第538話 彼女は魔導具の鐘を作成依頼する
第538話 彼女は魔導具の鐘を作成依頼する
試作の『退魔の鐘』が完成したのは依頼から三日後。両手で水を掬えるほどの大きさのゴブレット(脚茎付盃)に似た鐘が作られている。
「デザインは変えられるとして、問題は素材じゃな」
老土夫曰く、武具で用いる物と鐘で使う素材はかなり異なるのだという。鐘楼の鐘は、彼女が屈めば中に入れるほどの大きさで、青銅に魔鉛を加えたものだろうという。錫と銅を混ぜたものが青銅、それに魔鉛が加わる。同じ素材ではあるが、小さいものは錫の量を減らし、魔鉛と魔銀を増やして魔力を貯める容量を増やしてみているという。
「魔石を砕いて混ぜると、どうしても音がなぁ」
KAAANN KAAAANN と思った以上に高い音がする。
彼女がまずは魔力を練り、魔装縄を通して『退魔の鐘』に魔力を注ぎ込む。聖遺物塔のそれよりも魔銀の比率が高いためだろうか、白銀色に強く輝き始める。
「むぅ、これだけで弱い死霊レベルなら、近寄っても来なさそうじゃな」
二体の竜、数多くのアンデッドを討伐した彼女の魔力は、言うなれば魔を祓う力が強くなっているのだろう。竜殺しの魔力が特別なのであれば、魔力量も多く王家の血を引くカトリナでも相応の力を示すのではないだろうかと彼女は考えた。
リリアルで作成した『退魔の鐘』にサボア大公妃もしくは、聖エゼルの紋章をほどこして結婚祝いとして送るのもありかもしれないと思い至る。
「どこまで聞こえるか、試してみましょう」
「そうだな。おい、小僧、お前も手伝うんじゃ」
手隙のリリアル一期生二期生と、彼女、そして伯姪が学院の周辺へと散っていく。街道沿いに移動するもの、騎士団駐屯地の奥へ向かう者、薬草畑に裏の演習場や森。三期生は教官となった一期生から授業を受けている最中なので、姿は見えない。
彼女は、気になっていた薬草畑のアルラウネと、ノインテーターに彼女の魔力の影響が出ないかどうか気になっていた。そして、癖毛は彼に仕える『魔猪』たちが気になっているので、群のいる場所へと向かっているはずだ。
『あら~ 今日はどうしたのかしら~』
相変わらずクネクネしているアルラウネである。元が『草』だから仕方がない。葉と根で出来ているのが『草』、枝や幹を持つものが『木』なので、おそらく、ドライアドはしっかりした印象を受けるのだと勝手に彼女は解釈している。
「このあと、鐘の音が聞こえてくるの。その鐘の音の影響がないかどうか、確認をしに来たというところね」
「ああ、教会の鐘ね?」
『俺は苦手だ』
サブローはノインテーターになる前から教会が苦手であったらしい。確かに、傭兵になるような性格の場合、教会は居心地が悪いかもしれない。神に忠実な傭兵とか、敬虔な信徒の傭兵というのは……正直白いカラスくらい微妙である。
そして、リリアルの本館辺りから、鐘の音が聞こえてくる。
KAAANN KAAAANN KAAANN KAAAANN……
一定のリズムで続けて鐘が鳴り続けていく。
『あー なんだか楽しくなってきたぁ!!』
激しくウェービングするアルラウネ。それに対して、サブローは何だか息が詰まるような仕草をする。
『な、なんか胸が詰まる……気分だ』
『あらあら、楽しいじゃなーい~!!』
アルラウネには特に影響はないが、不死者の一種であるノインテーターにはダメージが多少あるようだ。なんか気持ち悪いというレベルだろうか。人間も、聞くと不安になる音や気持ち悪くなる音と言うものがある。その類いなのかもしれない。
すると奥の射撃演習場から赤目銀髪が走って来るのが見て取れる。
「鐘、止め!! 吸血鬼が死にそう!!」
それは不味いと思い、彼女は一緒になって本館前に走っていくのであった。
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「吸血鬼が死にそうになるってどんな威力だよ」
「まあ、元々死にかかっているから、そこは何とも言えないんじゃない?」
青目蒼髪と赤目青髪が素直な感想を述べる。これが、グールやノインテータに支配された人間相手ならどのような効果があるのか調べてみたい気もするのである。
「おお、魔猪たちは大丈夫だったぞ!!」
癖毛が戻り合流する。魔物の中でも本来の動物が魔物化したものは、さほど悪影響が無いようである。精霊の類、あるいは、死霊の類にとって効果があるのかもしれない。
『これって、壁とか関係ねぇよな。音さえ聞こえれば、相手にダメージを与えたり弱体化させることができるんじゃねぇの』
「その代わり、自分の存在を相手に知らしめることになるわね。防衛戦ならともかく、捜索や隠密行動には全く向いていない。魔装銃などと同じ扱いになりそうね」
最初の時点で考えた、防衛拠点に配置して、敵襲を知らせ味方を鼓舞し、魔物を警戒・弱体化させたいという目的は果たせそうである。
効果検証ができたことで、あとは効果範囲や利用方法について検討を重ねるだけとなる。
「街道では聞こえたかしら」
「ばっちりです」
「騎士団の駐屯地奥も問題なく聞こえました」
距離としては500mくらいの水平距離に関しては問題なさそうだ。とはいえ、開けた場所と森のような場所では伝わり方も異なるだろう。石造の建築物が多い場所であれば音は反響するだろうし、木や土であれば音は遠くまで届かなくなる。
ワスティンの訓練所は、その周囲だけと考えても良いだろうし、リリアルの塔であれば、王宮や騎士団本部辺りまで届く可能性も少なくない。
「あとはリズムで意味を伝えるとかあると良い」
赤目銀髪の提案。軍隊が進軍する時など、太鼓を叩いて突撃や後退の合図とすることがあるが、その場合でも、リズムで意味を変えて伝えている。短い連打や、連打と長打の組合せなどで幾つかのパターンで伝達事項を伝える事も出来そうだ。
『乱打は後退の合図だけどな』
戦闘中は周囲の喊声などで、音が伝わりにくくなる。乱打はその辺りも考えての『後退』の合図なのだろう。
「吸血鬼死にそう」
「豚の血でふっかーつ!!」
赤毛娘ハイテンションに現れる。最近黒目黒髪とお留守番が多いので、力を持て余しているからかもしれない。とはいえ、未だ十二歳でしかないこともあり、しばらくは三期生のお姉さん役をお願いすることになるだろうか。
「豚の血で体力は回復するけど、精神は復活しない」
「復活されても困るだろ?」
「確かに」
初期に捕縛した吸血鬼の何体かは既に精神が摩耗し『灰』と化してしまっている。吸血鬼も必要な『素材』なのだが、どんどん増えてもらってもこまるので、必要以上に大切な扱いをするわけではない。装備のテストなどに必要なニ三体あれば十分であると考えている。
「あとで、血を与える時に、適当な耳栓を詰めておいてもらえるかしら」
「了解!」
赤目銀髪がサムズアップ。赤毛娘と相談し始める。
とはいえ、鐘を鳴らすたびに学院のアンデッドや、守備隊長に配慮しなければならない事を考えると、鐘を頻繁に利用する事は難しい。
「それ、あなたの魔力を込めないもの、もしくは普通の青銅製の鐘を別に作ればいいんじゃない?」
「「「「それ(ね)(だ)(だね)!!」」」」
伯姪の提案を採用し、リリアル学院用には二種を置く事にした。
「魔力はまだ残っているのかしら」
「……そうじゃの……三分の一くらいかの」
鐘を鳴らし続けた時間は三分ほど。つまり、このサイズであれば、十分ほどで魔力切れとなる魔導具となる。範囲も限られており、魔物の出鼻を気付いたものがくじく程度の役割りとなりそうだが、それでも十分だと思われる。わずかな差が、彼我のバランスを変えることはよくあることだ。
「いや、孤立した拠点で魔物の初動を押さえて、味方に敵の存在を知らせ動揺を抑える装備としては優秀だと思う」
「そうだな。特に、二期三期の奴らからすれば、鐘の音で動揺を抑え込めれば、テンパって死ぬリスクも減る。拠点に集まる避難民や冒険者にだって有効なんだろうな」
彼女以外の魔力持ちが魔力を込めても、それなりの効果が望めるかどうかは今後の検証に委ねるとして、『退魔の鐘』は『リリアルの鐘』と呼ばれるようになるかもしれないとリリアル生は思うのである。
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結局、『王太子宮』の問題は明確にすることは出来ず仕舞いであり、改めて中に入り込み調査する必要があると彼女は認識している。
王太子宮の怪異はこの数年のことであり、恐らくは『聖遺物塔の鐘楼』の魔力切れに起因する問題でもあるだろうが、直接の原因ではないと考えられる。対処療法として鐘楼が設置され、それが放置された事で再び問題が顕在化しただけの話だろう。
「吸血鬼もしくはそれに類する、『修道騎士団』と関係する不死系の魔物が『王太子宮』に存在するとすれば、放置できないわね」
『確認が先だな。そんで、何があそこに安置されているかも、行って調べなきゃわからねぇだろ』
つまり、納骨堂や古い礼拝堂、そして大塔の内部探索を彼女が行わねばならないということである。なにが出るか分からない場所に、多くのリリアル生を連れて行くわけにはいかない。少数精鋭と言えば聞こえがいいのだが、実際は彼女と伯姪の二人での探索が……一番面倒がない。
「王太子宮に入り込めるのは、それなりの身分があった方がいいわよね」
『まあな。お前と相棒、あとは、ギュイエの姫様くらいなら文句を言えないだろうが、ここの連中じゃ、ちょっと身分が足らねぇ』
衛兵の他、近衛の騎士が何人か詰めているのだ。有能なら王太子が南都に帯同したであろうし、王弟殿下と個人的な友誼が結べるのなら、王弟殿下の王都総監の補佐の仕事を務めていたと思われる。つまり、王太子宮に残されているメンバーは『いらない子』である可能性が高く、身分の高い『案山子』であると思われる。
「モノ言う案山子は、存外に面倒なのよね」
近衛の真面な幹部でも、王都を守る子爵家の令嬢に対して敵意剥き出しの存在であったのだから、まして、孤児上りの王国の魔騎士であるリリアル生に対して、身分でマウントを取りに来る可能性が高い。
『ガキンチョたちの御守り役も必要だし、お前たちが連合王国に出向いている最中の役割りを考えりゃ、二人で探索するのが妥当だろうな』
『魔剣』の言葉に彼女も同意する。連合王国に帯同するメンバーは彼女と伯姪、茶目栗毛に薬師娘二人、そして二期生の赤目茶毛の六人。半年か一年、一期生を中心に学院とワスティンの訓練所を運営するだけでも大変な負荷になると思われる。
「昔に戻ったみたいで楽しみね」
『……それが本音かよ。成長がねぇな』
確かに、外見があまり成長していない故に、内面も成長していない可能性もないではない。リリアルの院長や爵位持ちとしての立場ではなく、純粋に王太子宮の問題に個人で取り組めるのは、ちょっとワクワクしてしまうのだから仕方がないだろう。
「今回は、銃も長槍も必要ないから、気が楽よ」
『だと良いけどな』
探索する納骨堂も大塔もおそらく通路は狭く、人ひとりが通れる程度の幅しかないと思われる。特に、大塔は聖征全盛期の『修道騎士団』がその建築と防衛技術の粋を集めて作られた防御構築物だと考えられる。
たった一人の聖騎士が通路に立ちはだかる事で、数日、サラセン軍の侵攻が抑え込まれたという話も聞く。彼女と伯姪のコンビであれば、そのような場面であっても上手く対応できるだろう。技の伯姪、魔力の彼女という組合せは慣れた二人でもある。
「連合王国に乗り込む前の予行演習に丁度いいわ」
『……お前、あっちでも納骨堂や城塞に侵入する気かよ』
それは……ないとも限らない。備えあれば憂いなしである。
「狭い場所ならスティレットも使い道があるかしらね」
『アンデット相手にどうなんだろうな。まあ、魔力を通す通り道って意味なら意味があるだろうな。それに、相手が当時の重装騎士なら、意味もあるだろうさ』
聖征時代の装備は、バケツヘルメットに全身鎖帷子の鎧にサーコートのはずだ。とはいえ、百年戦争の頃には部分的な板鎧も普及しているので、その可能性もないではない。
『百年戦争の間には、王都が連合王国の将軍に占領された時期もある。そこで、何か仕掛けを残した可能性も……あるな』
救国の聖女が活躍する十年ほど前、連合王国……当時は蛮王国であったが、王国内が南部諸侯と、王家の分家である旧ブルグンド公を長とする派閥に別れ対立している隙を突き、大公家を抱き込んだ蛮王軍が王都を占領した時期がある。
子爵家も一時王都を離れ、当時の王と共に行動していた。その息子、救国の聖女の活躍により王太子から国王に戴冠し、その王が王都を取り戻すまでには十五年以上の時間がかかっている。何かを仕掛けるには、十分な期間でもある。
当時の蛮国王は、王国王女を妻に迎え今の国王が死ぬまでは王位につけることにするが、その死後は蛮国王が王国の王を兼ねるつもりで和平条約を結んでいる。
しかしながら、神は王国に味方したのであろう。心身を損耗し、狂気に駆られる事もあったにも関わらず、蛮国王よりも国王陛下は長生きすることになる。
僅かなタイミングで、勢力が入れ替わり王国が連合王国の一部と化し、王家が無くなっていた可能性もあるのだ。