第531話 彼女は偽リリアルと対峙する
第531話 彼女は偽リリアルと対峙する
リリアルの騎士服に帯剣した彼女と灰目藍髪は、目立つのを避けるため、フード付きマントをしっかりと身に着けていた。受付で騒いでいる若者は男女四人組の冒険者のようである。何事かと思いつつも、横の開いている受付へと向かう。
「いらっしゃいませアリーさん。ギルマスとの面会ですよね」
「ええ。そうです。連れが来るまで少し待たせてください」
「かしこまりました。先に、伝えてまいりますので少々お待ちください」
受付嬢はベテランであり、彼女が駆け出し薬師であった頃からの顔見知りでもある。チラチラと横の冒険者が二人に視線を送って来るのだが、気にせずスルーする。
「だから、この依頼、受けさせてくれって言ってるだろ」
「……等級が合わないので、受けていただけません」
「いや、固いこと言わないでさ。ほら、俺達これでも濃黒なんだぜ」
濃黒は、見習の最終段階のランクである。薄白・濃白が雑用や採取依頼だけしか受けられないのに対し、黒はゴブリン程度なら討伐依頼を受けることができる。とは言え、見習レベルである。
「これは、薄黄ランクの依頼。一体とは言え、オーク討伐ですから。ゴブリンや狼とは危険度が異なりますよ」
「大丈夫だって。なんなら、その二人もパーティーに加わってもらって、六人なら問題ないだろ?」
何やら、勝手なことを言い出したので驚く彼女、そして、一瞬睨み付けるような視線を送る灰目藍髪。
「なあ、二人とも冒険者なんだろ? 二人じゃ碌な依頼受けられないだろうから、俺達と組まないか。臨時でもいいんだけど」
「俺達結構遣えるぜ。なんてったってリリアル育ちだからな」
彼女は不穏な名前を耳にする。「リリアル育ち」とは何の事だろうか。
「リリアル?」
「なんだ、知らないのか」
意味を取り違えたのか、さも賢しげに『リリアル』について語り始める。それは、多少の真実を含んではいるが、大方、自分たちに都合の良いデマの類であった。
「……というわけで、俺達がリリアル男爵様公認の冒険者っつーわけだ」
「そう。それは素晴らしいわね。けれど、リリアル生は冒険者登録をしていたとしても、冒険者として活動しているわけではないのはご存知ないみたいね」
「はぁあ? そんなわけねぇだろ。まるで俺達がリリアルの冒険者じゃねぇって言ってるように聞こえるんだが」
すました顔で話している彼女の横で、伯姪がその話に割って入る。
「頭悪いわね。だから、あんたらリリアルじゃないって言ってるんじゃない。そもそも、あんたたちなんか私は知らないわよ。ねえ」
茶目栗毛と灰目藍髪が頷く。
「リリアル生は基本的に魔力持ちじゃないと冒険者登録してないの。それに、指名依頼でもなければ受けないのよ。オーク討伐なんて普通の冒険者の仕事を奪うような依頼は受けないし、ギルドの規定通り、見習の間は魔物討伐を受ける事もないのよ」
「……え……」
「だから、ここにいる人が冒険者アリー。リリアル副伯本人で、私は副院長のニース男爵令嬢にして王国の騎士よ」
「「「……す、すみません」」」
すみませんですんだら官憲はいらない。といことで、ギルドから騎士団に経歴詐称とリリアルの名を騙る不届き冒険者として処罰してもらうよう、冒険者ギルドに依頼することにする。
「アリーさん。その、処刑はなにとぞご容赦ください」
「しょ、処刑ぃ!!!」
貴族であるリリアル副伯の名前を騙り、ギルド受付で横車を通そうとしたのだから、処刑されてもおかしくはない。
「そこまでは望んでいません。そうですね、冒険者等級の降格、それと、不人気な依頼の強制指名を一年ほど与えてくれれば許しましょう。それに、ギルドの受付でも分かっていて否定していなかったのでしょうから、あまり厳しくはできないでしょう?」
リリアルを騙った時点で「あんたら違うよね」と即座に否定できたはず。彼女自身が動かなければ、冒険者ギルドに直接リリアル生が現れることもないのだから、即嘘とわかるはずなのだから。
「それは……お許しいただければ……」
「それと、王国内の冒険者ギルドに『リリアルの名を騙る冒険者は即座に冒険者資格をはく奪する』と通達をお願いします。依頼の掲示板にもその旨を掲示してください」
「承知しました。のちほど、王都のギルドマスターから王国内に通達するようにいたします」
リリアルの名前が知られるようになり、『妖精騎士』よりも『リリアルの冒険者』の方が名を騙りやすいということもあるのだろう。今後、似たようなトラブルが無いよう、敢えて『騙った場合は冒険者資格剥奪』と罰則を示したのだ。
王都はともかく、地方で名をかたられたとしても彼女たちが知る可能性は非常に低い。揃いの意匠や紋章を身につけさせる必要性もあるかもしれない。
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「有名税というやつね」
「面白そうだから、横で聞いていたのだけれどあれは駄目よね」
全部駄目だと思う。伯姪と茶目栗毛は慣れたものだが、彼女の茶目っ気に少々驚く灰目藍髪。
「さて、報告を済ませて騎士団本部へ向かわねばね」
ギルマスのいる応接室へと案内される。恐らくは、最も豪華な高位貴族が依頼をする場合に用いる部屋だろう。
案内を受けた受付嬢がノックをし、彼女の来訪を告げると中へと即される。
「閣下、ご健勝で何よりです」
「……ええ、ギルドマスターもお元気そうで何よりです」
席へと案内され、飲み物が配される。水で割った果実酒に氷を浮かべたもの。氷は魔術で作り出したものだろう、高価なものだと推測される。つまり、接客としては最上級に近いものだと思われる。
口を潤し、早速と話を始める。
ワスティンの森で、相当数の上位個体を含むゴブリンの集団の他、オーク・オーガなどの人型の魔物が人為的に送り込まれている可能性があり、非常に危険度が上がっているという事を説明する。
「……その証拠……といいますか、根拠はございますでしょうか」
「先日、リリアルの領都を選定するために私たちでワスティンの探索を行いました」
そこで遭遇したゴブリンたち。そして、古帝国時代の軍団兵のような武装をした訓練を受けた醜鬼の兵士と将軍。
「武装したオークが二百……」
「その大多数は掃討し、現在、敗残兵の後を追跡させています」
『猫』が距離を置きつつ、付かず離れず追跡している。恐らくはヌーベ領のいずれかに辿り着くことになるだろう。その報告を聞くには十日ほど後だろう。
「そ、それで、ギルドに出来る事は……」
「ワスティンの依頼の一時凍結、冒険者への立ち入り禁止。これは、リリアル副伯領に対する立ち入り禁止を領主から命ぜられたと通達してください」
「オークの件は……」
彼女は、先ほどの偽リリアルのようにオーク討伐で侵入する向こう見ずな冒険者にリリアル領であるワスティンを荒らされることを避けたかった。また、運河の開削工事に影響が出るようなトラブルを引き起こされる事も避けたいと考えていた。
「ギルド内には理由を説明しても構いませんが、一般冒険者には説明不要にして頂きたいと思います」
「では、指名依頼を受けるクラスの冒険者であれば」
「リリアルと揉める愚を犯す事もないでしょうし、オーク二百を相手に数人の冒険者がどうこうできることではないとも理解できると思いますので、お話して頂いても構いません」
ギルドマスターはホッとした顔をする。ある程度高位の冒険者に対してはギルドもある程度誠意を見せなければ信頼関係が揺らいでしまう。特に、王国内では珍しいオークの出現を喜ぶ腕自慢の冒険者もいないわけではない。
「流石に、二十ならともかく二百はねぇ」
「もっと少ない斥候と遭遇する可能性もあるのだけれど、能力としては騎士団の平騎士並だとすれば、まともにやり合えば冒険者が死ぬわね」
「……そのように、各支部には通達いたします」
彼女と伯姪の説明にギルマスも理解を示さざるを得なかった。
冒険者ギルドを出る際にちらりと掲示板を見る。
――― リリアル学院生及び、リリアル『副伯』閣下の名を騙る者、すべからく冒険者資格を剥奪し、騎士団に身分詐称の詐欺犯罪者として引き渡すものとする 【王都冒険者ギルド本部】 ―――
「仕事が早いわね」
「当然です」
「押し借りや、勝手依頼などの詐欺犯罪も詐称から発生しそうですから、このくらいで当然だと思います先生」
茶目栗毛の反応からすると、やはり、ひと目でリリアルだと分かる何らかの装備を揃いで身につける方が良さそうな気がする。が、冒険者として目立つような事もどうかと思う。
「あれよ、魔銀のサクスにリリアルの紋章を柄の部分に施して、身分証の代わりに与えればいいんじゃない?」
伯姪の言も良いかもしれない。サクスのような古臭い短刀をわざわざ誂えるのは珍しいし、できる者も少なくなっているだろう。ならば、その風変わりな短刀とリリアルの紋章が組合されれば、証明に用いれるようになるだろう。
「では、魔術師は魔銀製、それ以外のメンバーは魔銀鍍金のサクスを揃えるようにして与えるようにしようかしら」
「それは有り難いです」
騎士の身分を持つものであれば、佩剣も統一する方が良いかもしれない。そもそも、彼女も伯姪も片刃の曲剣を使うので統一するのは微妙だが、式典用儀礼用にはあっても良いだろう。
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騎士団本部は王都の中央を流れる川の中州にある『旧王宮』を利用した建物である。宮殿としてよりも城塞としての役割が大きく、現在でもその利用価値は変わっていない。王都が攻撃された場合、現在の王宮からこの騎士団本部城塞に一時王家の皆様が避難する可能性もある。
「久しぶりだな」
「騎士団長閣下もご壮健で何よりです」
「多少、いやかなり以前より楽になった。とはいえ、騎士団の規模拡大と新拠点の建設、それと……」
「迎賓宮の警備でしょうか」
「ああ。近衛とやり取りが面倒でなぁ……」
リリアルも関わる迎賓館の警備だが、迎賓宮の外側の警備は騎士団が王都の一部として関わり、敷地内の警備は近衛が務めることになるのだが、近衛の人数が不十分でおそらく騎士団からの出向者で穴埋めする必要が発生するのだという。
「面倒ね」
「ああ。騎士団にわざわざ来る貴族の子弟ってのは、真面すぎるからな。かといって、騎士に任ぜられたとしても平民では身分的な問題でやりにくい。現場の優秀な魔力持ちの指揮官クラスを迎賓宮に持っていかれるのは正直しんどいな」
近衛騎士も良識の無いものばかりではないが、相手が平民出身の騎士であるのと、貴族の子弟の騎士では反応が異なるし、意見をしても受け入れる入れないのトラブルが発生しかねない事を考えると、貴族の騎士を間に入れる方が良いに決まっている。
「取りまとめ役の幹部だけを貴族の騎士にするというのはどうでしょうか」
「なるほど。現場で揉めた場合、指揮官に全て委ねることにするわけか。大変なのは変わらないが、質が変わるな。まだそれなら、多少改善する余地が生まれる。助かった」
実力主義の騎士団からすれば、貴族身分だから隊長というのはない判断なのだが、近衛と接する部署に関しては貴族で統一し、折衝役として割り切る事を考えるというのは一つの判断だ。
「なるほど、なら、腕より人柄で選べるから、適材適所になるわね」
貴族であり、折衝役が可能である人材に必ずしも騎士としての腕前は求められない、なんなら必要最低限で良い。性格の良い燻っている貴族出身の騎士が居れば、抜擢する材料にもなる。副官やその下の幹部に腕のある騎士を宛がえばそれで任務遂行ができる。むしろ、そのほうが良い結果を生むかもしれない。
「ひとつ懸案が減って助かった。で、本題に入ろうか」
騎士団長から話しを促され、彼女は今回の出来事について語り始める。
「ワスティンの森に大規模な武装したオークの集団が現れましたので、リリアルで討伐しております。その事後報告と、今後のご相談に伺いました」
「……ちょっと待ってくれ。口述筆記で報告書を作成する。担当官を呼ぶまで話を進めないでもらおうか」
騎士団長は控えていた従卒に呼ぶべき人員を伝える。
「それと、今本部にいる幹部連中も呼ぶので、ついでに話を聞かせてもらいたい。場所を変えよう」
「承知しました」
騎士団長の応接室から、大きめの会議室へと場所を変えることになる。幹部から直接質問を受けた方が、今後の騎士団の活動に即座に繋がることになるだろう。彼女もそれに異存はない。
「……大事ですね」
「そう。大体いつもこんな感じよリリアルは」
「そうですね。些細な討伐依頼や探索が、とんでもない出来事に繋がることもしばしばですから。慣れていただかなければですね」
灰目藍髪の呟きに、伯姪と茶目栗毛が即座に答える。そして、こわばった顔を見た伯姪と彼女がくすりと笑う。馴れたくない馴れっこだ。
騎士団の大隊長、中隊長、そして警邏や任務外で本部に滞在していた小隊長以下の幹部騎士ら十数名が少々大きめの会議室に集まってきた。
「これから、リリアル副伯閣下から、ワスティンの森で発生した大規模なオークの武装集団討伐の報告をして頂く。なお、この内容は騎士団本部で整理した後、冒険者ギルド、商業ギルド他、王都周辺の統治機関に伝達するものとする。では、閣下、よろしくお願いいたします」
小さく溜息をつき、彼女は今回の出来事について説明し始めた。