第510話 彼女は『魔装扇』を手に戦う
第510話 彼女は『魔装扇』を手に戦う
伯姪が剣を幾度か叩き落したり、面でいなしたりしたのであるが、扇にはとくに問題が見られなかった。
防具としては問題ないのだが、装身具としては無骨であり華やかさに欠けるというのが皆の感想であった。
「もうすこし、畳んだときに軽やかになるような魔装布にして欲しいわね」
「……耐久性と見た目の両立が課題かの」
少々布が分厚いので、畳んだときに厚みが出てしまうのだ。
「ならさ、広げない扇も作ればいいよ。あるんだよ、そういうナンチャッテな扇もさ」
姉の言う通り、開かない前提の扇? という物も存在する。
「なんだか、騙りみたいではずかしいのではないかしら」
「なんだそんなこと? なら、二人で一本ずつ持てばいいよ。妹ちゃんは普通の扇、メイちゃんはナンチャッテ扇。どうせ妹ちゃんは短剣術とか得意じゃないし。魔力でゴリ押せばいいじゃない?」
姉……身も蓋もない言い方である。とは言え王妃様方には見目の良いものをお渡しする必要もある為、糸を細くするか、東洋のように薄紙に魔銀を薄く張り付ける形、若しくは、糸を縫い込む形で行うことになるだろう。
布に鍍金することもできないので、扇の『天』と呼ばれる外周部分にのみ魔装糸で綴る形にして、親骨の鍍金と天の部分の飾り糸だけ工夫すればなんとなかるのではないかと彼女が提案する。
「開いている時はある程度妥協する……か」
「それも良いね。畳んだときだけ使えるなら、畳めばいいしね!!」
姉……その場その場の出来心で生きている。老土夫はそれで試作を進めるという。王妃様方には扇面がえらべ、一撃だけでも耐えられる親骨のみ魔銀鍍金対応で問題ないだろう。
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「せんせ!!」
「せんせ、お願いします!!」
「……なんだか、やりにくいわね……」
用心棒のように呼び出される彼女。既に、ダメ出しも終わり、あとは、模擬戦をするだけなのだが、果たして必要なのだろうかという疑問が無いわけではない。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「もう、良いのではないかしら。粗方問題点も分かったわけであるのだし」
周りから「ええぇぇぇ」という声が上がる。
「ほら、二期生三期生は貴方の戦いぶりをあまり目にしていないのよ。この機会に、格の違いってのを判らせてあげたらと思うのよね」
「そうそう、リリアル副伯が王国最強の騎士である事を、生徒たちに知らしめるべきだとお姉ちゃんも思うよ!!」
「……そんなわけないでしょう。最強ではないわよ」
彼女は「王国最強」などという尊称は、まったく欲していない。知っている範囲であれば、ジジマッチョか王太子殿下が最強に近いだろう。剣技と体力、そして魔力とその操練度。ジジマッチョに未だ及ばない王太子殿下であろうが、早晩、年齢的なモノで逆転してしまうだろうと彼女は考えていた。
「おじいさまと対等に戦うあなたが最強でなくって、誰が最強なのよ!!」
「確かに」
「院長先生を倒す騎士を思い描けませんね……」
黒目黒髪がぽしょりと声にする。それに乗っかる赤毛娘。
「院長最強伝説!!」
「ミアンの一騎駆け!!」
「タラスクスを一人で攻撃。それも川の上で」
「たった二人で最新の私掠船を奪取!!」
すまん、確かに、実績だけなら最強っぽいと彼女も渋々認める。
「大体、あなたがいなかったら、女子四人でソレハ城に乗り込まないし、竜に突撃もしていないわよ」
「「「「「確かに」」」」」
伯姪と一期生が大いに頷く中、二期生三期生が本気で動揺し始める。
「え……」
「そんなことしてたんだ……」
「噂の方が事実より小さいってなんだよ!!」
噂を信じちゃいけないよ……といったところだろうか。
「では、始めましょうか」
「お手柔らかに」
彼女の相手をするのは茶目栗毛。騎士の剣も、剣士の剣も、冒険者の剣も、傭兵の剣も、そして……暗殺者の剣も使う男。
いたずらっぽく剣を掲げ、彼女はそれに合わせるように芝居がかったカーテシーを披露する。
なにやら、舞台の一場面のような光景である。
剣を突き出すように構える。茶目栗毛は、組技も得意であるから、ドレスで不用意に近寄るわけにもいかない。
「魔力全開でもいいかしら?」
「……試用試験になりませんよ先生」
勝ち負けではなく、これはあくまで魔装扇のテスト。負けず嫌いの彼女にとっては、一瞬優先順位が入れ替わっていた事に気が付く。
「参ります!」
剣を突き出し、追い回すように足を進める。彼女は半円を描くように回避する。リーチに差がある上、追い足は後退するよりも早い。真後ろに下がるのは禁則事項だ。
扇を逆手に持ち、ダガーのように構える。
剣の突きを、扇の親骨で魔力を通して払い落とす。手首を斬り落とされるところを、魔装扇でしのいでいる。
「ヘイヘイ!! 逃げてばかりじゃじり貧だよ妹ちゃん!!」
「姉さん、煩い!!」
ドレスの裾を片手でつまみながら、脚をするすると動かすだけでも難儀なのである。右手逆手で扇を持ち、剣先を躱しながら左手で裾を捌く。
「なんだか、チラリズムを感じるな」
「「「はぁあ!!」」」
余計な一言を発した青目蒼髪に、一期生女子の氷の視線が突き刺さる。確かに、そういう踊りもあるとは聞くが、院長を尊敬する事大山脈の如しである、一期生女子の前では不用意な発言である。
彼女は何かに足を取られ、一瞬よろめく。
「「「「!!!!」」」」」
声にならない悲鳴と、チャンスとばかりに踏み込む茶目栗毛の動きが直線に変わる。
BaShiii!!!
魔力を込めた『魔装扇』が、茶目栗毛の胴体に命中し、真後ろに吹っ飛ぶ。攻守逆転……最初から狙っていたのだろう。
真後ろに吹き飛ばされたものの、綺麗に後方回転して受け身を取った茶目栗毛だが、ゲホゲホとむせているのは腹を強打したからであろう。
「大丈夫かしら?」
「はは、問題ありません。ですが……飛び道具として使われるとは思いませんでした。私の油断です」
立ち上がった茶目栗毛は、少々所在無さげに彼女に応える。
「姉さんが悪いのよ」
「……はい?」
「た、確かに剣や短剣術は苦手なのだから、決め手はそれ以外にしようって考えたの。だから、私ではなく、姉さんが悪いのよ」
そう言われればそうかもしれない。
「ありゃりゃ、私、どれだけ妹ちゃんの中で悪役なのかな?」
「師匠は、勇者を倒す『魔王』って感じの悪役です。主役的悪役!!」
赤毛娘の解説に姉もまんざらではないようである。つまり、主役扱いなら悪役でも構わない人である。
「でも、他に手があるなら、扇を魔力を込めて叩き込むという手は、悪くないね。少なくとも、騎士のニ三人はまとめて吹き飛ぶみたいだし」
「頭なら、砕け飛んだ勢い」
「「「確かに」」」
身体強化をしていた茶目栗毛ですら、大いに吹き飛ばされているのである。これが、並の衛兵や魔力を込めていない近衛騎士辺りであれば……体がへし折れているかもしれない。
「そ、そんなに魔力込めていないわよ」
「……本当に?」
「…ごめんなさい、本気で込めました……」
魔装胴衣を着こんだ身体強化済みの茶目栗毛が激しく吹き飛ぶのだから、相応に魔力が込められなければ意味がない。
「魔石を扇の要の部分にあしらって、爆発するようにしようかの」
「……落として起爆すると困るから、魔力を込めない状態にして貰わないと危なくて持ち歩けないわね」
「「……」」
即賛成しようとしていた姉も、流石に反省したようである。
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連合王国に向かう際に、ドレスでも持ち込める護身武器を考えるべきかと、魔装扇の剣以外にも彼女は考えようと思い始めた。
『騎士じゃなく、貴婦人の格好で立ち回らなきゃだからな』
「そうなのよ。考えて欲しいわね」
ドレスの下に着用する物から考える必要もあるかも知れない。また、魔装縄を活用した装身具なども用意できるかもしれない。連合王国に僅か六人……王弟殿下たちはともかく、リリアルメンバー六人で数か月活動するのであるから、相応の装備を整える必要があるだろう。
『賢者学院もうさんくせぇしな』
「それだけではないでしょう。修道騎士団の残党がどの程度あの国に入り込み王国をつけ狙っているのか……」
百年戦争の影に、それが存在しなかったとは思えない。とは言え、今の女王の父親の代に、連合王国は国内土地資産の四割を所有していた教会・修道院に対して、かなりのことをした。修道院を認めず、廃止した修道院の財産は王の資産とした。
その過程で、教皇庁と対立し『国教会』制度を立ち上げるに至る。と考えれば、修道院勢力を弾圧したのは既に修道騎士団の勢力も利用するほどの力を失ったか、あるいは……
『北王国に協力している……か』
『魔剣』の指摘するように、北王国は「御神子信徒」の国であり、王国とも連合王国を挟んで交流がある国である。今は、先代女王が連合王国に捕えられ、連合王国に協力し反乱を起こした貴族と連合王国の女王が後見人となり、僅か一歳の男児が王位を継いでいる。
これは、王子の祖父が、連合王国の女王の父王の姉の息子であったことによる。つまり、王子の祖父と連合王国の女王は従兄妹であった。
連合王国と北王国は長年戦っている。連合王国の侵略によってだ。
「連合王国に向かった私たちが、不幸な事故で死ぬ」
『すると、連合王国と王国が戦争を始める事になる。神国も北王国も嬉しいだろうな』
その仕掛けをする、修道騎士団の残党がいてもおかしくはない。御神子教徒を国内で弾圧する女王においても、神国と面と向かって今戦争をするつもりはない。あれば、ネデルの原神子教徒の反乱に、表立って手を差し伸べるはずなのだが、オラン公に対して連合王国は助ける素振りすら見せなかった。
「神国と連合王国が揉めなければ、王国と揉めさせればいいじゃないとでも考えているのかしらね。迷惑な話だわ」
国家に友人無しとはいうものの、国王同士が従弟や又従兄であることも珍しくない国同士においてでさえ、むしろ、血が近いほど「お前の物は俺の物」という心理が働くのだろう。
王国が他国から王妃を娶らない近年の政策は、この辺りも考慮していると言える。王妃についてくる近侍は、その国の重臣の子弟であることも少なくない。あえて、王国内に招き入れたい存在ではない。
「そう考えると、王弟殿下が女王の王配に受け入れられるという事は……」
『ありえねぇだろうな。そもそも、いまの連合王国の女王ってのは、アレだろ』
さっさと結婚しろと議会で言われた際にも、平然と「私は既に国と結婚している」と反論したとか。実際の心情としてはそうではないだろうが、とても男性的なモノの考え方をすると推測される。
王国の腑抜けた王弟殿下程度なら、飼殺すにはちょうど良いだろうが王国の影響が国内、とくに御神子信徒に与する事があっても困る。また、王国・御神子信徒に良い顔をすれば、今の支持母体である原神子信徒の貴族・都市の支配層との関係が悪くなるだろう。
「物見遊山ではないのだけれど、王弟殿下も脈の無い女王陛下に会う為わざわざ渡海するのは大変ね」
『いい年した王弟殿下に、嫁も国内では見つからねぇしな』
察したギュイエ公は、さっさとカトリナをサボア大公の后妃にしてしまった。年若く周囲に人を得ない大公殿下だが、血筋は悪くない。なにより、カトリナが男児を産めば間違いなく「聖王国王位」を継承することになるのだし、聖王国は女王も認めているので、女児であっても王位は継承できる。
そういう意味では、あまり王都に長居させ、王弟殿下の目に留まらせたく無かった故に、王妃付きの近衛や騎士学校への入校を許したのだろう。例え王の弟と言えども、王妃様にあうことは公式の場以外でありえないであろうし、王妃様の許可なくカトリナに声を掛ける事も許されない。
王弟殿下に思うところのある王妃様としては、カトリナを守る姿勢を取るのは明白である。
『当馬も大変だよな』
「本当に。まともな貴族の娘なら、婚期を大いに逃す事になるのですもの」
王弟殿下の『婚約者候補』である彼女の立場も面倒なのだが、これは公務のようなもの。たとえ王国副元帥リリアル副伯といえども、王が主催する夜会などに参加する際、リリアルの騎士にエスコートさせるわけにもいかない。
身分的に釣り合う者がほとんどいないのだから、会に参加するために王弟殿下がお相手するしかないというのもある。
「参加しないでもいいわよね本来は」
『リリアルに社交は必要ないかもしれねぇが、あんまり顔を見せないと、この先王の周りの貴族どもが良く言わねぇだろうな』
夜会に参加するというのは、牽制の意味もある。脚を向けなければ、貴族の中において余計な事を言われる可能性が高まるからだ。爵位が上がり、王都に館を与えられるのであるから、この先さらにその問題は多くなるだろうと彼女は考えていた。