第528話 彼女は湖畔で醜鬼軍と対峙する
第528話 彼女は湖畔でオーク軍と対峙する
彼女の全力疾走なら五分ほど、距離はそれなりに離れることができた頃、目的の湖へと到着する。
『おい、このままじゃ!!』
「そんなわけないじゃない」
湖の上に魔力壁を展開、湖上に浮かぶ魔導船へと一気に走り込む。その様子をみてただ事ではないと感じたリリアルメンバーは彼女に傾注する。
「オークの大規模な群れ。およそ二百を発見したわ。二人が湖まで誘引して来ます」
「「「「えええぇぇ!!」」」」
楽しい舟遊びの時間が一転、ハードジョブの時間となる。
「仕方ないでしょ!!」
「そりゃそうだけどよ……」
魔物討伐慣れしている青目蒼髪が弱気を見せるところを、相方の赤目蒼髪に喝を入れられる。
「このままじゃ、王都まで押し寄せかねないからって事でしょ?」
「ゴブリン軍団より全然やばいから!」
「「「それは、私たちもだよぉぉぉ!!!」」」
黒目黒髪と赤毛娘の会話に、薬師組が全員で突っ込む。それはそうだ。
「大丈夫、考えがあるわ」
彼女は三手に別れる事にすると告げる。薬師組は黒目黒髪船長の下、『銃手』として船に残り、湖岸に現れるオークを岸に寄せた船の上から戦列の横合いに応射する役割を担う。
二人の薬師娘の他、薬師組四人が銃手を担う。灰目藍髪が上陸を希望するが、魔力量の問題と万が一船にオークが乗り込もうとした場合、剣で迎撃できる人材を入れておきたいという彼女の配慮を説明すると納得して引き下がる。
「なんで騎士学校のお休みで、舟遊びに来たはずだったのにぃ!」
「これは、船賃代わりの討伐よ。最近銃を撃っていないのだから、良い練習になるじゃない」
騎士学校で魔装銃を扱っていない時間が増えた、碧目金髪には良い機会だろう。そして彼女は『魔笛』を黒目黒髪に渡す。
「あなたが必要だと判断したタイミングで撃ってちょうだい。予備の弾丸はこれね」
「は、はい!」
魔笛の初弾は彼女の込めた魔力で発射可能だが、次弾は自身で魔力を込めねばならない。船上組で放てるのは黒目黒髪だけである。魔導船を操舵し、魔力壁を張って投石などから船を守り、大火力で反撃する役割を任されることになる。
「せんちょ、頑張って!!」
「船長の、ちょっといいとこ見てみたい!!」
「やめてよぉ……いいところって私たち確実にピンチだよ!!」
気が付こうなみんな。変なテンションになる薬師組である。
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船長を外された癖毛が役割を問う。
「俺は、土いじりか」
「ええ。私と二手に分かれるわ。本格的に、土魔術で障壁や落し穴を展開しながら、交互に相手を引き付けて行きましょう」
彼女は後退してくる二人と赤毛娘の四人でチームを組み、癖毛は伯姪と蒼髪ペアでチームを組む。先手は癖毛チーム。湖への入口に、簡易防御陣地を形成し、足止めをする。その横合いを船上組が射撃することになる。
「では、あなたがその後ろに防御陣地を作るのね」
「二人を休ませている間にその作業に入るわ。ある程度数を減らしたら、私の陣地のさらに後方に第三の陣地を作ってちょうだい」
「本命は、船からの射撃ですね」
「ええ。でも、二百のオークを倒すには……」
「簡単、一人でニ十体倒せばいいだけですよ先生」
赤目蒼髪が「いつものこと」とばかりに軽口で答える。湖畔を後退しながら防御陣地で足止めをし、船上から常に応射を行う。突進する事ばかりに長けたオーク、それも勇者を失っているのであるから、最悪の状態ではない。
『騎士団が出たって、オーク二百は苦戦じゃ済まねぇぞ』
『魔剣』に言われる迄もない。オーク二百を相手できるほどの数を王都の冒険者ギルドは集められない。そして、力技で押す装備の充実しているオークは騎士団と咬み合わせが悪い。魔力纏いのできる装備を持っている可能性を考えれば、王都の騎士団の半数を投入してもまだ数が微妙だ。
フルプレートを装備した騎士がワスティンの森の奥に入り込み捜索・討伐など不可能に近い。魔装故に、鎧の重量による疲労を回避できているのだ。 騎士は、騎乗で短時間に戦闘力を発揮する兵種であり、長期の探索や遅滞戦闘には向いていないのである。
船べりには徒歩立ちでは使いにくいとされた、長銃身の魔装槍銃がずらりとならぶ。万が一、オークが泳いで? 向かってきた場合は槍銃をもって相対する為だ。
「ちょっと重いけど」
「船べりに重心を乗せれば狙うのも楽ちんだから」
「なんか、ミアンの時みたいだね」
一期生薬師組は、ミアン防衛戦に銃兵として参加した経験を持つ。魔装戦馬車や魔装二輪戦車での運用もそうであるが、魔導船の船べりを『城壁』に見立てれば、為すべき事は変わらない。狙いも定めやすいだろう。
「百メートルくらいまで近づけてね」
「は、はい! 万が一投石なんかされたら、魔力壁で弾き飛ばします!」
魔力量が多く、土魔術が使えない黒目黒髪を船長に据えた理由の今一つは複数の魔力壁を展開しつつ魔導船を操縦するだけの魔力量・操練度を持っているからだ。
「では、いきましょう」
森の奥からは、時折断末魔らしき絶叫が鳴り響く。遅滞戦闘を繰り返しつつ、二人は上手くエム湖までオークの集団を引き入れる事ができているようだ。
岸に上がる冒険者組。
「こんな感じで掘り起こして、土塁を次々に作りつつ後退して行きましょう」
「あー 悪いこと考えてますね」
「ああ、オークって泳げる奴いるのかね」
彼女は3mほど掘り下げた土塁の端が湖に接している事を示す。メンバーはそれを見て、なにを為したいか推測したようだ。
「マジか……」
「足を止めるのが目的なのね」
「ええ。こちらで全て倒す必要はないの。魔導船から狙いやすいように足を止めさせたうえで、出来れば……」
「溺れさせるか、生き埋めにして欲しいんだろ」
「「「「やっぱえげつない」」」」
リリアルで使う機会は少ないが、オリヴィから少数で多数を相手する場合につかう常套戦術。脚を止めさせ、土魔術で陥計を発動、その後に土魔術で埋め戻す……という手法だ。死体が残らなければ、殺人は無かったものと同じという物騒な注釈も付いたりする手法だ。
「人間相手には多少の良心が傷むのだけれど、オークやゴブリンなら問題ないわね」
「魔力的には問題ありそうだけどな」
「偶には貢献しなさいよ!!」
赤目蒼髪辛辣だが、あくまでも軽口の範囲。一人魔装鍛冶となった癖毛のことを一期生はそれなりに仲間として気にしている。また、リリアルに不可欠な魔装の創り手であることも感謝しているのだ。
「最悪、船に逃げれば休憩できるし、気軽に行くわよ!」
「そんな気軽さ聞いたことがない!!」
伯姪と赤毛娘も軽口を言い合う。この先、圧倒的なオーク相手に数を削る戦いが始まる。その緊張を心地よいものにするために。
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船の「檣楼」に登った碧目金髪が指をさして声を張り上げる。
「き、きましたぁ!!」
見れば、剣戟の音が聞こえる方向の木々が揺れ動いている。
「構え!!」
灰目藍髪の掛け声で、魔装銃組が飛び出してくる位置を想定し、銃口を森の出口へと向ける。森の中から、リリアル生二人が飛び出してくる。
「こっちこっち!!」
彼女達のいる土塁の中に駆け込んでくる赤目銀髪と、茶目栗毛。
「お疲れ様。ポーション飲んで一息付けてちょうだい」
「ありがとうございます」
「数が多い。あまり削れなかった」
赤目銀髪は無念そうな顔をするが、時間を稼いでくれたうえで無事であっただけで十分だ。
「選手交代だ」
「こいつのいいところ見てやってよね」
「……お前も仕事しろ」
グレイブを構える赤目蒼髪に、魔銀鍍金製バスタード・ソードを手に剣の重さを確認するように振るう青目蒼髪。伯姪は、いつもの愛剣と魔銀のバックラーを装備している。それぞれが異なる間合いで戦う気満々である。
「これ、使うわ」
「試してみてちょうだい。魔力切れに注意してね」
バックラーを握る手には『スティレット』を握っている。伯姪も『飛燕』を使うことができる。いざという時の飛び道具である。
喊声を上げながら、十数体のオークが湖畔に現れる。装備は胸鎧に一部が兜らしきもの、そして、盾を持っている。古帝国の重装歩兵に近いだろうか。
腰には手斧、腕には身長よりやや長い短槍を掲げている。
『構エエェェ!! 吶喊!!』
羽飾りのようなものを兜に付けたひと際大きな指揮官らしきオークが、咆哮にも似た大音声で指示を出す。ビリビリと空気が振動し、オークたちの突撃速度が勢いを増す。
「まだよ!! 止まるまで待て!!」
船上で声を張る灰目藍髪。
BUHOOOOOO!!
声を合わせて一気に土塁を駆けあがるために、手前の壕に飛び込んだオークたちに向かい、無慈悲な詠唱が始まる。
『土牢』
切り下げた壕の端がさらに削れ、湖面と繋がる。ゴウぅとばかりに水が一気に流れこみ、オーク達はその水の勢いに足を取られ転倒する。仮に、水が無ければその逞しい筋力にあかせ飛び上がり、または駆け上る事もできたかもしれない。
とは言え、盾と短槍を装備した状態で、よじ登るわけにもいかない。
水に飲み込まれる先頭を見て、後方のオークが脚を止める。
「放て!!」
POW!!
POW!!
POW!!
POW!!
足を止めたオークに魔装銃が放たれ、次々命中し激しく弾ける。弾丸は彼女の魔力を込めた『魔鉛製』の弾丸。ただの鉛であったとしてもプレートを撃ち抜く威力を発するが、魔鉛であれば、その威力は十倍にも達する。
指揮官を始め、胸に子供の頭ほどもある大穴をあけ次々に後方のオークたちが倒されていく。二斉射、三斉射と続き、湖畔には先頭のオーク分隊で立っている者は残されていない。
「はあぁ!!」
水面に浮きあがったオークの頭めがけ、素早くグレイブを突き出す赤目銀髪。二度三度と繰り出す薙ぎ払い。魔銀に魔力を通し、硬いはずのオークの頭蓋を次々に砕いていく。
「これ、長柄有利よね」
「バルディッシュにしようかしら」
「ふふ、回り込まれたら接近戦になるから、あなたは慣れた装備にしておいた方がいいでしょう」
「それもそうね」
自分たちが手を出すまでもない状態で、彼女と伯姪は感想戦の最中だ。
すると、後方から新手の一団。数が一個小隊三十ほど。最初から盾を構え戦列を整えている。ジリジリと湖畔に達し、亀の甲羅のように盾を連ね密集して現れた。
「見事ね」
彼女は現在の土塁を放棄し、後方に新たな陣地を形成し移動するよう冒険者組に促す。相手が警戒している間に、素早く次の展開へと移行する。
「最初はあのくらいいた」
「どうやら、運用単位のようです」
赤目銀髪と茶目栗毛の所見。オークは三十程度の『群』、すなわち王国でいうところの小隊規模が運用単位のようである。傭兵団もそのくらいが一つの目安であり、いくつか集まったものが『中隊』と呼ばれる運用単位となる。小隊長は幹部傭兵というところだろうか。
「亀」陣形を取って慎重に前進する二陣のオーク小隊。しかしながら、この運用が仇となる。
「これを!!」
黒目黒髪に預けた『魔笛』を灰目藍髪が受け取る。
「牽制を。船を寄せて!!」
魔導船をひと際岸に寄せ、魔装銃の射撃を「亀」に行い、脚を止める。
そこに、ラ・マンの悪竜を討伐するに至った『魔笛』の魔鉛弾が着弾する。
DWOONNN!!
盾を構えた中心に着弾した魔鉛弾が弾け、半数のオークが弾け飛ぶか弾き倒され無防備な姿をさらす。そこに、更に容赦のない射撃が加えられ、第二陣のオークもあっという間に殲滅されたのである。