第524話 彼女は『守護者』と遭遇する
第524話 彼女は『守護者』と遭遇する
渡海用の新型魔導外輪船の試運転を行う事になるのだが、一先ず、陸上で内見を行う事にする。大きさは30mを越え、幅もかなりある。これは、カラベルタイプであるので、横幅は8mほどだろうか。
今までの魔導船が、少し大きめの川船・クナール船のような甲板の無いものであったのに比べ、大きさは比べ物にならないほど大きく感じる。長さで三倍、幅も三倍近くある。
「中は……それなりね」
「馬車だと思えば広いし、家だと思えば凄く狭い」
「この帆の上に乗るのは、水の上までお預けだ」
大きなマストと小さなマストがあり、三角の帆が掲げられるようになっている。
「本格的なモノは三本マストなんだが、外輪で動くのであれば最後尾のマストは省略した」
「それで十分でしょう。外輪自体は……あまり大きくしなかったのですね」
体積は10倍になったのだが、それほど大きな外輪にはなっていない。むしろ小さく感じる。
「水の上なら、余程速度を出そうとしない限りはこの程度の大きさの変化でであれば、特に問題なく動かせる。まあ、多少出力は上げてあるが、前のものと同じでも、ほとんど変わらないくらいの速度が出せるだろう」
最初の物は魔装馬車にやや劣る程度の速度であり、時速20㎞ほどであった。遡行する場合、三分の二から四分の一の速度となったが。
「これなら、渡海するのに二時間くらいで済むじゃろな」
「今は丸一日掛かりますから、とても素晴らしいですね」
「それに、天気が良くって波が穏やかならって条件があるわね」
伯姪の指摘するように、荒れていれば流されたり、波のうねりで外輪が思うように水を掻けない可能性もある。
「でも、帆走や櫂走よりましよ。あれは、その半分くらいしか速度が出ないから。人力だと疲労もあるから、補助動力みたいなものだしね」
風が全くない時や、細かい移動が必要なら櫂を使う、若しくは戦闘時には有利なのだという。人間の力で漕げるのは限界がある。それに比べれば、魔導で動く外輪は、リリアルの魔力大級が操舵手を務めるのであれば、睡眠時間以外、継続して動かす事ができる。
「二交代、三交代でずっと移動することもできるわね」
「寝るのはやはりハンモックになりそうね。馬車の時みたいに」
「あれ、便利よ」
伯姪曰く、戦闘時に外板に魔装網製ハンモックを掛けて魔力を通せば、強力な装甲に早変わりするだろうという。
「叩き落す方が早い」
「……普通は砲弾を叩き落せねぇだろ」
さりげなく混ざる赤目銀髪に、癖毛がツッコむ。
「日除けが欲しいですぅ」
「それはそうね。海の上で一日いれば、日焼けが凄そうですもの」
若い女性の集まりであるリリアルにおいて、日焼け対策も重要だ。さすが、騎士団の嫁にしたいリリアル生No.1の碧目金髪である。
老土夫に船を動かすのに必要な人数を確認すると、一般的にはと断った上で、答える。
「この規模の船だと、二十人くらいだと思うぞ」
「そうね。妥当だわ。でも実際、魔導船だとそこまで不要ね」
伯姪は同意しつつ、帆の数が少ないことを考えるとその半分でも問題ないだろうと答える。
「ニースにまで行けば、海軍に教導させるんだけどね」
「義兄にその折にはお願いすることになるわね」
ニースの海軍こと聖エゼル海軍の司令官は、彼女の姉の夫である三男坊だ。ニースには軍船でなくとも、カラベルの乗り手はそれなりにいる。恐らく、問題ないだろう。
「うわー これかっこいいー」
「かっこいー」
どこからともなく、三期生年少組が現れる。
「ふふ、では、二期生三期生も順番に見学させましょう」
「そうね。将来的にはリリアル海軍も視野に入れなければね」
などと、伯姪が口にする。
「衝角もあるし、意外と活躍の場は早々にあるかも知れないわね」
櫂走船が人力に頼る理由の一つは、船首にある『衝角』による突撃効果を発揮する為でもある。前進後退が任意に行えることが、衝角攻撃を行う条件でもある。
そういう意味で、魔導の水車で前進後進が容易にできるリリアルの新型魔導船は、僅か百トンの小さな軍船ではあるが、脅威となる可能性が高い。
なにより、衝角は魔銀鍍金され、魔力も通せるように動力から魔力を流す仕様となっているのだ。
『鯨とぶつかって沈まずに済むよな』
大きな鯨やサーペント、若しくはクラーケンに襲われ沈む船もある。水中の衝角で切裂くことができれば、その心配も無くなる。ついでに、海賊船を沈める事も容易である。
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一先ず、『ブレリア』様にご挨拶をし、湖へと進む。彼の泉の女神様は、竜の居場所である湖を快く提供した先任精霊である。
『ガルギエムさんね。随分と丸くなったのね』
丸くなったのは性格の話であって、体は細長いままである。小さな前足はある。飛ぶことは出来ないが、飾りのような羽が生えている。
「やはりご存知だったのですね」
『勿論。前の住処を追い出されて困っていると……司教に言われてね。一応、ここに住む祝福を与えた子達には知らせて、そっとさせておいたのよね』
彼女達との会話が重なり、妙な言い回しの古臭さがなくなってきたようなのだ。話しやすくて大変ありがたい。
ガルギエムは祝福を与え守護していた民が宗旨替えしたり、何も言わずに立ち去った事で大いに荒れていたのだという。とはいえ、聖ロマンに説得され、王都にあった住処である沼を離れ、この地に引っ越してきたお隣りさんなのだ。
『最近は大人しいみたいね。それに、森の守護者たちともそれなりに上手くやっているみたいなので安心しているわ』
女神の言葉に彼女は疑問を持つ。守護者とはなんであろうか。
女神に端的に問うと、彼女は『古木の精霊』であるという。但し、ある程度動く事ができ、森を害する魔物を追い払う役割を持っているのだという。大まかに役割りを分けるとするなら、『勢子』の役割りをその『古木の精霊』が担い、仕留めるのは『ガルギエム』という関係らしい。
魔物を喰わせているのだろう。
女神の泉からそのまま道をつけるわけにはいかないので、一度廃城塞まで戻り、そこから湖に向かう道を整備していく。とはいえ、ワスティンの森から領都(仮)『ブレリア』まで通した煉瓦敷きの街道ではない。
「では、お願いね」
「「はい!!」」
獣道に生える木々を切払い、見通しを良くするところから始まる。尾根伝いでは湖まで馬車を乗り入れさせることは難しいので、斜面のなだらかな場所に道を付ける形になる。
赤目銀髪は先行し、安全を確認。その背後で、蒼髪ペアがグレイブを用いて木を切り倒していく。根を抜いたり、道を整地するのは更に後になるだろう。養殖した魚を出荷する為にも道が必要である。加えて、魔導船の試乗に王妃様が湖に向かう事を望まれる可能性も少なくない。
「個人的には、隠れ家的な家が欲しいわね」
『誰から隠れるんだよ……布団でも被ってりゃいいじゃねぇか』
『魔剣』に言われる迄もないが、要は現実逃避できる場所が欲しいのである。リリアル副伯として、常にみられる環境から距離を置ける隠れ家が欲しい。
私邸のようなものだ。
「森の中に棲む祖母の家にお使いに行くのよ」
『お前のばあさんは都会派だろ。それに、もう赤頭巾ってとしでもないだろう』
「いいえ。あれは子供に聞かせる話ではなく、若い未婚の女性に注意喚起するお話よ。運よく猟師に助けられても、狼に食べられた後にならないように慎みをもって生きなさいと言うね」
森の奥にいる祖母の家に一人で年ごろの娘が訪ねてはいけません。危険があぶないのだから当然だ。
バッサバッサと木を刈り、その木の枝を落とし、幹は黒目黒髪が魔法袋に収納する。落とした枝は……
「養殖に使うそうよ」
「へぇ、そんな意味があるのね」
折れた木の枝などが流れの緩やかな場所に溜まる事がある。そこは、小さな魚が木の枝の下に隠れ、卵を枝に産み付けたり、自分たちを狙う鳥などから遮蔽物となる場所なのだという。
木の幹は薪にするか何かとし、枝の部分は漁礁になるのだろう。湖にも浮かべた方が良いかもしれない。それに、魚が育ちやすい浅瀬も造成する必要があるだろうか。深い湖過ぎて、小さな魚が育つ場所が無いように見えるエム湖である。
そんな事を考えながら歩いていると、前方から赤目銀髪が戻って来る。
「魔物……大きな木の」
もしかすると、先ほどの『守護者』とされる古木の精霊かもしれない。彼女は一旦、木の伐採作業を止めさせ、蒼髪ペアと黒目黒髪に赤毛娘を中央に、左右に彼女と伯姪、茶目栗毛と赤目銀髪を配置する。後方には癖毛と薬師組を安全を考え留め置く。
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やがて現れたのは、いささか懐かしい思いのする木の魔物であった。
「エント……もしくはトレント」
「懐かしいわね。レンヌに向かったときに襲われたわね」
王女殿下の侍女としてレンヌに同行した際、何者かに使嗾された『エント』の襲撃を受け、駈出し冒険者であった彼女と伯姪が王女殿下と協力して撃退した事を思い出した。
「あの頃は……ただの騎士だったわね……」
「私はただの男爵の娘だったわ。騎士になれたのは有り難いと思っているけどね」
その後、私掠船を拿捕し王女殿下の危機を救ったことで、二人は男爵と騎士爵となったのである。
「これ、どうすりゃいいんだよ」
「先ずは……交渉?」
「木が話せるんだっけ?」
『アルラウネ』は草の魔物だが、とてもお話し好きである。草だから。
『ギザマラ……森デ何悪サシテオル!!』
『悪イィ ごぶりんハ皆殺シダァ!!!』
どうやら、ゴブリンから森を守るために最近苦労しているようで、いきなり「悪いゴブリン」認定されたリリアル一行である。
「ちがう……あいつ以外」
「おいぃ!! 俺はゴブリンじゃねぇ!!半土夫だぁ!!」
癖毛、赤目銀髪からのフレンドリーファイア。
「こんにちは、森の守護者たちよ。私たちは、泉の精霊『ブレリア』様から祝福を受けたこの地に住まう者。そして、この先の湖に棲む『ガルギエム』様に用があって向かっているところです。誤解があるようですので、ご理解ください」
彼女は先頭に出て話しかける。今回は、何か吹き込まれているとは思えないので、争いにならずに済むだろう。アジェン城で出会った『エント』は、恐らく敵対する勢力に雇われた魔物使いに何やら吹き込まれていたのだろう。あまりに、一方的に襲い掛かってきたことは、少々異常であった。
『イヤ、オマエタチハ先ホドカラ、木ヲキリタオシカスメトッテイタ!!』
『ヤハリ悪イィ ごぶりんハ皆殺シダァ!!!』
どこが森の賢者なのだろうか。賢者(ただし賢いとは言っていない)という奴かもしれない。
「仕方ないわね。火気厳禁、前衛組は長柄で枝を斬り落としてちょうだい。遊撃組も魔銀剣で同じことを。恐らく、腕代わりに枝を振り回してくるわ。相当堅いので、魔力を通さなければ斬り落とせないと考えなさい」
「「「「はい!!」」」」
蒼髪ペアは魔銀のグレイブ、彼女はバルディッシュ、そして……赤毛娘はメイスで応戦する。
「ええぇ!! 枝を斬り落とすんでしょ?」
「大丈夫、このスピアヘッド魔銀製だから!!」
黒目黒髪の疑問に、赤毛娘が「槍の穂先でも枝ぐらい斬り落とせる」と答える。剣を持つ茶目栗毛、赤目銀髪、伯姪は回り込まれないように左右に散って牽制の攻撃を行う。
「さっさと丸坊主にしてやりましょう」
彼女は先頭をきり、エントに攻撃をする。魔力壁で足場を作り、中空を駆け上がり、振り回す枝をかいくぐり、先頭の一番大きなエントの右の大枝をバルディッシュ一閃! 斬り落とす。
Gugaa!!
ゴブリン(仮)の思わぬ反撃と、大ぶりの枝を斬り落とされ左右のバランスが崩れてよろける大エント。
『グぅ……許サン!!!』
「人の話を聞きなさい!!」
そして、反対の枝も斬り落とし、シュッとしたエントが出来上がる。背後のエント達に動揺が走る。
思い込みが激しく、頭の鈍い「森の賢者」にも分かるように彼女は諭す。
「森の中に木がみっしり生えていたら、新しい木が育たないでしょう? 間伐といって、ある程度木を倒して、古い木の中から新しい木が育つ空間をつくらなければ、木が寿命に達する時期が一斉にやって来た時、森は一気に朽木ばかりの森になってしまうのよ。それをわかっていて、暴れているのでしょうね」
間伐が必要……この数百年、人の手が入らぬワスティンの森で育ったエント達にとっては全く知らない知識である。
「守っているつもりで、滅びの道をたどっている事なんて、人間の歴史においてはよくあることなのよ。しっかり考えなさい」
彼女は森の賢者が名実ともに一致するように、話しかけるのである。