第529話 彼女は醜鬼の将軍と対峙する
第529話 彼女は醜鬼の将軍と対峙する
丸い盾に短槍を装備し、胸鎧に手斧を身に着けた整ったオークの兵士たち。古の時代の軍団兵に似せた様相にも見える。確か……百人長に率いられた戦士の一団であったろうか。
「後続のオーク、見えました!! さ、三手に別れます!!」
檣楼の碧目金髪が移動する方向を手に持つ魔装銃で示す。先行した二個小隊が早々に倒されたことを受け、同時に三方から半包囲するつもりであろう。とはいえ、背後が湖である事を考えると、実質は約百の戦力で包囲される事になるのだが。
『船に逃げるか』
「それじゃ、みすみすチャンスを逃す事になるわ」
『チャンスってお前……』
オークが移動している最中こそが最も防御力の下がる瞬間だと彼女は判断する。
「ここをお願いするわ」
「一旦移動して、陣地を再構築。引き込んで水責めでしょ? 任せて!」
「「守りますよ!」」
「……やるのは俺だけどな……」
伯姪に蒼髪ペアそして、癖毛はこのまま、この場所で敵を引き付ける役割をになってもらう。起点がなくなるのは良くない。
「あたしは! 攻撃に回るんですよね!!」
「ついて来れるなら」
彼女と赤目銀髪、赤毛娘に茶目栗毛が森の中に突入し、三手に別れたオークの小隊を各個撃破する。
彼女は三人とともに森に入り、移動する集団の音を頼りに魔力走査を組合せオークの集団の鼻先を捕らえるように進む。
「四人でオーク三十体を倒すんですよね!!」
「そうよ。時間はあまり掛けたくないの」
「一気に切裂く」
やる気満々に彼女と並んで走る赤毛娘と、その背後を走る赤目銀髪が答える。そして茶目栗毛は、更に回り込む可能性のあるオークの前進を阻止する遊撃の遊撃役をこなす事になる。
「発見!!」
「突撃!!」
弓を剣に持ち替えた赤目銀髪と赤毛娘が一団のオークへと突入する。数は十と一人。
十人ずつに分かれた分隊単位で移動しているのだろう。その背後に、二つの集団を確認する。
「最後尾を牽制します」
「お願いね!!」
先頭は赤目銀髪と赤毛娘、中央を彼女が抑え、後方の一団は茶目栗毛が抑えるという無茶振りである。
彼女が林間を抜ける間、ちらりと視線をオークの集団の先頭に向けると、魔銀のメイスを豪快に振り抜く赤毛娘と、樹上からオークの背後に降り立ち『飛燕』を乱舞させる赤目銀髪が見て取れる。
「出し惜しみなしで行くわ」
『いつもしてないなお前は』
魔銀のスティレットを『両手』に持ち、前方での戦闘で進撃速度が緩んだ中央のオークの集団に接近する。
木々の間から、魔装壁を踏み台に中空へと飛び上がる。
『ナンダ!!』
『敵襲!! 戦列ヲ乱スナ!!』
兜を装備した一段と体の大きな十人長と思わしきオークから指示が出る。彼女に向かい盾を壁のように並べ、弾き飛ばすつもりであろうか。
―――『雷刃剣』
―――『雷刃剣』
二本のスティレットに込めた魔力を盾の壁目掛け叩きつける。雷の力を纏った錐刃の豪雨が盾を貫き、背後のオークたちに降り注ぐ。
『『『『『GAAAA!!!!』』』』』
盾を貫いた魔力の刃、そして全身を焼け焦がす雷の圧がオークたちを蹂躙する。
『おい、これで最初から決着つくんじゃねぇのかよ』
「そんなわけないじゃない。ある程度密集して刃が届く範囲に纏まる事が必要なのよ」
横隊などでは効果が十分に発揮できない。野戦築城をみて、オークの指揮官が包囲する為に『分進合撃』することを強要したかったのだ。十体程度の集団なら、二本のスティレットから放つ『飛燕』で十分制圧できると考えた。
二人が既に先頭の十体を片付け、中央の恐らく小隊長を兼ねた十人長を含めた分隊を討伐した状況を見た後方のオークが逃走するように見て取れる。
大廻りし、進撃路であったであろう林間迄駆け抜ける。そこには、算を乱して我先に逃げてくるオークがこちらに向かってくるところであった。
『ドケオンナァァ!!』
『ウマソウナメスダ!!』
自分も満更ではないと場違いな感想を想いつつ、彼女は魔銀のバルディッシュに持ち替える。こういう時には見た目の威圧感が大事なのだ。
「逃がしません!!」
魔力を込めたバルディッシュから『飛燕』を飛ばす。一羽、二羽、三羽……林間を無数の魔力の刃が飛び回るように見えるが、それは『導線』のついた
魔力の刃。
『GAA!!』
『GUFU……』
鎧ごと胴を切り裂き、腕を斬り飛ばす魔力の刃に倒れるオークと、立ち止まる後続のオークたち。
そこに、赤毛娘たちが追いつく。
「むぅ、一方的蹂躙」
不意の背後の気配に硬直したオークの首を、一閃、跳ね飛ばす赤目銀髪。
『HOGEE!!』
強風になぎ倒される案山子のように吹き飛ばされ回転していく、頭の半ば潰されたオークの背後からは、笑顔の赤毛娘が現れる。
「しっかり、止めを刺してください」
「はいはい。あ、これでおわりかー」
茶目栗毛は、赤毛娘の跳ね飛ばしたオークたちに止めを加えてきたようだ。一個小隊を壊滅させたものの、恐らく、伯姪たちのところに既に残りの戦力が終結しているだろう。
「次は、横槍を入れるわ」
「誰も槍を持っていない」
「「「確かに」」」
バルディッシュは戦斧の系統であって、槍ではない。残念。
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林間を駆け抜ける間、左手後方に大きな魔力があることを彼女は捉える。
『あそこに、指揮官がいるな』
『魔剣』が指摘するように、恐らく、先に崩れた百人隊の指揮官がオークの勇者であった個体、そして、分進合撃を仕掛けたのは今確認できる大きな魔力の指揮官、推定するなら『将軍』である。
今は、二個小隊六十体を四人で支える伯姪たちを助ける事が急務。将軍に逃げられるのなら、その時はその時だ。
四人が湖を視界に入れると、二方向から包囲が完成しつつあるオークの戦列と、半ば入り込まれそうになっている野戦築城陣地が目に入る。濠を乗り越え、無理やり侵入しつつあるように見て取れる。
背後の湖面の船上から、POWPOWとオークの戦列に絶え間なく銃撃が繰り返されているが、衆寡敵せず。悲鳴に似た声も聞こえている。
「森側から背後を突いて」
「「「了解!!」」」
彼女は一人、魔銀鍍金製のオウル・パイクに持ち替え、湖面に向かい駈出す。魔導船と味方陣地を射線に入れないように確認、魔力を込めたオウルパイクを振り抜く。
―――『雷刃剣』
木々の間を這うように抜ける雷の刃。こそげ落とすように、壕から這いのぼるオークたちに命中し、力を失ったオークが壕の水面に沈んでいく。あるいは、硬直したまま、伯姪たちに討取られていく。
それとタイミングを同じくし、森側から突入した三人が小隊と分隊指揮官の頭を刎ね飛ばし、一気に攻め寄せるオークの陣営に混乱が広がる。
「どうやら、間に合ったようね」
『だな。で、どうする』
みるみる削り倒されていくオークの中隊の残存戦力を見ながら、彼女は残して来た最強のオークに向かい、一人走り出すのである。
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その巨大なオークは、十体ほどの供回りらしき揃いの装備を着用したオークを従え、湖の方角をじっと目にしていた。
巨大なオークは、ブリガンダインと思わしき少し目立つ意匠の施された革の胴衣を着用しており、巨大な魔銀製と思われるハルバードを掲げている。ハルバードも、意匠として指揮官が持つ場合もあり、他の個体が剣や短槍で戦っていた事からすると、ハルバードには総指揮官の意味でもあるのだろう。
供回りのオークは、古帝国時代の鉄板を重ねたような『セグメンタータ』と呼ばれる胴鎧を着用し、揃いの兜に四角い盾と短槍、手斧を腰に吊り下げている。
指揮官は白い魔熊並の大きさであるから、およそ3mほどであろうか。他の供回りも2mを越え、並のオークより一回りは大きく感じる。
『このままお引き取りしてくんねぇかな』
「くれないでしょうね」
そこに、猫が登場する。
『主、あの群れがこの森の中のオークの最後となります』
「ありがとう。この後も少し手伝って頂戴ね」
『御心のままに』
先制攻撃で数を減らし、その後、あの『将軍』と一騎打ちに持ち込む所存である。残しておいてあまり良い個体とも思えない。出来れば、追加の情報を得るかあるいは……である。
豹ほどの大きさに体を変えた『猫』そして、彼女が気配を隠蔽したまま『将軍』の背後へと接近する。
『そこな奴。気が付いておるぞ』
彼女の存在に気が付いたようだ。匂いであろうか。オークは犬並に鼻が良いと聞く。
―――『雷刃剣』
左手に持つスティレットを一閃、二体のオークが雷撃に倒される。『猫』が一体の首元を爪で深く切裂き、切られたオークは首元を抑え蹲る。一瞬で三体の供回りが無力化され、残りの供回りに動揺が走る。
『鎮まれ! 女一人に魔獣が一体。女は我が、魔獣はお前らが討伐せよ!!』
『『『B HA!!』』』
盾を構え戦列を築く生き残りのオーク兵士。魔獣討伐は慣れているのか、指示されてからは動ぜず、穂先を揃え盾を並べジリジリと『猫』に迫っていく。
「一人でお相手して頂けるとは光栄ね」
『我は紳士故な』
『醜鬼の紳士とか、聞いたことがねぇ』
それは、勇者だってそうだ。勇者にしても「将軍」にしても、かなりの数が揃わなければ確率的に育たない加護や能力であろう。オークの軍団は、どこでどのように育成されたものなのだろうか。
彼女の中には、またもや確信が生まれつつある。
王都に戻り、連合王国に向かう前に調べておきたかったことの中に、「修道騎士団」の影響・残党についての調査がある。王国内で影響が強く残る地域の中に、内海沿岸の西部から、レンヌ・ロマンデを通り連合王国へと続く『修道騎士団街道』と呼ばれた内陸交通路が存在する。
これは、聖征の時期、王国内及び連合王国からの物資を安全に輸送する為、修道騎士団とそのシンパが整備した街道である。その主要な拠点の中には『ヌーベ領』である場所、若しくはそこに隣接する地域が含まれている。
ヌーベ公は恐らく王国に敵対する勢力として王国内で最大の勢力なのだが、単独で成立つ存在ではないだろう。王国南部の旧修道騎士団シンパの貴族たちや、その利権に携わってきた都市の住人などがヌーベ公を通じて王都の王家に対抗している。
南都騎士団が惰弱である理由も、積極的サボタージュの一環と考えれば筋が通る。
連合王国の次は……ヌーベであろうか。
ハルバードの穂先をピタリと彼女に据えるオークの『将軍』。構えは良いのだろう。しっかりとした訓練を受けたと思われる。それは……帝国辺りの傭兵からであろうか。
「中々の構えね」
『であろうな。我に敵う戦士はおらぬ』
「それは……世間が狭いというものよ」
彼女は力を見るために積極的に攻めてみる事にする。
バルディッシュを構え、魔力を通した一撃を振り下ろす。3mの巨体相手では、斬りかかるようにしか見えない。
Dann!!
バルディッシュの一撃を受け止めるハルバード。やはり、魔銀かそれに類する魔力を纏える装備であることは間違いない。
『やるな!!』
「そちらこそ!」
背後に飛びのき、力を溜め、中空に魔力壁を展開し足場にする。頭上からの一撃をフェイントに、彼女はスティレットを『将軍』の脇腹へ突き刺すに至った。