国は輸出できる物が羊毛程度しかなく、その羊毛をネデルの商人に売り、代わりに小麦やワイン、高級な織物や武具などを調達している。また、艦船を建造するための木材も調達している。


 以前は、王国北部のルーンやカン、ランドルの各都市との交易もあったのだが、年々縮小した結果、ネデルに主導権を取られる状態になりつつある。そして、ネデルの商人にも多額の負債を抱えているのが女王個人と連合王国の財政状態だという。


 ネデルを支援したくてしているのは、ネデルとの貿易で利を得ている原神子派の連合王国の商人たちであり、女王もその周辺もネデルとその背後にいる神国と事を構える気はないと思われる。


 しかし、借金をしている故に、ネデル商人である原神子派信徒に同調するような姿勢を見せざるを得ないというのが王国・宮中伯らの判断だ。


「私も、是非、連合王国の賢者学院を見学してみたいものです」

「……然様ですな。魔術に興味がある方には、とても参考になる施設だと思います。私も卒業生の一人ですが、魔術を学ぶには最高の環境だと思っております」


 是とも否とも答えることなく、ウォレス卿は曖昧な返答をした。恐らくは、上司とそのさらに上司の承諾が無ければ、彼女のような王国のヤバい人をその奥の院ともいえる『賢者学院』に招く事は出来ないと考えているのだろう。


 しかしながら、彼女とリリアルの実力を把握することも連合王国にとっては必要なこと。王都にロマンデや王国北部での一連の工作活動をことごとく潰されているだろう彼の国にとっては、戦力を把握したいと考えているに違いない。


『賢者学院』には、必ず招待されるだろうと彼女は確信していた。


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