第507話 彼女は王弟殿下に呼び出される
第507話 彼女は王弟殿下に呼び出される
『ワスティンの修練場』は癖毛と歩人を中心に、日々仕上げられている。これが終わらないと、王都の『リリアルの塔』の構築に移れないという問題がある。
既に二つのメイン構造物である、シャリブル工房兼宿舎と、馬車置き場兼冒険者野営用簡易構造物ができている。馬車置き場と野営用スペースは三和土と周囲を柱と横板張りで囲ってあるスペースであり、その上はリリアル生が滞在する簡易宿的スペースになっている。
因みに、井戸はあるが魔導具による風呂はシャリブルの宿舎側にしか設置していない。あまり生活環境の良い施設を作ると、長期滞在する冒険者が現れないとも限らないための措置である。
「薬草畑、まだまだね」
「土が育ってないからな。リリアルのアレと比べたら、王宮の薬草園だって駄目な判定になるぜ」
失敗作のポーションなどを希釈したり、リリアル生が作った魔力水を散水しているのだから、リリアルの薬草畑の薬草は効能が高くなっている。採取してくる森の薬草とは比較にならないほどである。
「そろそろ二期生達を連れてこようかと思うの」
「ガキンチョどもはともかく、年長組は問題ないだろう。あいつら、相応に鍛えられているよな」
癖毛が言う通り、魔力の操作など、リリアルが最初に抑える魔術師・薬師としての修練は全く為されていなかったものの、護身術・短剣術・棒術など暗器を操作する技術は相当なものであった。
「剣や槍は扱わなかったようね」
「見てわかる武器は警戒されるからでしょうね。ハーフスタッフならショート・スピアのようなものだから、おそらく簡単に使いこなせるでしょうね。それに、年少組にはスタッフとダガーしか与えないつもりだから、私たちが教えるより、年長組が指導する方が良いかもしれないわね」
いまだ、体ができていない年少組に剣を使わせることは難しい。また、ゴブリンや狼と言えども、七歳児にとってはオーガのようなものである。討伐に参加させるのは時期尚早だが、気配隠蔽や身体強化はできる子供たちには訓練させたいと考えている。
「魔力有でも無しでも、棒術・護身術は問題なく覚えて欲しいしね」
「ええ。魔力を纏わなくても十分、中級程度の冒険者レベルには達する事ができるでしょうから、一先ず、そこが成人までの目標ね」
『十五歳まであと七年位あるけどよ、なんで成人した時点で一人前の冒険者になる前提なんだよ……いろいろ基準がおかしくなってるよなお前ら』
『魔剣』が指摘するまでもなく、色々おかしい。さらに、十二歳からの見習冒険者枠を『数え年』に変えて実質十歳から冒険者登録させることもいかさまに近い。
冒険者としての活動が、リリアルのベースにある故、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「冒険者の子達って、いつぐらいからここ使うんだ?」
『赤頭巾』討伐以降、リリアルの一期生のペアと二期生のスリーマンセルを一つの班として、ワスティンの森の修練場周辺を探索させている。馬車一台で癖毛を乗せたり、狼人隊長を馭者役に慣れさせるために引率させたりして毎日運行している。
とはいえ、未だシャリブル工房は道半ばであり、冒険者ギルドも選定に入った程度の段階なので、一月、二月はかかるのではないかと考えている。
「先に、工房の仕上げ優先かしらね」
「シャリブルのおっちゃんも爺には気を使うみたいだしな。俺も、弓銃の細工はジジイのいないところで教わりたいから、なるはやで仕上げる」
「お願いね」
既に、外装は仕上がっているのだが、内部に置く家具や炉などは魔術で作り上げるわけにはいかないので、時間がかかりそうである。とくに、炉は水力が無いので馬か兎馬でも使って動力にするか、魔導外輪の応用で作るしかないかもしれない。
「魔導で風を送り込むとすると、おっちゃんがもたないかもしれないな」
ノインテーターは自身で魔力を生み出すことは出来ない。『アルラウネ』から受けとった魔力を体内に蓄積し、その魔力を使い切る事で塵となる。なので、魔力を使う場合、枯渇は現世からの消滅を意味するので慎重になる。
「あなたがいる時だけ使うとかかしらね」
「でもいいな。通えるなら通うし、武器の補修って言っても、砥ぎ程度なら魔力はいらないしな」
剣の砥ぎは、研磨機で簡単に行えるし、これは足踏み式のものだ。炉も、足踏み式の鞴を用いれば、ある程度は可能だろう。老土夫の工房のように、常に必要としているわけではないのだが、炉の火を落とさないように気を付けなければならないのは変わらない苦労になるだろう。
彼女と伯姪は、修練場の仕上がり具合を確認すると同時に、一期生が主導する二期生の探索がどのようなものかを確認しに来た。彼女か伯姪がパーティーの指揮を執る事がほとんどであり、一期生は指揮する機会がほぼ無かったと言える。
連合王国に向かう半年間、任せる上で今の状態を把握しておきたかったというところである。
すると、蒼髪ペアを指揮官とするパーティーが戻ってきた。二期生メンバーは銀髪ブレンダ、灰髪ヴェルそして灰髪グリである。
「只今戻りました」
二期生は慣れない深い森への侵入と、常時気配隠蔽と身体強化の発動で疲労困憊気味である。
「二時間といったところかしら」
「はい。結構しっかり歩けてましたけれど、魔力走査なんかは今一ですね。年齢的にも魔力量的にも三つめは難しいようです」
二期生はほぼ魔力小組であり、所属して一年ほどだがそれほど魔力量は増加していない。二時間の探索で常時二つの魔力を使用していれば、魔力が枯渇する程度の操練度であり魔力量であったようだ。
彼女はポーションを渡しつつ、今日の反省会を始めましょうかと伝える。
「では、せっかくなのでリーダーから」
「しょうがねぇな。じゃあ俺が……」
「誰がリーダーよ。私でしょう!!」
「……じゃあ、どうぞ……」
青目蒼髪は話始めようとすると、赤目蒼髪が待ったをかける。リーダーはどうやら女性だったようだ。尻に敷かれているとも言う。
「慣れていないこともあるだろうけど、魔力操作の雑さが魔力枯渇の原因だってわかって欲しいわね。魔力量が少なくても『シン』は最初から私たちと同じくらい冒険者として活動できてたもの」
『シン』は茶目栗毛の冒険者名である。魔力量が冒険者組で最も少なかったのは茶目栗毛だが、操練度に関しては訓練して魔力量の消費を抑え、発動速度を上げる事で、同時複数の魔術の行使を苦手としながらも、身体強化と気配隠蔽の常時発動を生かした隠密行動を得意としている典型的なリリアルの冒険者スタイルである。
「気配隠蔽は身を守るための暖かい毛布だし、身体強化は格上の魔物や敵兵から生き延びるための切り札よね。ゴブリン程度なら不要だけれど、大人の盗賊や傭兵、オークやオーガにグールなんかは生身の力じゃ負けるでしょう。だから、魔力を体に巡らせて自分を守れなきゃならないの。そして、身体強化の延長に『魔力纏い』と『魔力走査』があるわね」
魔力を体の外に出すという意味で、魔力纏いと魔力走査は似ている。持った武器に魔力を纏わせるか、魔力を放射線状に直接投射し、その魔力の抵抗感から魔力を有する存在を見つけ出す方法が魔力走査である。
魔力走査では、魔力を持たない存在は見つけることができないので、あくまで魔物や魔術師などを見つけるための手段に過ぎないが。
「慣れるまで訓練し続けることになるな。あれだ、死にたくなければ覚えるしかないぞ。俺たち一期生は、割りとスパルタにやられたからな。まあ、先生方の後に付いて行って言われたとおりに動いただけだけど、魔力量は多かったから、雑でもなんとかなった。少なきゃ、効率を良くしないと魔力切れで即死亡だ。話は聞いてるだろ?」
青目蒼髪が魔力切れで食い殺された王都の魔騎士の話を例に挙げる。ゴブリンの村塞を強化する事に繋がる討伐ミスである。
「今は、俺達が守れる範囲で活動してるけど、そのうち、自分だけでなんとかしなきゃならない場面にも遭遇する。その時、後悔の無いように今から練習するしかねぇよな」
魔力纏いを使い、十分前後で魔力を枯渇させた魔騎士がその後どうなったのか、考えればわかる。生きたままゴブリンに食い殺されたのだ。それは、あまり経験したくない事だろう。
「始めたばかりなのだから、追々がんばりましょう。森の浅い位置ならさほど危険でもないでしょうし、魔力が切れそうなら、無理をせず早々に森を出るという選択も大切よ」
「逃げる決断も大事だよ。ただし、仲間に迷惑かけないように連携して速やかに撤退。自分だけ助かるつもりで全滅するなんてよくあるんだから。その辺り、よく考えておきなさい」
彼女と伯姪も付け加える。今日はここまで、フラフラの二期生を馬車に乗せ、癖毛にその世話を委ねる。
一期生の二人から彼女と伯姪は、ワスティンの森の状況に関して報告を聞くことにする。
「ゴブリンや狼の比較的新しい足跡は散見されましたが、大型の獣や魔物の足跡や移動の痕跡は見つかりませんでした」
「人間の遺留品も新しいものはありません。朽ちた物は見かけましたが」
森は広大な為、区域を分けて、毎回異なる地域を探索させているのだ。本日の警戒区域に関しては、何の証拠もなかったと言える。大きな魔物や、大規模な群れの移動の跡などあれば、討伐を計画する予定にしてある。
「一先ず今日はお疲れ様でした。二期生たちを二人で守れる範囲で判断して行動をお願いするわ。無理せずにね」
「「はい!!」」
冒険者の後輩ができて嬉しさが見て取れる蒼髪ペア。一番冒険者らしい二人である。赤目銀髪も意外と的確なアドバイスをして、二期生三期生年長組からの評価が高い。勿論茶目栗毛もである。微妙なのは……間違った師匠を持つあの娘と、大人しい性格の大魔力持ちである。
「向き不向きがあるわよね」
「まあね。でも、騎士学校に行くのなら困るわよ。不向きでもできないとね」
赤毛娘が騎士学校に通うのは多分……十年くらい先の話なので問題ない。
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リリアルに戻ると、彼女に宛て王弟殿下からの手紙が届いていた。内容は、連合王国に赴任するに際して、連合王国の駐王国大使と一度顔合わせをしたいということである。
通常の社交であれば、顔見知りになる為に夜会にでも参加してその際に挨拶をする程度で問題ないのだが、今回は『副使』として参加することになる。連合王国に滞在中の予定や希望なども相手から問われるという事になるだろう。
「面倒だが、しっかりおやり」
「はい。ですが……」
「副伯として会うのだから、ドレスである必要はないだろうさ。昼間であればリリアルの制服でかまわないよ。場所にもよるがね」
祖母曰く、スケジュールが決まれば衣装の用意が決まるだろうから、伯姪や参加するメンバーのドレスの用意も進めなければならないと言われる。今回参加するリリアル生は彼女を始めとして茶目栗毛以外全員が女性であろう。
赤目茶毛ルミリは小間使い枠での同行だが、他は昼用夜用のドレスと装飾品がそれなりの数必要となる。とくに、彼女と伯姪は。
「侍女はさほど装飾品はいらないからね。それでも、あんたたちに侍るのだから、使用人のお仕着せみたいなものだけにするわけにはいかないよ」
侍女というのは、仕える主人によっては高位貴族の子女の場合もある。例えば、女王陛下に仕える侍女などは侯爵伯爵の娘であることも珍しくはない。副伯当主に仕える侍女ならば、下級貴族か騎士の娘辺りとなるが、貴族の娘同様の衣装が必要となる場合も少なくない。とくに、彼女がドレスの場合は、ドレスで侍る必要がある。
「二人ともドレス映えするから、しっかり仕立てておやり。これも、仕える者に対する配慮だよ。当主としては、疎かにできないからね」
そういいつつ、祖母は自分の知る王都でも有数の工房へ紹介状を書いてくれた。今回は王弟殿下の格に合う衣装の準備となる為、王宮の侍女の助言を得る必要もあるのだそうだ。
数日後、予定を合わせた彼女は、伯姪を供に王弟殿下が待つ王宮の一角に足を運んでいた。その前には、迎賓宮の一角でしばらく時間を使っていたのは言うまでもない。
「リリアルの塔、外構までは完成させたいじゃない、連合王国に向かう前までには」
「そうね。実際、王都に不在の間に内装の工事などは済ませてもらえるといいと思うのよ」
外側は土魔術とコンクリートで形成したとしても、内装は職人に委ねる仕事となる。おそらくは、迎賓宮と同等の職人に仕事を依頼することになるだろうが、誰にどう依頼するかは彼女の父である子爵に相談するか、王宮経由で依頼することになるだろうか。
とはいえ、拘らねばならないのは、通路の内装や来客を迎える執務室、応接室、客室などだけであり、それは、コンクリート造となる外周部分にはない施設になる。中庭に面した二面に配することになるだろう。
コンクリート壁により構築される二面は、リリアル生の執務室や待機所、寝室などに充てられる予定であり、階段を中庭側と外回り側の二箇所に設置し、来客とリリアル生で使い分けることで問題は抑えられるだろう。
「迎賓宮の内装が決まれば、それに応じて仕上げてもらおうかしらね」
「防護施設としての役割が優先ですものね。コンクリートむき出しは良くないでしょうから、外壁には煉瓦を貼って見た目を整えた方が良いでしょうね。
ちょっと、街並みから浮いてしまうでしょう?」
などと、埒もない話をしながら、彼女と伯姪は王宮の一角にある王弟殿下の執務室へと案内される。
案内役の侍従が二人が到着した旨を告げ、中から入るように声がかかる。
「ようこそリリアル副伯、ニース卿。今日は是非とも二人に紹介したい人物がいてね」
王弟の背後にはよく見知った顔のルイダンが侍り、王弟の横には首周りに「ラフ」を巻き付けた王弟よりやや年上のギョロ目の褐色の髪の色の男が座っていた。素早く立ち上がると、二人に向け一礼をする。
「初めましてリリアル閣下、ニース卿。私は、フランツ・ウォレスと申します。新たに王都に赴任しました、連合王国の大使でございます。本日は、王国の英雄に相まみえる機会を得られましたこと、まことに感涙を禁じえません」
その言葉にはいささか感情が欠け、まるで判決文を読み上げる衛士のように見えたのである。