第526話 彼女は思いがけない敵と遭遇する
第526話 彼女は思いがけない敵と遭遇する
『グワアァァ』
『来ルナ、コッチヘ来ルナァ!!』
横枝を失くした巨大な古木がエッサホイサとばかりに、湖へと向かってくる。幹が傷つき、中には焼け焦げた個体も見て取れる。
『ブ ファイア!!』
火球が森の奥から飛来し、最後尾のエントに命中する。
『ガアァ!!』
倒れ込むエント。その背後には、鎧を纏った戦士の肉体を持つ魔物が数体見て取れる。
「王都のすぐそばに……オークですって……」
「珍しいわね。一気に討伐しましょう」
「待って!」
彼女はオークが全部ではなく前衛もしくは分遣隊であることを想定し、対応することにした。
赤目銀髪と茶目栗毛、そして彼女は周囲の捜索に出る事にする。湖を起点とし、北は王都がある方角であるため排除。それ以外の東西南を捜索することにする。
「あまり遠くまで捜索するのは意味がないでしょう」
「なら、あいつらの足跡を遡る」
「私は西を抑えます」
「承知したわ」
南から来たであろう方向が赤目銀髪、西は茶目栗毛、そして、彼女は東を確認する事にする。
「私たちは、湖まで引きつけてから討伐するわ」
「お願いね。できれば……」
「落し穴に落とすとかできればいけ取りも可能かもだけれど、この面子じゃ無理よ」
土魔術が使える歩人と癖毛が不在。彼女も捜索に出ることになる。どのみち、オークは会話が成立するわけではない。なら、討伐の負担を増やす必要もないだろうと、彼女は考え直す。
「装備品の回収はお願いね」
「身は竜の餌ね」
ゴブリンはともかく、オークは肉付きも良い。ガルギエムも喜んで口にするだろうと伯姪が提案する。
「貢物でしょうか」
「プレゼント的何かだよ!」
黒目黒髪と赤毛娘もすっかりヤル気である。
黒目黒髪も、バルディッシュを装備。これは魔銀製ではない魔銀鍍金製だ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
伯姪らに討伐を委ね、彼女は東に大きく進み、やがて南へと進んでいく。時計廻りにワスティンの森の中を『魔力走査』を行いつつ進んでいく。
十数分も進んだであろうか。谷あいの窪地にかなりの数の武装したオークが集まっている場所に遭遇する。
『おい、あんまり単独で前に出るなよ』
「索敵よ。それに……」
彼女の予想の範囲外の敵が存在する。オークの集団。これは、『軍』というレベルかもしれない。百では利かない数であり、その装備も人間の兵士並には整っている。
最近、リリアルがワスティンの森を拝領し、探索活動に力を入れ始めたことに気が付いた者の差し金か。それにしては、タイミングが早すぎる。
兜に胸鎧、上位と思われるオークは手甲にラウンドシールド。斧もしくはスピアを装備している。剣を持つ個体はほぼおらず、メイスもしくはクラブを持つ者がちらほら見受けられる。
『風向きに気を付けろ』
ゴブリンと比べ、オークは鼻が良い。犬並みだと言われている。
『オンナノニオイスル』
古帝国時代の百人長のような飾りのついた兜を被る、やや大柄なオークが声を発している。周囲の数体のオークが反応する。首をあちこちへ向け、鼻を鳴らし匂いをがぎまわっている。
『スル』
『ワカイメスノニオイ』
気配隠蔽を行っているとはいえ、残念ながら匂いは消す事が出来ない。彼女は音を立てずに、オークの集団から遠ざかるように動いていく。
気付かれたが、窪地である谷あいであるから、彼女にほど近いオークたちだけがこちらに向かってくる。
『どうすんだよ』
「この場にいてもどうにもならないわね。地の利のある場所まで移動するわ」
ジリジリと後ろに下がりつつ、谷を登って来る十数体のオークの群れが彼女に追いつく前に、ここまで到達する途中にあった狭隘地まで後退するのである。
その場所は、窪地に至る手前、切通のような崖と崖の間にある狭い道であった。片方が垂直の壁、片方が「空」といった場所である。人が一人通れるほどの「棚」のような細道が続いている。彼女はここなら、オークに囲まれることなく、一人で対峙できると考えていた。
『振り回すような武器は無理だろ』
「ええ。なので、これを使うわ」
右手には魔銀鍍金製の片刃曲剣、左手には……魔銀のスティレット。
『二刀流かよ!』
彼女はすっかりのこの状況を楽しむつもりであった。
気配は消せても、柔らかな土の上に残した足跡は消す事が出来ない。恐らく、その足跡を追って一群のオークが姿を現したのだろう。
『メスイタ』
『ワカイメス、ウマイ!!』
『皆ナカヨクワカチアウ』
何か、人間の兵士同士が分かち合うような雰囲気を醸し出している。ゴブリンが児戯丸出しの幼稚な邪悪さを見せるとすれば、オークは邪悪ながらも兵士としての規律があるように感じる。
半ば短槍に丸盾、半ば両手斧の装備。但し、巨体であるオークは二体並んでこちらに向かってくることは出来そうにもない。
『斧が前、槍が後ろって感じでペアで突っ込んで来るぞ』
短い斧の間合いと長い槍の間合いの組合せ。斧の前衛を躱しても、背後の短槍兵が隙を突いて攻撃してくるという事だろうか。
「問題ないわ」
彼女は突進してくる二体のオークに対し、魔力を目いっぱい込めたスティレットから『飛燕』を捻り出すように撃ち放つ。
BUSHUUU!!!
『ガハァ』
『『『……』』』
前衛の斧持ちの大きなワイン樽ほどもある胴を貫通した『飛燕錐』は、その背後にいた短槍兵の丸盾を貫通、さらに胴を半ばまで抉り抜いた。
丸盾は剣での斬り合いには強い。樽のタガのように丸い板の外側を鉄の枠で補強しているからだ。但し、正面は木製であり革を張ってあるだけなのだ。矢を防ぐには十分だが、岩をも貫く『魔銀スティレット』から放たれた紡錘形の魔力の刃を防ぐことは出来なかった。
前衛の斧持ちの体で魔力が減衰したはずだが、盾を貫き鎧を身に着けたオークの胴まで抉るとは……予想以上の効果であり、彼女自身が威力を正確に理解できずに困惑している。
『メス!!』
『ウマイガ手強イ!』
一瞬の躊躇に、背後の隊長らしきオークから声が掛かり、躊躇が消える。
「良いオークは、死んだオークだけよね」
『まあな。そりゃ、ゴブリンもオーガもそうだ。アンデッドは最初から死んじまっているけどな』
『魔剣』とくだらない話の応酬を行い、彼女は冷静になる。駆け出し冒険者であった頃は、ゴブリンや狼一匹でも心底恐ろしかった。そんな時、『魔剣』と言葉を交わし冷静さを取り戻したものだ。彼女は、初心に戻っていた。
いかに素早く、いかに正確に、相手をえぐるか。手札を隠し、相手が考える前に止めを刺していく。
「さあ、前に出て来なさい。美味しいかどうか、確認してはどうかしら?」
挑発するように体をゆする。まあ、どことは言わぬが余り揺れないのだが。考えさせたら負け。あと十体以上いる。
ジリジリと前に出てくるオークたち。前が倒れても後ろから突進できるよう、左右にずれて構えている。
『掛カレ!!』
背後からの号令一下、15m程距離を置いた場所から、一瞬でオークが突撃してくる。
――― 『雷刃剣』
雷を纏った飛燕の乱舞。
魔銀の曲剣から放たれる『雷燕』が前衛の喉や腕を切り裂き、後方へと飛び去っていく。そして、スティレットの魔銀の刃に圧縮された高密度の紡錘形の魔力の錐が次々に狭い正面に立ち並んだオークの前衛を突き抜け、後方へと貫通していく。
一体、二体、三体……倒れたオークの戦士の背後には、驚愕の表情を浮かべた別のオークの戦士が立ちすくんでいる。
急に動かなくなるからだ。胸に空いた穴の周りは黒く焦げ、体内から煙が立ち上り肉の焦げた匂いが辺りに広がっている。
声も立てず、次々周囲のオークが倒れていく。そして、自分自身も雷で硬直した筋肉がバランスを崩しぐしゃりと地面に体を叩きつけざるを得なくなる。死に至る数秒の間、自分に起こった出来事を考えるが、目の前の人間のメスを喰いたかったと思う以外、脳によぎることはない。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
既に配下の半数が彼女に倒され、人間の女など簡単に攫えると考えてたオークの指揮官が激怒する。
『オンナヨリ先ニ、俺ニ喰ワレタクナケレバサッサト殺シテコイ!!』
殺気を背中にぶつけられ、六匹のオークは盾を構え前進してくる。
――― 『雷刃剣』
再び剣を振るい、雷を纏った魔力の錐がオークたちの肉体を、盾を貫通するが、オーク六体は前進を止めない。
『オーク・ヒーローかよ』
「いいえ、ブレイバーではないかしら」
醜鬼の勇者。つまり、この瞬間において、六体のオークは恐怖も痛みも感じず彼女を倒す事に集中している。失血も気力なのか魔力なのか抑えられ、先ほど倒されたオークほどの出血が見られない。
前進速度が変わらないのを見て一瞬焦りを感じる。
『狭い道、答えは簡単だ』
彼女は『土』魔術を発動させる。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の姿に整えよ……『土牢』
それは、リリアルの塔や領都ブレリアを構築するために調べ物をしていた時に見つけたものである。
所謂『石の城』においては、堅固な城塞門を用いて敵を防ぎ、また出血させることに血道を上げる。しかし、それ以前において「土の城」においては立体的迷路のように主郭に至る経路を見えにくくし、また、その途中に幾つもの「殺間」と呼ばれる、いわゆる「横槍」をいれる空間を確保することで、相手に失血と攻撃速度の鈍化をもたらせる工夫をするという。
「これは、『堀切』というらしいわ」
『はあ。お前の無駄な知識もたまには役に立つ』
『魔剣』、甚だ失礼である。『土』の魔術を用いて野戦築城するのであれば、こうした土の城に用いられる防御設備も意味が出てくる。
目の前に突然現れたV字型の切り落とし。左手は斜面、右手は……空である。オークは2m近い筋肉達磨であるが、その突然現れた堀切に立て続けに落ちていく。そのうち、後から落ちた二匹は、先に落ちた仲間の背に弾かれ、何もない空間へと放り出される。
堀切の向こうには、ただ一人残る『醜鬼勇者』。
堀切の中に横たわるオークを土に埋め戻す。どの道、勇者にはこの程度何の意味もないだろう。
『土壁』
堀切を埋め戻す事で、底のオーク四体を無力化する。後で掘り返して、装備を回収する必要があるかも知れない。装備の出所を探す事で、今回の仕掛けを行った相手が判明する可能性もある。調べるのは……騎士団だが。
目の前には一回り大きなオーク。首から下はオーガのようである。
『おい、あの剣。恐らく魔銀かなんかの魔力持ちの剣だぞ』
どうやら、オークの勇者は人間の勇者の剣を奪ったか与えられたようだ。
「問題ないわ」
『……いや、あるだろお前』
――― 『雷刃剣』
KYUINN!!
魔力を纏った剣であれば、彼女の魔力の刃を弾くことが可能であるからだ。聖女と勇者の戦いが……始まる。