第530話 彼女はワスティンを撤収する
第530話 彼女はワスティンを撤収する
彼女は、考えていたことがある。
『おい、早くしろ!』
魔銀のスティレットを『刺した』状態で『雷刃剣』を発動したらどうなるのかということである。
空中からのバルディッシュの一撃をハルバードで受止めさせ、左手には隠し持っていたスティレットを構えて着地のタイミングで脇腹に突き刺す。
―――『雷刃剣』!!
DADANNNN!!!
GAAAAAAA!!!!
魔力を大いに込めた体内への雷刃剣の一撃。『将軍』の体の表面には樹形図のようなミミズ腫れが青黒く形成されているのが見て取れる。
金属を身に纏っていたものの、ブリガンダインであった事で多少は緩和されているかもしれない。が、恐らく、火傷もひどいことになっているだろう。
『死んだか!』
「いいえ。意外とタフだわ」
意識を保っているのか、無理やりにハルバードを振り回し、彼女を払い除けるように動き回る。『魔剣』フラグならず!!
大きく飛びのき、スティレットとバルディッシュをそれぞれ片手で構え、相手の出方を伺う。それは、『将軍』も同様だろう。
『ぐぅ……やるな女』
「あなたも、中々ね。見逃してあげてもいいわよ?」
忌々しそうに顔をゆがめるオーク『将軍』。とは言え、完全無傷、魔力もたっぷりの彼女に対し、体の内部からダメージを受け、恐らく魔力の操練も不確かとなった自身において彼我戦力差は明らかだと言える。それを素直に認め、見逃してくれと命乞いをするようなら『将軍』とはなっていないだろう。
既に背後の供回り、オーク『近衛』は『猫』に無力化されており、ただ一体で一人と一匹に対峙しなければならない。
『何故、見逃す』
「簡単よ。あなたが来た場所に戻って処刑されるならわざわざリスクを負う必要もないでしょう。もう一度侵攻するつもりなら、再編に時間がかかると思うのが当然よね。時間が稼げるわ、お互いにね」
彼女は予定が一杯なのだ。少なくとも、一二年は戻ってこれないだろう。オークが重装歩兵のように隊列を組むように訓練するのは、そのくらいはかかる。装備だって一朝一夕には整わない。その準備のために消費される時間と資材があれば、背後関係だって容易に把握できる。居場所の想像は難しくないのだから。
しばらく考えていた『将軍』は、ハルバードを地面に下ろし両手を挙げ一歩後退する。
『では、取引に乗る事にする』
「……そうね。これは取引だわ。あなたと再戦することを楽しみにしているわ」
『任せろ。オークでここまで育つ者は我以外いない。新たな勇者も育てねばならぬからな。我が死のうが生き残ろうが、約束は守ることができよう』
死ぬはずがない、死んだとしてにも再侵攻には時間がかかるとなれば、無理にここで討伐する必要はなくなる。
「どうぞ、お先に」
『……分かった。再戦まで壮健であることを願う!』
半死半生のオーク『将軍』は、無手で背を向け来た道を戻っていく。殺そうと思えば殺せるであろうと理解した上で敢えて背を向けているのだろう。
『主』
「お願いするわ。距離を置いて……ね」
『承知しました』
『猫』は黒い魔剣士の時と同様、距離を置いて追跡を行う。魔力持ちを追いかけるのは、容易であるから、敢えて見える距離で追跡する必要性はないのだ。
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エム湖畔まで戻ると、既に討伐したオークの首と装備は回収され始めていた。
「オークの体って、竜は食べるんでしょうか?」
素材採取が得意な薬師組も活躍中。藍目水髪『ミラ』が伯姪に聞いている。
「さあね。このあと直接聞いてみるわ」
彼女の戻りを見て、声をかけてくる。全員無事な様子である。怪我人も見当たらない。
「どうだった?」
「将軍格を残して近衛は全滅させたわ」
「将軍は泳がせたのね」
彼女は同意するように頷く。このまま、ヌーベに戻ってくれるのならば、これを機会に捜索範囲を広げることになる。とはいえ、冒険者ギルドの無い地域なので、商人か傭兵に偽装する必要がある。
「狩人もあり」
「……あなただけならね」
赤目銀髪なら狩人として侵入することもできるかもしれないが、山林に入る権利は領主権の一部であるから、ヌーベ領で勝手な行動をするのは危険でもある。
「何か考えましょう」
「そうね。大体、片付いたみたいね」
「近衛のオークを回収してくる」
「あ、あたしも付き合う。ほら、一緒に!!」
赤目銀髪が彼女の討伐したオーク『近衛』を回収に向かおうとすると、赤毛娘が待ったをかけ、そこに強引に黒目黒髪を加えようとする。
「装備の立派なオークが十体ほどいるはずなの。すべて回収して頂戴。それと……」
魔銀製巨大ハルバードも回収することを忘れないように伝える。
三人は、駆け足で森の中へと走り出す。
装備を回収し、討伐証明である首を斬り落としまとめて麻袋へと入れる。これは、冒険者ギルドへと届ける事になる。恐らく、王国から常時討伐の依頼の範囲で報奨金が得られるはずである。
オーク単体であれば薄黄等級、群であれば薄赤等級となるのだが……
「これって、薄青等級かしらね」
「濃青でもおかしくないでしょうし、規模と戦力からすれば薄紫等級ではないかしら」
『薄紫』は王国の冒険者の最上級の一つ手前、彼女が薄紫の冒険者である。リリアル一期生の冒険者組は評価が薄赤、実力的には薄青から濃赤クラスなので、ギリギリくらいの戦力であったろうか。
魔導船と土魔術が生かせなければ、薬師組から戦列が崩壊し、恐らく半数は命を落としていただろうと予測される。
「魔導船の上の安心感は、半端なかったね」
「そうだね。竜もいるし」
竜は味方では……一応ない。はず。
『オークは片付いたようだな』
『ガルギエム』がとぼけた調子で登場する。
「手助けしても良かったのよ!」
『人間の味方をするのは良し悪しだから遠慮した。それに、勝ち筋もみえておったしな』
竜が手助けしたとなれば、この地に余計な手が伸びかねない。湖を汚染したり、別の魔物を嗾けたりである。『魔鰐』使いも存在するのであるから、エム湖の竜の存在は秘匿しておくべきだろう。
竜だと思ったら魔鰐でした! なんてあまり歓迎できない。
「オーク、食べますか?」
「「「「食べますか?」」」」
薬師組女子の問いかけに……静かにうなずくガルギエム。嬉しそうではないのだが。
「もしかして苦手?」
『……いや、数がおおいから躊躇した……だけだ』
埋めたオークを除いても六十体ほどは岸辺に並んでいる。元は『大蛇』であるから、丸のみするには少々大きいのかもしれない。
「消化が良いように装備は外してあるから! 遠慮しないでたくさん食べてね」
『うむ、心遣い感謝する』
竜とコミュニケーションをとるリリアル女子。先ほどまでとうってかわり、ほのぼのとした光景に見える。足元にはオークの首なし死体がずらり並んでいるのだが。
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ガルギエムには、オークを始め魔物の人為的だと思われる集団が現れた場合、エントを通じてワスティンの森の入口にある『修練場』まで連絡を欲しいと伝え、了承される。
既に、一体の枝無しエントが向かっており、エントの遠くまで届く声を用いて早期警戒網を形成するという。これは正直助かる。
彼女は、ゴブリン、オーク、オーガだけではなく『アンデッド』の侵入の可能性もあると付け加えた。ワスティンでは対峙していないが、ルーンやミアンでは発生していたからだ。
食事も休息も不要な「アンデッド」は、正直、オークの軍団より速やかな侵入が発生するだろう。これは、ミアンの街にアンデッドが集結した状況より、ワスティンの森を通過して王都近郊に侵入された場合、討伐難易度は大いに高まる。
出口の修練場、経路の騎士学校・リリアル学院で討伐を行いつつ遅滞戦闘を王都手前まで行いつつ、周辺の農村の住民の王都への退避を進めなければならなくなるだろう。
「ワスティンの問題って、リリアルだけで解決するべきではないのよね」
『さすがに副伯領に成りたてで、それはねぇだろう。ぶん投げたとしても、不可能で、王都に被害が出るならそれ自体が王家の瑕疵になる』
帰りの馬車の中、多くのリリアル生は疲れて転寝をしており、彼女は最後尾の馬車の後方を警戒しつつ、後ろ向きに一人座り思考に浸っている。
押し付けられてそうそう、問題が発生するというのは、王弟殿下同様、何か意図的なタイミングでもあるものなのだろうか。偶然にして必然的な何か。
『外交日程は弄れないだろう? なら、冒険者ギルドと騎士団、近衛連隊に王太子辺りまで巻き込まねぇとな』
王太子殿下の手元には『王立騎士団』と、南都に配置する仮称『第二近衛連隊』の基幹部隊が存在する。基幹部隊は百名の中隊規模であり、士官・下士官級の騎士・従騎士で編成されている部隊だと聞いている。
近衛連隊を二個連隊確保するには財政面で難がある為、編成と教育に時間の掛かる幹部要員だけを先行して採用教育しているのだ。
「いざとなれば、山国傭兵を兵士に充てて準連隊規模まで拡大できると聞いているわ」
『時間を稼げば動員が間に合うって事だろうな』
少しずつ状況は良い方向に変わっている。しかしながら、彼女の留守中に事件が起こった場合においても、リリアルが使い潰されないように組み立てをしておかなければならない。
伯姪も茶目栗毛もいないのだから、彼女の代わりに騎士団や王宮と調整が熟せる一期生を急遽でも育てる必要がある。
『俺は、案外、あいつが向いていると思うぞ』
『魔剣』の示す相手は彼女にも想像がつく。老土夫や王都の職人たちと交流のある『癖毛』が、恐らくは残るメンバーの中では適性が高いだろう。いざという時に、誰に相談すればいいか、迷う余地が少ない。
今まで、冒険者組と距離を置いている関係で、実は薬師組や二期生たちとも距離が近い。全員と疎遠という事は、全員と等距離で仲がそれなりに良いという見方もできる。
『正直、化けたよな』
「ええ。単なるひねくれものだったのにね」
魔力を持て余し、不器用で屈折した心理の持ち主であった癖毛だが、冒険者でなく鍛冶師となり、師を得て孤児院時代までの鬱屈を乗り越えて成長できたと彼女は感じていた。
正直、捻くれ坊主を持て余して老土夫に押し付けた面もないではない。だが、積みあげた物が確かになった今日、一人前の男になりつつあるのは嬉しい誤算でもある。
「明日は、冒険者ギルドと騎士団に説明に行かなければならないわね」
『王宮は……騎士団からの奏上か』
王都近郊の治安維持の責任は騎士団にある。彼女から王宮に報告を上げるのは、緊急事態でもない限り越権行為である。それに、彼女が不在の間、どう考えてもワスティンの防衛管理は騎士団に委ねるしかない。
リリアルは初動部隊の一角を占めるだけになるだろう。
リリアルに戻ると、留守番であった歩人に書状を委ね明日の先触れとして王都に向かわせる。戻りが夜になると愚痴っていたがそんなの関係ない。
騎士団長、ギルド長からの承諾を受け、彼女は翌日朝早く王都へ向かうことにしたのである。
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事務的な報告を先に済ませる為、彼女は灰目藍髪と茶目栗毛を伴い王都の冒険者ギルドへと二輪馬車で向かうことにした。灰目藍髪も騎士団長に顔を覚えてもらう必要があると考えた上での同行だ。
「き、緊張します」
「ふふ、騎士学校の実習の延長だと思えばいいじゃない。でもごめんなさいね、週末が二日とも仕事になってしまって」
「いいえ。魔導船で銃兵の指揮を取らせて頂く経験も得られましたし、こうして騎士団本部に同行する機会を得ましたので、むしろ、喜ばしい事です」
碧目金髪は「今日はお休みだよぉー」とのんびりすることを決め込んでいた。意識低い系である。
冒険者ギルドの前に着き、茶目栗毛が馬車を置きに行っている間に受付を済ませようと二人が先に入る。すると、なにやらカウンターが騒がしい。
彼女と同世代の若い冒険者が何やら受付嬢と揉めているように見てとれる。面倒ごとに巻き込まれないように、彼女はフードを被り直すのである。
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