第509話 彼女は『魔装扇』を手にする
第509話 彼女は『魔装扇』を手にする
薬師娘二人組が今週騎士学校に入校した。初めての週末、リリアル一期生を初め、多くのリリアル生は騎士学校でどのようなことが行われているのか興味津々であり、その話を聞きたいと手ぐすね引いて待ち構えていた。
流石に戻ってきた金曜の夜は疲れているので遠慮したものの、翌日から次々と質問攻めにあっているのだ。
「だから……まだ、最初の挨拶とか説明程度で、なにもすすんでいないの」
「そうです。ほんと、騎士団はおっさんばっかりだし、近衛と王立騎士団は少し上だけど全員貴族様だから、ほんとしんどいんですって」
「「「「まじかぁ」」」」
一期生はまだ成人するかしないか程度の年齢であり、騎士学校で言えば幼年学校に通っている貴族の子弟の見習程度の年齢である。そこから数年の従騎士生活を送り、二十歳過ぎで騎士学校に入校することになる。
「でも、勲章持ちは私たちと騎士団所属の一部の従騎士さんくらいなので、馬鹿にされたりはしませんね」
「魔力持ちでもあるし、模擬戦でそれなりに腕を見せれば、あなどられはしません」
「「「「おおぉぉぉ」」」」
リリアル生、リリアル以外はすべてアウェイなので心配なのである。彼女と伯姪は、貴族の娘であり自身も貴族の身分を持つためあまり気にならないのだが、リリアル生は基本『孤児』なのである。
孤児出身の『騎士団』出身者がいないわけではないが、わずかだ。それも、冒険者出身の者ばかりだ。年齢的にはいても三十前後であり、経験と実績からあなどられはしない。
「でも、知っている従騎士さんとか、いたんですよね」
「いました」
「いたよ……若干気まずいけど」
「「「若干気まずい!!」」」
どうやら、騎士団で嫁にしたいリリアル生No.1の碧目金髪が以前『お断り』した人の一人らしい。
「お断りをバネに、騎士への登竜門に見事到達したのね。立派じゃない!」
「これは、心が揺れ動く」
「動きません。ごついんだもん」
どうやら、碧目金髪は優男系が好みらしい。
「王太子殿下みたいな方が良いですぅ。あ、外見だけですよ」
「……中身はね」
「中身は……不敬だわ!」
言葉に出来ない腹黒さ。だがしかし、何故リリアル生はそう思っているのか。一期生、特に冒険者組はタラスクス討伐で並び立って討伐に加わった仲であり、騎士としても指揮官としても優秀であったと記憶しているだろう。
さらに、近衛連隊を率いてミアン防衛戦の救援に駈けつけ、窮地を救った姿も記憶に新しいはずなのだが……
「雰囲気が似ている」
「そうだね。お姉ちゃんに似ているよね」
「……曇りなき眼を誤魔化すことは出来ないようね」
王太子殿下の雰囲気は、彼女の姉とよく似ている。姉を良く知る一期生は、王太子殿下も同じカテゴリーと判断したようだ。魔力が黒いのだろうか?
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そんな会話をした翌日、久しぶりに姉が姿を見せた。リジェであったばかりな気もするのだが。
「公女様はお元気かな?」
「手紙を預かっているわ。オラン公にお願いするわね」
今は三期生の年少組たちと似た活動をしている。流石に冒険者の真似事はさせられない。少し落ち着いたのちに、アンネ=マリアは薬師組に参加してもらい、本格的にリリアル生として活動させるつもりなのだが、公女マリアに関しては、王国に慣れた時点で彼女の祖母か子爵家にお客様として滞在して貰っても良いのだが、どちらにしろ同世代の子供がいない。
「それなんだけど、本人の希望優先でいいみたい。ここなら、エンリ君も週末来れるしね。王都だとちょっと警戒しなきゃでしょ?」
王国では今のところ落ち着いているものの、原神子派の商人や貴族が増えつつあることは否めない。オラン公は、原神子派の領袖の一人でもあり、公女マリアを通じて関係を持ちたいと考える商人・貴族がいないとも限らない。
「エンリ卿が騎士学校を卒業するまでは、リリアル滞在という事でいいのかしらね」
「その後は、実家でもどこか借りるでもいいと思うよ。そもそも、護衛騎士を付けられないからね。安全を考えても、リリアルにいてもらう方が良いよ。ここは、ゲイン会とあんまり変わらないし、子供が多い分緊張しなくて済むからいいよね」
ゲイン会も人の出入りが多く、多少緊張する場面もあったという。また、総督府のお膝元ロックシェルということもあり、安心できる場所ではなかったとも感じていた。街では、毎日のように異端審問による処刑が為されており、酷く空気の悪い場所柄でもあった。
「こんなに騎士や魔術師が集まっている場所なんて、王宮とここくらいだからね」
「王宮よりもセキュリティレベル高いでしょうね。知らない顔なんて、絶対に入れないもの」
姉の言葉を伯姪が肯定する。背後の森や周囲の畑に潜む事も不可能である。怪しい人物が街道以外に入り込んだ場合、『魔猪』たちが襲撃するからである。当然、その報告も癖毛や守備隊長に上がるので、近寄る事すらできないのがリリアルである。
「下手な城塞より堅固ですもの」
「いつのまにやら、王妃様の離宮が要塞に……よよよよ」
姉に嘘泣きをされ、とても腹立たしく思う。
「それよりさ、これ、どうかな?」
少し前から貴族の間で流行し始めた装飾品がある。
神国が東方との貿易で手に入れた『扇』と呼ばれる折り畳み式の煽具である。ファッションの発信地である、法国の『華都』であったり、また、連合王国の女王陛下も愛用しているという。
今までの『団扇』の場合、使わぬ時であってもそのものの形をしており、供の者などに扇がせたり持たせておく必要があった。それが、『扇』の場合、畳んでおけば目立つことなく、また、手振り身振りをする際も良いアクセントとなるのである。
また、細く薄い板を重ねた物であり、意匠に拘ればどのようにでも飾り立てる事ができる為、絹の布を張り、若しくは骨組みを希少な素材を用いて作り、精緻な金属細工などを施す事も出来るので、見る人が見ればその素晴らしさが一目瞭然の小物なのである。
「王都でもはやり始めているからさ」
「……つまり、中等孤児院出身者で扇職人の集団育成をするということの提案ね」
「うん。まあ、これは工夫のしようもあり、織物と金細工と、色々な職人の組合せになるからね。鎧みたいに、複数の職人技の集合体になると思うんだよ。それに、これは『平和』なものだからね」
貴族が身分を示す為に手に入れる装飾品は、それなりの価格のものであり、それ故、多くの職人を食べさせていくことができる。自らがパトロンとなり、職人を育てその証として職人の作品を身に着ける……ということなのだ。
幸い、王都には多くの貴族が訪れ、また住んでいる。富裕な商人の妻女もいれば、社交に関わるものは多い。勿論、夜の蝶たちも欲しがるだろう。
「それで、儂にこんなものを作らせたのか?」
珍しく老土夫の姿が本館に現れる。姉に呼ばれていたのだろうか。
「はっはっは。何をおっしゃいますか、これは王妃様や王女様の護身具ですから、リリアルが手掛けるのは当然だとおもうけど」
老土夫が取り出したものは、シンプルなデザインの『扇』である。
「骨組みは魔銀と聖鉄の合金。魔力を通せば、剣のように切れる。そして、この『扇面』は魔装布を単純に張った。だが、薄いので魔力を多く通さねば防壁としての強度はでないぞ」
王妃様も王女様も彼女の姉並みに魔力量の多い存在なので問題なく目的を果たせるだろう。
「そして、これが『聖団扇』だな」
『聖団扇』とは、東方教会で用いられる聖なる団扇のことであり、宗教祭事に本来用いられるものだが、これは団扇型の魔装具である。
「これは?」
「ああ、ちょっと古帝国風に仕上げようと思ってね。折り畳みの扇よりも強度が出やすいから。これでバシッと行くんだよ!!」
中央には本来天使を象った細工が施されるが、これは聖エゼルの紋章である。本来は、典礼の際に使用される『聖具』のはずであり、人の体を扇ぐものではない。
「……不敬ではないのかしら」
「大丈夫だよ、御神子教会はこんなの使わないから。東方教会の聖具とか気にしてないから」
と、姉は涼しい顔をし『聖団扇』で扇ぐのであった。
『まあ、お前の姉ちゃんは煽るの得意だから、ピッタリの装備だよな』
扇で打ちのめすより、団扇で扇ぎ躱す方がまだましということで彼女も自分を納得させることにしたのである。
「というわけで、そうと決まれば模擬戦でしょう」
「……何がそうと決まればなのかしら」
「実際、剣をこれで受止めたり、払ったりできるのか試しておく必要はありそうよね」
「儂らも一応使ってみたが、良く解らんからな」
団扇も扇も女性の装身具であろうから、確かに老土夫の言い分は正しいだろう。魔力の通りは確認したが、実際装身具兼護身具になるかというと、使って見なければわからない。
「お手伝いしましょう」
「ええ。お願いするわ」
その場にいた灰目藍髪と、誰かが茶目栗毛を呼ぶ声が聞こえる。帯剣した相手をいなすのが精々であるとするのなら、剣を上手に使う二人に相手をして貰うのが良いだろうという考えだ。
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魔力壁を複数出せる彼女にとって、『魔装扇』はさほど有効な装備ではないのだが、例えば夜会の場など人目がある場所で手の内を敵に見せるのは歓迎できない。
「あくまでも魔導具の力と思わせた方が、選択肢が増えるじゃない?」
「見た目も悪くないでしょうし、王妃様がもたれてもおかしくない程度に仕上げれば、なおよしね」
「もっちろんそのつもりだよ!! まあ、余り大々的には広めないけど、カトリナちゃんや王女様には持ってもらいたいからね!!」
キナ臭い周辺の状況からしても、殿下方のみに危険が及ばないとも限らない。ドレス姿で胴回りは魔装ビスチェなどで守る事ができたとしても、剣や槍を防ぎ、攻勢に出る事ができる護身具も必要だろう。
「実際、どうだったの?」
「ま、片手剣なら畳んである状態で弾き返せるのぉ。広げてあると、ちと不安かもしれん。畳めば短剣、広げればバックラーのような感じではある」
実際は、柄も鍔の無い扇なので、短剣以下なのだろうが、扇で剣を弾かれれば、不意を突けない事もない。
「突きが強烈なのよね」
「決まればな。まあ、お前さんたちならできん事もない」
どうやら、姉は一足早く試してみているようである。なにやら、怪しいシャドーな動きを繰り返している。摺り足からの一足飛びの吶喊を決めたことでも思い出したようである。
「なるほどね。刺突を扇でするわけね」
「ドレスでしょ……」
「まあ、ほら、背に腹は代えられないから……仕方ないわよ」
貴族としての体面と命、どっちが大事なの!! というところだろうか。
わざわざ、足回りの隠れる丈のドレスに着替えた彼女と伯姪。そして、右手には魔装扇、そして魔装手袋を嵌める。
「これも、すこしレイシーなものとかが良いのかしら」
「誰が編むのよ……お願いできればいいのだけれど」
レース編みを魔装糸で仕上げるのはとても大変だろう。孤児院で内職に出せば仕上げてもらえるのだろうか。織物よりも編み物の方が傷みやすいので、あまり無理を言いたくはない。
中庭に集まるリリアル生達。あまり模擬戦をしたがらない彼女と、いつも参加の伯姪が珍しく揃うという事で、手すきの者が出揃っている。
「扇だ……」
「え、本当の本当の扇?」
三期生の女の子たちから声が上がる。扇を知っているのは、貴族の使用人に化ける為の教育の賜物かもしれない。
「さあ、始めましょう。最初は私ね」
「お相手します」
伯姪の相手は灰目藍髪。剣士としての腕は伯姪の方が格段に上だが、体格やリーチは背の高い灰目藍髪が有利である。まして、『扇』と『片手曲剣』の組合せである。
剣を打ち掛かるように肩に構え、やや前傾の姿勢を取る灰目藍髪。強襲、それも力任せの一撃を繰り出すように見える。
『マジかよ……』
「これで、扇が断ち切られれば、大怪我ではないかしら」
斬り合いで簡単に斬り落とされるのであれば、実戦では怖くて使えないと判断するだろう。そのくらいのつもりで、この場で試用するということなのだ。
「いやぁ!!」
踏み込んで、一気に剣を振り下ろし胴を斜めに斬り下ろそうと剣を打ち下ろす。
GINN!!
その剣を迎え撃つように、下から扇で剣先を跳ね上げる伯姪。まるで、金属の塊を叩いたような音が響き渡る。
「……問題ないわね」
「そりゃそうじゃろ? 魔銀鍍金した鋼鉄の板だからな。魔力を纏わない普通の剣なら、傷一つ付かんよ」
魔銀鍍金を施した鉄の板で『親骨』と呼ばれる左右の一番太い骨を造ったのであるから、強度的には魔銀の短剣程度は出ていると言えるのだと、老土夫は改めて誇るのである。