第520話 彼女は水妖と出会う
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第520話 彼女は水妖と出会う
「……申し訳ないわね」
「だ、大丈夫です!! ちょっと臭いとか、騎士様の練習着とかでは良くあることでしたので!!」
回収したゴブリン魔術師のローブの洗濯は、灰目黒髪にそのままお願いすることにした。実際、洗ってみないとどうすればいいのか分からないという事もあるようだ。獣脂じみた汚れを落とすには、やはり油を使って汚れを浮かび上がらせるなど、それなりに手立てはあるという。
錬金術で製油した油などを使い、できうるかぎり生地を傷めないようにするというので、専門家に委ねる事にした。
『トネリコの杖だろ? 疑わしきは……』
「連合王国系ね」
『魔女』が多いと思われる場所は、先住民のいわゆる魔術師が多い地域であり、王国であればレンヌやヌーベなど王国の中央から隔離された地域に根強く残っている可能性が高いのだが、トネリコを使うとなれば、連合王国・北王国の『魔女』ではないかと思われる。
「国内の魔術師では、杖の特徴からどこの杖かを探し出すのは難しいでしょうね」
『ああ。王国の魔術師はこのサイズの杖を使わないからな』
魔術師の『杖』にはいくつかサイズがあり、宮廷魔術師などが持つものは、指揮棒サイズ・ワンドとよばれる肘から先ほどの長さの棒を用いる。
対して、この杖はスタッフのサイズであり、人の背丈ほどの長さである一本の棒として細長く整えられているものの場合ロッドというので、この場合やはりスタッフで問題ないだろう。
「私は使っても、あまり変わらないのよね」
回収したゴブリンの杖を使って、効果を確かめてみたものの、彼女の魔力が強化される兆候は見られなかった。なんらかの鍵言が必要なのか、あるいは、魔物を強化する能力なのか……少なくともローブとセットで運用してみるまでははっきりしたことは言えない。
一先ず、回収した装備のことは後回しにし、何らかの人の手が加わったゴブリンが相変わらずワスティンに入り込んでいることをリリアルで周知させ、王宮にも報告を挙げなければならないと彼女は考えていた。
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ゴブリン魔術師を討伐して終わり……となったわけではない。廃城塞のある場所に対して、水源から水を引き込みたいと彼女は考えていた。川のそばにある場所ではあるが、飲料水や生活用水が賄えるかと言えば微妙である。
井戸水では人口増加に恐らくは対応できない。ワスティンの森の中にある湧き水・泉から水道を用いて城塞もしくは、その麓の都市区域まで水を送り込みたいと彼女は考えていた。
ワスティンの森には多くの湖沼が存在する。川の水源でもあり、運河を掘削する際には、その湖沼を利用することも考慮されている。
また、リリアルが『領都』を建設する際にも、湖沼は考慮することになる。リリアルだけの『城塞』であれば、精々井戸を掘れば水は賄えるだろうし、物資の輸送は馬車と魔法袋で賄う事ができる。
しかしながら、王都と王家の関係のように、リリアルが領都の大家として住民を住まわせ、近隣の住民や新規の開拓村などを殖民するのであれば、水源・水運はとても重要である。
水源となる出来れば湧き水のある泉から土魔術で『水道』を都市まで引いたり、運河と接続できる水路を確保できれば、都市としての発展も見込む事ができるだろう。
『けどよ。水の流れるところは地盤が悪い』
「そうね。やはり、あの廃城塞を利用するのが妥当かしらね」
廃城塞とは、『鉄腕』と呼ばれる元帝国騎士のアンデッド・オーガが潜伏していた元城塞都市のことである。大きさはさほど大きくないが、襲撃された場合の避難場所と割り切り、その外側に新規の住民用の都市を建設することも可能だろう。
旧城塞は領主館・リリアル騎士団などの詰所兼避難所・物資の集積所として割り当て、今後の騎士・リリアルに所属する文武官の居住地とする。外側は新規の領都街区で、数m程度の『土壁』でぐるりと囲み、生活しやすい街割りを優先する。商人区・職人区・市場区・住居区などに分け、市場区には、近隣住民が市を出したり、祭りや旅人を滞在させる酒場兼宿も設置する。
「夢は広がるわね」
『広げるだけじゃな……』
週に何日かは『学校』も開きたい。初等・中等といった段階に分けて、読み書き計算を教える。都市にはそういった知識を授ける場所もあるのが普通である。リリアル生を派遣しても良いだろう。
廃城塞を再建すると定めた彼女は、一先ず、水道の水源となる場所を探す事にした。恐らく、この街が廃された理由は、枯黒病の流行と水源不足であろうと考えたからだ。井戸はあったものの、既に枯れている場所ばかりであった。
彼女の土魔術で再掘削できないわけではないが、複数の水源が用意出来た方が良い。
『魔剣』と彼女だけでワスティンの森に入っているわけではない。気配隠蔽をほどこしつつ、周囲に魔物がいないかどうか魔力走査を行いつつ探索しているのだが、ゴブリン程度しか今のところは見つかっておらず、彼女が見つけ次第、スティレットを用いた『飛燕』を用いて駆除している。
威力が高く凶悪である。
『主、程よい泉を見つけることができました』
『猫』が広範囲に水源を探しながら移動していたのである。
『ですが問題が』
『猫』曰く、「住人」がいるのだという。
「泉に住んでいるのかしら」
『いえ。どちらかといえば、泉の主に当たるでしょうか』
恐らくは『水妖』の類であろうと『猫』は伝える。オンディーヌは美しい女性の姿をした妖精の類であり、人の男性と交わりを持つとも言われる。その場合、男の妻になるともされる。
『水質に問題はないな。あとは……』
「水を頂けるかどうか……ね」
ということで、最近半精霊に慣れてきている彼女は、一先ずオンディーヌと交渉してみる事にしたのである。
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それは、城塞都市のある丘の尾根伝いに遡った森の奥に存在する泉であった。距離は数㎞と離れていない。
「それでも……ここは……」
『精霊の森っぽいな。魔物の気配がねぇ』
『はい。おそらく、あの廃城塞を築いた君主一族が聖地として守っていた場所ではないかと思います』
『猫』の感触によると、水妖というよりも半精霊に近い存在ではないかと考えられるという。それ故に、魔物が寄り付かず安全地帯・聖域のような空気に満たされた森の一角に泉が存在することになる。
ワスティンの森自体、さほど悪い空気を纏っているわけではないがどこかしら魔物の気配は存在する。それを感じないのは、精霊によって魔物が近寄らないためかもしれない。
尾根を横切ると、川へと流れ込む泉の水の流れを発見する。廃城塞ではなく、別の方向から川へと流れ込んでいるようだ。
「この辺りから『土』魔術で地下に配管していけば、流せるのではないかしら」
『高低差的には大丈夫そうだな。あまり低い場所に水源があると、街まで流せねぇ。街の中をある程度個々の水が流れるようにして、最後に貯水できる場所に一旦貯めて、その後、水路に流れ込むようにすればいいだろうな』
などと皮算用をしつつ、彼女は泉に到着した。
泉の周りの木々もどこか清廉な空気を纏っている。
「……昼間は出てこないのかしら」
『そりゃ、幽霊だろ。精霊は関係ないぞ』
『姫、お出ましください』
どうやら、妖精は『姫』と呼ばれているようだ。『猫』の掛け声を聞いた故か、泉の中央に波紋が広がり、やがて中から若い女性の姿をした妖精が現れる。
その姿は、古の帝国時代の貴族の女性のように見える。『キトン』かあるいはそれに類する着丈の長いワンピース。二枚の布を左右のボタンのようなもので留め、更に一枚の布を外套のように斜めに巻き付ける。
『……こんにちは』
「こんにちは、泉の女神様」
彼女は、精霊信仰の時代に倣って目の前の精霊を『女神様』と呼ぶ事にした。
『……女神ではありんせん。でありんすが、主さん方の敬意は受止めんしょう』
今の言葉とは少し異なるが、意味は理解できる。彼女は突然の訪問をお詫びした上で、話を聞く機会を与えていただいたことに感謝の意を示す。『泉の女神』は、久しぶりの会話だから楽しいので気にするなという。
『人の世は今どうなっているのでありんしょうか』
枯黒病の流行が収まり、この辺りでは百年ほど戦争の気配がないという事を伝える。しかしながら、ここから近い場所に住んでいた者たちはいずこかへ去ってしまい、いまはこの森に人の住む集落が無い事を伝える。
『そうでありんしたか。それは誰もこねえはずでありんすね』
はぁ、と可愛らしい溜息をつき『泉の女神』様は今の状況を理解する。彼女は、この森を領地として国王陛下から賜ったのが自分であり、森から魔物を排除し、廃された城塞を整備し森を切り開き人が住めるようにしたいと説明する。『泉の女神』はやや困ったような顔をする。
「森を全て切り開くのではありません。また、この少し先に川と川を繋ぐ運河を築くので、人の出入りが増えると思いますが、森を荒らすような者は、領主として取り締まるつもりです」
森に勝手に入り、木を切り出したり狩猟をする行為は禁じられている。今までは魔物が好き勝手にしている分、森は荒れていたというのが実情だろう。
『それなら、人がまた戻ってくるという事でありんすね』
「はい。そうなると思います」
『一人は寂しいものでありんす。あちきを祀ってもらえんすか?』
彼女は、今の世が『御神子教』という一人の神様を祀る宗教が王国を占めており、異教の神様を表立って祀ることは出来ないという説明をする。
なので、一つの提案をする。
「『聖女』でもよろしいでしょうか」
『聖女とは何でありんしょう?』
彼女は、御神子教の聖女について簡単に説明する。しかし、実際は、その地で祀られていた女神様を『聖女』として祀っている例もあるのだと。
『方便でありんすね。わかりんした、それでかまいんせん』
そこで彼女は、『泉の女神』の名を聞く事にした。したのだが……
『名前は特にありんせん』
それはそうだろう。人が精霊を何と呼んでいたかである。
「以前、あなたはなんと人に呼ばれておりましたでしょうか」
『そうでありんすね、たしか……ブレリア……と呼ばれておりんしたわ』
そこで、彼女は街の守護聖人として『聖女ブレリア』を祀ることにすると約束するのである。
こうして『泉の女神 ブレリア』から許可を貰い、彼女は彼女の創るであろう新しい街に水を引き込むことができるようになったのだ。
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「そう、街の名前が決まって良かったわね」
ワスティンの森での出来事、城塞の討伐、そして泉の女神の話をリリアルに戻り一通り話をすると、彼女は伯姪にそう言われた。
「……街の名前?」
「ええ、だって守護聖人は聖女ブレリアなのでしょう? ならば、街の名前もそれにちなんで『ブレリア』にするとよいと思うのよ」
彼女はなるほどと納得する。これならば、祭りを開いたり感謝する言葉を述べたとしても『異端』扱いされる事もないだろう。
彼女は出来るだけ早く、リリアル生を連れて廃城塞の片付けと修復、
それに、『ブレリア』様へのご挨拶を済ませたいと考えていた。
「それはいい考えだと思うよ妹ちゃん。やっぱり『泉の女神様』をお祀りするお祭りが必要だからね」
最近よくチョロチョロしている姉が口を挟む。彼女もそれは同意する。
「廃城塞も入口と崩れた外壁を補修して、中に魔物が入り込まないよう早急に対処するべきだと思うのよね」
「それと、廃城塞までに道をつけるほうがいいね。ちっちゃい子を歩かせるのも面倒だし。道ができれば、討伐も進めやすくなるんじゃないかしら」
修練場に入る道から運河の開削予定地に向けて獣道が多少良くなった程度の街道とは呼べない程度の道が存在している。とはいえ、廃城塞までは今回多少彼女が整地したとはいえ、その道から引き込んだ脇道を整備する必要がある。
「あれだね、真直ぐだと突進されやすくなるから」
「少しS字のようにして、要所要所で足止めしやすいように工夫するのでしょう?」
直線路は軍道などでは、移動速度を上げるために有効だが、それは魔物にもいえることである。また、見通しが良いという事は、攻められる際に相手に遠くから発見される事になるので避けた方が良い。
「それにしても、街の名前が決まって良かったね。ちょっと残念だけど」
姉の言葉の意味が解せなかった彼女をみて、伯姪が話を繋げる。
「そうでないと、あなたの街には『アリエル』と名前が付いたと思うわよ」
そうであった。彼女が領主を務める街に「アリエル」等と名前が付けば、ただでさえ胡乱な今の状態が、「聖地巡礼」などと言い出す輩が現れ、やがて『アリエルグッズ』などを土産物で売り出すどこかの商会頭夫人などが湧いてくるだろうと容易に想像ができた。
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