第48話 彼女は姉の来訪を受ける
第48話 彼女は姉の来訪を受ける
自分のテリトリーに姉がやってくるというのは、彼女にとってちょっとした恐怖なのである。とはいうものの、王妃様の紹介で訪問した客であるという前提で会うのであるから問題ない。多分。
「久しぶりー 最近、ここにずっと住んでるんだよねー。たまにはお家に帰ってきなさいって、お母さんも心配しているよ」
「そうね。一段落したら顔を出すわ」
「それ、全然来るつもりないでしょ。今度は、子爵家みんなできちゃうからね!」
「……やめてちょうだい……」
ケラケラと笑う姉と、一応女男爵(仮)に配慮して苦笑いの令息である。
「えーと、ミートパイ焼いてきたから、夕飯に一緒に出してあげて。差し入れそれなりに持ってきたよ」
「いい心がけだわ。王妃様のご紹介とはいえ、学院に無駄飯を食わせる余裕はないもの。良かったわ」
「お仕事で来てるんですぅー。ねぇ、そうでしょ?」
苦笑いのまま令息が話を始める。
「子供たちと夕食が終わってから、時間をいただけますか。今後の商会の支所の設置であるとか、学院を卒業した皆さんを商会で採用することの打合せをしたいのです」
「もちろんですわ。それは、使用人の皆さんも含めてと理解してもよろしいのでしょうか」
「……なんか、対応違うよね。差別良くないよ!」
「話の腰を折らないでもらえるかしら。では、後ほど、学院長室でお話うかがいます」
使用人は魔術師ではないのだが、王妃様の別邸の使用人であったことの信用でニース商会に採用してもらうのである。孤児の就職先というのは親兄弟・一族の縁がある者と比べると難しい。地縁血縁というのは商売に限らず大切だからだ。
この学院が地縁血縁になり、既存の人間関係と異なる枠組みができることで、孤児が孤児としての地縁血縁を育てることができるのである。
「素晴らしい学院ですね」
「王妃様の別邸、その前は王家の狩猟用の王宮であったそうです」
「へぇ、だからこの豪華なつくりなわけね。ほんと、子爵家とはえらい違い」
「姉さんも、学生として入学するなら、住めるわよ」
「えー 私は学生よりお嫁さんの方が良いから、遠慮しておくよ」
はいはい、御馳走様でしたと彼女は答えるのである。
「へぇーみんな頑張ってるんだねー」
「うん、でもここは、お布団もふかふかだし、ご飯も美味しいし、素敵な場所なのー」
「そりゃそうだろ。王妃様のお家なんだからさ」
「でも、かくれんぼとかしちゃってるけど、平気かな?」
「壊したりしなければいいんじゃない? 借りてるんだもん、大丈夫だよ!」
いつでも姉は自分のペースである。初対面? ほら、挨拶したし名前も知ってるから、もう友達だよ! といつものペースである。
「私も自分では社交的だと思ってるんだけどさ……」
「あれは別。そういう才能というか、演技力の集大成ね。目的が達成できそうで無駄な努力にならずに済んで幸いだわ」
侯爵・辺境伯家の次男以下との婚姻……無事ノルマ達成である。王家に近い領地もほとんど持たない公爵家などより、商売上手で独立王国のような辺境伯の方が姉の希望に適っている。さしずめ、ニース辺境伯領王都大使館の大使夫人のようなものである。
「ああ、でも、大使の話、王妃様から頂いてるんです」
「まあ、それは大したご出世になるのではありませんかお兄様」
「ほら、法国の中に知り合いが多いからね。フレンチェかべニア辺りにいく事になるかもしれないね。まあ、商談ついでに様子を伺ってくるくらいの話だよ。とりあえずはね」
法国の貴族とのコネクションのある者が王国の王都には少ない。何度か非公式の使者として法国相手に実務を積ませて、宮中伯で外務の仕事をさせた後、大使として派遣することになるのだろうと彼女は思ったのである。
その間に、商会の仕事を軌道に乗せ、姉と子爵家の侍従・執事辺りに会頭を任せるつもりなのであろう。商会の会頭で終わる玉ではないと彼女自身令息を評価している。
「姉さんも、その方が楽しいでしょう?」
「商会を立ち上げて軌道に乗せて、その間に子供を産んで、子供がある程度の年齢になるまでは商会の仕事を手伝って王都で社交。その後、一緒に法国で大使夫人として社交をするのも……悪くないわね」
「そうですね。あなたなら、法国でもうまくやれそうですから。そうしたいものですね」
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いつものパンとスープの食事のほかに、ミートパイがついたのでみなご機嫌であった。子供たちは自分たちの部屋に引き上げ、これから大人……とはいってもいまだ13歳の彼女と16歳と18歳の話し合いなのである。
「では、場所を変えましょうか」
学院長室など、基本的に宮中伯が来たとき以外入る事は無いのだが、他は食堂かサロンしかないので仕方がないのである。
「サロンでお酒を飲みながら……という年齢ではないからね」
「ワインは多少ありますけど、酔うほどのお酒は用意がありません」
「学院だから当たり前だよね」
「そう言ってもらえると助かるわ。院内は食堂以外禁酒禁煙なのよ」
席についてお茶の用意が終わるまでは雑談である。
「商会の王都支店はどのような場所なのですか」
「新しく広がる商業地区で探しました。おかげさまで、大通りから少し入った良い場所に広めの店舗を構えることができそうです」
「ショールームを兼ねているから、あまり狭いと困るんだよね。まあ、そこは子爵家のネームバリューというか、ねぇ?」
お父様のコネを使ったというわけねと彼女は思った。
「王都に関しては、流石子爵家ですわぁ」
「そうでもないのよ、市街地に関しては顔が利くってだけ。社交はまだまだこれからなの」
「その辺は、二人に期待している面もある」
「もちろんですわ」
「私の場合……子爵家に迷惑が掛かりますので、難しいですね」
「あなたは、存在しているだけで十分なのよ。お互いの立場があるのだから、それは当然だよ」
王家と親しくしている彼女が声を掛ければ、問題が発生するということなのだろう。彼女の姉……レベルでも十分な縁なのだ。
「この学院のことも、社交界では騒然とする内容だよ」
「……そうなの……」
「ええ。王妃様の肝いりですからね。元離宮を孤児の教育の場として提供していること、王家の藩屏として平民出身の魔術師の部隊を創設する、その指揮官は妖精騎士……という風聞ですね」
「前半は事実だけど、後半は完全に憶測というか、妄想じゃない?」
「王都の貴族の考えそうなことではあるわね。それより、気になっているのは……」
「諸外国の諜報員と、国内の反王家勢力でしょうね」
「この前の、海賊船騒動も偉いことだったけど、レンヌ大公にも貸し作ってるじゃない。ほんと、どこに向かってるんだろうね、我が妹様はさ」
本人自身がそう思っているので、間違いないのである。
「でもさ、あの話本当なの?」
明け透けに聞いてくる姉。海の上を歩いたという噂の事なのだろうが、事実な部分もある。
「今回、川を船で下るという行程がわかっていたの。護衛として水面を移動する手段も考えておこうと思っていたから、用意しておいたのよ。スノーシューって御存知かしら? それを水の上で魔力を消費して沈まない道具に応用したの」
形は似ているが、完全オリジナルのもの。例の武具屋にお願いしている。
「でもさ、海の上で使ったんだよね。もしかして、海の上歩いて連合王国まで行けたりする?」
二つの王国の間の海は狭い所で約40㎞、徒歩で10時間はかかるだろう。
「歩いては無理よ。魔力が持たないわね。私でせいぜい、30分ね」
「なら、私なら5分と持たないわ。ものすごく魔力を消費するのね」
伯姪曰くであるが、彼女のコントロールで最大限生かしてなので、実際他の人なら5分と持たない。魔力量の多い姉であってもだ。
「海の上を移動したのは1分、200mほどですもの。大したことないわ」
「いいえ、水面を徒歩で移動して、身体強化を使って船によじ登ったのでしょう。それも、港の中ではなく沖でですよ」
「あの日はベタ凪でしたので、波は穏やかでしたわ」
「うーん、おぶってもらった感想からすると……大きくうねっていたわよ、それなりに」
『おう、まじ、うわんうわん上下に動いてたぞ』
『間違いありません主。正気を疑われる行動です』
とはいえ、海賊に高所をとられて王女殿下を守るためにはあの行動は正しかったとは思うのである。二度とやりたくないけれども。
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さて、ビジネスのお話である。
「学院の卒院生もしくは、学院で使用人をしていた方達を優先的にニース商会で採用したい……ということでしょうか」
「はい。王都に知己が少ないという面もありますが、今後、外で働く上で役立つ人を考えると……この学院の関係者を採用することが一番だと考えています」
使用人は問題ないが、卒院生は王妃様の関係者になるだろう。その辺り、王妃様とはどのような話になっているのだろうかと、彼女は疑問に思っている。
「この学院は、王妃様の肝いりで立ち上げられておりますし、実際、王妃様の事業の一環です。最終的には、王妃様直轄の組織を立ち上げる人材の供給先になるはずです」
「そのままでは、他国や近衛にいい顔されませんし、警戒されます」
「王妃様に協力するってことだよ。表向きは王妃様お気に入りの出入り商会。実際は、王妃様の諜報機関? その仕事の何割かはニース辺境伯の為にも活躍してもらう」
「王妃様に協力して王国を守る組織を育てる……そう考えてもらえると間違いないと思いますよ」
王妃様もある程度リスクを承知で話を持ち掛けているのだろう。彼が大切なのは辺境伯家であり、王国はそのついで。とはいえ、臣下の一人であり、法国の最前線を担う一族である。利害が一致する間は信用できると考えたのだろう。それに、まだ何も始まっていないに等しい。
「学院の現場責任者として話を承ったうえで、最終決定権者が王妃様である旨をご承知いただいて、話し合いを進める、ということでよろしいでしょうか」
彼女はあくまでも、王妃様と宮中伯から学院の管理を任されているにすぎないのだから、ここで何かを話し合っても判断するのは王妃様である。
「もちろんです。王妃様と私が良かれと思っても、実際に学んでいる人たちが協力してもらえないのでは話になりませんからね」
令息はそれでいいと話を進めることになる。
「まずは、商会に来てもらう人を選定します。それは、籍が移るだけで、実際ここで商会の業務を覚えてもらうことになるのです」
商会が窓口になり、学院の資材関係一切の手配をするのだが、その帳簿の管理を学院で働いている使用人の一人に覚えさせたいのだという。
「それで、一番覚えのいい人を最初の一人として王都の商会の業務に引き抜きます。ここでの業務を行う時点で賃金をお支払いしますし、王都の商会で働く際には、相場並みの賃金を支払いますよ。もちろん、オールワークスメイドとしてではなく、帳簿管理者としての賃金です。どうでしょうか?」
オールワークスメイドというのは、いわゆる雑用全般を行う使用人で、孤児出身の女性の成りやすい職業ではある。使用人として主人は勿論、ハウスキーパーと呼ばれる女中頭や執事などと会うこともない完全な裏方である。
帳簿の管理者ということになると、言わゆる会頭の下の支配人の部下の一人ということになり、商人としては真ん中より上の待遇になるだろうか。
「周りとの兼ね合いもあるので、最初は普通の従業員ですけどね。帳簿がつけられて、契約書の作成なんかもできるようになってほしいですね」
「つまり、情報漏洩の心配がない人材として育てると……」
「お話が早くて助かります。商会自体はニース辺境伯家と一心同体です。連合王国では貿易のために勅許会社というのを設けているのですが御存知でしょうか」
13歳の小娘に、そんな政治的なことがわかるわけがない。彼女も伯姪も
姉も頭を左右に振る。
「主に、法国やサラセンに独占されている東方貿易を直接行うために、王家が許可を出した組織なのです。王家も出資金を出し、ニース辺境伯家と商会を運営します。その内容は独占されている東方貿易を、王国が直接行う事で、まあ、中抜きさせないというところでしょうか」
なるほどなのである。大きな船で直接、内海を用いずに取引を行う。
そんな話なのだ。
「とはいえ、遠方との貿易には情報が大切ですので、そういう情報収集も私たちの大切な仕事になります」
「ゆえに、王都出身で孤児が集まる学院の子供たちのネットワークを傘下に収めたいということですね」
「その通りです。あなたの、辺境伯領でのギルドへの子供たちの見習派遣を参考に考えました」
危険なことを任される人も出てくるだろうと思うのだが、安定した生活と仲間の将来のため、王国の安全のために働くのも悪いことではない。女性なら体を売る商売に身を落とすことになりかねないし、男なら、盗賊か傭兵か先の短い人生を選ばざるを得なくなるかもしれない。
孤児院を出て、バラバラになり頼る者がいないことを考えると、学院を通して商会に知り合いがいるという事で、安易に身を持ち崩さずに済むようになるかもしれないのである。
王都で、身寄りがないというのはすなわち、縁もコネもない人間として生活することが難しく、下層から這い上がることができない未来しかない。
孤児ゆえのネットワークを生かせば、商会と学院を中心に頼れる組織を作ることができるかもしれない。互助組織をである。
「では、その中に、『孤児の互助組織を育成する』という文言を入れてください。商会内に立ち上げていただき、最終的には外部組織にするようなものをです」
「あはは、要するに『孤児ギルド』ですね」
令息はなるほどと思ったようで、納得しているのだが、孤児ギルドは乞食ギルドにも聞こえるので、それはやめたいのである。
「仮称としては『レギオ』でお願いします」
「いい名前ね、それ」
レギオとは、古の帝国語で『軍団』を意味する。王国と王都と王家を守る軍団というほどの意味である。




