第517話 彼女は『飛燕』ブームに戸惑う
第517話 彼女は『飛燕』ブームに戸惑う
「新稽古場」が開かれ、リリアル生の活動はより活性化したと言えばいいだろうか。魔装銃の導入時は、射撃練習場に入り浸る銃手たちが多かったが、いまではある程度調整するか、新しく製造された銃の試射などでつかわれるだけで、すっかりおちついている。
新稽古場は数日が過ぎても盛況のままなのだ。
「うぉるあぁぁぁ!!」
Konn ……
「全然ダメ」
「……何故だぁ……」
赤目銀髪が大いにダメ出しをし、年少組のやんちゃ坊主は力なく肩を落とす。
「だっさ。おらぁ……とか。田舎の人って感じ」
「ぷぷ、駄目だよそんなこと言って田舎の人ディスったらさ!」
「そうそう、身の程知らずの奴と比べたら失礼かも?」
女子は……辛辣である。
赤目銀髪は冷静にダメ出しを加える。
「そもそも、剣が切れるのはこの辺りだけ。なんで剣の真ん中を当てに行く」
「……それは……」
「力押しして相手が倒れるのは余程の力量差がある場合だけ。切っ先で相手を突くなり斬るなりしながら、崩すのが基本。なぜ、意味のない力んだ的当てをする。他のみんなも」
「「「……」」」
力が足らないという事もあるが、剣の振りが遅く、ポコンと当てるだけで全く効果が無い。年長組は一期生には劣るものの、二期生とは比較にならない剣戟を繰り出すというのに。
「三年の差は大きい?」
「「「……大きいです……」」」
そもそも、体力づくりの最中であり、これは剣を振るう練習というよりは疲れてきた午後の最後の時間に楽しんで体力づくりを安全にさせる為の方便でもある。
「でも、こんなことできるようになりたい?」
赤目銀髪は魔銀の刺突短剣を取り出し、『飛燕三連舞』と名付けた一撃を繰り出す。いや、惨劇を一連の動作で繰り出すのだが。
PAPAPANN!!
サブローの案山子の、盾と胴そして兜に一瞬で叩き込まれる。
『おー まじやめてくれぇ』
すっかり『飛燕』恐怖症となりつつあるノイン・サブローである。
「かっけぇ!!」
「まじ、リスペクト!!」
「姐さん、もっと見せてくだせぇ!!」
「……だめ。でも、もっとがんばれたら、また見せる」
そう、彼女が調子に乗って見せたため、あれ以来、リリアルは空前の『飛燕』ブームが発生しているのだ!!
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「先生!! あたしも、『飛燕』習得しました!!!」
「……え……」
「すごいじゃない! でも、どうやって発動させるの。あなた、メイスよね?」
一瞬彼女は何を言っているのか理解できなかったようで、同じ疑問を持つ伯姪がその説明を求める。
「じつは、ジッちゃんにあたしのメイスの補修をおねがいしていたんだけど……」
使い古されたメイスなのだが、手直しをしつつ使い続けているのだ。魔銀鍍金製で強度を確保するために聖魔鉄の部材を加え、見た目が変わらずとも、威力と強度が改善されている。故に、ジッちゃんこと老土夫と赤毛娘は頻繁に顔を合わせている。
ようは、良くメイスを壊すので仲が良いのである。
「スピアヘッドを魔銀製に替えてもらいました!! それで、魔力を込めてうぉりゃぁ!! って振ったら出ました!!」
確実に脳筋である。が、魔力量とセンスはずば抜けている。どこかの姉と波長が合うのは、恐らくその辺りにあるのだと彼女は推察していた。
「そう。おめでとう。これで魔装銃の援護が無くても死地に飛び込めるわね」
「そうなんです!! 院長先生みたいに一騎駆だってできちゃうかもです!!」
赤毛娘の魔力量であれば、魔装馬鎧に魔力を通しつつ身体強化、二面の魔力壁を展開、そして魔力纏いに『飛燕』を追加してでも突撃可能だろう。馬のサイズはポニーになるが。
「命中するのかしら?」
一番大切なのは、標的に正確に命中するかどうかである。
「……Hyu……Hyu……」
「当たらないのね」
音のしない口笛を吹いて誤魔化す仕草は、誰の真似だろうか。とても腹立たしいはずなのだが、赤毛娘がすると何故か憎めない。可愛いは正義である。
「まあほら、集団戦なら良い威嚇にもなるでしょうし、露払いには申し分ないじゃない?」
小さな目標に命中せずとも、群がる敵の戦列に向けて撃ちこめるだけでも気勢を削ぎ打撃を与えることができる。スピアヘッドであるから、スティレットより若干多いくらいの魔力量なので、致命の一撃には……
「的が爆散しちゃいそうなので、サブローさんのには当てられません」
「「……」」
加減を知らない子供たちである。
赤毛娘の話を聞き、慌てて新稽古場に向かうと、回収したボロい盾を補修して設置した案山子の左腕がへし折れており、癖毛が直している最中であった。
「これ、支柱と横軸の腕も金属にして良いか?」
「……丈夫にして頂戴。それと、金属だと誤ってぶつかると大変だから」
「細長く切裂いた布をグルグル巻きにして保護する。金属に木剣が当たれば木剣も折れるしな」
彼女と伯姪は「面倒だけどお願いね」と癖毛に伝える。すっかり良いお兄ちゃんになりつつあるのだが、でも癖毛である。
「それにしても、これは恐ろしいわね」
「……あなたが言う?」
命中したぼろ盾は貫通した後爆発したように中央が弾けて飛散していた。人体に命中していれば……大変な惨事だろう。彼女は不可解さを表情に浮かべる。
「こんな風になるなんてね」
「え? 何か違うんですか!!」
「普通は、魔力の刃で切裂くだけのはずなのよ。爆発はしないわね」
「そんな事ないよ妹ちゃん!! 魔力は爆発だよ!!」
「爆発です!!」
どこの芸術家だよと思いつつも、再び姉が現れたのである。
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姉は、リリアルの塔の内装の打ち合わせにやってきた……とされる。大人しく執務室で待つような人柄ではない。騒ぎがあれば現れるのが姉。
「ねえねえ、この分銅をさ、フレイルヘッドに替えない?」
「……子供たちが大怪我するじゃない……」
「体で覚えるって大切だよ!!」
下手をすると死にます。フレイルヘッドwith金属製スパイクであろう。
「でもさ、中等孤児院の訓練用に導入してもいいんじゃない。あとは、リリアルの塔の中庭に設置して、鍛錬用とかさ」
姉は、先日迎賓宮の一角に建築中の『リリアルの塔』の図面を見せている。内装に関しては、辺境伯の王都邸を施工した業者に依頼することにして、仲介を頼んだという事もある。迎賓宮に面した二面は残すとして、コンクリート製の先行建築分は、早急に内装・家具などを手配しなければならない。
「それはいいのよ。でも、爆発するというのはどういう事かしら」
「魔力を圧縮するくらい込めたんじゃないかな?」
魔水晶・魔石と呼ばれるものには、魔力を吸収・蓄積する能力がある。これを用いて、魔力を込めた魔石同士をぶつける事で爆発することがあるという事は知られている。
「魔力を投射すると、固まって狭い範囲に集中して命中すれば、同じ現象が起こるんだと思うよ」
姉の見解は、円錐形の魔力の塊が先端部分に命中の際集中して当たることで、魔力による破壊に留まらず大きく爆発するほど魔力が一瞬で集約される結果なのではないかというのだ。
「刃の形ではなく、筒の形で魔力が叩きつけられた結果ということね」
「妹ちゃんの場合、適切な魔力量でコントロールしているから穿つだけなんだろうね。爆発するほど魔力を込めるのは、不慣れだからだと思うよ」
「けど、それを考えると、余計な魔力を込めたスティレットの『飛燕』なら、同じように爆発するのかしらね」
魔力により爆発現象を意図的に起こせるのであるとすれば、様々な使い途があるだろう。魔物は混乱するであろうし、構造物を破壊したり威嚇にも余程効果がある。
そこで彼女は、試作した人造岩石壁と、その横に新たに魔術で作った土壁を用いて『飛燕』の試射を行う事にしたのである。
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実際、飛燕を扱える一期生は急速に増えていた。魔力操練度からいって、赤毛娘は中間よりやや下という位置であり、冒険者組はほぼ使いこなせるようになっていた。
「飛燕は……魔力を剣に満たして、零れる先っちょを振り飛ばすイメージ」
「……零れるほど注ぎ込むのが……難しいですね」
操練度が高くても、魔力量に余裕が無ければ困難である。実際、灰目藍髪の魔力操練度は冒険者組と変わらない。剣技に関してもである。
魔力を飛ばすという行為自体、「魔力纏い」「魔力走査」「気配飛ばし」とステップアップしていき、その延長に『飛燕』は存在する。密度と速度と魔力量を高めた結果に過ぎないからである。
赤毛娘に出来て、灰目藍髪に出来ない理由は純粋に魔力量によるものだと言える。
「まあ、そんな事で妹ちゃん」
「……何かしら姉さん。不安なのだけれど」
姉がニコニコしている時は、凡そ悪巧みをしている時である。
「最近、ダーリンがナーバスなんだよ」
ダーリンとは言うまでもなく三男坊の聖騎士様のことである。なにやら、サラセンに対する『聖征』を内海で行う動きが出ているのだという。皇帝が代替わりし、『海国』との協調路線が失われつつあるのが原因だ。
王国はサラセンと対帝国路線において先代・先々代と共闘している。故に、直接派兵することは考えられないが、ニース辺境伯の保有する聖エゼル海軍は軍船を派遣することになる。指揮官は当然、提督である三男坊が務めるのだ。
「まあ、あの人魔力量が少ないから、お守り程度になるかもだけどさ」
姉は、魔銀製レイピア(短め)を振るう事で、『飛燕』に似た別の何か……『穿刃』とでも言えばいいだろうか……で、敵船の船体に横穴を開けたりできないかと考えているようなのだ。
「喫水より下でないと無意味ではないかしら?」
「……か、かもねー……」
いいから、試しに放ってみるよ! と話を切り上げると、そそくさと魔銀のレイピアに魔力を込め始める。普通、飛燕の発動は一瞬なのだが。
『舞い踊れ敵を穿つ螺旋の牙よ!! 吶喊!!』
因みに、『飛燕』には特別な詠唱など必要ない。
魔銀細剣の周りの空気が圧縮されるように動いたかと思うと、掲げた切っ先からズドンという勢いで魔力が土壁に叩きつけられ、一瞬の間の後、土壁が内部から爆散した。
「「「「……」」」」
「姉さん」
「……びっくりしたね。何かな妹ちゃん」
「……その無駄にあふれる魔力で、土壁の再建もお願いね」
なにか色々言い訳しているのだが、一切聞く気はない。
「やっぱり、規格外の姉妹ね」
「一緒にしないでほしいのだけれど」
少なくとも、彼女なら加減をして爆散はさせない……はずだ。土壁は『堅牢』の術もかけたので、硬度は並の街壁程度はあったはずなのだ。言い換えれば、姉の『吶喊』なる魔術であれば、魔銀細剣一本である程度の城塞を破壊できるという事になる。歩く攻城砲アイネ。
どうやら、見ていたリリアル生は『飛燕のその先』を見た気になっており、一部俄然やる気となっている。絶対に魔銀の細剣を与えてはいけない。
「院長先生!!」
「あなたが大きくなったらね」
「……は、はい!! 頑張って大きくなります!!」
先にくぎを刺される赤毛娘。因みに、無言でアピールしてくる赤目銀髪のことはガン無視する。魔力切れになりかねないということにも、気が付いてもらいたいものだ。姉の無駄魔力故の高威力なのである。
「少なくとも『大魔炎』よりは義兄さんの役に立ちそうね」
「そうだよね。海の上って、あんまり炎の精霊いないから、不安だったんだよね」
もしかすると、姉は聖エゼルの軍船に乗り込んで、義兄と共に出陣する気なのかもしれない。
「それとね、妹ちゃん」
姉曰く、聖エゼルにも魔導外輪船を二隻ほど用意したいというのである。
「一隻は左右に外輪がある奴で、もう一隻は後ろに外輪があって、衝角が付けられるようにしたいんだよねぇ」
言うのは勝手だが、外輪以外は自作してもらう事になるだろう。その辺り、老土夫に相談するとともに、王宮にも話を通さねばならないだろうと彼女は考えていた。