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第522話 彼女は『ガルギエム』と出会う

第522話 彼女は『ガルギエム』と出会う


「ここに、100mほどの桟橋を土壁で作って欲しいのだけれども」

「……いい加減疲れたんだけど」


 リリアルの『ブレリア』遠征の帰り、彼女は本隊と別れ、赤目銀髪と癖毛を伴い、魔装二輪戦車で泉の女神に教えられたある程度の深さと広さのある湖に足を運んでいた。


 周囲は凡そ1㎞、つまり、王太子宮の敷地と同程度の広さの湖ということになる。


 彼女は、魔導船の試運転が密かにできる場所を探していた。ついでにいえば、彼女の与えられた領地であるワスティンの森の中の湖ないし池でできるのが最も望ましかった。


 この湖は、ワスティンの森を流れる川の水源の一つでもある。


「魔物の気配が薄い」

「ありがとう。これで落ち着いて確認ができるわ」


 赤目銀髪を伴ったのは、単独で周囲の索敵と掃討ができる斥候役が務まるからである。また、森での活動に経験が深いという意味でも、先導役に必要と考えたからだ。


「ゴブリンとかもいないのか」

「……それは不思議。もしかして、湖に近寄れない何かが棲んでいるかもしれない」


 神秘的と形容して良い森に囲まれた湖である。ただし、女神の住まう泉と比べ、大きさの割に深さが相当あるように見える。


『あまりいい気配じゃねぇな』


『魔剣』もその気配に同意する。


「先ずは桟橋を作って、その後、魔導船で探ってみましょう」

「それがいい」

「……三人なんだが」

「十分よ。あなたが船長を務めることを許可するわ」


 癖毛は魔力量こそ十分だが、戦闘の経験はゴブリン程度である。魔力を生かして船を動かす事に専念させ、彼女と赤目銀髪は警戒する方が戦力的には望ましい。





 いきなり長い桟橋を作るのは無理…ということで、一先ず、30mほどの物を作成する。


「口ほどにもない」

「深いんだよ急に。だから、浮橋の方がこの先は良いな」

「なら、その用意をして次に来ましょう」


 どうやら、急に深くなるので、土魔術で桟橋をすべて作るのはあまり望ましくなさそうだと癖毛は言う。


「それに、浮橋なら壊れにくいしな」


 それ、余計な事だからと彼女は内心思う。


 魔法袋から、ネデルでは大変世話になった魔導船を取り出し浮かべる。


「お、使い込まれた感じがあるな」

「ネデルではよく使ったからかしらね。一度、整備をお願いする方がよさそうかしら」


 癖毛曰く、痛みではなく使用感であるという。王妃様用、渡海用、さらには聖エゼル用二隻の建造が待っているので、点検程度はするが、本格的補修が必要でないなら、そのまま使用するようにと話をする。


「リリアル号、今日も健在」

「じゃあ、渡海用の大型船の名前は……」

「聖アリエル号」

「……他の名前が良いのではないかしら」

「じゃあ、アリエンヌ号? もしくは、護国の聖女号!」


 癖毛がここぞとばかりに彼女に反撃のように名前を挙げてくる。


「どれもいい。どれでもいい」

「……聖ブレリア号にしましょう」


 折角、水の精霊である泉の女神『ブレリア』の『祝福』を多くのリリアル生が受けたのであるから、名前を頂くのは悪くない。ただし、女神様の承諾をいただいてからになるだろう。今の段階ではあくまでも候補である。


「一先ず乗船して、一回りしてみましょう」

「「おう!!」」


 魔導船に三人は乗り込み、湖岸に近い場所をゆっくりと一周してみることにしたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 水深の浅い場所が無いのは、元々窪地であった場所が湖となった場所かもしれない。谷がせき止められたような細長い形状ではないので、それが妥当ではなかろうか。


「養殖もしたいわね」

「カワカマス最高」

「あれ、美味いよな」


 カワカマスは「パイク=つるはし」と呼ばれている長い口を持つ体長が1mを越える事もある大きな魚である。狂暴で肉食性であり、稀に「魔物化」する事もあるので要注意とされている。綽名として「狼魚」と呼ばれることもある。


 この魚をすり身の団子状にしたものを煮込んだ料理が「クウネル」と呼ばれるものであり、オリヴィがトラスブルでよく食べたご当地料理として薦めてくれたものである。帝国にいる時、何度か赤目銀髪や彼女も口にし、気に入った魚料理の一つと言える。


 同じ料理に使える魚で「豚魚」と呼ばれる「ニゴイ(Barbus)」も存在する。こちらは、雑食であり湖底の虫などを食べる魚であり、帝国で養殖されている魚の一つでもある。三年ほどで成熟し、これも体長は1m近くになる。


「魚を養殖して、ブレリア名物にするのもいいわね」

「川魚は希少価値」

「それで足止める商人や旅人が増えるのは良いと思う」


 魚の塩漬けは安いのだが、イワシやニシンなど海の魚であまり美味しくない。川魚は保存する必要が無い地産地消の食材だが、海の魚より遥かに価格が高く、王侯貴族の口にしか入らないのも当然の高価な食材に当たる。


「夢が広がるわね」


 などと、彼女たちがのんびりと語らっていると、湖の中央が俄かに泡立ち始める。


「大物!!」

『おい、何だかやばい魔力だぞ』


 赤目銀髪は魚だと思っているのだろうが、『魔剣』は異を唱え、警告を発する。


「あの泡から遠ざかって」

「お、おう!」


 操舵を握る癖毛が慌てて舵を切り、泡から逃れるように方向を変える。やがて湧き水のように湖面が盛り上がり始め、そこから現れたのは……蛇のように体の長い魔物であった。大きさ的に、普通の生物とは思えない。


「弓を」

「任せて」


 赤目銀髪は弓を取り出し、矢をつがえた状態で待機する。その間に、彼女は『水馬』を取り出し脚にはめる。


「相手の動きがはっきりするまで攻撃は待機で。援護をお願いするわ」

「おい!!」


 癖毛が声を掛けるのを無視し、彼女は船から離れ水面を『水馬』で移動する。先ほどまでの女神と会っていた時の服から、魔装衣に装備を替えておいて良かったと内心思うのである。


「何かしらあれは」

『ドラゴン……竜だろうな。だが、こちらを向いて咆哮するでもなく毒を吐くわけでもない。話しかけてみてはどうだ』


『魔剣』曰く、竜の多くは先住民の庇護者であった土地の水の精霊である事が多いのだという。既に住民が去って久しい場所ではあるが、泉の女神様同様、新参者として挨拶する必要があるかも知れない……というのだ。


 とはいえ、無手では硬軟両様の対応ができないと考え、竜に相応しく魔銀のバルディッシュを取り出し手にする。


『いと小さき者たちよ。この地は我の住処である。速やかに退去せよ』


 以前対峙した悪竜たちとは異なり、理性的に声を掛けてくる辺り、自我が残っている『竜』と言えるかもしれない。


「初めてお目に掛かります。私は、この地を治めるよう王から命を受けた領主でございます。竜神様」


 彼女は、水の上に立ち形だけではあるが淑女の礼をする。片手にはバルディッシュ。


『勇ましき乙女よ、そなたがこの地の領主とは、人の世は随分と変わったということか。むぅ……』


 竜は俄かに顔を顰めるような素振りをする。何か不味い気配と感じた癖毛たちは船を寄せようとするが、彼女は手でそれを制する。


『もしや、泉の女神殿に既に挨拶をしたという事か』


 竜は彼女たちの受けている「祝福」を感じ取ったようである。気配が薄まる。


「はい。街に泉から水を引くことのお許しを頂き、代わりに祭りを定期的に開き、感謝の意を示す事をお約束いたしました。お陰様で『ブレリア』様から祝福していただくことができました」

『ブレリア様……お懐かしい御名だ……』


 その頭部は大人の体ほどもあり、前腕を持ち胴は恐らく数十メートルはあると思われる。だが、彼女はその姿にどこかで見た記憶があった。


『大聖堂にいる奴だ』


 先んじて『魔剣』が声にする。王都大聖堂にある、魔よけを兼ねた雨どい。確かその名前は……


「ガーゴイル」

『……む、我の名はガルギエム(gargouille)。その昔、ルテシアの地で守護者として祀られていたものだ』


 ルテシアとは、王都のある地の名前である。そして、その地には大昔、竜が棲んでおりルーンの司教であった聖人が討伐をしたという事になっている。


 ところが、ガルギエム曰くそうではないという。当時ルーンの司教であった男が既に守るべき民のいない場所に居座る「竜」を討伐するには、互いに利が無いとしてこの地に退去することを提案したのだという。


 その時代においても、ワスティンの森は人跡まばらな地であり、先に住まう泉の精霊に断りを入れ、そのさらに奥まった場所にあるこの湖に棲むことにしたのだという。


「聖ロマン様の伝説ね」

『俺の生きていた時代でもすでに伝説の域だったな』


 『魔剣』が生身の魔術師であった時代から三百年は昔のことであり、その時代においては、古帝国時代の拠点は放棄され、またそこに住んでいた先住民は東方から来た今の王国の王家と貴族を構成する蛮族に追い払われ、さらに西へと逃げ延びたとされている。


 王都の北側に沼が広がる場所であり、その後、今日では貴族街がある場所でもある。


『それで、またここを退けとでもいうのなら、我も戦うぞ。そうそう、人間どもの都合で住処を変える気はない!!』


 何か思いだしたようで、急に機嫌が悪くなった竜である。聖ロマンに舌先三寸で騙された事に怒りを覚えたのかもしれない。


「いいえ。私たちはこの湖で密かに船を浮かべたり、魚を養殖したりする事を考えております。もし、お許しいただけるのであれば、魚を増やしたくさん食べていただけるようにしたいと思うのですが」

『……む、出て行かずとも良いのか?』


 彼女の予想外の提案に、竜も悪い気はしないようであり、逡巡しているように見て取れる。赤目銀髪と癖毛も話しかける。


「先に住んでいる者に権利がある。戦って迄追い出そうとは思わない」

「この辺りで船を動かせるだけの広さのある他の池か湖があれば、そっちにいくけどよ。考えてくれるとありがたいんだ……です」


 誤魔化す気はない三人の言葉を聞き、ガルギエムは更に態度を軟化させる。


『わ、我も一人暮らしが長い故、この湖にも少々飽いている。まあ、たまになら船を浮かべる事も許そう。それと、魚な……どんな種類の魚を養殖するのだ?』


 彼女はカワカマスとニゴイを考えていると話す。


『フム、よかろう。我が庇護下に入る魚どもも良く育つように祝福してやろう。お前達は既に泉の大精霊様の祝福を受けておるから、我は遠慮しよう』


 少々残念だがな……と小さな声でつぶやく。


 彼女は、ブレリアの祭りの後、ガルギエムもこの湖で祭りを開く事で末永く誼を結び、この地で共存することを願うと伝える。


「祭り……再び」

「そうだな。山の獣を狩って、ガルギエム様とともに食するのはどうだ?」

「秋祭りにしましょうか。猪や鹿を狩り、山の幸と川魚、そしてワインで祝うというのはどうかしら」

『む、我は林檎の酒の方が好みだ。この地にもリンゴの木は多い』


 林檎のシードルか蒸留酒か。山の一角に林檎畑を育てるのも良いだろう。夢は広がるばかりである。


 ガルギエムの言葉を聞き、赤目銀髪が湖岸に林檎の木を植えれば良いと提案する。リリアルに戻れば、庭の一角に林檎の木の苗を育てる一角が生まれる事になるだろう。


 小さなスモモのような実をつける林檎だが、連合王国では品種改良の結果、拳大の林檎ができるようになっているとか。それも、渡海した時に調べてみたい。ブドウが育たない寒冷な場所でこそ、林檎は育てられワインの代わりにシードルが作られ飲まれるのである。


『なら、レンヌに頼んで苗木を譲ってもらえるのが一番だろうな』

「……そうね。王妃様の外輪船の試乗をする際に、ここにお連れして……ご挨拶もしておきましょうか」


 レンヌの林檎の苗木をこの地に植えるというのも、一種の外交になるのだろうか。サボアからも取り寄せられる……いや、水晶の村から取り寄せるのが一番無難かもしれない。


「リリアルに戻ったら、村の未来の村長に聞いてみましょう」


 村長の孫娘経由で依頼するのが一番だろうと彼女は考える。レンヌとサボアの苗木はその後でも良いだろう。


 なによりも、この湖から流れ出る水は流れ流れてレンヌを抜け、海へと注ぐ流れになるのだから。



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[一言] コミュ障ボッチの竜神様はやはりお酒がお好きですね! お祭りでは飲みすぎて寝入ってしまう、までやってくれるのか気になります!
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