第518話 彼女は『飛燕』ブームも良いかと考える
第518話 彼女は『飛燕』ブームも良いかと考える
姉の話に聞くところによれば、『海都国』は国運を掛けてサラセンから内海東部の自国の殖民都市であり港湾拠点を守るつもりであるという。既に、何度かの戦闘で拠点を失っており、安全な東内海における海都国の商船の航行が不可能になりつつあるという。
「マレスの戦いで、西側は安全になったんだけどね。東側はどうもならないんだってさ」
一方的なサラセンの通告に、海都国は黙って飢えて死ぬわけにもいかない。
「あの国は、それこそ毎日のように新しい船を送り出せるからね」
半年の準備期間があれば、二百を超える軍用船を進水させ運用する用意があるという。神国も教皇庁を仲立ちとし、対サラセン同盟を主導するという。
「それで、一旦ネデルの状況は落ち着いたのね」
オラン公の遠征終了後、再度の粛清の嵐が吹き荒れ一層、ネデル領内が荒れるかと思ったのだが、いまは小康状態となっている。理由は、内海への軍事力の集約である。
「王国も表立っては協力しないだろうけれど、教皇庁の要請にはある程度動かないとね」
「それで、ニースに替わりに動いてもらうように働きかけるわけね」
「そうそう。だから、魔導船の費用は王宮にツケるつもりだよ!! こっちは血で支払うんだから、王国はお金ぐらい出しなさいって話だよね」
この流れから行くと、連合王国からの帰途の後、内海への遠征をリリアルも打診される可能性が高い。私兵扱いで出せる上、魔導船と魔術師を相当数参戦させられるのだから、教皇庁も納得するだろうと思われる。
「いっしょに内海でサンセットディナー再びだね」
「そうね。リリアルの子達にも食べさせてあげたいと思っていたのよ」
「多分、ニースでは大歓迎だと思うわよ。南都あたりから魔導船に乗っていけば、楽ちんだし私も参加したいと思うの。これは、リリアルが参加しないとしても、個人的にニースに加わるつもり」
ニース騎士爵としては、聖エゼル海軍の遠征に義勇兵として加わるつもりなのだろう。それは、ジジマッチョ軍団の参戦にもつながる。
「妹ちゃん」
「何かしら姉さん」
「錐みたいな魔銀の切っ先の槍……用意していたよね。あれを使って、横のコンクリート壁に向けて試射してみない?」
オウル・パイクは、魔銀鍍金製であり、内部には魔力が集約されない。外側だけなのであるが。
「……上手くいかないと思うわ。鍍金仕上げだから、魔力は外側だけに流れるのだもの」
「溢れるほどの愛……じゃなくって魔力をぶつけてみようよ!!」
適当なことを言う姉にややイライラするものの、周囲の視線が彼女に集まっている事に気が付く。姉を上回るパフォーマンスを期待されているのだろうが、コンクリートは石積みの城壁とはわけが違うのだ。岩を魔術で砕くことはほぼ不可能だと言える。
「では……」
「ちょっとまったあぁぁ!!」
姉曰く、『吶喊』の詠唱をして欲しいというのである。曰く、同じ魔力量を込めるなら、確実に効果があるからと。
あまりにもしつこいので、彼女は半ばあきらめた感情で魔術を発動することにした。これではまるで、精霊魔術ではないかと思いながら。
『穿て螺旋の牙よ!! 吶喊!!』
姉の詠唱をやや簡略化させたもので、魔力を込めるのもそこそこに『飛燕』である『吶喊』の術を展開する。オウル・パイクにさほど魔力が収束されたと感じなかったが、風を巻いて魔力が切っ先から射出される。
ZZZDannn!!!
嵐の中、波が岩を叩くような音が鳴り響く。
「ちょ、凄い音なんだけど」
「あー これは……」
「……何が起こったのか分からないわね」
岩石の表面が数センチだが穿つように抉られている。岩をも砕くとは行かなかったが、多少穿つことはできたようである。人なら確実に……粉砕されていたであろう。
「「「ブームきたあぁぁぁ!!」」」
しばらく飛燕の練習はリリアルで禁止となったのである。
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姉の依頼もあり、また、後日王宮からも『ニース海軍である聖エゼルに魔導船の動力を供給するように。費用は王国が負担する』という命令書が送られてきた故に、彼女は老土夫に相談する事にしたのである。
現在、渡海用に準備している船は30m級の『キャラベル』船であり排水量も100tほどである。内海の軍船は500t程度が標準であり、神国の旗艦なら1000tを越える。
「船の図面を貰わんと、合わせようがないな」
「それと、内側にある程度魔装を施さなきゃだから、資材も相当必要だぞ!」
老土夫と癖毛の両方から言われ、それは当然だと彼女も感じる。魔導船の外輪を王都で作成し、資材も図面に合わせてプレ加工しておき、ニースで組付けてから、軍船を完成させる……という方法しかない気がする。
二人がニースに出向いたとして、そこに工房も素材もなければ作る事はできない。魔銀鍍金を多用することもあり、リリアルの工房から離れて造るわけにもいかない。
「図面を先ずは手に入れるところから。当然でした」
「うむ。排水量を今のリリアルの船の五倍で計算して作るように一先ずしようかの」
「後ろにある外輪の方が調整しやすいだろうから、そっちを先に作ろう」
「そうじゃな。王妃殿下用の小さなものを先に完成させて、試運転してからでないと、違いも分からぬからな」
魔装外輪船は、リリアルの渡海が決まったので、先行して製作してもらっており、王妃様の外輪船は後回しとなっている。これは、居住性を優先した後方に外輪を配置するタイプであり、いまだ完成させた船が無いデザインである。
「船尾に外輪がある船は、早々に仕上げる。リリアルの船がもう少しで完成するのでな」
船尾式の外輪は、魔装が船尾周辺だけで済む事もあり、既存の王家の船を改装することになっているのだという。やはり、それなりの格式が伴うものなので、安易に全てを老土夫たちに委ねるわけにもいかないゆえである。
キャラベルへの艤装が完了するのにあと半月ほど必要だという。その後は、船尾式の外輪船の試作。その間に、姉に聖エゼル海軍船の設計図面を用意して貰う事になるだろうか。
「船を収容して、どこかで動かしてみなければならないが」
「……ワスティンの森の中に幾つか小さな湖があります。そこで試乗しましょうか」
魔物への対策も必要だが、それ以上に衆目にさらしたくないという配慮もあるのだ。
ワスティンの修練場は、それなりにリリアル二期三期生の活動の中心になりつつある。冒険者登録こそしていないものの、年少組も駆け出し冒険者の真似事をしているのだ。
三期生四組のうち、二組が案山子打ちと呼ばれる新稽古場での鍛錬、他の二組のうち、一組が修練場に滞在し、一組は修練場に移動するシフトになる。外に出ている二組、中にいる二組という感じだ。
それに同行するのは、一期生と二期生メンバー。これも、同様に四組に別れて活動している。三期生は固定だが、一期二期は二人ずつで毎回組合せが異なるようにしている。
三期の年長者組であれば、既に相応の訓練を受けており、自衛の戦力となる冒険者組よりも素材採取に詳しい薬師組と組ませる方がより効率的な教育となる。また、サボア組もそこに組み込む事で「薬師組」と見習冒険者といった研修になる。
反対に、年少組のキッズは大人しく話を聞かないため、冒険者組でも男子や辛辣さには定評のある赤目銀髪が主導することになる。例えば、こんな感じで。
「だってよぉー」
「ゴブリンは人の話なんて聞かない。お前の言い訳は無意味」
屁理屈こねて同じ班の女子や、薬師組の一期生の邪魔をするキッズには……お仕置きがいる。魔力を軽く込めた「飛燕」がキッズの尻に命中する。
PANN!!
「いってぇ!!!」
「この程度の攻撃も躱せない皮被りが調子乗るな」
「「「皮……」」」
女子が真っ赤になる中、全く表情を変えない赤目銀髪と、図星を指されて反論できないキッズ一名。
「そ、そのうち俺だって!!」
「無理。それまで生き延びれない」
「……そんな事ねぇ……」
「安心。保証する。今のままならそうなる。お前は向いていない。周りがお前のせいで危険になる」
「「「……」」」
リリアルでは最も実戦経験豊富であり、冒険者組で斥候職として活動する『騎士』である赤目銀髪の発言は、決して軽くはない。
「お前が勝手に行動して死ぬのは構わない。けど、周りを巻込むのは赦せない。私たちは守る側であって、守られる側ではない」
三期生の年長組と一つしか変わらず、二期生のほとんどが年上の赤目銀髪からすれば、キッズ過ぎて話にならないというところだ。守られる側ではなく守る側、故にリリアル生は孤児であったとしても騎士に叙されている。それが、リリアルの騎士である意味だと、赤目銀髪はよく理解していた。
「文句があるなら、腕を磨け。そして、守る側になれ」
「……う、うん……じゃなくって、はい!!」
クソガキもようやく一人前のリリアル生の入口に建てたのかもしれない。
『あいつ……自分のことは棚に上げてねぇか』
「姉さんよりは随分ましじゃないかしら」
その昔は、一人で行動しようとすることもあったが、今では冒険者組に不可欠な存在であることは間違いない。帝国・ネデル遠征においても全参加としたのは、彼女の耳目として不可欠な存在でもあるからだ。
「二期生はともかく、三期生にはレンジャーが熟せるメンバーが育つといいのだけれど」
『育て方だろうな。今のところ、良いんじゃねぇのか』
『魔剣』からすれば、一期生最初の頃のリリアルは、彼女を筆頭に冒険者活動に専念していた時間が相当あった。危険でなかったとは言えないが、それでも、勢いに任せてかなり強引に依頼をこなしていた。
十歳前後の子供を集めて、猪狩りやゴブリン討伐、人攫いの村の包囲なんて……どう考えてもやりすぎであったと思わないでもない。
中等孤児院も一期二期あたりは、相当苦労するだろうなと彼女は確信している。リリアルで協力できることは出来る限り行いたいと考えていた。
「リリアルも少し手を離れてきたということね」
意図してきたこととはいえ、少しずつリリアル生と距離が離れるような気がして寂しい気もするのだが、一騎士として活動していた時と、領主として副伯としての役割を期待されている今では、自分が為すべき事が変わっていることくらいは彼女も理解している。
『お前は、お前がやるべき事をするんだろ』
『魔剣』に言われる迄もなく、今日はその為にワスティンに来たのだ。
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Geeee !!
「ふぅ。近寄られる前に殲滅できるのはいいわね。それに、魔力量も抑えられているし」
『何なのだそれは……』
『お前自身、飛燕禁止してねぇじゃねぇか……』
スティレットを用いた『飛燕』である『吶喊』を遭遇するゴブリンに次々浴びせる彼女である。お伴は、ノイン・テーターである『ガルム』を連れている。
『ゴブリン如き、私でも倒せる!!』
「なら、オークかオーガが出たらお願いね」
『……』
並の魔剣士程度である『ガルム』は、一般的なオーク一体ならば問題無く倒せるだろうが、オークは単独では現れない。また、単体で現れるオーガもしくは、オークの上位種を一人で倒せるほどの腕はない。
つまり、彼女の言うお願いする目標は、ガルムには討伐できないと思われる。そこを敢えて口にするから、ガルムは無言になったのだ。
『私をデートに誘いたいのであれば、もうすこしきらびやかな所でなければいかんぞ』
「……はぁ……」
『なっ、無礼だぞ!!』
深く溜息をつく彼女を、斜め前を行くガルムがとがめだてる。そもそも、今日の目的は、領都とする予定の『廃城塞』のコンディションを確認するとともに、周辺の魔物の掃討等を行う事にある。
既に、先行して『猫』が別の任務で周囲を探索しているのだ。ガルムは露払い兼弾避けである。周囲が「副伯が一人歩きはあり得ない」というので、消去法で残ったのがノイン・ガルムであった。
森の奥へと進んでいくのだが、凡その通りを『土』魔術を行使して切り開いていく。これは、非常に低い『土壁』を幅4mで展開し、さらに『堅牢』を掛ける事で整地され踏み固められた「街道」を構築するようになる。
『……なんなのだこれは……』
「道、街道を簡易的に作っているの。領都になる二百年くらい前に放棄された城塞都市がこの先にあるの。以前、帝国騎士だった『鉄腕』がオーガ化して立て籠もっていたのを討伐したのだけれど、そこの再調査に向かっているの」
『鉄腕……そうか。最後は領地で亡くなったという話であったが……』
散々、強盗働きで稼いだ金で手に入れた領地と居城は、すでに子孫の手を離れ、借金の形に接収されていると聞いた。法国においても下級騎士から領地持ちに成り上がった『鉄腕』は、当時の皇帝からも信頼される無類の戦上手という面もあり、今でも若い騎士の間では人気のある存在であるという。
「でも、強盗の人喰い鬼であったのだけれど」
『この世に未練があるから、あんな姿になっても死ねないんだろうな』
鉄の腕を持つ食人鬼であった『鉄腕』は、並のオーガ以上に異形であったのは言うまでもない。