第516話 彼女は『案山子』をくるりと回転させる
第516話 彼女は『案山子』をくるりと回転させる
「本当にお城だ……」
「か、かっこいいかも?」
「いや、すげぇだろ。銃座もある今どきの城塞だ。これなら、近寄る前にドンドン倒せそうだぜ」
リリアルの塔の図面を見ながら、一期生が口々に感想を述べている。要を務めてきた彼女・伯姪・茶目栗毛など全員が渡海する故に、不在時の役割りを考えると、一期生の冒険者組を中心にこれから一年間でなにを行うのか計画を伝え、それぞれが自分の責務を果たさねばならない。
「大変」
「いつだってリリアルは大変」
赤毛娘の呟きに、赤目銀髪がもっともらしそうな顔をして頷く。少し笑いがもれたが、一期生の顔は緊張の色が隠せない。実際、半年は院長・副院長不在の状態で運営することになるのだから。
とはいえ、突発的なことはさておき、王都の塔の建設はある程度業者任せとなる段階になるであろうし、修練場の運用も軌道に乗っているはずである。それ以外の仕事は、二期生三期生の育成であり、一度自分たちが通った道であるから、指導することもさほど難しくない。
特に、薬師組は薬師見習の教育を繰り返していることから、冒険者組以上に教え慣れしている。冒険者としての活動以外のリリアルにおいて、薬師組中心の教育体制になりつつある。
外の仕事は冒険者組、中の仕事は薬師組といった振り分けである。
「それで、これを作りたいのよね」
「案山子」
「案山子だ!!」
『カンタン』と呼ばれる、立木に横棒を通し金属のリングで結合したものである。横棒の先端には「盾」を括りつけ、これを強く打つことで横軸が回転する。
回転する反対側の先端には、鎖に繋がれた分銅が付いており、それを躱しながら強く打ちこむ訓練をすることになる。
「二期生の女子と三期生の年少組に特にやらせたいの!」
同じ程度の弱い相手と掛かり稽古をするのも意味がなく、また、ある程度上達した人間が相手をするのも手加減が難しい。故に、先ずはこの案山子に強く打ちこむ練習をすることで、回転する程度の打撃を打つ訓練をするのである。
伯姪も一期生の時と比べ、指導する幅が広すぎる事と、剣を振るう必死さが欠けていると判断した故の提案だと自分の考えを伝える。
「この案山子もくるりと一回転させられないのなら、永遠に半人前。前には出せないって感じの基準にするから」
「……ここにもできない者がいるはず」
「「「いやいやいや……」」」
一期生の中で様子を伺い合う。自信満々の藍髪ペアに赤毛娘。最初に振った赤目銀髪も自身有組である。
「そ、それなら、失敗なら後衛でもいいって事で……」
「後衛組は、魔装銃かフレイル、魔術で回転させれば合格だね」
「……がんばりまっするぅ……」
荒事が苦手な薬師組は意気消沈。とは言え、薬師組も負けず嫌いなのであり、訓練が始まれば意外と乗って来る可能性が高い。
「まあ、案山子回転が前衛に配置する基準と伝えれば、年少組もヤル気をだすんじゃないかな」
「言葉ではなく態度で示せという事ね。わかりやすくていいと思うわ」
一期生の赤毛娘よりさらに年下の「男の子」を相手に理詰めで説明するのが面倒に感じていた彼女は、これ幸いと伯姪の案山子導入に賛成するのである。
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数日後、 『カンタン』は薬草畑の外れ、やや森に近い場所に「新稽古場」として切り開かれた林間の草原に設けられることになった。
そして、五体のカンタン=案山子には、兜を被った頭、盾を持つ腕とその反対側には鎖に繋がれた布と粘土が結び付けられ支柱に金具で連結され回転するようになっている。
胴体は、打ち込めるように襤褸布が荒縄で巻かれ、兜と盾同様、木剣でたたきやすいように加工されている。
「まあまあね」
「最初から完璧を求めないで、リリアルに向いているものを作り上げていきましょう」
因みに製作は癖毛である。
わいわいと二期生三期生が集まっている。それぞれの背丈に合わせた木剣を用意し、今日から訓練開始……といったところである。
「これは、馬上槍試合や騎士団の稽古で使われる案山子です」
彼女が説明を始めると、年少組から「案山子かよ」などと聞えよがしの声が聞こえてくる。伯姪がじろりと声のする方向をにらむと、途端に周囲は静まり返る。
「案山子舐めてんじゃないわよ!! いい、こういうことよ」
伯姪が自身の木剣を持ち、案山子に打ち掛かる。盾を強打すれば、回転し反対の分銅が殴りかかって来る。沈み込んで横薙ぎを躱し兜を強打する。戻ってきた盾を撃ち込むと、再び回転。分銅をバックステップで躱し、胴に鋭い突きを見舞う。
どよめきが広がり、伯姪が説明するために戻ってくる。
「あんたたちなら、盾を正確に打ち込むところからよ」
的確に強打しなければ横軸は回転しない。回転したならば、どう躱すかである。
「剣で躱したら反撃できないわよね。後退して躱して即踏み込む。敵の剣は空を切り、隙を突いて安全確実に反撃できるわ」
「振り下ろされたらしゃがんで避けられないよ!」
盾を叩いた反動で振るわれる分銅故、必ず横薙ぎとなるのは仕方ない。
「下がったら踏み込むのに二度手間でしょう。それに、振り下ろすより横薙ぎが当たりやすいのよ。だから、その辺は実際どっちが来るかは、相手の動きを見て予想するしかないわね」
剣の鍔元では斬る事ができない。踏み込んで相手の懐に入るということは、攻撃と防御を両立する動きでもある。
「あんたたちチッコいんだから、大きくなるまでは相手に近寄らないと一方的に斬られるだけなんだから、まず、しっかり剣を叩きつけて躱して飛び込む練習でいいのよ」
実戦を想定しているというよりは、ただ強く剣を打つ練習だと言えるだろう。
一期生がめいめい剣を打ち付け試してみる。
『ようよう、良い剣筋じゃねぇか』
「……黙れサブロー」
『お、おう。でもまあ、そういう仕事だからよぉ……」
五体の案山子のうち一体の首には、帝国で捉えたノイン・テーターの一体である「首だけのサブロー」が配置されている。本名は……忘れた。
「森の監視も兼ねているから、必要なのよ」
「あと、さぼってるやつを報告する仕事もあるから」
「「「「ええぇぇぇ……」」」」
本館から離れた場所であり、薬草畑のさらに奥であることから、死角といえば死角である。年少組辺りなら、遊びに夢中になりかねないし、勝手に森に入ってしまわないとも限らない。
幸い、この辺りまでであれば『アルラウネ』の伸ばした根っこの哨戒網の範囲であり、サブローへの魔力補充も根から行えるという。そういえば、案山子の根元から蔦が伸び、サブローの首辺りに巻き付いている。これか。
残念ながら口下手の『ジロー』には案山子の頭役は向いておらず、サブローのみの配置となる。
「煩いなら、ガルムの奴もここに配置でもいいわよね」
「……一応、稽古台にはなるから、それはもう少し後でいいわ」
騎士としてそれなりに剣技を身に付けている『ガルム』は、五体満足な剣奴隷のような役割を与えている。これは、一期生の剣の相手をさせたり、修練場が無人の際の護衛役を考えている。魔力を無駄に消耗しなければ半月程度は自律して活動できるからだ。
一期生が粗方使いでを確認した後、二期生三期生の鍛錬の番になるのだがなにやら言い出した者がいる。
「院長先生は剣を使わないのでしょうか?」
「院長の、ちょっといいとこ見てみたい!!」
「「「「「見たーぁい!!」」」」」
子供たちが声を揃えて彼女の剣技に期待を寄せる。残念ながら、案山子相手では彼女の棒振り以上の技術の無い腕前は見せて喜ばれるとは思えない。
『期待に応えるのも上に立つもんの役割りだろ』
『魔剣』も調子を合わせて、煽って来る。そこで彼女は考えた。剣を用いた『技』なら問題ないのでは……と。
サブローの案山子から10m程離れ、魔銀のスティレットを構える。ざわざわと子供たちが騒ぎ出す。
「ちっちゃい剣だね」
「ばっか、あれは止めを刺す為の短剣だぞ。稽古に使うもんじゃねぇ」
「なら、あの首の人殺されちゃうの?」
『ひぃぃぃぃ!!!』
子供の呟きに反応する『サブロー』であるが、顔が引き攣っているのが見て取れる。
「剣技をご所望なようなので、お見せするわね」
右手に魔銀の片手剣、左手に魔銀のスティレット。先ずは左手だけを使う。魔力を込めたスティレットを水を切るようにピッと振るう。その切っ先から、魔力の『針』が飛び出し、盾に命中しぐるりと回転する。
PANN!
「「「……は……」」」
彼女の『飛燕』を初めて見た二期生三期生が硬直する。なんだ手品か!! といった反応である。
「連打するわね」
『ほどほどにしておけよぉ』
『魔剣』の呟きを無視し、盾に胴に、サブローの兜に一瞬で三連撃が決まる。
『があぁぁ!! いってぇ……』
「ふふ、結構面白いわね」
まるで、祭りの射的ゲームのように次々と魔力の刃を飛ばし、盾に分銅に、胴に兜に次々と音を立てて命中する。
PANN!
PANN!
PAPAPAPANN!!!
支柱がぐらつき出したので、彼女もそこで一旦デモンストレーションを終了する。最初は驚き眼を見開いていた二期生三期生、特に年少組がすごいすごいと盛り上がり始める。
「また、力を見せつけるわね」
「それは、あなたもでしょう? それに、純粋な剣技では到底手本にならないのだから、この程度は許してもらいたいものだわ」
ニヤニヤと伯姪に絡まれ、彼女も憤然とした振りをして反論する。剣技では逆立ちしても伯姪には敵わない。
「でも、これ使えると……」
「咄嗟の時には銃の代わりになる」
「殺傷力も少ないですし、牽制にはもってこいですね」
魔銀曲剣と比べ、飛ばせる魔力量が少ないため、切断まで行かず、致命傷にはならないが傷をつけるなら十分な威力である。
「これ、覚えると良いよね……」
「まあな。数が多い弱い敵なら、これだけで追い散らせるな」
「暴動対策なんかにもなるよね……殺さないで済むならその方が良いし」
赤目蒼髪と青目蒼髪が『飛燕』の習得に前向きとなり、荒事が苦手で前衛を苦にしている黒目黒髪も距離を取って魔力量を生かせる『飛燕』なら護身の一環として生かせそうと考える。
赤目銀髪と伯姪以外にも、魔力量に余裕があるメンバーは是非覚えてもらいたい。とくに、薬師組唯一の魔力量中である藍目水髪こと、水髪の『ミラ』には是非に覚えてもらいたい。
「まあ、そういう必要があるなら覚えようかな」
「い、いらないんじゃないかな……」
赤毛娘も一瞬意欲を見せたのだが、黒目黒髪にやんわり否定される。突撃大好きなうえ、打撃武器が主装備なので、使い所がないというのもある。
二期生九人と三期生の十六人、それにゲスト二人。鍛錬は、二期生と三期生年長組が一日おき交代で、年少組は午後の最後の時間をここで鍛錬をして過ごす事にする。
時間割的には、午後の食後の時間を年長組、夕食前の時間を年少組という区分けにする。年少組を先にするとそのまま夜まで疲れて寝てしまうような気がするからである。年長組が食後の運動とでも思えばいい。
「それそれ!!」
『振りがあめぇな。何度も振るより、確実な一撃を目指せよ』
「お、おう。わかってらぁ!」
年少組相手に、サブローもしっかり役割りをこなしている。流石に、三期年長組四人はしっかりとした打ち込みができる。特に男子二人は。
「やるわねあの二人」
「ええ。しっかり良い訓練を受けてきたのでしょうね」
十歳と言えば茶目栗毛が見極め失敗をした年齢に近い。身に着けた能力を考えると、二期生より魔力の操練度以外においては上回ると考えておかしくはない。
しっかりと盾を叩き、分銅を躱し胴や首元に突きを入れる。その剣の戻しも素早い。女子も中々の動きだ。
「上の人数が少ないって事は、それなりに生き残れる能力を身に着けているという事なのでしょうね」
年長組は年少組の三分の一しかいないのは、訓練の過程で見込みがない者が排除された結果であろうか。そう考えると、魔力を用いないで行う活動において、三期生魔力無組も相当の戦力になるのではと彼女は改めて期待するのである。