第540話 彼女は姉と伯姪と共に王太子宮を散策する
第540話 彼女は姉と伯姪と共に王太子宮を散策する
許可を得て、早速、納骨堂に向かう……前に、封鎖されているという『大塔』へと向かう。
先王の時代まで、大塔周辺は若干の増改築をしたようだが、今では入口も板で打ち付けられて内部に入る事は出来そうにもない。
『いざとなったら上からでも入れるけどな』
「……40m魔力壁で登るのは、新しい試みね」
『魔剣』の言う通りである。恐らく、この地下にも何らかの施設が設置されているのではないだろうかと考えられる。修道騎士団の本部であるのだから、何もないとは思えない。
「記録が残っていないのでしょうね」
「百年戦争前だし、当時の王家嫡流も断絶しているから多分分からないんじゃない?」
王太子宮となったのは百年戦争中盤以降、『賢明王』の時代に建設された新しい王都城壁の内部に『寺院』が含まれるようになってからだ。それ以前は、単なる城塞として扱われていたのだという。
「ふーん。不気味だね、楽しみは最後にとっておいたら?」
姉の言に『楽しみって何?』と疑問を感じながら、最後に廻すという事は肯定することにした。
『大塔』は四つの円塔とそれを繋いだ巨大なそそり立つ黒ずんだ壁からできている。所々に窓らしきものが見て取れるが、中から板であろうか塞がれており、内部の様子は全く見て取れない。
「元、王家の大金庫って感じだね」
姉の感想に内心同意する。周囲は軽く切払われており、明るい草地が広がり、本来はこの城塞の前で兵士が鍛錬でもしていたのだろうと想像されるが、今はただ草がところどころ生えている程度だ。
「一時、聖母騎士団預かりだったのよね」
「ええ。百年戦争の後、新しい城塞の中にこの敷地が取りこまれる際に王家が買い取り、王太子宮用の敷地としたのだそうよ」
しかしながら、騎士団幹部の居館となっていた先ほど訪れた城館以外の敷地に関しては最低限の扱いとなっているのは、未だ、王太子が成人後、この王太子宮を使う事があまりなく、手が入っていないという表向きの理由があるのに加え、『大塔』の上部に現れるとされる魔物の陰や、『納骨堂』の失踪事件などにより、敢えて非常時の城塞としての役割り以上の物をこの地に期待していないという面がある。つまり、気味が悪いので金をかけてまで整備したくないのだ。
一時、迎賓宮として改装する案もあったのだが、余りに城塞然としている現在の王太子宮、そして、修道騎士団の王都管区本部城塞という曰くあり気な場所に他国の王族を含む外交使節を滞在させることになるということが歓迎されず立ち消えとなった。
「物凄い質量を感じるわね」
伯姪の感想は至極当然だ。高さは尖塔の屋根を加えると50mに近く、本来の構築物だけで40mの高さがある。壁の厚みは4mもあり、4つの地上階がある。
「元は、この周囲を内堀で囲んでいたようね」
「まあ、埋めちゃったんだね。王都の城壁の外側と比べれば、今となってはあっても無くても同じだもんね」
各階の天井までの高さは一階の7mから四階の4.5mまでととても高く、城塞としての機能を優先しているため、余り居住しやすいとはいえない。円塔の一つが螺旋階段として機能している。伝え聞くところによれば、騎士団総長と管区長の私室は四階にあり、幾つかの壁で内部を仕切って使用していたとされる。
「暗殺者養成所の大円塔みたいな感じなんでしょうね」
「明かり無し、密閉状態なら地下室と変わらないわね。空気悪そうだし」
「真っ暗なら、弱っちい吸血鬼も潜んでいられるかもね。太陽嫌いじゃないあいつら」
「「……」」
外から軽く見学するだけの姉は気楽なものだが、実際、内部の探索を後日想定している二人が気分を暗くするには十分な推測である。グールより知能も身体能力も高いであろう吸血鬼を閉鎖された冷暗所で相手するのは、大変気が重く感じる。
相手が襲い掛かって来る分には対応できるが、追撃すると思うと手こずりそうではある。アンデッドを潜ませておくのは、仕掛ける側において常套手段となりつつあるから、覚悟しておくべきだろう。
定期的に人間が失踪している事件があるということは、吸血鬼の可能性も否定できないが、その場合、男性ばかりであろう近衛騎士や探索依頼を受けた冒険者の相手は女性の吸血鬼なのだろうか。『大塔』の周囲で目撃される動く怪物は、魔法生物であるガーゴイル擬きではなく、吸血鬼もしくはその類のアンデッドなのだろうか。
「ポーション頼みで頑張りましょう」
「……普通に魔力で斬ればいいじゃない。このスティレットの使い勝手も確認しておきたいし」
魔力量の少ない伯姪が、魔力の刃を飛ばす『飛燕』を並の魔銀剣で行う場合、せいぜい二度ほどしか使用できないのだが、太い針のような形状の刃を持つスティレットであれば、込める魔力が減る分威力は低下するものの、数倍を飛ばす事ができるようになる。
銃が持ち込めない、もしくは不利になる場所において、スティレットで飛ばす『飛燕』は効果を発揮すると期待している。今回の『大塔』はもちろんのこと、『納骨堂』に今後予定される社交の場においても、体験できない状況で隠しもつスティレットを用いた対応に期待が持たれるのだ。
彼女は、通常の魔銀のサクスの他、ブーツの中にスティレットを収めておく方法なども試してみている。武装を失ったと見せかけての隠し武器として使えないか、冒険者組にも試させている。
「この四つの円塔のどれが階段なんだっけ」
「北東の円塔ね。他は小部屋のようになっているはずだわ」
王太子宮となってから、その北面に『大塔』の半分ほどの高さの『小塔』が追加されている。三階建てであり、大塔に不足する城館としての生活設備を設置する為に増築したようだが、実際、『大塔』を居住用に使う事はなく、城館だけで十分としている為、いままで使用されたことはないという。
「あっちにも塔が見えるけど、あれは何だっけ」
『大塔』の前を通り過ぎ、敷地のさらに奥へと歩いていく。姉が指さすのは、『古塔』と呼ばれるもので、この地に『修道騎士団』の城塞を建設する際、最初に建てられた塔なのだと伝わる。三階建ての建物であるとされ、最終的には『金庫』として機能していたという。
「建物の基礎らしいものが周りに残っているけど、この辺に兵士の住居でも建てていたのかもしれないね」
聖母教会の礼拝堂の前を横切り、『古塔』へと至る。その奥は草原が広がっているのだが、騎士団があったころは、ここにぶどう畑があり、ワインが醸造されていたという。また、畑で麦や野菜も栽培されてた。『修道騎士団』は、修道士としての生活も行っている為、こうした自給自足の為の仕事も用意されていたのだろう。もっとも、幹部ではなく配下の兵士や従士の仕事であったろうが。
「これ、私の勝手な予想なんだけどさ」
姉がプラプラと歩きながら、彼女と伯姪に話しかける。手に持つ『錫杖』をシャラシャラと鳴らしながら。軽いドレスの足元は今日は珍しく厚い底とヒールのついた長靴を履いている。
「問題を排除したら、ここに近衛連隊の中隊でも配置したいんじゃないかな」
王都の外側に騎士団本部を移転させた場合、王都内の戦力が減るため、治安が悪化する可能性がある。そこに騎士団本部があるというだけで、暴動や犯罪行為を行おうとするものに対する抑止となる。
「外交使節の随行員だって全員を迎賓宮に迎えられないでしょうから、使用人などなら別の場所に留め置く必要があるかも知れないわね」
「そうそう。だから、ここを王太子宮としてだけ使用するのはもったいないとか考えてるんじゃない?」
「それで、リリアルにここを掃除させようって陛下は考えたと」
「いいえ、陛下ではなく……王太子殿下でしょうね」
彼女の言に、姉も伯姪も深く頷く。王太子は相変わらず人使いが荒い。遠く南都で執務中にもかかわらずだ。尊厳王や聖征王の時代、王都がまだ小さかった頃、王都の市民が王の政策に反対し王宮に押し寄せることがあった時などは、『寺院』城塞に逃げ込んだこともあったという。
そういう意味で、王都の中において、王宮以上の堅固な防御施設であると考えられていたのだろう。その後、王家も自身で『狩狼城塞』を建設し、現在は、さらに大きな城塞を『賢明王』の建てた新しい城壁沿い『王都城塞』を建設している。
王国が安定した現在、『狩狼城塞』の大円塔は破却され、現在の新王宮の城館に建て替えられたのは先王の時代だ。
「この周りの城壁に使われている石材も、街の再開発に転用しようかって案も出てるんだってさ」
「それはそうね。元々、この石材って……」
「王都墓地の地下墳墓の元になっている石材の切り出し場から切り出した素材だもんね。新しく手に入れようと思えば、遠くから持ち込まなきゃだから、必要のない石材は他で再利用したい。けど、今は……」
「あの壁ってさ、この中を守るんじゃなくって、この中のモノから王都を守る壁になっちゃってるんだろうね」
相変わらず適当だが、核心を突いてくる姉。つまり、彼女が引き受けた依頼というのは、王都の再開発の一環にして長年の課題であるというわけだ。
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『古塔』の横には、これも何か怪しげな空気を纏っている『礼拝堂』があった。こちらの礼拝堂は『聖征』の時代以降に東方からもたらされた建築技術以前の古い形式で建設されたもので、南都の周辺などでは多く見られる『古帝国風』と呼ばれる様式だ。これは、古帝国時代の建築方法というのではなく、当時の石工ギルドが都市の崩壊とともに散逸していく技術を修道士たちが取りこみ、修道院や教会建築として用いたことによる。
都市が崩壊するという事は、堅牢な石材を用いた街壁や大きな建築物が作られなくなり、所謂、木造で出来た「村」の家屋ばかりとなった事を意味する。実際、石材が手に入らないか建築技術を失った地域によっては、木造の教会が長く利用された。それを変えたのが、入江の民による襲撃であったのだから歴史というのは少々皮肉である。
蛮族の襲撃により石材を用いた都市建設が崩壊し、入江の民の襲撃から人と財産を守る防御拠点として石材を用いた教会が建設されるとは。
「このまま、王都の観光名所として開放してもいい気がする」
「……そんなわけないでしょう。この場所に物見遊山で来るのは、姉さんくらいのものよ。墓地の見学より余程怖いわよ」
「確かにね。何で王都の中に、ワスティンの森みたいな場所があるんだか。王太子殿下も南都に行って戻ってきたくなくなるのも良く分かったわ」
べ、べつにお化けが怖いわけじゃないんだからね! と王太子が言い訳するわけもないのだが、王太子領の経営と南都周辺の再編という役目があったとはいえ、この場所に長居したくないという意思も反映されていたんじゃないかと彼女は思うのである。
王太子宮の警備責任者である伯爵子息に暇を告げ、一旦リリアルへと戻ることにする。一つ一つ確認していくことになりそうだが、最初にクリアすべきなのは、失踪事件が放置されている『納骨堂』だろうか。
総二階と三階建ての二棟からなり、大聖堂と同じくらいの敷地面積があるので、床面積はその二倍以上あるだろうか。
「いやー 王太子宮堪能したよ」
姉だけが満足気であるのだが、最初から他人事なのでそれはそうなのだ。
「本格的な探索には同行させないわよ姉さん」
「それはそうだね。あんな場所、命が幾つあっても足らない気がするから、さすがの私も遠慮するよ。まあ、それよりも、妹ちゃんさ、なんか大事な約束忘れているんじゃない?」
姉の言う約束に心当たりがないと彼女は首をひねる。頭ではない。
「何のことかしら」
「あの、胡散臭い大使閣下となんか約束したんじゃないの? この前会ったとき、私が妹ちゃんの姉であるって知ってさ、遠回しにいつまで待たせるんだって感じで嫌味を言われたんだけど」
そういえば、ワスティンの森の探索の前に顔合わせをして、その後、問題が山積みですっかり忘れていたと彼女は思い出した。
「なんか、王弟殿下にも話したみたいね」
王弟殿下も、ワスティンの件は騎士団や王宮から伝え聞いているのであろう、国内の治安問題に関わる事でもあり、また、連合王国に王都近郊の森で問題が発生しているなど余計なことを認めるのも問題だと判断したのだろう、彼女に督促することなく自分のところで留めていると思われる。
とはいえ、彼らも独自の情報網、言い換えれば連合王国との貿易などで利を得ている王都の商会などから、ワスティンの騒動の件は伝わっているだろうから、完全な秘密というわけでもないのだが。とはいえ、約束は約束。何も言わぬわけにはいかなかったのだろう。
「思い出させてくれてありがとう。早速、王弟殿下に大使の件連絡するわ」
「そう、そうしてあげてもらえると殿下も喜ぶよ」
姉の今日の目的は、もしかするとこの件を彼女に伝える事であったのかもしれない。ついでに、王太子宮見学会にも便乗したという事だろうか。
リリアルに戻り、王弟殿下に早速手紙をしたためる。
「ちょうどいいわね」
「何がよ?」
彼女は、薬師娘二人が騎士学校でどのような評価や周りとの関係を築けているのか気になっていた。彼女の時は、カトリナと良きライバルのような関係が成立し、様々な遠征で事件に関わったこともあり、忙しくも充実した時間を得ることができた。
二人にも同じような経験ができていればよいなと考えていたからだ。
「頑張ってるみたいだけどね」
「そう。騎士学校の件は私も報告書で読んでいるだけだから、少し気にはなっていたのよ」
身体強化も最低限であり、魔力量も魔騎士としては標準くらいの二人は、騎士として馬上で戦い、また指揮する経験が多いとは言えない。幸い、直前で帝国での活動で騎乗での経験を積ませることができたが、近衛騎士・従騎士として数年の経験を積んでいるだろう他の生徒と比べると、経験不足は否めない。
彼女は魔力のごり押しで、伯姪はニースでの教導の経験を生かして災禍なく騎士学校を過ごす事ができたのだが、二人には少々荷が勝ちすぎる気がする。
「こればっかりは、代わってあげるわけにいかないしね」
「そうね。無事卒業さえして貰えれば、『騎士』となれるわけだから。今回はそれで十分なのよね」
元々魔力量が少なく、一期生の補助要員として遠征に同行させたことがきっかけであり、彼女より年長であること、性格的に騎士としてまた、リリアルのなかで魔力小のメンバーのリーダーとして育成したいと考えての騎士学校入学であるから、大きな成果は期待していないのだ。
「あなたも行くわよね、騎士学校の見学」
「勿論よ! 二人がどんな活躍しているのか楽しみじゃない?」
活躍はともかく、馴染めていればいいなとは思う。むしろ、リリアルの経験が騎士としての役割とマッチしていない可能性もないではない。騎士は集団で戦う指揮官としての比重が大きく、冒険者として少数で活動する存在とは相容れない可能性もある。
リリアルでの正解が騎士としては不正解という場合、二人はどう判断しているか、彼女は気になっていた。