第534話 彼女は生き残った修道騎士を考える
第534話 彼女は生き残った修道騎士を考える
父親との話を終え、彼女は一人考えることにした。
確かに、暗殺者養成所となっていたあの城塞においても、怪しげな儀式を行っていた可能性のある場所を発見した。とはいえ、吸血鬼化させたというよりも、暗示にかけたり支配を強化するためのギミックであったように思えた。
「あの場所と似て非なるものかもしれないわね」
『似たような施設はあるだろ? 例えば……』
「大塔ね」
修道騎士団により建設された『王都管区本部』である『寺院』の中で一際巨大な姿を誇る『大塔』。その施設の恐らく地下に、なんらかの儀式を行う設備があるのではないかと思えなくもない。
『魔剣』は「納骨堂にもあるかも知れねぇ」と付け加える。
『聖王国が滅び、修道騎士団は王国に根拠地を置いて、再度、聖征を行おうとしていたと表向きはなっているな』
「でも、実際どうだったのかしら」
『異端として処罰されなかったらか? 王家よりでかい教皇以外にかしづかない武装集団だぞ。王家に成り代わって、この国を支配していたんじゃねぇの。王都の中に、あんな城塞建設するくらいだぞ。やれるだろ』
王都を支配し、王家を追い出して教皇の名の元、再び王国の騎士や兵士を動員して大聖征を行う……という事も可能であったかもしれない。そして、その先頭に立つのは全身を覆う金属の鎧と鎧下で日光を遮蔽した不死の騎士の軍団であったらどうだろうか。
「聖征において、異教徒は悪魔と同義語。そして、殺せば殺す程天の国に近づくことができる」
『それを隠れ蓑に、吸血鬼が高位の魔力持ちの戦士や騎士を餌食にして自らの能力を高めようとすれば、そりゃ素晴らしい草刈り場になるよな。聖典も聖王国もその為の方便に過ぎないな』
想像に想像を重ねると既に妄想の域となる。しかしながら、子爵家の記録を調べれば、王都で起こった事件や噂の類から裏付けが得られるかもしれない。
「聖母騎士団は内海の拠点を死守しながら、未だにサラセンと対峙し続けているのですもの。王国に引っ込んで修道騎士団がそのままという事は……考えられないわね」
いまよりも教皇の影響力が数倍大きかった時代、そして、王家が諸侯の一つ程度の権威と戦力しか持たなかったことを考えると、王国を自らの『聖王国』とし、再度カナンの地を解放するという野望を持ったとしてもおかしくはない。
その野望を支えるのは、不死の聖騎士団。実体は、戦士や魔術師の魂を得ることでより高位の存在となろうとする吸血鬼の軍団である。
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翌日、父に許可をもらい子爵家の書庫へと早朝から入る事にする。当主の残した王都に関する手記の類。時期は、今から二百五十年前から五十年程前まで。つまり、修道騎士団が王国へと帰還し、父子爵が物心つくまでの間の記録だ。
『修道騎士団の裁判記録は王宮だろうな』
「経緯はともかく、結果は……史実として記録されている事と変わらないわ。ん、付記があるわね」
騎士の自白による『異端』としての判断だが、貴族である『騎士』に対しては拷問などを行う事が許されていないため、強引に罪を認めさせたとは言いにくい内容なのだが、それ以外の事件事象として付記には様々な王都に起こった不可思議な現象について記されていた。
『修道騎士団総長らが王都にやって来てからってか』
若い未婚(というには幼い)の少女が騎士団員と思わしき集団に拉致され行方不明になるであるとか、総長ら幹部がカナンから王都にやってきた後、カラスや蝙蝠の数が異様に増えたなどの異常現象や噂の類が記録されている。
「これは……」
『ん……この時点でガーゴイルが動くって超常現象が噂になってるのか』
姉から聞いた『大塔』に見える動く人物のような噂が、具体的にガーゴイルが動く、人を攫うと言った内容で記されていた。今の噂はこれの焼き直しか、もしくは、再び同じ現象が起こっているのだろうか。
「騎士団に王都で失踪している若い女性がいないかどうか、聞いてみなければならないわね」
『若い女が男に誑かされて街を出て失踪扱いになるってのはよくある事だが、その辺、どう解釈しているかにもよるだろうな』
恒常的にガーゴイルによる略取が行われていれば、失踪件数は増えている可能性はかなり低い。吸血鬼の餌を探す魔物なのかもしれないと彼女は考えている。
『自分で出歩かず犠牲者が得られるんなら、脚が付くこともないか』
「魔導具なのか、魔物なのか。あるいは、ゴーレムなり魔法生物の一種。若しくは使い魔の可能性もあるわね」
遣い魔も魔物の一部だがそれはそれでかまわないか。ゴーレムは魔導具なのかどうかは専門家に任せておこうか。
そして、異端として処罰し『修道騎士団』は王国内において解散。教皇庁は王国の行為を非難したものの、王国内での修道騎士団の活動を全て排除した王家は、数年後にその財産を修道騎士団の王国域外の資産を受け継いだ聖母騎士団に返却。但し、既に換金処分できる資産は残っておらず、管理する騎士団員もいないことから、ほとんどの拠点が王国へと返還されてしまう。
「しばらくして百年戦争が始まるわね」
『そこで、王都に怪しい動きが出始めるな』
修道騎士団を解散に至らしめた『王家』は、尊厳王の孫の代から後継者が先細りになり、曽孫の代に途絶し、分家が後を継ぐことになる。これも、修道騎士団の呪いだと騒がれたことがあるのだが、実際、そうではなく、この後連合王国(当時は蛮王国)が王家の正統を自称し、王位を望むという大義名分のもと、王国に攻め寄せてくるのだが、これが怪しいというのだ。
「修道騎士団の生き残りの使嗾でもあったのかしら」
『荒すだけ荒し、結構な数の街や村が滅んでいる。「騎行」ってのは、もしかすると、吸血鬼化した修道騎士団員が尖兵として乗り込んで殺戮したとか思えねぇか?』
これもかなり憶測に憶測なのだが、王位を望むとして遠征を行っているにもかかわらず、領民となる可能性のある村や町を破壊して回るという行動が手段と目的が一致していないのではないかと違和感を感じる。
確かに、王国軍を吊り出すための示威行為という意味があるのは理解できなくもないのだが、やりすぎのきらいがある。
『最終的には追いかけてきた王国軍を迎え撃って圧勝。騎士や貴族の捕虜をとることなくほぼ殺戮して終えている』
「公的には、疲労困憊と食糧不足から戦争を長引かせる捕虜の帯同を不可能と判断した結果、捕虜とせず殺したとされているけれど……」
『吸血鬼が美味しくいただきましたなら……つじつまが会う』
王国はその後数度にわたり、連合王国の遠征軍と戦うが、『騎行』と長弓+重装歩兵(下馬騎士であり吸血鬼が含まれる)部隊により、何度も敗戦している。恐らく、吸血鬼と化した騎士の数は数十人程度であろうが、決して崩れない部隊が前線に貼り付いているというのは、非常に連合王国にとっては有利な状況であっただろう。
その間、枯黒病の流行による休戦や人口が半減するほどの猛威を振るう現象の中で、王国も連合王国も戦争どころではなかったはずなのだが、その背後で、連合王国内でもまた王国内においても吸血鬼の跳梁があったのではないかと推測される。
「でも、何故、王都の狼の群れは掃討されたのかしら」
『使役していた吸血鬼が休眠期に入ったからという可能性はどうだ』
オリヴィ曰く、吸血鬼はニ三百年周期で休眠サイクルを有しているという。そう考えると、王国が窮地を脱した時期と王都から狼の群れが討伐され駆除された時期がほぼ一致している。
「吸血鬼の貴種が休眠状態になったので、その配下の従属種たちが戦争に参加しなくなった結果、王国が連合王国に勝利したのかしら」
『救国の聖女関係ねぇとか……セツねぇな……』
類推に類推を重ね、憶測に憶測を重ねた結果であるから正しいかどうかきわめて怪しい。
「そして、これは……」
『あのデカ物の道楽じゃなかったのかよ』
デカ物とは、先代の国王、今の陛下の父君である王様のことだ。建築道楽で有名であり、騎士の真似事や戦争も大好きな散財家でもあった。そして、女性も大好きな典型的な王様。
その先代王が建てた建築物の記録が記されている。
聖ヤコブの遺物を祀る巡礼所として聖征初期に建設される教会の鐘楼『聖遺物塔』。300段の階段をのぼると地上52mの鐘楼に到達する。建設開始・完成は五十年ほど前であり、先代国王の時代。
大塔は40mであり、この時点でこの建物が王都で最も高い建物となった。
「その目的が……大塔の魔物を監視するため……ですって……」
どうやら、ガーゴイルらしき魔物に人が攫われるという被害報告、噂が王都ではずっと続いており、その対策も踏まえて監視塔としての役割もこの『聖遺物塔』は持っていた。
「知らなかったでは済まされないのでしょうね」
『いや、頻繁ではないのか、それとも何らかの理由もしくは方法でガーゴイルの被害が出ないようにしているのか。これも判らねぇな』
ガーゴイルの被害に関して耳にしなかったのはこの影響かもしれない。そう考えると、王家なり近衛なり騎士団は、このガーゴイルによる略取に関してそれなりに情報を持っているのではないだろうか。五十年前というと、二世代以上前になる可能性があるが、王都の歴史を考えればそれほど
昔というわけではない。
「陛下はご存知ではないのかしらね」
『繋がっていないとかじゃねぇか。まあ、だからどうだって話ではある』
国王陛下に正確に伝わっていない、もしくは既に片付いた問題として処理されているかもしれない。五十年前の出来事であれば……
『お前の祖母さんなら知りえている可能性があるな』
陛下と父である子爵は同世代。その上の世代、もしくはその母親世代である先王の母親である祖母の仕えた先の王太后から何か聞き及んでいる可能性もある。
「全てが詳らかにされなくとも、断片的な情報でも知っていれば、調べる参考になるかも知れないわね」
『それと』
『魔剣』曰く、偶には祖母に顔を見せてやれということで、彼女は改めて祖母に先触れを出し、茶会に招きたいと伝えた。
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「随分と賑やかになったもんだねぇ」
「はい。孤児を少々預かる事になりましたので。御覧の通りの有様です」
リリアル学院に祖母を招き、新参の三期生たちと顔合わせをさせた。連合王国に彼女と伯姪が訪問するとすれば数か月から一年近く揃って不在となる為、再び祖母に院長の代理を頼まねばならない。今だ矍鑠としている祖母だが、小さな子供の相手は骨が折れることだろう。
少しずつ三期生のいる環境に慣れてもらうとともに、不在時に彼女たちの仕事を肩代わりする一期生の教育も視野に入れた引継ぎが必要となるだろう。何度かこうして祖母を迎えて食事会や茶会をするのも良いだろう。
「私の祖母で、院長代理を務めていただいています。みなさん、ご挨拶を」
「「「「よろしくおねがいしまーす」」」」
「はい、よろしくね。遊び相手にゃちょっと骨だが、勉強や所作の指導はビシッとしてあげるから、覚悟しておきな」
「「「「……」」」」
見た目は老淑女といった威厳のある容姿から想像できない物言いに、暗殺者養成所の教官を想起したのか、年少組を中心に空気が凍り付いたような雰囲気となる。若干涙目な子も見受けられる。
「大丈夫よ! あなたたちが一人前になれるように、ご指導くださるってだけで、体罰や食事抜きなんかはしないから……たぶん」
「たぶんって……お婆様はそのような事はされません。言葉で責められるだけです。自分が教わったことをしっかり身につけているのであれば、なにも問題ありませんよ」
伯姪が脅し、彼女がフォローする。伯姪も冗談めかしていったはずなのだが、トラウマになっているのか、冗談にならなかった。この辺り、孤児院の子どもたち以上に配慮が必要なのだろうと彼女は改めて理解した。
新しいメンバーとの顔合わせも終了し、改めて彼女と祖母、そして伯姪の三人で茶会が始まる。サーブは小間使いとして教育中の『赤目茶毛』。
「おや、この子はしっかりしているね。名前を教えてくれるかい?」
「……ルミリと申します」
「そうかい。この子は侍女向きだろうね。所作がいいじゃないか」
数年前まではそれなりの商家の跡取り娘として教育を受けていた赤目のルミリである。赤子の頃から孤児院で育てられたり、貧しい家庭で育った孤児と比べると、スタート地点が異なるのでその辺りが立ち振る舞いに出ているという事だろう。
「冒険者より侍女としての教育を重点に育てていくつもりです」
「なら、そのうち私の家で預かって教育するのも良いかもしれないね」
彼女もその昔何度か受けた、祖母の家での淑女教育。身分の高い貴族の回りにはべる侍女は貴族の娘であることが多い。使用人の中でも身の回りのお世話係兼話し相手・友人のような役割を果たすこともあり、貴族の子女としての教養も必要となる。
この辺り、彼女も伯姪も下位貴族の令嬢としては相応の物を身につけていると考えているのだが、リリアル生にそこまで求めることは難しい。
今のメンバーでそういった教育が必要なのは、二期生のサボア組三人になるだろうか。サボア公から預かった元下働きの二人はおそらく、カトリナがサボア大公妃となるに前後して、聖エゼル所属の修道女騎士として加わる可能性もある。サボアの近衛ではなく、大公妃の近衛として聖エゼルを配すると考えるからだ。
とはいえ、カトリナは冒険者に憧れるような令嬢であり、実際、冒険者としても短期間だが活動した。聖エゼルはトレノ近郊の貴族子女の修道女が主要メンバーだが、平民の兵士も戦力として活用していると聞く。あまり、細かな淑女教育は必要ないかもしれない。
村長の娘は、ノーブルに姉が伯爵となって赴任する際に、その領地の騎士として取り立てることになるだろうから、そこまで淑女教育は重要視しなくてよいだろう。姉だし。
一期生に関しては……黒目黒髪や赤目藍髪あたりが対象となりそうだ。また、薬師娘二人組も騎士学校の後、祖母の指導を受け侍女としての素養も磨くことが必要かもしれない。
薬師娘二人は、彼女と伯姪と共に連合王国に随行員の一員として向かう事を予定している。故に、茶目赤毛と並んで教育の優先度が最も高いメンバーでもある。ご愁傷さまです。
「幾人か侍女として育てたいものがおりますので、是非お願いいたします」
「ああ、覚悟を決めて来るように伝えておいてもらおうかね」
国王陛下さえ気を使う祖母であるから、それはリリアル生にとってはもっとも厳しい状況を想定せざるを得ないだろう。主に精神面において。